其ノ参拾:福音ヲ伝エシモノ

『降臨の日』
あの日の事を、いつしか人々はこう呼ぶようになった
13対の翼を背に
蒼天から舞い降りてきたEVAの姿
見様によっては
天使が舞い降りてきたと見えなくもない

僕は当然見ていなかったからわからないけど

福音ヲ伝エシモノ

其ノ参拾:福音ヲ伝エシモノ

 

あの日

エントリープラグから降り立った時
ミサトさん
加持さん
リツコさん
マヤさん
日向さん
青葉さん
冬月さん
みんなが僕を出迎えてくれた

ちょっと遅れてやってきたアスカに
ひっぱたかれて
抱きつかれて
レイも一緒に抱きついてきて
ちょっとドギマギしたけど
みんなに笑われたけど
『帰ってきて良かった』って
ココロの底から思ったんだ

その場に居なかった父さんとは
ターミナルドグマで再会した
母さんと話をしたと
2度と戻ってくる事はないと
僕に謝っていたと
そして、『ありがとう』と
父さんは言った
どことなく寂しげな笑顔で

初号機は再び天へと昇っていった
全てのEVAと
父さんの右手に宿っていたアダム
ターミナルドグマに磔にされていたリリス
それら全てを従えて

それから数ヵ月後
突然、僕達は自由になったと言われた
父さん達が精力的に働いていたのは知っている
だけど詳しい事は一切教えてくれなかった
『後始末は大人達の仕事だからな』
いつもこの一言で片付けられた
ハッキリしているのは
敵がいなくなった事
僕達は平凡な(といっても基準があやふやだけど)学生に戻った事
平和な日々を過ごせるようになった事
ただ、それだけ

そしてあれから
5年の月日が経過した

 


 

トントントントン・・・・・

軽快なリズムが、まな板から奏でられる。

それに合わせて、肩に掛かるほどの長さの空色の髪が小刻みに揺れる。

そんな妹の姿を、僕は背後から見つめていた。
一時期は不安定だったけど、レイの身体はすっかり健康になった。

内向的だった性格も、少しずつ積極性が出てきて。

こうして楽しそうに朝食を作っている姿を見ると、出会ったばかりの頃が嘘のように思えてくる。
最近、事ある毎にケンスケが僕に言うんだ。

『なぁシンジ、シスコンも程々にしとけよ?』

・・・・・余計なお世話だよ、まったく。

「・・・・・にいさん?」

物思いに耽っていたせいか、レイに呼ばれている事に気付かなかった。

慌てて椅子から立ち上がると、上半身だけこちらに向けているレイのそばへ歩み寄る。

「ゴメン、考え事してた・・・・・で、何?」
「・・・・・・味付け、これくらいで良いかな?」

差し出された小皿から、微かに湯気が立ちのぼる。

僕はフーっと息を吹き掛けると、小皿に口を付けた。

「・・・・・・うん、上出来」
「そう、良かった。

出汁をね、ちょっとだけ変えてみたの・・・・・・」
「美味しいよ、レイ。

これならいつでもお嫁さんになれるね?」
「な、何を言うのよ・・・・・」

微かに頬を染め、慌てて鍋に向き直るレイ。

こんな仕草も可愛い、なんて思ってしまうなんて・・・・・・やっぱり、シスコンなのかな?

「・・・・・相変わらず仲が良いわね、ふたりとも。

そうやって並んでいるところなんて、新婚さん、って言っても十分通用するわよ?」
「なっ・・・・・!?」

背後からの声に、僕は驚いて振り向いた。

パジャマの上に薄いカーディガンを羽織った姿の義母が、クスクスと笑いながら僕達を見つめていた。

「おはよう・・・・シンジ、レイ」
「お、おはよう!

