其ノ弐拾八:血戦(弐)

『いや・・・・・・・・・イヤ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

発令所内に響く、アスカの叫び声。
動かない、動けない弐号機。
迫るロンギヌスの槍。
キーボードを叩く手が、止まった。
モニタから、目を離せなかった。
此処に居る事しか出来ない。
手を差し伸べる事も、声を掛ける事すら出来ない。
無力感、そして絶望感が発令所内を覆い尽くした。

その時。
紫色の巨人が、突如弐号機の前へ立ち塞がった。
微かな希望が、人々の胸に湧き上がる。

しかし、それは。
次の瞬間、無残にも打ち砕かれる事となる。

終局へのカウント・ダウンが

始まった。

福音ヲ伝エシモノ

其ノ弐拾八:血戦(弐)

 

「零号機、弐号機共に損傷率30%を上回りました!」
「弐号機エントリー・プラグよりLCLの漏洩を確認!

このままでは生命維持に支障が生じます!」
「敵エヴァシリーズ、再起動!

ダメです!キリがないですよ、これじゃぁ!!」
「くっ・・・・・・どうすれば・・・・・どうすればいい?

考えろ、考えるのよミサトっ!!」

オペレータからの報告を受け、何とか状況を打破せんと頭脳をフル回転させるミサト。

だが、いくら考えても打開策は浮かび上がらない。

モニタから視線を外し、リツコに助言を求めようとした。

しかし、すぐにモニタへと向き直る。

リツコもまた、必死の形相でキーボードと格闘していたから。

2対9という数的不利。

S2機関内臓による、無限の活動時間。

そして、驚異的な回復力。
戦闘開始から20分以上が経過し、パイロットの疲労も、またEVAの損傷も深刻な状態に陥っている。

アンビリカルケーブルが切断されて居ないのは、まさに奇跡と言えよう。
絶対的な戦力差が、真綿で首を締めるかのようにじわりじわりと追い詰めていく。
諦めるわけにはいかない。
まだ、生きている。
生き延びなくてはならないのだ          絶対に。

そんな時だった。

コンソールを操作していたマヤが、突然声を上げた。

「・・・・・・え?

しょ・・・・・初号機のプラグ、エントリーを確認!

続いて起動ルーチンが展開されますっ!」
「一体どういう事、マヤっ!?」
「わかりません!こちらからは一切指示を出していないんです!

・・・・このパーソナル・パターン・・・・・・シンジ君です!

シンジ君が騎乗しています!!!」
「「シンジ君が!?」」

ほぼ同時に、ミサトとリツコがマヤの方へ向き直った。

時を同じくして、今まで微動だにしなかった人物が重い口を開いた。

「・・・・・伊吹君、通信回線は開けるかね?」
「・・・・司令!?

駄目です!一切の信号を受信しません!」
「・・・・構わん、何度でも繰り返せ。

初号機の拘束具を解除、射出口への移動を開始しろ」
「しかし・・・・・状況は一切不明のままなんですよ!?」
「戦力が不足している以上、出せるものは全てつぎ込まねばならん。

上で戦っているパイロット両名をむざむざ殺させるわけにもいかん」
「・・・・・了解!」

ゲンドウの指示の元、何度も繰り返し行ってきた発進準備に取り掛かるオペレータ達。

これが最後のオペレーションになる・・・・・・そうなる事を、切実に願いながら。

初号機起動とほぼ同時に、射出口への移動が終了した。

そして、ミサトの口から発進命令が出される瞬間、突然初号機から通信回線が開かれた。

『・・・・・ミサトさん』
「え?し・・・・・シンジ君?」
『・・・・・・・リツコさん、日向さん、青葉さん、マヤさん、加持さん、冬月さん、発令所に残っている皆さん・・・・・・・そして、父さん。

・・・・・・・・・今までありがとうございました・・・・・・・・・・・そして、ごめんなさい・・・・・・・』
「ちょっと、シンジ君!?

あなた、今までどこに居たの・・・・・何をしていたのよ!?

ごめんなさいってどういう事?

ねぇ、返事をしてよぉっ!!

