第九話 心の中に(後編)

「ちょぉぉぉぉぉっと、まったぁ!」

ひと昔前のTV番組の告白タイム並の大声であった。

「相田君のキーボードじゃ碇君の美声には合わないわ。 それにステージ実行委員の私をのけ者にしても良いわけ? だから、私がキーボードをやります。 その方が絶対良いわ! そう、だからそこ退いて!」
「なんか無茶苦茶な展開やなぁ~。」
「まるで昔の惣流みたい・・・。」

近遙がどうして今までの経緯を知っていたか判らないが、いきなりやってきてキーボードの前のケンスケを実力で排除し、弾きはじめた。
そしてトウジ&ケンスケは思わず近遙の振る舞いを昔のアスカの姿にだぶらせていた。

『本当だ・・・。なんか昔のアスカみたい・・・』

シンジも近遙の振る舞いを見て微笑んでいた。
どうやらシンジも同じ感想を持っていたようだった。
しかし、近遙が自慢するだけの事はあった。 初めは嫌がってたトウジですら演奏が終わる頃にはブラボーと叫ぶ程の腕前であった。

「うまいやんけー。 どないしたんや。」
「ほんと、凄いよ。」

トウジとシンジは素直に近遙の腕前を誉めていた。

「ちょっとね。 小学校6年までピアノを習っていたのよ。 一応、コンクールでも優勝したことがあるのよ。」

近遙は自慢げに言ってトウジを見た。

「私の参加に文句は無いわよね。 鈴原君。 別にステージに出たくないんなら話は別だけど・・・」

近遙はジト目でケンスケを見つめ、一番了解を得られそうなトウジに聞いた。

「そら、文句ないで。 そやろ、シンジにケンスケ。」

トウジは振り返って他の二人に同意を求めた。
シンジは先ほどの演奏を聴いて感心していたので頷いてトウジの意見に賛成していた。
が、ケンスケの方は自分の持ち場を盗られたせいか少しわだかまりを持って賛成していた。

「ほな、そう言うこっちゃ。 よろしゅうたのんま。」

トウジのその一言で近遙の参加が決定した。
それからというもの毎日遅くまで練習に励んだ。
ただでさえセカンドインパクト前のグループの曲である。
参考になるものがなく毎日失敗と成功と喧嘩の繰り返しだった。
特にケンスケはキーボードを近遙に捕られたので慣れないベースをする事になったからなさら苦労していた。
近遙の参加を聞いたアスカは少しムッとした顔をしたが、今更自分も参加したところでシンジ達に迷惑になるだけだからと言って毎日おとなしくシンジの終わるのを教室で待っていた。
そして、とうとう文化発表会の日がやっってきた。


当日、シンジの晴れ姿を見るために冬月を始め、日向に青葉、マヤも会場に来ていた。
どうやらアスカがみんなに言って回った様だった。
そして、アスカは開演の3時間前から並んで最前列の中央を確保していた。
その数列後ろでは冬月が、更にその数十列後ろで日向と青葉が、何故か通路のど真ん中でマヤがDVDカメラを構えて陣取っていた。
その頃、舞台裏ではシンジ達エントリー組がスタンバっていた。
シンジを始め全員がネクタイにスーツ姿できめており、近遙に至っては男装に近いモノがあった。 シンジ達の前を演奏を終えた幾組かが通り過ぎて行った。
そして、とうとうシンジ達の番が回ってきた。

「よっしゃ。 みんないくでぇ~。」

トウジは着慣れないスーツに戸惑いながらもステージに向かった。
それに、続いてケンスケ、近遙もステージにあがった。
シンジは一人右手を握りしめていた。

『シンジ、行きます!』

シンジは心の中でそう叫んでステージに上がりマイクの前に立った。
緞帳が降りていてステージ上からは観客席が見えなかった。
しかし、シンジには目の前にアスカがいるように感じられた。
アスカはいつも僕を見てくれていると・・・。
メンバーが所定の位置に着くと同時に緞帳越しにスタートのブザーが聞こえてきた。
小豆色の緞帳の中央が少しあいた。
それと、同時に青空をイメージしたライトが中央に立っているシンジにあてられた。
それに合わせてシンジ、トウジ、近遙、ケンスケが演奏を始める。
シンジがステージの中央にいることが確認できたとたん女の子の黄色い歓声が上がった。
其れと同時に透き通った音色が会場全体に浸透していった。
シンジの声が響き渡ると今まで黄色い歓声で埋めつくされていた会場が急に静かになった。

 

抑え切れない想いや 人が泣いたり 悩んだりする事は 生きてる証拠だね

シンジの切ない、そして想いのこもった歌声が会場に響きわたった。

感じ合えば すべてがわかる 言葉はなくても
・・・・
今 僕らの心はひとつになる
振り向けば いつも 君がいたから

アスカは涙が止まらなかった。 シンジが今歌ってる曲・・・。そうシンジがアスカを命を賭けてテロから救った時に聞かせてくれた曲・・・。 シンジのアスカへの熱い想いが込められている曲。 二人の想い出の曲。 二人にとって色んな形容詞がつくこの曲・・・。
アスカは涙で目の前にいるシンジの姿が見えなかった。
しかし、アスカの心の中と言うステージにはシンジの姿がハッキリ映っていた。
アスカにだけ向けられたシンジの微笑み・・・。
それが、アスカにとってこの世で一番大切で信じられるものであった。
そして、ステージ上のシンジは間奏に入るやいなや語り始めた。