・・・・もう、からかうのは止めてよ、義母さんっ!」
「・・・・・おはよう・・・・・・」

慌てる僕と、小声で応えるレイ。

ふたりとも顔が真っ赤だから、義母は笑いを堪えきれないようだ。

さすがに『酒と他人をからかうのが生き甲斐』と言っても過言ではない『元』保護者の親友を長くやってきただけはある。

ビール缶をぶら下げていないだけでも、まだマシという事なんだろうか。

「顔、洗ってくるわ」
「あ・・・・・うん」

そう言いながら台所を出て行く義母。

『義母さん』という呼び方にもずいぶんと慣れた。

最初の頃は恥ずかしがっちゃって、どうしても呼べなくて・・・・・お互い『シンジ君』『リツコさん』としか言えなかった。

レイもそうだったけど。

今となっては何の違和感もない・・・・・・これが家族になれたって事なのかなぁ、とも思う。
そろそろ頃合いだと思い、大きな食卓に皿を並べ始める。

洗顔し終わった義母が戻ってきたのも、ちょうどその時だった。

椅子に座りながら、食卓の上に並ぶ料理を見渡して言った。

「・・・・良い匂い。

やっぱり朝は和食に限るわ」
「義母さんなら朝食はパンにコーヒー、って言うかと思ってたけどね」
「そう?

確かにコーヒーは好んで飲むけど、朝食となったら別。

レイが作ってくれるのは特に美味しいから、ついつい食べ過ぎてしまうのがちょっとね・・・・・」
「ところで、父さんは?」
「もう少しだけ寝かせてあげて。

昨夜も折衝だ会議だとかで、ほとんど徹夜と同じだったもの。

久し振りに取れた休日くらい、ゆっくり休ませてあげたいわ」
「ん・・・・・わかった」

全ての料理が出揃ったところで、レイはエプロンを外しながら僕に問い掛ける。

「にいさん、アスカは?」
「そう言えば来てないね・・・・・・まだ寝てるのかな?」
「・・・・様子を見てきて」
「わかったよ」

僕は階段を上がり、2階へ。

廊下を挟んで4つのドアがある。

右側に僕とレイの部屋が並び、アスカの部屋は僕の向かい側。

ちなみに、父さん達の寝室と書斎は1階になる。

「アスカぁ、朝だよ?」

ドアをノックしながら声をかける。

返事は、ない。

僕はドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。
遮光カーテンがきっちりと閉められ、薄暗い部屋。

クロゼットの扉の横には、ぎっしりと本が詰まった本棚。

整頓された机、その上にある写真立て。

大きな樹の下で立つ僕と、満面の笑顔で腕を絡める彼女のポートレートが収まっている。
僕はベッドの脇に膝をつき、アスカの肩に手を掛けた。

「・・・・アスカ、アスカ?」
「・・・・・・・・んぅ」
「アスカ・・・・・・起きて。

朝食、冷めちゃうよ?」
「・・・・・・・・・・ンジぃ?」

壁に向いて寝ていたアスカが、ゆっくりと仰向けになる。

閉じられていた瞼がうっすらと開き、蒼い瞳がその下から現れる。

形良い唇が、笑みを浮かべる。

僕はアスカの唇にそっと唇を重ねた。

「おはよう、アスカ・・・・・・・目、覚めた?」
「・・・・・オハヨ、シンジ・・・・・・・・・・・・ん」

アスカは開きかけた瞳を閉じ、顎を少しだけ上に向ける。

もう一度、というおねだり。

だから僕は、もう一度唇を重ねる。

アスカの腕が僕の首に回る。

くちづけを交わしたまま、彼女の身体を引き起こす。
いつもの朝、いつもの始まり。
階下に降りた僕達を、ふたりの笑顔が出迎えてくれた。

 


 

「ねぇねぇ、コレなんてどう?」

アスカは棚から産着を取り出すと、僕の目の前に差し出した。

腕の部分が白で、その他がピンク。

胸に小さなサルのアップリケが付いている。
僕にとってどれが可愛いなんて見分けはつかない。

だけど、アスカの嬉しそうな顔を見ると、つい・・・・

「へぇ・・・・可愛いね」
「でしょでしょぉ?

じゃ、コレも追加ねっ♪」
「・・・・はは、は・・・・」

アスカは僕に産着を手渡すと、新たな獲物を求めて歩き出した。
ここは駅前にあるデパートの幼児服売り場。

朝食を食べ終えた後、アスカは僕とレイを開店時間に合わせるかのように引っ張り出した。

午後からトウジの家にお邪魔するから、その前に買い物を済ませておきたいと言って、半ば強引に。

家を出る時、いくらなんでも早過ぎるんじゃないかとも思ったりしたが、それは杞憂に終わった。

両手一杯に荷物を持つ僕と、棚と僕の間を行ったり来たりするアスカ、そしてレイ。

いくら出産祝いとはいっても、この量は・・・・・・・
くいくい
え?
振り返った僕の目に、大きなクマのぬいぐるみを抱えるレイの姿。

ほんの少しだけ首を傾げ、上目遣いで僕を見つめる。
・・・・・・・・わかったよ、もう・・・・・・・・
力なく肯く僕の前で、レイは満面の笑みを浮かべた。

 


