沈みかけた太陽がオレンジ色の光をあたり一面に放つ。
その光に照らされ、長く伸びた影が地面を黒く染め上げていた。
だいぶ日が落ち、さっきまで人でごった返していたここも今となっては人影もまばらだ。
そのまばらな人影の中の一人の少年、いや青年が一人家路へと急いでいた。
何も早く帰る必要があるわけではないが、早くこの場から立ち去らないと友達にまたどこかに連れ去られて行く、
と彼はそんな予感がしていた。
だから一刻も早くこの場から立ち去ろうと、彼は歩速を早め、すたすたと大股で歩く。
正門まで後50メートルほど、というところで彼の耳になじんだ声が聞こえてきた。
彼にはその声が悪魔の誘いにも聞こえたのかもしれない。
「ヘイ、シンジー!
待てよ!」
その声を無視するわけにもいかず、シンジは首だけを後ろに向ける。
シンジは小さく「やっぱり」と口にし、肩を小さく落とす。
「今日こそはゆっくり出来ると思ってたのに・・・・・・」
その口調から察すると、どうやらシンジのかすかな願いは天に届かなかったようだ。
シンジはやがてあきらめたような表情をすると、体もその声の方向に向ける。
「何、ジョン?」
あからさまに迷惑そうな声で言われたジョンだったがそんな事は気にすること無く、にかっと大きな笑みを浮かべる。
「シンジ、今日ヒマだろ?
飲みに行こうぜ」
「わかったよ」
そしてシンジはさらに肩を大きく落とした。
二人でいるために
第2話「2回目のファーストキス」
使いこまれた感じのする木製のカウンター。
全体的に木で構成された店内はかすかに木の香りが立ち込め、どこか人を安心させるような雰囲気を持っていた。
やや少なめに配置された照明の電球がボヤーっと店内を浮き上がらせ不思議な空間をそこに演出する。
店内にはジャズのような音楽が流れ、それをBGMとして人々の談笑が歌うように店内に響く。
そして、その店内のカウンターにシンジとジョンは隣り合って座っていた。
カランと氷がグラスの中で音を立て、グラスの下にある琥珀色のウイスキーの中にほんの僅かに身を沈める。
そして、ジョンはグラスを手に取ると一気にそれを喉に流しこんだ。
ダンッ、とグラスがカウンターに叩きつけられるように置かれる。
ジョンはグラスを置くと隣にいるシンジに目をやる。
その視線はまるで血走ったような視線で何も知らない人がその視線で見られたら逃げ出してしまうような、そんな視線だ。
だが、シンジはそんな視線はまるで気にしないかのように自分の手の中にある小さなグラスに入っているテキーラをほんの僅かだけ喉に流しこむ。
シンジはかなり酒には強い方なのでなかなか酔えないが、あまり飲めないで酔えるテキーラは彼のお気に入りだ。
テキーラの香りと漂うアルコール臭を十分に感じながらシンジは体に流れるほんの僅かな浮遊感に身を委ねている。
「なあ、シンジ。
もうすぐ新入生が来るな」
「そうだね」
シンジは短くそう答えると再びテキーラを流しこむ。
後二週間ほどで新入生がやってくる。
そして二週間もすれば日本では桜が咲き乱れるのだろう。
桜を見たことがないシンジはきっときれいなんだろうな、と思いながらその光景を思い浮かべる。
「今年の新入生、美人が多いといいよなぁ。
そしたら、また二人で声かけようぜ」
「二人でって、いつもジョンだけが一方的に声かけてるんじゃないか。
僕から声かけたことは一度もないよ」
「嘘言うなよ、いつも女と楽しそうに話しているくせに」
「それは・・・・向こうが話しかけてくるから僕も話しているだけで、ジョンみたいな気持ちで話しているわけじゃないよ」
「俺みたいなってなんだよ?」
「そのまんまだよ」
「おうおう、シンジの癖に言ってくれるじゃないか」
ジョンはそう言い、ニカッと笑うと自分の左手をシンジの首に巻きつける。
「そう言えばよ、新入生といえば来るんだよな」
「だれが?」
「誰がって、お前の恋人だよ。
確か・・・・そう、アスカ!」
アスカという単語が出てくるとシンジの顔は途端に赤くなる。
テキーラを飲んでも涼しい顔をしていたシンジの顔が赤くなる光景は端から見ても面白い。
シンジは途端に落ちつかなくなり、あたふたと意味のない動きをし、きょろきょろと回りを見渡す。
「おっ!シンジ、どうした?