「僕にはいつも見守ってくれる女性(ひと)がいます。 太陽の様に優しくて暖かく、そして時には厳しくて・・・。 でも彼女の笑顔はイヤなことを全部忘れさせてくれます。 僕にとって彼女の笑顔はかけがえのないものなんです。 でもそんな安らぎを与えてくれる彼女に僕は何もしてやれない・・・。 だから、今日そんな彼女の為に歌います。 伝えたい僕の想いを込めて。」

 

ドアを開けて中に入ろうとしても 入り口が見つからなくて 誰かを傷つけた・・・

今度は近遙のバックコーラスもハミングしていた。

まるで鳥になったみたいに 自由にはばたくよ・・・
仲間の中に居ても 孤独を感じていた
目を閉じると そこに 君がいたから

失うものは何ひとつない 愛さえあれば
今 僕らの心はひとつになる
心の中に 君がいたから

それが全てだった。 シンジは歌にアスカへの想いを込めて歌い上げた。
演奏が終わっても会場は静寂に包まれていた。
言葉を発する者など誰もいなかった。

パチパチパチパチパチパチパチパチ・・・。

それは、アスカの小さな拍手だった。

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・。

それを皮切りに会場全体から大歓声と共に盛大な拍手がわき起こった。
シンジ達はステージの上で一瞬何が起こったのか判らなかった。
しかし、次第に充実感がメンバー全員を包んだ。
『僕らはみんなを感激させたんだ』と。
会場では感慨に耽った元NERV職員とDVDカメラのファインダーを覗きながら涙を滝のように流してるマヤの姿があった。
シンジはアスカに微笑んでステージをおりた。
トウジ達も観衆に手をふりながらおりていった。


帰り道ケンスケを除いてメンバー全員が上機嫌であった。
シンジはアスカとの想い出の歌を歌えたこと、近遙はシンジと一緒に思い出作りが出来たこと、トウジは思いの外バンドが大うけしたことでハイになっていた。
さらにつけ加えると近遙、トウジ、シンジの人気があがったこともある。
が、ベースをしていたケンスケだけは誰一人として見向きもしなかった。
『バ、バンドなんて大嫌いだー』
ケンスケは心の中で夕日にそう叫んでいた。
そんなメンバーが曲がり角にさしかかったとき影からアスカが飛び出してきた。
アスカはシンジの瞳を見つめていた。 心なしか頬も紅く染まっていた。

「シンジ。 今日はありがとう。 思いでの歌だね・・・。」

アスカはそう言ってシンジの腕に自分の腕を絡めた。

「そう・・・。良かった?」

シンジは短くそう言って、アスカに微笑んだ。

 

そんな彼らの後ろでは「やってられんわ」とトウジが、「負けないわ!!」と近遙がリアクションをとっていた。

 


恋人よ 愛なんて言葉は捨てろよぉぉぉぉぉ
迷わず熱く 肌を火照らせ この腕に 駆けてこいぃぃぃぃ~~
 

トウジの熱唱が終わった。 爽やかなポップ調なのだが何故か演歌ぽっくなっていた。
歌い終わったトウジは気持ちよさそうにステージ(?)を降りマイクをスタンドに置いた。

「さあ、次はこれよ!! これ!! Get it on! よ。」
「ダメ! さよならJasmine Breeze よ!」

あの後、アスカの発案で打ち上げも兼ねてシンジ達はカラオケボックスに来ていた。
が、入るなりアスカが今回のバンドを外された恨みかストレスかどうかはしらないがマイクを殆ど独占していた。 当然、シンジにラブソングなんて事を言いだしたものだから近遙とマイクとリクエスト曲の取り合いもしていた。

「やっぱ、惣流を外したんわ失敗やったの。」
「そうだね。 こうなると判っていたらコーラスかなんかで入れとけばよかったよ。」

最大の被害者のトウジとケンスケはハァ~とため息をつきながらコーラを飲んでいた。
でも、そんな二人をよそにシンジは独り充実感を楽しんでいた。

「ちょっとバカシンジ聞いてる?」
「碇君聞いて聞いて」

シンジの目前で二人はマイクの取り合いをしていた。

「あははは・・・。」

シンジは引きつりながらトウジ達と同様に少し後悔をしていた。

「1番、惣流アスカラングレー! 愛しの碇バカシンジの為に愛を込めて歌います!」

本日12曲目のアスカのラブソングが始まった。
シンジもやれやれ気分で聞いていた。 でも、歌っているアスカの表情が何とも言えないくらい愛おしく思えてならなかった。

歌い終わったアスカがシンジの隣に座った。 ステージでは近遙が歌っていた。

「お疲れさま」

シンジはそう言ってアスカに自分が飲んでいたジンジャーエールを差し出した。

「あっ、ありがとう。」

アスカはごく自然にシンジの差し出したジンジャーエールでのどを潤した。

「さすがにこれだけ歌うとのどが渇くわね。」
「そうだね・・・」

シンジとアスカの前では派手に騒いでいるトウジやケンスケ、近遙がいた。
そんな3人をシンジとアスカは懐かしそうな愛おしむような瞳で見つめていた。

「こんな毎日がずっと続くといいね・・・。」
「そうだね。」

シンジとアスカはテーブルの下で密かに手をつないでいた。