第四話 ペンダント

「でるな!!」

シンジは叫んでいた。
そして、次の瞬間には敵が病室内に侵入してきた。
敵がシンジを確認して銃口をシンジに向けるのと同時にシンジも敵に対して銃口を向けた。
そして、

パーン!!
ひときわ大きな銃声が1つだけ病室内に鳴り響いた。

1つの銃声と共に侵入者が悲鳴をあげ、アスカの目の前で左目を抑えながら倒れていった。
そして、アスカは無事なシンジの姿を求めてシンジの方に視線を向けた。
しかし、そこには右足を血で真っ赤に染めたシンジがいた。

「いやぁー!!」

アスカの悲痛な叫び声と硝煙の匂いが病室を支配していた。
シンジは撃たれた右足から血を流していても、立ち上がりアスカの盾になろうとしていた。

「シンジ!!」

アスカは危険を省みずベッドの下から飛び出しシンジの元へ近寄っていった。

「シンジ!! 大丈夫!? ねえ、大丈夫なの?」

アスカは倒れかかるシンジの体を横に座り込んで抱き支えた。

「シンジ!!」

シンジは右足の激痛に堪えながら、微笑んでアスカに話しかけた。

「大丈夫だよ、アスカ。 君を残して死んだりしないから。」

シンジは血で赤く染まった左手でアスカの頬に触れた。 アスカは両目に涙を一杯に貯めてシンジを見つめた。そして、アスカは自分の頬に触れてるシンジの左手に自分の右手を重ねた。

「シンジ・・・。 なんで私のために其処までするの。 私なんて生きてる価値のない女なのよ。」

そうアスカがシンジに話しかけた時、突然病室内に黒ずくめの男が入ってきた。
シンジは条件反射的にアスカの前に自分の体を全面に押し出し、銃口を新たな侵入者に向けた。
男は突きつけられた銃口を見て両手を上げた。

「諜報部の者です。 助けに来ました。」

男はそう言って両手を下げ、シンジも安堵と共に銃を下げた。

「いま直ぐ救護班が来ます。 それまでは我慢して下さい。 本当に申し訳ありません。 我々が付いていながらこんな目に・・・。」

男は本心から詫びているのだろう。 言葉の最後は聞き取れにくい程小さくなっていた。

「いいえ。 気にしないで下さい。 偶々、こんな結果になっただけですから。 それに、誰も死んでませんから。」

シンジはそう言って銃を諜報部員に預けた。
しばらくして数人の諜報部員がシンジ達のいる病室にかけ込んできた。
そして、シンジが倒した敵を担架にのせて連行していった。
一方で怪我をしたシンジは遅れてきた救護班の応急手当を受け、担架に乗って病室を出ようとしていた。 そして、アスカは担架の側を離れようともしなかった。

「シンジ・・・。」

両目一杯に涙を溜めたアスカが心配そうにシンジを見つめていた。

「大丈夫だよ。 心配しないで待っていて。 直ぐ戻ってくるから。 それに、アスカには聴いて欲しい大事な話があるから。」

シンジはそう言葉を残してアスカのいる病室を後にした。

シンジ・アスカ襲撃事件は直ぐに冬月達にも報告された。

「それで、二人は無事なんだな。」

普段は沈着冷静で物静かなイメージの冬月が声を荒げて言っていた。

「はい。 諜報部からの報告によるとシンジ君が右足に重傷を負ったものの命には別状ないそうです。 アスカはシンジ君が守っていたそうで怪我一つしてないそうです。」

青葉はディスプレイに表示されてる諜報部からの報告書を要約して冬月に報告した。
彼の表情からも安堵の色が伺えた。

「そうか・・・。とにかく、警護の人数を増やしてシンジ君達の安全確保を最優先に!」

冬月は青葉にそう言って、手元の受話器に手を伸ばした。

「冬月です。 早乙女議長を。 そうです。 火急の要件です。」

冬月の表情にはある決意が伺えた。

シンジは見知らぬ天井を見つめていた。

「ここは・・・。」

一瞬、自分の居場所が判らず戸惑っていたが、直ぐに記憶の糸がつながった。

「そうか、あの時右足を撃たれて・・・。 じゃ、ここはアスカと同じ病院か・・・。」

シンジはそう言って周囲を見渡した。
自分の体からは幾本かのケーブルがベッドサイドの医療機器に接続されていた。
左手には点滴がされており、麻酔が効いているのか右足に痛みは感じなかった。
そして、無機質な病室は電子音だけが支配していた。

「そう言えばアスカは・・・。」

自分の様態が把握できたシンジはアスカの事が気になった。
別れ際に見たアスカの涙がシンジの心を痛くした。
好きな女性の涙ほど男にとって辛いものはない。
シンジは枕元のナースコールをおした。
しばらくして看護婦の声がスピーカー越しに聞こえてきた。