 

「いらっしゃい・・・・・・・・って、どうしたのよこの荷物!?」

片手でドアを抑えながら出てきた洞木さん・・・・・あ、今は鈴原さんだっけ・・・・・は、挨拶もそこそこに目を丸くした。

それもそのはず。

僕の両手には、パンパンに詰まった大きな紙袋が4つ。

アスカの手には紙袋がひとつ、レイはクマのぬいぐるみを抱きかかえて。

「や、やぁ・・・・・」

僕は引き攣った笑顔しか出来なかった。

「はぁ・・・・・とにかく、入って?」
「う、うん・・・・お邪魔、します」
「おっ邪魔しまぁ~~~す♪」
「・・・・・・おじゃまします・・・・・・」

次々に玄関を上がった僕達は、短い廊下を抜けて居間へと通された。

「よぉ、シンジ・・・・・・って、なんやねんその荷物はぁっ!?」
「ば、バカ!

おっきな声出したら、起きちゃうじゃない!」
「う・・・・・スマン・・・・」

畳に直に座っていたトウジは僕の手荷物を見た途端大声を張り上げ、すぐに一喝された。

アスカは荷物を壁際に置き、キョロキョロと部屋の中を見回した。

「赤ちゃんは向こうの部屋で寝てるの?

ねぇヒカリ、見せてくれない?」
「うん、静かにね」

ゾロゾロと今を出ていく3人。

僕は勧められた座布団に腰を下ろしながら、トウジに向き直った。

「久し振りだね、トウジ」
「ああ・・・せやな。

でも何や?あの大荷物は・・・・・」
「・・・・・・出産祝いのはずなんだけど、いつの間にか・・・・・・ははは・・・・・」
「・・・・・・・相変わらず、苦労しとるなぁ・・・・・」

顔を見合わせ苦笑する僕とトウジ。

隣の部屋から、小声で話す3人の声が聞こえてきた。
トウジは高校を出てからすぐに就職した。

そして20歳になる直前に洞木さんと結婚し、もう父親になった。

結婚式が半年前だったから、ちょっと計算が・・・・・・・まぁ、細かい事は放っておこう。
中学の頃から付き合っていたふたりだから、いずれは・・・・・・なんて思っていたけど、これほど早くに結婚するとは思ってもみなかった。

ふたりの口から結婚という言葉が出た時はかなり驚いたけど、それ以上に祝福の気持ちのほうが大きかった。

アスカなんて嬉しさのあまり泣き出しちゃったしね。
他愛もない話をしているうち、3人は居間へと戻ってきた。

「ねぇ、シンジ・・・・・・ほら・・・・・・・」
「うわぁ・・・・・」

アスカの腕の中ですやすやと眠る赤ちゃん。

ちっちゃな手をきゅっ、と握って。

時折むにゃむにゃと口を動かしながら。

「・・・・・こんなにちっちゃいけど、しっかり生きてるんだよね・・・・・・・」
「うん・・・・きっと、この子達が・・・・・・幸せを運んできてくれるんだ・・・・・・いつか・・・・・」

アスカの肩に顔を寄せ、赤ちゃんの顔を覗き込む僕。
小さな命。

新しく生を受けた、命。

ミサトさん達の子供が生まれた時もそうだったけど、何故か涙が出そうになる。
母さんが、カヲル君が、あの時僕を諌めてくれたから。

僕の間違いを正してくれたから。
感謝・・・・・・・しなきゃね。

「・・・・・・・なんだかアスカ、本当の母親みたい・・・・」
「せやな・・・・・アイツらにとっては良い予行演習ちゃうんか?」
「そうね・・・・・そんなに遠くない未来の姿、かしら?」
「幸せ、なのね・・・・・・・にいさんも、アスカも・・・・・・・」

小さな声で囁きあう鈴原夫妻、そしてレイ。

無視してたわけじゃないけど、その言葉は僕達ふたりには届かなかった。
安らかな寝顔を見せる彼女を包み込む、静かな午後のひととき。
穏やかな風が、部屋の中を吹き抜けていった。

 


 

