其ノ弐拾七:血戦(壱)

「・・・・・・・・来たわね・・・・・・・・」

アタシはエントリープラグの中で呟きながら、空を見上げた。

戦自はとっくの昔に退却済み。

加持さん達が仕掛けた罠に次々と嵌っていくうち、戦意を根こそぎ奪われたようだ。

各支部からのMAGIへのハッキングも、アッサリとカタがついた。

オリジナルのMAGIに、本気になったリツコに           敵う相手ではなかったのだ。

最早残った敵はアイツらだけ。

雲ひとつない蒼天に浮かぶ、9つの黒い影。

ゆっくり、ゆっくりと旋回を繰り返す。

アタシ達を窺うように、エモノを見つけたケモノのように。

右目が、右腕が疼くのを感じる。

高鳴る鼓動、蘇る悪夢。

インダクションレバーを握る腕に、力が篭る。

『アスカっ!?』

通信回線が開くと同時に聞こえてきた、心配そうな声。

ポップアップウィンドウには、大写しになった姉の顔。

仕方ないわよね、アタシの心の動きは        全部モニターされているのだから。

それでもアタシは、敢えていつもの調子で返す。

「・・・・ナニよぉ、ウッサイわねぇ!?

気が散るから大声なんて出すンじゃないわよっ!」
「・・・・・アスカ・・・・・・・」

ミサトは視線を逸らす。

声を掛けたい、でも言葉が見つからない          そんな表情を見せて。

いいの、わかってる。

ミサトがアタシを、レイの事を心配してくれるのは良くわかってるよ。

アタシはみんなに護られてる。

だからアタシは         みんなを護る。

だから          

「・・・・・ねぇ、ミサト?」
『・・・・・・何?』
「コレが終わったらさぁ、温泉連れてってよ・・・・・・あの時の、温泉」
『温泉?』
「そ・・・・・・・・でね、みんなで一緒に入るの。

アタシと、レイと、ミサト、リツコ、マヤ・・・・・・・・ペンペンも。

あ!オトコと混浴なんてヤだからねっ!?」
『・・・・・・・・』
「約束したからね?

絶対だよ・・・・・・・・・絶対、連れてってよね!?」
『・・・・・・わかったわ。

お風呂は心の洗濯ですもんね・・・・・・・・みんなで、一緒に・・・・・・・』
「ま、アンタは加持さんと混浴のほうが嬉しいかもしれないけど?」
『な・・・・・・・ななななななな何を言い出すのよぉ、いきなり!?』

あーあーあー。

あんなに顔真っ赤にして、うろたえまくっちゃって            ミサトって、大人なのか子供なのかわかんないわねぇ?

やっぱ可笑しい        ガマンできないわ。

『・・・・・・・笑ってるんじゃないわよっ!』
「いーじゃない、ホントのコトなんだしぃ♪」
『ったくぅ・・・・・・アスカだって同じこと考えてるんじゃないのぉ?』

        やっぱそう来たか。

あ~あ、ニヤニヤしちゃって。

フフン、アタシをナメんじゃないわよぉ?

「だからどうかしたの?」
『・・・・・へっ!?』
「どうせならシンジも一緒に入れて、アイツの焦る顔を見たかったけど・・・・・・・いないんじゃしょうがないもんね」
『アスカ・・・・さん?』
「まいっか・・・・・・シンジはアタシとだけ混浴すれば良いンだし。

レイやミサトなんかにシンジの肌を拝ませる必要もないし・・・・・・・・・って、こんなコト話してる場合じゃないわよね」

唖然とするミサトを放っておいて、再び視線を上空へ向ける。

ヤツら、少しずつ高度を下げてきた。

いよいよ            始まるのね。

「通信、切るわよ?」
『アスカ!』
「・・・何よ、まだ言い足りないっての?」
『・・・・・・・約束だからね・・・・・・・・・ちゃんと帰ってきなさいよ?』
「・・・・・・・・・・・・・・・約束よ!」

アタシはレバーを握りなおした。

ソニックグレイブを構え、今まさに地上へと降り立たんとする量産機に対峙する弐号機。

あの時と、同じ構図。

でも、ひとりじゃない。

アタシの隣にはレイがいる。

パレットガンを腰溜めに構え、量産機を睨みつける零号機が。

それだけじゃない。

ミサトやリツコ、マヤ        発令所にいるみんながアタシを見つめている。

アタシ達が無事に帰ってくることを、待っていてくれている。

アタシは        ひとりぼっちじゃないんだ。

アタシはレイへと回線を繋いだ。

「・・・・・レイ、さっきの会話、聞いた?」
『ええ・・・・・・』
「なら話は早いわね。

チャッチャと片付けて、今晩は温泉よ?」
『・・・・・・そうね』

レイは無表情を装っていた。

でも、アタシにはわかる。

このコもアタシと同じなんだ、って。

だから        

「レイ?シケた顔してンじゃないわよ!?