「はい。 碇シンジさん。 どうなさいました?」

シンジはそのままの姿勢で話しかけた。

「すみません。どなたか来ていただけませんか。 聞きたいことがあるので。」
「判りました。 直ぐに伺います。」

看護婦はそう言ってマイクのスイッチを切った。
シンジは改めて周囲を見渡した。 壁に掛けてある時計は17時を示していた。
ただ、何日の17時かは判らなかった。

「一体どれくらい寝ていたんだろ・・・」

外から差し込んで来る日差しも幾分赤みを帯びていた。
シンジは差し込んでくる夕日のオレンジ色に見入っていた。
そんなとき不意にドアがあいた。

「シンジ・・・。」

ドアの側には私服姿のアスカが立っていた。
シンジは上半身だけを起こし、アスカを瞳の中に収めた。
アスカの瞳はシンジの姿と涙が支配していた。

「アスカ・・・。」

シンジはそれ以上何も言えなかった。
アスカがシンジの胸の中に飛び込んできたからだ。
アスカはシンジを抱きしめ、そして顔をシンジの胸に押しつけて泣いた。 
今まで我慢に我慢を重ねてきたもの全てを解放するかのように泣いた。
シンジはそんなアスカを優しく抱きしめるだけだった。

シンジ達が襲撃を受けた数時間後、冬月は早乙女と会談していた。

「と言う事は、マギ-オリジナルを手中に収めたというのかね。」

早乙女は本題には触れずそう言った。

「はい。 今全力をもって補完計画のデータを解析しております。 数日中には報告できると思います。」
「そうか。 それだけの事でわざわざ報告に来たわけではあるまい。」

早乙女は冬月の顔色を伺い見た。
冬月はできるだけ冷静を装って自ら本題を話し出した。

「おわかりでしたか。 実は碇シンジ君達がテロの対象になりました。」
「その様だな。」

早乙女は既に知っているにも関わらず話をじらした。

「はい。 その事で議長に御願いがあって参りました。」

冬月は少しでも早く結果が得たいのか話の展開を早めた。

「実はシンジ君達の警護の人数の増員と一刻も早く経歴の抹消を御願いしたいのですが。」

それを聞いた早乙女は少し笑みを浮かべた。

「その事ですか・・・。 既に手は打ってありますよ。 シンジ君の怪我が治り次第、次のステージに移行する事が決定済みです。」

早乙女は柔らかい表情で冬月にそう言った。
冬月は一体何が起こったのか判らず躊躇していた。

「あ・・・、一体どういう事でしょうか?」

冬月は訳が判らず早乙女に聞き直した。

「シンジ君達は先生達より一足先に自由を手に入れたと言うことです。」

早乙女は冬月に言った。 その表情は何も知らない老人をからかって喜んでる子供みたいであった。

「そうですか・・・。 いやはや私の所にはそんな報告がされてなかったもんですから。 そうですか。 あははは。」

冬月は安堵の表情で笑った。

「申し訳ございません。 ちょっと私が茶目っ気をだしまして先生を驚かそうとしたもんですから。 取りあえず、シンジ君達の身柄についてはシンジ君の退院後直ぐに冬月先生の元にお預けいたします。 しかし、先生も良い部下をお持ちですね。 先生が来るちょっと前に青葉君でしたかな? 彼から脅迫状ともとれる報告書を貰ってますよ。 シンジ君達の身柄についての要望書付きでね。」

冬月は目頭が熱くなるのを感じた。

「詳しいことは書面で報告します。 冬月先生・・・あれさえ公表されればシンジ君達へのテロ行為は防げます。 それと、警護の人間ですが諜報部以外にMPを付けておきました。 プロに喧嘩を売るほど奴等もバカじゃ無いでしょうから。 お疲れさまでした。 今日はゆっくり休んで下さい。」

早乙女はそう言って席を外した。
冬月は早乙女の後ろ姿を見ながら呟いた。

「青葉め・・・。 年寄りを泣かせおって・・・。」

シンジは泣き止んで少し落ち着いたアスカをベッドサイドに座らせた。
そして、首にかけていた十字架のペンダントを外し、アスカの視線の前にだした。

「ねえ、アスカ。これなんだか覚えてる?」

シンジがそうアスカに話しかける。 しかし、アスカは直ぐには判らなかったようだ。
記憶の糸を手繰り寄せるアスカ・・・。 そして思いだしたのか大声を上げた。

「あっ。 これってミサトがいつもしていた・・・。」

そう言ってシンジから十字架を受け取った。 十字架からはシンジの温もり以外に懐かしい温もりがアスカの手に伝わり広がっていった。

「アスカ。 今日はアスカに大事な話があるんだ。 僕達にとって大切なヒトの話。」

アスカは十字架を見つめていた。

「アスカ・・・。辛い話だけど、ミサトさんの・・・僕達のお姉さん・・・ミサトさんの最後をアスカにも教えたくて・・・。」

シンジは悲しみがこみ上げてきて一向に切り出せないでいた。 涙でアスカの顔がまともに見えなかった。

「アスカ・・・。あの時、アスカが量産機と独りで戦っているとき、僕はもうこれ以上傷つき傷つけたくなくて逃げて・・・死にたいと思ってた・・・。その時ミサトさんが言ってくれたんだ。今の自分が絶対じゃない。後で間違いに気付き後悔する。人生なんてその繰り返しだって。自分が傷つくのが嫌だったら、何もせず死になさいって。たとえ誰か他人を傷つけても生きていたらきっと償えるよって。」