空が朱に染まり始めた頃、僕達はトウジの家を辞した。

夕日を浴びて長く伸びる影。

『ココを抜ければ近道なんだよ』というアスカに誘われ、僕達は公園の中を歩いていた。

「ねぇ・・・・・・すっごく幸せそうだったと思わない?」

絡めた指に少しだけ力を込めながら、僕を見上げるアスカ。

レイは微笑を浮かべながら、僕の左側を歩いている。

「・・・・・そうだね。

でも、ちょっとだけ・・・・・羨ましかったかな」
「羨ましいって・・・・どうして?」
「何て言えばいいのかな・・・・・・そうだ、理想なんだよね。

僕達ってさ、小さい頃から両親が揃っている事がなかっただろ?

僕やアスカには母親が居なかったし、レイは親という存在すら知らなかった。

僕達だけじゃないよ、ケンスケ、トウジ、洞木さん・・・・・周りに居るみんな、両親が揃っているのが稀だった。

特に僕達は・・・・・・特殊な環境で育ってきたんだ・・・・・・親からの愛情を受ける事なく。

自分では気付いてなかったんだろうけど、心の奥底では両親からの愛情を欲していた、愛情に餓えていたんだ・・・・・」
「・・・・・そうね、そうだと思う」
「でもさ、あの娘にはトウジが、洞木さんが居る。

時には誉められて、時には怒られたりして・・・・・・・惜しみない愛情を受けて、幸せに暮らしていけると思うんだ。

そんな家庭を僕も作りたい・・・・・心から、そう思うよ」
「シンジ・・・・・・・」

アスカはぎゅっ、と手を握りながらその身を僕のほうへと寄せる。

しばらく無言のまま、僕達は歩き続けた。
やがて見えてきた公園の出口。

あともう少し、といったところで不意にレイが足を止めた。

2・3歩行き過ぎた僕達は、振り返りレイを見た。

俯き加減に立ち竦むレイ。

その表情は、微かに沈んでいた。

「・・・・・レイ?」
「・・・・・・・・わからないの」
「え?」
「・・・・・・・・自分の気持ちがわからない・・・・・・・」

僕とアスカは立ち止ったまま、彼女の言葉を待った。

「・・・・・にいさんとアスカが結婚し、子供を産み、家庭を築き上げる・・・・・・・それはとても素敵な事、そして喜ばしい事。

でも・・・・・・それを思うと胸が痛むの。

さっきもそう・・・・・・幸せそうなふたりを見ていたら、胸が締め付けられたの。

どうして?

何故胸が苦しくなるの?

私は・・・・・・・貴方達の幸せを願っていないの?

わからないの・・・・・・・わからない・・・・・・」

レイは泣きそうな顔で頭を振っていた。
アスカが見上げる。

僕が、頷く。
僕はその場から少しだけ離れ、アスカだけがレイのそばへ歩み寄った。

そして、レイの身体をそっと包み込んだ。

「・・・・・・あのね、レイ?

アナタとアタシ達は出逢ってからずっと一緒だった。

アナタにとってシンジは兄であり、アタシは姉・・・・・・・ま、もうひとり歳の離れた姉が居たけど・・・・・・・とにかく、アタシ達は家族として暮らしてきたの・・・・・そうよね?」
「・・・・・・ええ」
「でもね、アタシはちょっとだけ違ってた。

レイもミサトも、本当の姉妹だと思ってた・・・・・・でもね、シンジだけは違ったの。

シンジはアタシにとってかけがえのない、世界で一番大事な・・・・・・・大好きなヒト。

異性として、恋人としてシンジを・・・・・・・愛してた。

・・・・・・それはね、レイにも言えるコトなのよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「レイとシンジはユイさんから産まれた本当の兄妹よ。