赤くなっちゃって。
最愛の恋人と数年ぶりの再会だろ。
本当は嬉しいんじゃないか、え?」
「嬉しいって・・・・・そんなことはないよ。
そんなことは・・・・・ないんだ」
シンジは途端に落ちつきを取り戻し、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
するとジョンは絡むのを止め、再び自分の席に座りこむ。
注文していたウイスキーが来るとジョンはゆっくりとそれを揺らしながらほんの少し、喉に流しこむ。
「何か、あるのか?
話してみろよ」
ジョンは横目でシンジを見ながら静かな声でそう言った。
「僕は・・・・アスカにひどい事をしたんだ。
僕は・・・アスカに憎まれて当然の事をしたんだ。
だから僕は・・・・・アスカを好きになる資格なんてないんだ。
好きになってもらう資格も好きになる資格も・・・・・・・僕にはあるはずないんだ」
シンジは視線を落とし、自分の手の中のグラスをぎゅっと抱きしめるように強く掴む。
ジョンは再びシンジを横目で見ると視線を今度は正面に向け、グラスを手に取りウイスキーを再び流しこむ。
「なあ、シンジ。
人を好きになるのに資格って必要なのか?」
「・・・・・・」
「お前が彼女に何をしたのか、俺にはわからない。
けど、来るんだろ?彼女。
お前を憎んでいるような奴がわざわざアメリカまで来るか?
よく考えてみろよ、今まで来た手紙とか電話でお前の事憎んでいるような事彼女言った事あったか?」
「・・・・・・・なかった」
「だろ?なら大丈夫だって。
もう少し自信持てよ」
「でも、それでも・・・・・アスカが僕の事憎んでいるんじゃないかって思うんだ。
・・・・・・結局、不安なんだ。
あれからアスカと会って話した事、一度もないから。
もし、アスカが僕の事憎んでいたらどうしようって・・・・考えちゃうんだ」
「バカかお前?
女なんて単純だからな、怒っていたって放っておけば許してくれるもんだ。
それを待ってればいいんだよ」
「でも、許してくれなかったら?」
「バーカ! その時は全力で彼女のところに行って謝りに行くんだよ。
女なんて単純だからな、それで一発オッケーよ」
「それで本当に大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫大丈夫。
何せ、この俺が言ってるんだぜ。
ちったぁ、信用しろよ」
「・・・・・・ありがとう」
シンジはそう言うとジョンに笑顔を向けた。
それは、この日初めての心の底からの笑顔だった。
ジョンと店先で別れ、シンジは一人夜道を歩く。
その足取りはどこか軽く、シンジは何か吹っ切れたように顔をほころばせ、目を閉じ、夜風の冷たさで火照った顔を冷やしていた。
刺す様に冷たく感じる夜風も、まるで春先のそよ風のようにシンジは感じていた。
アスカは自分の事を憎んでいるのだろうか、この四年間ずっと、その事ばかり考えていた。
自分がアスカの事を好きだと気づいたのはごく最近の事だ。
それもジョンに『お前彼女のこと好きなんだろ』と言われてはじめて気付いた、というものだったが。
それでも自分自身の気持ちの気づくとアスカへの思いが大きくなっていくのをシンジは感じていた。
アスカの声が聞きたい一心で夜中、アスカが家にいそうな時間に毎日電話を掛けたこともある。
それでも毎日話す内容がそんなにあるわけではなく、会話自体はすぐ終わってしまうが、シンジはアスカの声を聞けるというだけで満足だった。
そんな電話のやり取りが続いたある日、シンジはふと思った。
アスカは自分の事をどう思っているのだろう、と。
そう考えるとあの日々の記憶が次々と思い浮かんでくる。
毎日が戦いと訓練で余裕のない日々。
余裕がないばかりにアスカに気を配ってやれずその結果、アスカを傷つけてしまった事。
アスカのプライドをがたがたにしてしまった事。