シンジはミサトが別れ際に言ってくれた言葉をアスカに語りかけていた。

「その時ミサトさんは僕をかばって撃たれていたんだ。本当なら話もできないくらいだった。でも、最後に僕がエヴァに乗って今までの自分とケリをつけようと決心したとき、言ってくれたんだ。 優しい笑顔と一緒に いってらっしゃい って。 僕はその時初めてミサトさんとひとつに・・・家族になれた様な気がした。」

シンジは涙を拭うことなく話を続けた。

「僕がもっとしっかりしていたらきっとミサトさんは死なずに済んだと思う。でも、不甲斐ない僕を助ける為にミサトさんは死んでしまった。僕は結局アスカを傷つけ、カヲル君を殺し、ミサトさんまで死なせてしまった。自分のせいで他人が傷つくのが嫌で何もしなかった為に沢山のヒトを傷つけ死なせてしまった。多分、このまま生きていてもきっと多くのヒトを傷つけると思う。それなら、傷つける前に死んでしまった方が良いと思ってた・・・。」

シンジは辛い過去を思い出していたが、話しを続けた。 
しかし、その瞳には明らかに光が宿っていた。 希望と言う名の輝きが。

「けど、それは逃げてるだけなんだと思う。 実際、僕が傷つき傷つける事で逃げていた時、逆に多くの人を傷つけ死なせてしまった。 だから傷つけあってもいい、死なせてしまうよりはましだから。 お互いをより深く理解するためには傷つく事もあると思う。 何もせず死ぬよりは、傷つけあってでも、自分でできる事を考えて、償って行きたい。 生きてるんだから・・・、死んでしまったミサトさんの為にも、できることを精一杯やって生きていきたい。 そして、アスカにも生きていて欲しい。 もっともっとアスカに話したい事がある。 カヲル君の事やここに来るまでの事。 アスカに知って欲しい事がいっぱいあるんだ。 だから、一緒に生きていてほしい。」

其処まで話してやっとアスカを見る勇気がでてきたシンジはふとアスカの方に視線を戻した。

「ア、アスカ・・・。」

アスカは右手の十字架を握りしめ、瞳から大粒の涙を流していた。
シンジは十字架を握りしめてるアスカの手に自分の手を重ね合わせ、そっと握った。
優しく包み込むように。

「ゴメンね。 シンジ。 そんなこと全然知らずに・・・シンジに八つ当たりして。 ゴメンね・・・。 本当に私は自分の事しか考えてなくて・・・。 ミサトにも八つ当たりして・・・。 やな子だね。 私って。 でも、そんな私をシンジは許してくれるの? 何故? エヴァを失った私に何の価値があるの? 教えてよシンジ・・・。」

アスカはシンジの胸に顔を沈めた。 シンジの鼓動がアスカには聞こえた。

トクン、トクン

それはアスカが聞いた音の中で最も心和むもの様に感じた。

「だからねアスカ、誰だって八つ当たりの一つもしたいときがあるよ。 自分自身の事で精一杯って言って煩わしい他人事も責任も回避できる楽な生き方したいよ。 でもね僕はこれからは他人の事、相手の立場になって物事を考えて生きていこうと思う。 僕はアスカの立場になってね。 そしてアスカは僕の立場に立って物事考えていけばいいじゃないかな。 それがお互い助け合って・・・アスカが僕を助けて支えて生きていく第一歩だと思うよ。」

シンジは更に話を続けた。 その顔は男の顔だった。

「それに、生きる価値って言うのは生きていこうとするところにあるんだと思うよ。 だから、これからどんなに辛いことがあるか判らないけど、二人で生きていこう。 一人じゃ乗り越えられない壁も二人だったらきっと乗り越えられるよ。 二人だったら悲しみや苦しみは半分になるし、喜びは倍になるよ。 それに、僕達二人で乗り越えられなくてもミサトさんが・・・きっとミサト姉さんが見守ってくれてるから、大丈夫だよ。 だから、ね。 二人で頑張って生きていこう。 僕がアスカを守るから、守ってみせるから、絶対独りにはしないから。 約束するよ。 そしてアスカも約束してくれないか。 僕の還る場所としてアスカが何時までも僕の側にいてくれるって。」

シンジはミサトの墓標の前で心に誓った事をアスカに話した。
その顔には自信が満ち溢れていた。 
シンジの過去を知る者がいたらその変化にきっと驚いていただろう。
アスカはシンジのその言葉にただ頷くだけであった。 蒼い瞳は涙で溢れかえっていた。
そして、お互い握りしめた手の温もりをミサトのペンダント越しに確かめあっていた。