:西暦2015年
南極
「っっ!うああああああ!!あああああぁぁぁぁっ・・・」
少年の叫びと共に走る閃光、
その光は世界を包み、
人類は新しい世紀を迎えた
新世紀の幕開けを迎えた
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Neon Genesis Evangelion another last case
微笑みだけがそこにいる
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:二十日前
特務機関ネルフ本部執務室
「ドイツ支部からの報告だ。最後の使徒が南極で発見された。」
無機質な空間の一角に碇ゲンドウ特務機関司令の呟きが木霊する。
その呟きを聞いたのは同副司令冬月コウゾウ、同作戦部長葛城ミサトの二名。
暫く呆然とした二人の内、先に口を開いたのは副司令冬月コウゾウであった。
「碇・・・、
遂にユイ君の願いが叶うときが来たのだな・・」
冬月は安堵にその身を委ね、厳しい表情を緩めた。
その目は遠く、在りし日の自分と幼子を抱いた女性とその憧憬に向かっていた。
漸く作戦部長も自分を取り戻し、呟く
「し、司令・・・」
彼女の胸に去来する感情はどの様なモノであったろう。
幼き日に父を奪われ、その強奪者に復讐する事のみが彼女の生き甲斐であり、存在理由であった。
その戦いの日々が今、終焉を迎えようとしている。
しかし特務機関司令の次の言葉を聞くと彼女はその表情を一変させた。
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:作戦開始十日前
特務機関ネルフ本部ミーティングルーム
人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロット
綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー、碇シンジの三名を前に
葛城ミサトは感情を押し殺し、努めて冷静に指令を告げた。
「本日現在より十日前、特務機関ネルフドイツ支部は最終使徒を発見しました。」
「「えっ!」」
驚きのあまり初号機パイロット碇シンジと弐号機パイロット惣流・アスカ・ラングレーの声が重なる。
零号機パイロット綾波レイはピクリと片方の眉をつり上げた。
いつも何処吹く風の彼女にとっては大きな変化と言えよう。
その声を無視し、葛城ミサトは続ける。
「最終使徒は全長が3km強、形状は繭状であり、
その周辺に強力なATフィールドを常時展開しています。」
いつもと違うミサトに、ただ聞き入るしかないチルドレン達。
「ネルフは現状の通常兵器でこのATフィールドを破壊する事は不可能と判断しました。」
「現在の所、最終使徒の幼性がいつ生体へと変態するかを判別できません。」
「よってこれに対し・・・最終使徒に対してネルフは・・・
本日より十日後に人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオン初号機による特攻を仕掛けます。」
「「「えっ」」」
今度の驚きの声は三人揃っての口から発せられた。
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:同刻
特務機関ネルフ司令室
「碇・・・いいのか・・・」
「かまわん、奴は既に人ではない。
エヴァに取り込まれた後の初号機パイロットは98.99%しか人との近似を持たない。
あれはただの使徒だ。」
「しかし、実の息子を・・・」
「既に初号機のコアは摘出してある、計画には微塵の狂いもない。
奴はそれでも初号機とシンクロする。使徒だからな・・・」
狂っている。実の息子を使徒呼ばわりし、死地に送り出す。
人として許されることではない。
「碇・・・」
冬月の声はもう男に何の反応も促すことはなかった。
「・・もうすぐだ、ユイ・・・、もうすぐだ、ユイ、
もうすぐだ、ユイ・・もうすぐだ、ユイもうすぐだ、ユイ・・もう・す」
男の目に宿る狂気を否定することが冬月には出来なかった。
自分もまた狂気に駆られた一人だと言うことを彼は良く知っていた。