アスカはまだ自分のことを憎んでいるんじゃないか、そう考えると途端にアスカと話すのが怖くなってきた。
今度電話で話した時、まだ自分のことを憎んでいると言われるのではないか。
今までアスカは自分のことを好きじゃないかもしれないが、それでも嫌いじゃないだろうと考えてきたがその考えすらあやふやな思いこみであったと、シンジはそのとき思った。
それ以来、シンジから電話を掛ける事は極端に少なくなってしまった。
もちろん、その分アスカから電話がかかってきたがどうもシンジはその事を強く意識してしまい、おざなりな会話しか出来なかった。
そしてそれはごく最近まで続いていた。
しかし、その悩みも今のシンジの中では軽いものになっていた。
そうだ、たとえまだアスカが自分の事を憎んでいたって謝ればいいんだ。
実際はそう簡単に行かないかもしれないがそう考えるだけでシンジの心は軽く、穏やかになっていった。
帰ったらアスカにメールでも打とう、とそんなことを考えていると丁度そこは自分のアパートだった。
コンクリート製の階段を上がり、一番奥にある自分の部屋へと向かう。
そこでふと、シンジは自分の部屋の前に赤い塊を発見した。
大きさはゴミ袋ほどだろうか、あたりは薄暗くてそれが何であるかはっきりわからないが、よく見ると布で出来ているような気がする。
恐る恐る、警戒しながらゆっくりとシンジはその塊に近付いていく。
なるべく音を立てないように歩くが、運悪く下にあった空き缶を蹴飛ばしてしまう。
からからと軽い音を立て空き缶は無常にも赤い塊に一直線に向かう。
コン、と軽い音を立て空き缶が赤い塊にあたる。
シンジはごくりとつばを飲みこみ、その場に固まってしまったかのように立ち止まる。
そして、赤い塊がピクリと反応し、もぞもぞと動き始めた。
塊をよく見てみると赤い塊と思ったそれは赤一色ではなく、赤い塊の上を紅茶色の物で覆っているので、赤と紅茶色のツートンといった感じだ。
シンジは息を殺しながら近付く。
そして、それがまるでうずくまっている人間のように思えてきた。
赤、そして人間、シンジはその二つからある答えを導き出すとそれに向かって震える声で話しかけた。
「・・・・・・・アスカ?」
そしてそれが再びもぞもぞと動き出す。
そしてそれはゆっくりと顔を上げるとシンジのほうに顔を向けた。
「・・・・・・・・シンジ?」
アスカは眠たいような目でしばらくシンジを見つめる。
アスカに見詰められている間、ずっとシンジはその場に立ち尽くしていた。
「アスカ? アスカなの?」
シンジは確認するように震える声でアスカに話しかける。
するとアスカはゆっくりとした動作で立ちあがり、シンジのほうに近付いてくる。
そしてシンジの目の前までやってくるとにっこりと微笑みを浮かべる。
「えへへっ、来ちゃった」
「来ちゃったって・・・・・いつ頃からいたの?」
「詳しくは忘れちゃったけど大体夕方頃からいたよ」
「夕方って・・・・今はもう八時じゃないか。
寒くなかった?」
「そりゃあ、寒かったけどさ、シンジに会えるんならこれくらい・・・・・・」
「と、とりあえず寒いだろ?上がって」
「うん」
シンジはアスカを中に入れ、自分の部屋に招き入れるとすぐにエアコンのスイッチを押す。
アスカはきょろきょろとシンジの部屋を見渡す。
しばらく見渡した後、満足そうな表情をすると
「これなら大丈夫かな?」
と腰に手を当てた、いつものスタイルでそう言った。
「何が大丈夫なの?」
シンジは両手にコーヒーを持ちながら不思議そうな表情をする。
「な、なんでもない。
こっちの話」
「ま、別にいいけどさ。
はい、コーヒー体温まるよ」
「ありがと」
そして二人は無言のままコーヒーを飲む。
なんとなく気まずくなってしまい、お互い話しかけづらくなってしまった。
「「あのっ」」
思わずユニゾンしてしまった二人はますます気まずくなってしまい、さらに俯いてしまう。