シンジ君、シンジ君、シンジ君っ!!!」

ミサトの叫び声も通じる事なく、一方的に遮断される回線。

必死になって呼び掛けるミサトに、ゲンドウは低い声でたった一言だけ、告げた。

「・・・・・・・発進だ、葛城君」
「しかし・・・・・・司令!?」
「・・・・・・・・・・・頼む。

・・・・・シンジにも何か意図があるはずだ、今はそれを信用する以外に手はない・・・・・・」

振り返り、ゲンドウを見つめるミサト。

そして彼女は気付いた。

静かな口調の裏にある、彼の葛藤を。

表情を隠すように組まれた両手を覆う白い手袋が、じわりと朱に染まっているのを。

「・・・・・・・わかりました・・・・・・・・・EVA初号機、発進!!!」

強烈なGで操縦者を押さえつけながら、射出ルートを異常ともいえる速度で進んでいく初号機。

その様子を横目で見ながら、戦地に立つアスカ、レイにシンジ到着を伝えようとした。

しかし             

「アスカぁっ、レイっ!!

もう少しの辛抱よっ!!

今、初号機が・・・・・シンジ君が助けに行くからっ!!」
「・・・・!?

葛城さんっ!弐号機並びに零号機との通信、遮断されましたっ!!」
「なんですってぇッ!!!???」

まるで掴み掛かりそうな勢いで日向に詰め寄るミサト。

キーボードを叩く手を休める事なく、日向は状況を説明した。

「初号機が地上に到達したと同時に、強力な障害電波が展開されたんです!

通信回線にまで影響を与えるなんて・・・・・こんなの、見たことないですよ!」
「駄目ですっ!

こちらでもモニターできませんっ!!」

日向に呼応するかの如く、悲痛な声を上げるマヤ。

「とにかく全力で捕捉してっ!

ここで手を拱いているわけにはいかないのよ!!」

ミサトは声を張り上げながら、ノイズが走って視認し辛くなったモニタを睨みつけた。

そこに映っていたのは
オレンジ色の壁に接触しながら、その形態を変えていく槍の姿
そして
身動ぎすらしない弐号機の姿。

『いや・・・・・・・・・イヤ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

アスカあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

ミサトのあらんばかりの叫び声が、発令所に響き渡った。

そして
紫色の影が見えたと同時に
モニタはホワイト・アウトしてしまった。

一瞬の静寂。

「・・・・障害電波、収束していきますっ!」
「零号機、弐号機の信号を捕捉!

パルスを確認・・・・・・・パイロット両名とも、無事ですっ!」
「映像、出ます!」

 


 

『・・・・・遂に我等の願いが始まる』
『ロンギヌスの槍もオリジナルがその手に還った』
『いささか数は足りぬが、止むを得まい』
『エヴァシリーズを本来の姿に。

我等人類に福音を齎す、真の姿に』
『等しき死と祈りを以って、人々を真の姿に』
『それは、魂の安らぎでもある』

『・・・・・・・・では、儀式を始めよう』

 

 


 

にいさぁぁぁんっ!!

レイの叫び声。

復活する、映像。

まるでイエスが磔にされたが如く、両手を槍に貫かれた初号機。
その喉元には、オリジナルであるロンギヌスの槍。
十字架のように伸びる、光の羽。
翼を広げたエヴァシリーズが、光の羽に喰い付きながらゆっくりと上昇していく。

「初号機、拘引されていきます!」
「高度1万2千、更に上昇中!」
「くっ・・・・・・・このままでは、シンジ君の言っていた『過去』の再現にしかならん・・・・・・・・

まさか、彼はこのままヨリシロとなるつもりなのか!?」

初号機の相貌から、光が消え去る。
エントリー・プラグ内のコクピット。
シンジの両手に、紅い痣が浮かび上がる。
俯いたままのシンジの表情は、誰も窺い知る事は出来ない。

 


 

『EVA初号機に聖痕が刻まれた』
『今こそ中心の樹の復活を』
『我等が僕、エヴァシリーズは皆、この刻の為に』

 

 


 

光に包まれながらゆっくりと離れていくエヴァシリーズ。
初号樹を取り囲むかのようにその位置を定め、大空に紋章を形取っていく。

 


 

キーボードを叩くマヤの手が、次第に速度を落としていき           やがて止まった。
その瞳に映るのは、失望の色のみ。
誰に聞かせようとでもしたわけではない言葉が、彼女の口から漏れていく。

「・・・・・・全ての現象が15年前と酷似してる。

じゃあ、これって・・・・・・・・・やっぱり、サード・インパクトの前兆・・・・・・・なの?

シンジ君が求めていたのは・・・・・・・・・・・・こんな終わり方だったの?」

真実を知る者は、居ない。

この先何が起きるのか                誰も想像できなかった。

そして。

蒼い機体からエントリー・プラグが射出された事に。

紅い機体が、蒼い髪の少女を追いかけるように駆け出した事に。

気付いた者は誰も居なかった。

唯一、発令所から姿を消した男以外は。