そう、良く知っていた。
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:作戦開始二日前
第三新東京市某所公園
特攻作戦の二日前の昼下がりに少年は某所の公園にいた。
近くのベンチには母親とおぼしき女性が、抱いている赤ん坊をあやしている。
ベンチに座り、体中に痣を作り、痛みに顔を顰めて少年は呻いた。
「ちきしょうぅ・・・」
少年は作戦を告げられてから現在までの八日間、一度も自宅に帰ったことはなかった。
最初はこの街から逃げようと様々な手段を試みたが全て失敗に終わった。
逃げることがかなわないと知ったとき、少年は絶望した。
何日かはおとなしく用意されたホテルに閉じこもり、すすり泣きを繰り返していた。
やがて涙が枯れると少年は、呆然と繁華な街を彷徨い歩き、自ら争いを求めた。
争いの中で小柄な少年は常に防戦一方であり、傷つき続けた。
体が痛みを、自分が生きている証を欲したのだ。
刃物が出る場面も何度かあった。
しかし少年はネルフに守られており、大事に至ることはまず無かった。
体中に小さな傷と痣をこしらえ、少年は安易な証を求め続けた。
公園のベンチに寝転がり、高い空を見上げて少年はもう一度呟く。
「ちきしょう」
気持ちの悪い口の中は、砂と血の味がした。
上司であり、姉でもあった女性の声が思い出される。
「最終使徒のATフィールドは非常に強力であり、
その中にある使徒本体の硬度、弱点については何の情報も得られていません。」
「ただ技術部長赤木リツコ氏の調査により、最終使徒本体の全てがコアである事が確認されています。」
「現在実行可能な手段として、搭乗パイロットと最も高いシンクロ率を持つ
初号機にプログレッシブナイフを装備し、ATフィールドを中和しつつ最終使徒本体に接近します。
装備したプログレッシブナイフによりコアに亀裂を生じさせ、その後・・・」
彼女はそこで一つ息を吐く。
「エヴァンゲリオン初号機を自爆させます。」
「ちょっ、ちょっと待ってよミサト!それってシ・・」
あまりに一方的な指示に赤い少女が口を挟もうとする。
「うるさいっ!!」
彼女は叫んだ。俯いた顔には苦悩と疲労の跡が現れ、堅く閉じられた目の端には
彼女がこれまで禁じていたものが浮かんでいた。
肩の小刻みな震えと口から漏れる嗚咽は、少女の訴えを堅く退けた。
少年は呆然とその場に立ちすくみ、その理不尽を、何処か遠くの事の様に聞いていた・・・
空を見上げて少年は思う。遺書を書く気にはなれない。誰が読んでくれると言うのだ。
少年は体中の痛みを感じながら考える。
ここに来るまでの何も無かった穏やかな毎日。
自分が生きているか、死んでいるかもわからなかった日常。
突然の父からの呼び出しと、その父との確執。
死と隣合わせの日々。
生まれて初めての家族。優しく、暖かかった血の繋がらない姉。
傷を見せあうことで分かり合えた、初めての親友達。
母のように自分を守り、笑顔を隠し、優しさを隠し、自分には何もないと嘘をついてくれた少女。
突如現れた新しい同居人。明るく、太陽の様だった少女。常に自分の側にいてくれた少女。
悲しみに綴られてはいたが、今ここに自分がいることを、いてもいいことを教えてくれた日々。
近くのベンチに腰掛けた、赤ん坊を抱いた女性の静かな歌声が聞こえる。
赤ん坊は、その腕の中で幸せそうに眠っている。
『・・・上をむいて歩こう、涙がこぼれないように
歩き出す、秋の夜、ひとりぼっちの夜
幸せは雲の上に、幸せは空の上に・・・
上をむいて歩こう、涙がこぼれないように・・・』
少年は目の前が霞んでいくのが不思議でならなかった。
母の顔など、もう思い出すことは出来なかった。
しかし自分にも母がいたことに、母がいることに、
母のために涙を流していることに微塵の疑いもなかった。
少年は、碇シンジは顔を上げ、歩き出した。
今は自分にできることをやろう。自分にしかできないことをやろう。
報いはなくとも。救いはなくとも。
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:作戦開始前日
コンフォート17マンション葛城ミサト宅