でもね、アナタもアタシと同じようにシンジを愛してしまった・・・・・・自分でも気付かぬうちに、ね」

一瞬、レイの瞳が見開かれた。

けれど自分の表情を隠すかのように俯いてしまうレイ。

アスカはレイの髪にそっと手を当てた。

「・・・・・でも、シンジにはアタシがいた。

シンジはアナタを妹として見ていた。

だから、アナタは・・・・・アタシ達の関係を壊さない為に、自分の想いを胸の奥へと仕舞いこんだ。

・・・・・・そうでしょう?」
「・・・・・・・・ちがう・・・・・私は・・・いもうと、だもの・・・・・・・」
「・・・・・いいの、いいのよレイ。

アナタの胸が痛むのは、心が泣いているからなの。

胸が苦しいのは、想いが張り裂けんばかりに膨らんでいるからなのよ。

・・・・・・誰も咎めはしない、誰も責めたりしないわ。

だから・・・・・・・・スッキリしちゃいなさい、レイ。

我慢するコトなんてないから・・・・・・ね?」
「・・・・・わ・・たし・・・・・・・・わたしは・・・・・・・・・わたしはぁ・・・・・・・っ!!!」

レイの瞳から大粒の涙が零れる。

固く結んだ唇から嗚咽が漏れ、やがて大きな泣き声となる。
アスカはレイの背中を抱き、髪を撫で続けた。

母親が我が子をあやすかのように。
アスカのシャツの肩に、レイの涙がすっかり染み込んだ頃。

アスカはそっとレイの身体を離した。

両手で涙の跡を拭うと、とん、とレイの背中を押す。

「行ってらっしゃい・・・・・レイ。

アナタの想いを、ありのままのアナタをシンジに伝えてらっしゃい。

でもね・・・・・・・アタシは負けないわよ?」

優しく微笑むアスカ、小さく頷くレイ。

そしてレイは、僕の元へゆっくりと歩いて来た。

「・・・・・・・・にいさん・・・・・・いえ、碇君・・・・・・・」
「・・・・・何だい、綾波?」
「・・・・・私は・・・・・・・・・・私は貴方が好き・・・・・・・・・・兄としてでなく、ひとりの男性として・・・・・・・・好き・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・貴方と出逢う前の私は、感情を持たない人形のようなモノだった・・・・・でも。

貴方と出逢い、共に戦い、共に暮らし・・・・・・感情を手に入れたと同時に、貴方への想いも生まれたの。

だけど貴方にはアスカがいた。

貴方は私の兄だった。

だから、私は・・・・・・・誰にも打ち明けられないこの想いを、胸の奥深くに閉じ込めた」

レイはまっすぐに僕を見つめていた。

僕もまた、彼女から目を逸らさなかった。

「忘れようとしたわ・・・・・・何度も、何度も。

でも、忘れられなかった。

それどころか、日を追う毎に想いは膨らんでいった・・・・・・・叶わない事だと知っていながら。

苦しかった、辛かった・・・・・・・・伝えられないから・・・・・・・私は貴方の妹だから」
「・・・・・・あやなみ・・・・」
「・・・・・・・でもね、もういいの・・・・・・・・アスカが赦してくれたから、この想いを伝える事を赦してくれたから・・・・・・・

大丈夫・・・・・・きっと、大丈夫。

貴方への想いは叶わないけれど、妹としてずっとそばに居られるから・・・・・・・もう、大丈夫なの。

アスカと・・・・・・幸せになってね、にいさん・・・・・」

レイはそう言うと、静かに微笑んだ。

僕はアスカをチラッと見た。

アスカは『仕方ないわね』というように小さく肩を竦めると、クルっと回れ右をした。

レイに近づき、そっと腕を背中に回す。

そして耳元で囁いた。

全ての想いを、その一言に乗せて。

「・・・・・ありがとう、レイ・・・・・・・・」
「・・・・・・・うん・・・・・・」

レイの手が、そっと胸を押す。

僕は腕の力を抜き、彼女を解放した。

そして、ふたり並んでアスカの元へ。

「・・・・・アスカ、もういいよ」
「・・・・・シンジ・・・・・・」
「・・・・にいさんを宜しくね、ねえさん・・・・・」
「レイ・・・・・ありがとう・・・・・・」

もう涙はなかった。

あるのは微笑みだけ。

「帰ろう・・・・・・・・僕達の家へ」

僕達は歩き出した。
陽が沈み、月明かりが照らす夜の道を。
互いの手のぬくもりを感じながら。

 


 

僕は、戻ってきた
全てをやり直すために
もう一度、みんなと逢うために

幸せだと、思う
再び、出逢えたから
笑顔で居られるから

でも、これが本当の幸せなのか
それはわからない

夢が無限にあるように
可能性が無限にあるように
幸せの形も、無限にあるはずだから

僕は歩き続ける
探し続ける

アスカと共に

やがて産まれ来る、まだ見ぬ我が子と共に

僕の旅は
僕達の旅は

まだ始まったばかり

Fin.