「シ、シンジから言ってよ」
「う・・・うん。
ア、アスカは僕の事どう思ってるの?」
「えっ!?どう思ってるって・・・・・・
そんな、えっとぉ・・・・ア、アタシは・・・・・・・」
「その・・・・アスカは僕の事憎んでいるのかなって」
シンジのおもわぬ質問に顔を真っ赤にさせ、あたふたしたアスカだったがそれが自分の勘違いだとわかるとへなへなと体から力が抜けてしまった。
「な、なんだ。
そんな事か。
驚かせないでよ、ビックリするじゃない」
「そんな事って・・・・僕はその事でずっと悩んでいたんだ。
僕はアスカにひどい事をしたから・・・・憎まれて当然の事をしたから・・・・」
シンジが顔を俯かせてそう言うとアスカは大きくため息をつき、諭すような口調でシンジに話しかける。
「あのねえ、シンジ。
もしあんたの言うとうり、アタシがあんたの事憎んでいたら、あんたのとこに来たりなんかしないわよ。
まったく、鈍いんだから・・・・・」
「ご、ごめん。
でも・・・・・
でも・・・・・僕は・・・・・・」
「確かに」
シンジが苦しそうに言葉を紡ぎ出しているとアスカはシンジの言葉を遮るように、強い口調でそう言う。
「あの頃はお互い傷付け合ってばかりだったわね。
でも、あの頃は私達余裕なかったから、お互いの事まで気遣えなかったのは仕方なかったと思う。
気遣えるほどの年でもなかったしね。
確かにあの頃のアタシはシンジの事を憎んでいた。
でもそれはアタシの一方的な思い込みだったから、シンジが気にする事ないのよ。
それにね・・・・・
シンジからはもっとたくさん、いろいろなものをもらったから。
今ではシンジを憎んでいるどころか、感謝すらしているのよ。
シンジには助けられたから。
生きる希望もなく、毎日をただ過ごすだけだったアタシにシンジは生きる希望を与えてくれた。
アタシに人を好きになると言うことを教えてくれた。
だから・・・・・・
だから・・・・・今日は一言お礼言いたくて。
本当に・・・・・本当にありがとう、シンジ」
「でも、僕はアスカに感謝されるような事なんてした覚えは・・・・・・」
「覚えがあろうがなかろうがアタシが感謝しているんだからそれでいいじゃない、ね。」
「う、うん。
でも・・・・・・やっぱり僕はまだ自分を許せない。
どうしてアスカを気遣ってやれなかったのかって・・・・・・・思うんだ」
「だああぁぁっ! アタシが感謝しているんだからいいって言ってるでしょ!
今後一切その話はしない事!
わかった!?」
「わ、わかりました・・・・・・・」
アスカの剣幕に押されシンジはたどたどしくそう言った。
アスカは顔を横にぷいっと向け、腰に手を当て自身満々な様子だ。
シンジは最初こそは思わず引いてしまったがだんだん落ち着きを取り戻してくると途端にさっきのようなやり取りが懐かしく感じられてきた。
「ははっ、あははは・・・・・」
突然笑い出すシンジにアスカは怒ったような顔をするとさっきのような剣幕で再びシンジの顔に自分の顔を近付ける。
「なによ、何が可笑しいってのよ!?」
アスカの剣幕を無視してシンジはひたすら笑いつづける。
わけのわからないアスカはぷくっと頬を膨らませ顔を赤くしながらシンジに迫る。
「だーかーらぁー 何が可笑しいのよ!」
「いや、ごめん。
怒っているアスカのほうがアスカらしいなって思って。
それに元気なアスカ見たの久しぶりだったから」
アスカはそれを聞いた途端、かぁ~っとまた違う意味で顔を真っ赤にし、急におとなしくなってしまった。
「な、何を言うのよ・・・・・・」
今のアスカにはそれを言うのが精一杯だった。
そしてシンジはそんなアスカを見ながらアスカに微笑みかけていた。
「あ、そうだ。
もう帰るね」
「え、もう帰るの?」
「うん、もうすぐホテルのチェックインの時間終わっちゃうから」
「そうなんだ・・・・・・・・・」
「なに、その沈黙は?