少年はコンフォート17マンションの葛城ミサト宅に帰ると真っ直ぐ部屋に戻り、何かを始めた。
少女は、惣流アスカは部屋に閉じこもっていて指令のあった九日前から会っていない。
人の気配を感じさせない家の中で少年の残された時間は無慈悲に過ぎていった。
やがて日が沈んだ頃、少年は手に3冊のノートを持ってリビングに現れた。
少年はノートをテーブルに置き、ゆっくりと周りを見渡した。
そこにはテーブル、冷蔵庫、流しがあり、少年の見慣れた風景があった。
しかし、そこに少女は居ない。
少年は簡単に食事を用意し
その日の夜、一人家を出た。
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:作戦開始前夜
コンフォート17マンション葛城ミサト宅
スッ、
少女は襖を開け、少年のいるリビングへ向かう。
少年は、碇シンジはあれから家に帰らず九日前から会っていない。
そこにはテーブル、冷蔵庫、流しがあり、少女の見慣れた風景があった。
しかし、ここに少年は居ない。
ふと移動させた視線の先にはラップのかけられた夕食とノートが3冊、ぽつりと置かれていた。
飾り気のない、在り来たりの大学ノートがあった。
1冊目のノートには『数学A』の文字が三本の横線でかき消され、
その下には『2-A 碇シンジ』の文字
ノートの表紙をめくる。
ノートの最初は、本来そこにあったであろう数学Aの授業の書き込まれた
ページが何枚かきれいに切り取られていた。
何枚か白紙のページをめくる。
その2、3枚後に繊細な文字で『献立表』と記されていた。
その見出しの後には延々と料理の献立と作り方。
それは事細やかに書かれており、少年の人柄を伺わせた。
書き置きは2冊目半ばまで及び、そこから掃除、洗濯の仕方が書かれていた。
「シンジ・・・」
彼は死を目前にし、同居人を気遣い、自分の残せるもののために
限られた時間を費やした。
ページをめくる。
その後ろに自分の同居人に対する別れの文が書かれていた。
『惣流アスカさま、
これを読んでいるときは、僕はもういないと思います。
初めて会った時から今まで、半年くらい一緒に居たと思います。
船の上で叩かれたこと、一緒に弐号機に乗ったこと、温泉に行ったこと
学校で一緒に勉強したこと、一緒に遊びに行ったこと、一緒に訓練したこと
一緒にご飯を食べて、同じ家で寝てたこと・・・』
そこには、言葉の足りなかった少年の想いが、思い出が長く綴られていた。
『・・・シンクロ率のことでとても迷惑をかけたと思います。ごめんなさい。
でも、もうすぐエヴァが必要にならなくなると思います。
アスカは頭がいいから、きっとみんなに必要にされます。
だから自分を大切にして下さい。
ユニゾンの特訓の時に、本当はキスしようとしました。ごめんなさい。
あまり仲良くできなかったけど、アスカは僕の一番近くにいてくれました。
けんかばかりしていたので、今は少し残念です。
なにも残してしいけないけれども、食事はきちんととってください。
体に気を付けて、いつまでも元気でいて下さい。
さようなら
そこにいてくれてありがとう
碇 シンジ 』
静かなリビングに押し殺した声が響く。
ノートに落ちた雫は乾く間もなく、次の雫に押し広げられていった。
「うっ・・うぅ・・・うぁぁ・・っっ」
声を上げる資格など無い。
声を上げて泣く資格が、
死にゆく者に何もしてやれない自分にあるはずもない。
大切なものが今、目の前から失われようとしている。
「シンジィ・・・・うぅ・・・」
少女の呟きは夜の闇に紛れ、誰も聞くことなく静かに消えていった。
「シンジィィ・・・・」
泡沫の様に消えていった。
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:作戦当日
特務機関ネルフ本部待機所
キュッ、
プラグスーツの圧縮される音が小気味良く待機所に響く。
「よし」
少年は呟いて顔を上げる。
その表情は彼が初めてそれに袖を通した時と同じ様な、違うような。
待機所を出て、発令所に向かう。
スッ、
発令所の自動ドアが開き中に入る。
「ミサトさん」
「シンちゃ・・・」
彼女は、葛城ミサトは今日まで自分を殺してきた。