シンジなら大丈夫・・・・・・・アイツが戻ってこないわけないでしょ?」
『・・・・・・・・』
「アイツがいないのなら尚更、よ。

戻ってくる場所をアタシ達が護ってやンなきゃ・・・・・・・ドコにも行くところなくなっちゃうンだからっ!」
『アスカ・・・・・』
「だからっ!

アタシ達はっ!!

負けられないンだからっ!!!」

レイは小さく、でも力強く頷いた。

アタシは親指を立ててウィンクすると、回線を切った。

爬虫類のような顔が目の前に並ぶ。

ニヤニヤとイヤらしそうに笑っているようで、怒りが込み上げてくる。

「行くわよ・・・・・・アスカ!」

アタシはインダクションレバーを握る腕に、更に力を込めた。

地を蹴り、突進を始める弐号機。

最後の戦いの幕が、今開いた。

福音ヲ伝エシモノ    

其ノ弐拾七:血戦(壱)    

 

カーテンの隙間から零れてくる朝日が、アタシの顔に降り注いでいた。

その明るさに、暖かさによってまどろみから引き上げられた。

目覚めたアタシの目の前にシンジの姿はなかった。

主のいないベッド、冷え切ったシーツが横たわっていただけ。

病院。

本部。

ケージ。

更衣室。

食堂。

マンション。

学校。

繁華街。

墓地。

アタシもレイも、連夜の作業で疲れ果てているはずのミサトやリツコ、加持さんも必死になって探した。

けれど、シンジはみつからなかった。

無常にも過ぎ行く時間。

焦りが疲労を呼び、疲労が身体の自由を奪っていく。

石のように重く感じる足を引き摺って辿り着いたのは、思い出の公園。

ユニゾンの特訓をした時、シンジが追って来てくれた公園だった。

そこにもシンジの姿はなかった。

淡い期待が脆くも崩れ去り、感情の波がアタシを覆い尽くす。

必死になって我慢してきたものが目の端から溢れそうになった時、背後に足音が聞こえた。

振り返ったアタシの目の前に、よれよれのジャケットを羽織った加持さんが立っていた。

「・・・・・・加持さん」
「ここに来ると思ってたよ、アスカ」
「どうして・・・・・?」
「前にね、シンジ君と話した時に聞いたんだよ。

ユニゾンの特訓をしていた時、君と初めて心を通じ合わせた気がしたのは、この場所だってね。

シンジ君は嬉しそうな顔で話していたよ・・・・・・だから、覚えていたのさ」
「そうなんですか・・・・・・・」
「・・・・今回の件については本当に済まないと思っている。

彼が不安定な状態だったのを知っていながら、どうする事もできなかった。

まさか病院から抜け出すなんて、思ってもみなかったんだ。

完全に我々のミスだよ」
「加持さん・・・・・そんなに自分を責めないで。

だって、加持さん達は一生懸命だったじゃない。

アタシ達のことだけじゃなく、戦自への対策だとかSEELEの対処とか・・・・・やる事が山済みだったんだもの。

そのために神経をすり減らして、身体を酷使して。

アタシもレイも、ただシンジのそばに居る事しかできなかったのに・・・・・」
「しかし・・・・」

初めて見る、加持さんの表情。

いつもの飄々とした感じはどこにもなくて。

辛そうな、苦しそうな。

それだけ真剣なんだ。

心の底からアタシ達の事を心配してくれて、シンジの行方を追っていてくれてるんだ。

そう思ったら、なんだかとても嬉しかった。

だから、アタシは           

「お、おい・・・アスカ?」
「少しの間だけでいいの、このまま・・・・・・」

加持さんは小さなため息を吐くと、胸に飛び込んだアタシの肩を優しく抱いてくれた。

広い胸に頬を埋めたまま、目を閉じた。

タバコの匂い、そして汗の匂いが鼻につく。

だけど、嫌じゃなかった。

シンジの腕に抱かれている時とは違う安心感に、アタシは包まれていた。

そして、抑えてきた感情が溢れ出しそうになる。

いつもなら我慢できたはずなのに、その時は抑えきれなかった。

「・・・・・くっ・・・・・うっ・・・・・・・・」
「アスカ・・・・・」
「駄目なの・・・・・・泣かないって決めてたのに・・・・・・・我慢できないの・・・・・・・・

考えちゃ駄目だ、絶対にシンジは戻ってくるって信じなきゃ駄目なのに・・・・・・・・アタシが諦めちゃ駄目なのに・・・・・・・・・・

アタシ、怖い・・・・・・シンジに二度と逢えなかったら、シンジが本当にどこかへ行っちゃったって思うと・・・・・・・

ねぇ、アタシ・・・・・どうすればいいの?