まさか、ここに泊まっていけとか言うんじゃないでしょうね」
アスカは悪戯っぽい笑顔を浮かべる、シンジに顔を近付ける。
そして一言
「冗談よ」
と言うと、くるりと向きを変えそのまま玄関のドアへと向かう。
「アスカ、送るよ」
「いい、ホテルすぐそこだから」
「そう、じゃ、お休み」
「お休み、シンジ」
アスカは微笑みを浮かべながらそう言うと、そのまま金属音を響かせながらドアを開けて出ていった。
シンジはしばらくそのままドアを眺めていた。
そうしてようやくシンジの中にアスカが帰ってきたんだという実感が沸いてきた。
だんだん実感が沸いてくると自然と顔もほころんでくる。
妙に心が軽くなった気がする。
そしてそのままシンジはベッドになだれこむように突っ伏す。
シーツに顔を埋めてもシンジはニヤつきを止められない。
今日は久しぶりにいい夢が見れそうだ。
とシンジは思った。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン・・・・・・・・・・
何度も鳴り響くチャイムの音。
その音で目を覚ましたシンジはうーんと唸りながら手もとの時計を見てみる。
時間はまだ八時、早すぎもないが遅すぎもしない時間だ。
ぽりぽりと頭を掻き、ふああ、と大きなあくびをすると、のそりのそりとゆっくりとした足取りでそのまま玄関に向かう。
「ふあ~い、ちょっとまってぇ」
「シンジ~、アタシよアタシ。
開けてよ」
ドアから聞こえるのはアスカの声。
習性なのか、シンジはその声ですぐに目を覚ますと今度はしっかりとした足取りでドアへと向かいドアを開ける。
「ハーイ、シンジ。
グッモーニン」
「やあ、アスカ。
何かあったの?」
「ちょーっと、お邪魔するわよ」
アスカはシンジの問いに答えることなくまっすぐシンジの部屋へと向かい、部屋の中をきょろきょろと見渡す。
「うーん、あれはあそこに置いて。
あれはあそこで問題ないか。
よし、オッケーね!」
何か確信したようにそういうと、今度は勢いよく外に出る。
「ちょっとアスカ。
だから何を・・・・」
どうやら事はシンジの意思に関係なく進められているようだ。
シンジはわけがわからず忙しく動き周るアスカの後ろをおどおどと追う。
「お願いしまーす。
入れちゃってください」
「「失礼しまーす」」
威勢のいい声と伴に作業服を身にまとった男達がどかどかと入ってきて、次々とダンボール箱を運びこんでくる。
唖然とした表情で立ち尽くすシンジを尻目にアスカはてきぱきと男達に指示を出していく。
どさどさとシンジの目の前にダンボール箱が積み上げられ気づいたときには、それほど狭くない部屋一杯にダンボールが積み上げられていた。
「う~ん、思ったほど広くなかったわね。
半分はクローゼットに入るとしても、もう半分は・・・・・仕方ないシンジのクローゼットに入れるとしてぇ。
シンジのは・・・・・・そこらへんに置いておけばいいわね。
とりあえずはアタシの荷物を優先させて・・・・・
えっとぉ・・・・・」
ぶつぶつ言いながらアスカは何か考えている様子だ。
既にシンジ自身の事はすっかり頭から消え去っているらしく、荷物の整理で頭の中は一杯だ。
「あ、あのアスカ。
これってひょっとして・・・・・・」
やっと正気に戻ったシンジはぶつぶつと呟くアスカの背中に恐る恐る話しかける。
シンジに話しかけられたアスカはやっと自分の世界から帰ってきた様子で、はっとした表情をするとくるりとシンジのほうに振りかえる。
「あ、シンジ。
今日からアタシここに住むから」
「は?」
「だから、アタシもシンジの部屋に住むっていってるの。
っという事だからよろしくね」
「ちょ、ちょっとまって。
一緒に住むってここはワンルームなんだよ。
ベッドだって二つ置く余裕なんてないし・・・・・・」
「ベ、ベッドなんて・・・・・い、一緒に寝ればいいじゃないのよ」
アスカは顔を赤くし、俯き、小さな声で恥ずかしそうにそう言った。
思わぬアスカの反応と言葉にシンジも顔を真っ赤にしてしまい、お互いに俯いてしまった。
「い、一緒に寝るって・・・・それは・・・・・・
その・・・・・・・」
「なによ!アタシと寝るのがそんなに嫌なの?」
「別に嫌じゃないけど・・・・」
「ならいいじゃない」
「でも・・・・やっぱり」
「いいの!アタシとシンジはこれから一緒に寝る事!