敢えて激務に身を任せて少年と顔を合わせないようにしてきた。
被保護者であり、部下であり、弟であった少年を死地に追いやる冷酷な人間として
振る舞い続ける事を自らに科してきた。
それが現実からの逃避であり、欺瞞であったことは自分でも認めている。
送る言葉などなく、作戦部長として接すること。
ただ一つ彼女に許されたこと。
「シンジ君」
少年は指令塔に目を向けた。
その男は何の感情も顔に表さず、ただ少年を見下ろしていた。
少年はそこにある自分の父を見つけると緩やかに微笑んだ。
男は驚きに目を見開く。
彼の求めたものが今そこにあった。
追いかけ続けた妻の面影が今そこにあった。
男は唐突に気づく、
彼女の意志が少年の中に隠れて息づいていたことに
自分と彼女の想いの証がそこにあることに
甦らせるのではなく、守るべきであったことに
「ユッ・・イ・・ッ・・・」
男は少年に声を掛けることが出来なかった。
自分が泣いていることすらも気づくことはなかった。
ただの不器用なだけの男でしかなかった。
少年は作戦部長に向き直り、顔を引き締め短く伝えた。
「初号機パイロット碇シンジ、任務に就きます。」
踵を返し、もう二度と戻ることのない場所に別れを告げた。
「行ってきます、ミサトさん」
振り向くとそこには、発令所からケイジに続くドアの前には零号機パイロット綾波レイがいた。
「碇君・・・」
「綾波・・・」
薄汚れ、すり切れた制服を着てドアを塞ぐように立っていた。
少女は裸足のまま、ゆっくりと少年に歩み寄った。
「碇君・・・」
少女は少年との距離が半分まで縮まったときにもう一度呟く
「碇君・・・」
少女は涙で前が良く見えないのか、おぼつかない足取りで少年に歩み寄る。
「碇君・・・」
少年は少女の目を、涙を見つめて考える。少女が憧れであったこと。
少女に微笑みを教え、微笑みの意味を再び思い出させられたこと。
「碇君・・・」
心から感謝を捧げたい、命を捨ててまで自分を守ってくれたその母性に。
「碇君・・・」
少女は少年にたどり着く。
本当に悲しいことばかり背負わされた人だから思う、
幸せになって欲しいと。
だから
「さよなら」
ドアは静かに開き、静かに閉じていった。
発令所から初号機ケイジまでに続く廊下、
その両脇にはネルフに、エヴァンゲリオンに関わった人々が皆最敬礼をし、少年を見送ろうとしていた。
それは長く、エントリープラグの最前まで続いていた。
静かに目を瞑り、少年は思う。
これまでの自分、ここにいる自分。
父の苦悩を理解してあげられなかった。
母の誓いを受け入れる事が出来なかった。
初めて家族を教えてくれた人を労ってあげられなかった。
大切な親友の足を、自由をこの手で奪い去った。
信じてくれた人々を裏切り、逃げ出してしまった。
大事なことを教えてくれた、兄の様な人の期待に応えられなかった。
記憶に埋もれた母を感じさせてくれた人を、憧憬を守ることが出来なかった。
いつも側にいてくれた人を、同じ孤独を分かち合えたはずの人を傲慢さで傷つけた。
こんな自分を好きだと言ってくれた人を、この手で消し去った。
悲しみに綴られた日々を思い返しながら、それでも少年は思う。
この街に来てよかった
エヴァに乗ってよかった
みんなに会えてよかった
今、ここに自分がいれてよかった
誰ともなく少年は呟く。
「今自分にできること・・・、自分にしかできないこと」
不器用な自分と向き合い、道を残すこと。
もう、迷いはない。
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それから二十八時間余りの後、
南極で少年の絶叫が響き、世界は光に包まれる。
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その翌日、コンフォート17マンションの葛城ミサト宅浴室で
弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーの死体が発見された。
死因は自ら手首をカミソリで切り、浴槽に浸した結果の出血多量であった。
ボロボロのノートを胸に抱え、涙の跡の残る顔に、微笑みを浮かべながら。
「バカシンジ!」
「アスカぁ」
- fin -