教えて・・・・・・・教えてよぉ、加持さん・・・・・・・・・」

泣きじゃくるアタシの肩を抱きしめる力が強くなり、空いた手が髪を優しく梳く。

たったそれだけの仕草が、アタシの心に染み込んだ。

加持さんは何も言わないのに、『我慢することはないんだよ』って言ってくれた気がして         

涙が止まらなかった。

声が抑えられなかった。

今までずっと溜めてきたものを、全て吐き出すかのように。

アタシは大声で泣いた。

それからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

足元に伸びる影が、薄らとその姿を消そうとする頃。

アタシは加持さんの胸から身を引いた。

「落ち着いたかい?」
「ウン・・・・・・・・ゴメンね、加持さん」
「なに、気にしなくても良いさ」

泣きすぎたせいか、瞼が熱い。

それに、腫れぼったい気がする。

急に恥ずかしくなったアタシは、加持さんに背を向けた。

雰囲気だけで、加持さんが苦笑しているのがわかる。

「ンもう・・・・・笑わないでよぉ!?」
「いや、悪い悪い。

何だかアスカらしいなって思ってね」
「どういう意味?」
「アスカは可愛い、って事さ」

アタシは頬を膨らませながら、後ろへと振り向いた。

加持さんはいつもの笑顔でアタシを見ていると思いながら。

けれど、アタシを見つめていたのは真剣な瞳。

そして、たった一言。

「・・・・・・もう大丈夫だな?」

アタシは加持さんの瞳を見つめた。

加持さんは何も言ってくれなかった。

ただ、抱きしめていてくれただけ。

だけど、それで十分だった。

だから。

アタシはコクン、と小さく頷いた。

そして、笑顔。

加持さんは満足そうな笑みを浮かべると、ポケットからタバコを取り出して火を点けた。

風に流された煙が、空へと吸い込まれていった。

「そろそろ帰るか・・・・・・あまり待たせるのも悪いしな?」

加持さんはその一言と同時に、公園の出口へ顎をしゃくった。

夕闇の中に浮かび上がるシルエットがふたつ。

アタシは出口に向かって駆け出した。

結局、シンジは見つかる事なく。

最後の戦いは始まってしまった。

 


 

『アスカ、右!』
「こンのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

レイの声に反応して、グレイブを右へと薙ぎ払う。

確かな手応え、崩れ落ちる量産機。

それでも気を緩めたりはしない。

次から次へと襲い掛かる敵から身を護るために。

多勢に無勢。

おまけに相手はゾンビのような生命力。

どう考えても、アタシ達は形勢不利。

何度倒しても、アイツらは立ち上がってくる。

零号機も、弐号機も装甲はボロボロ。

量産機の返り血を浴び、攻撃を受けているために元の色すらも良くわからない。

腕が、身体が重く感じる。

こめかみのあたりがズキズキと痛む。

それでも。

アタシはソニックグレイブを、レイは量産機から奪った槍を手に。

果てしないとも思える戦火の中、必死に戦っていた。

時折耳に届く、ミサトやマヤ、リツコの声がアタシを奮い立たせていた。

『アスカぁっ、レイっ!!

もう少しの辛抱よっ!!

今、初号・・・・・・・・・』

ミサトの叫び声が、ノイズによって掻き消された。

今、何て言ったの?

初号機?

シンジが戻ってきたの?

乱れる思考。

動きが止まる弐号機。

ほんの一瞬の隙を、量産機は見逃さなかった。

『アスカ!?』

レイの悲痛な声に我に返ったアタシの視界に飛び込んできたモノ。

量産機から投げつけられた、一本の              槍。

アタシは咄嗟にATフィールドを全開にした。

フィールドに触れると同時に、推進力を失う槍。

まるでストップモーションのように
その形を変化させ
じわり、じわりとフィールドを侵食し始めた。

フラッシュバックする、あの時の光景。

アタシは両手を前方に向けたまま、動けなくなってしまった。

恐怖で身体が          竦んだ。

「いや・・・・・・・・・イヤ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

次の瞬間

アタシの視界を

紫色の液体が

埋め尽くしていった。