いいわね、決定!」
「・・・・・はい」
声だけを聞くといつものやり取りだが、唯一いつもと違うのは、二人の顔が真っ赤だということくらいだろうか。
恥ずかしさに耐えられなくなったのか、アスカは再びくるりと振り向き腰に手を当てわざとらしく部屋を見まわす。
「でもさ、シンジの部屋以外と狭かったわね。
アタシもうちょっと大きい部屋だと思ったんだけど、もうちょっと大きかったら荷物も余裕で入ったのにね。
でも、アタシ、シンジとなら狭くても平気・・・・・・じゃなくて・・・・・・でもやっぱ広いほうがいい・・・わよね。
あ、そう言えばお腹減ったな。
そう言えばアタシ何も食べてないのよね。
ねえ、シンジ。
朝ご飯何か―」
バフッ
アスカが支離滅裂な事を言って再び振りかえろうとした瞬間、アスカはシンジに背中から抱きしめられた。
ふわりとした空気がアスカの髪を揺らしアスカの周囲にシンジの匂いを漂わせる。
普段なら真っ赤になってわけのわからない事を言ってしまう所であるが、なぜかアスカは安心できた。
シンジはさらにアスカを強く抱き寄せる。
アスカはすっぽりとシンジの腕の中に収まり、シンジは自分の顔をアスカの髪に埋める。
やがてアスカは力を抜き、シンジによりかかるように自らシンジの腕の中に顔を埋める。
そしてぶらんとぶら下げていた両手をシンジの手に重ねる。
そしてそのまま静かに時が流れる。
とくん、とくん、とアスカの背中からシンジの鼓動が聞こえて来る。
アスカはその音を聞くだけで今までのもやもやが吹き飛び、心から安心できるような気がしていた。
「ずっと、こうしたかった・・・・・・」
さまざまな感情が混じった声でシンジはアスカにそう、囁く。
そしてアスカは目を閉じ、軽くシンジの手を握る。
「アタシも・・・・・・こうしたかった・・・・・」
アスカもシンジに答えるように小さく囁く。
「これからも・・・・ずっと、こうしていきたい」
「いいよ」
そう言うアスカの顔には幸せそうな表情が浮かんでいた。
「アスカ・・・・・・」
シンジは腕の力を抜き、自分の腕の中でアスカを自分のほうに向けさせる。
アスカは潤んだ目で上目づかいにシンジを見る。
そしてにっこりと微笑み、
「好きよ、シンジ」
と言うとシンジもにっこりと微笑む。
「僕も好きだよ、アスカ」
そのまま二人は微笑みあった格好で見詰め合う。
そして、二人の距離がゆっくりと近付き、ゆっくりと瞳が閉じられ、そしてゆっくりと唇を重ね合った。
シンジがアスカの背中に手を回しアスカを軽く抱きしめると、やがてアスカからもシンジの背中に手を回してきた。
そしてゆっくり
ゆっくりと
時が流れる。
星々の動きのように、ゆっくりと。
それは二人の初めてのキス。
気持ちを確かめ合い、お互いから求め合った初めてのキス。
これからが二人の本当の始まり。
これから、この瞬間から新しい時が流れる。
窓から顔をのぞかせる月が二人をスポットライトのように照らす。
そして月の周りを星々が宝石のように彩る。
それはまるで二人を祝福しているかのように、夜空は輝きつづける。
この夜空のように二人は輝きつづけるのだろう。
時には雲で輝きが無くなる事もあるかもしれない。
しかし雲は必ず晴れるのだ。
必ず。
まるで彫刻のように固まっていた二人はゆっくりと唇を離す。
アスカは潤んだ瞳でシンジを見詰めながら幸せそうに微笑む。
シンジもそれに答えて微笑み返すとアスカをゆっくりと自分の胸に抱き寄せる。
シンジがアスカの髪を撫でていると、アスカはシンジの胸に耳をそっと当てる。
「シンジの胸、シンジの音・・・・・すごく落ちつく。
アタシ・・・・やっと帰って来れた。
アタシの帰るべきところに。
やっと・・・・・・・」
アスカは恍惚とした表情でシンジの胸に顔を埋める。
「ここ・・・・・あったかい」
甘えた声でアスカがそう言うとシンジはアスカを軽く抱き寄せ、アスカの耳に口を近づけた。
「おかえり、アスカ」
「ただいま、シンジ」