其ノ弐拾参:セツジョク

8年前、ドイツ。

「ほら、アスカちゃん。

ママね、今日あなたの大好物を作ったのよ。

好き嫌いするとあそこのお姉ちゃんに笑われますよぉ。」

人形に語りかけている惣流・キョウコ・ツェッペリン・・・・・・・・・・アスカの母親。

その様子を部屋の外から窓越しに見ている少女。

少女は駆け足でその場を離れた。

とある部屋の前で、彼女は立ち止まる。

「・・・・・・・・毎日あの調子ですわ。

人形を娘さんだと思って話しかけています。」
「彼女なりに責任を感じているのでしょう。

研究ばかりの毎日で娘にかまってやる余裕もありませんでしたから。」
「ご主人のお気持ちはお察しします。」
「しかし、あれではまるで人形の親子だ。

いや、しょせん人間と人形の差なんて紙一重なのかも知れませんが。」
「人形は人の姿を模して作ったものですから。

もし神がいたとしたら我々はその人形にすぎないのかも知れません。」
「近代医学の担い手とは思えないお言葉ですな。」
「わたしだって医師の前にただの人間・・・・・・・・・・・・・・・・・一人の女ですわ。」

次第に艶を帯びてくる女性の声。

少女は何も言わず、その場を離れた。

 


 

それから数ヶ月後。

喪服姿の少女がひとり。

父親であろう男性に手を引かれ、参列客を眺めている。

「・・・・・・・・・・・仮定が現実の物となった、か・・・・・・・・因果なものだな、提唱した本人が実験台とは。」
「では、あの接触試験が直接の原因というわけか?」
「精神崩壊・・・・・・それが接触の結果か。」
「しかし残酷なものだ。あんな小さな娘を残して自殺とは。」
「・・・・・・いや、案外それだけが原因ではないかもしれんな。」

ぼそぼそと喋る声。

男は客に挨拶するために少女から離れていった。

その代わりに少女の元へと歩み寄る、中年の女性。

ハンカチを目に当て泣いている女性とは対照的に、少女は強気な表情を浮かべている。

「・・・・・・アスカちゃん、いいのよ・・・・ガマンしなくても・・・」
「いいの、わたしは泣かない。

わたしは・・・・・ひとりでいきるの。」

 


 

数ヶ月前、空母オーバー・ザ・レインボーのデッキ上。

少女と男が、並んで星空を眺めている。

「あ~あ・・・・・明日はもう日本か。

ちぇっ、加持さんともしばらくお別れね。」
「日本に着けば新しいボーイフレンドもいっぱいできるさ、アスカなら・・・・・な。

それに、サードチルドレンは男の子って話だぞ?」
「フン・・・・・ガキに興味はないわ。」
「しかし、サードチルドレンはいきなりの実戦でシンクロ率40%を超えたらしいぞ?」
「うそ・・・・・・!」

少女は驚愕した。

自分が初めてエヴァに乗ったときのシンクロ率を思い浮かべる。

それも、何年もの修練の成果で・・・・・だ。
しかし、感情を露わにする事はなかった。

「・・・アタシが好きなのは加持さんだけよ。」
「そいつは光栄だな。」
「・・・・ンもう。

加持さんだったらいつでもOKの三連呼よ?

・・・・・・・・・・・・・・・・キスだって、その先だって・・・・・・・・・・・・・・」
「ははっ・・・・・アスカはまだ子供だからな。

そういうことは大人になってからだ。」
「え~~~、つまんない!

わたしはもう大人よ!

いつまでも子供扱いしないで!!」

 


 

某日、NERV本部エレベーター。

乗っているのは、ふたりの少女。

紅い髪に蒼い瞳。

蒼い髪に紅い瞳。

長い長い沈黙。

その沈黙を破ったのは、蒼髪の少女だった。

「・・・・・心を開かなければ、エヴァは動かないわ。」
「心を閉ざしてるってぇの?このアタシが。」
「そう。エヴァには心がある。」
「あの人形に?」
「わかってるはずよ。」

図星を突かれた少女は、不快感を露わにもうひとりの少女へと突っかかる。

「ハンっ!

アンタから話しかけるなんて、明日は雪かしらね?」
「・・・・・・・・・・・」

何も答えない。

無視しているわけではないことくらいはわかる。

だが、無性に癇に障る。

「何よ!アタシがエヴァに乗れないのがそんなにうれしい!?

心配しなくたって使徒が攻めてきたら、無敵のシンジ様がやっつけてくれるわよ!!

アタシ達は何もしなくていいのよ!!

そう・・・・・・・・・・・・・シンジだけがいればいいのよ!!」
「そんなこと言うと、碇君が悲しむわ。」
「うるさい!!

どいつもこいつもシンジ、シンジ、シンジ・・・・・・・そんなに大事なら、隠して飾っておけばいいじゃないっ!!!」
「本気で言ってるの?」
「そうよ!

なによ、普段人形みたいなくせに!!

シンジのことになると、とたんに変わるんだから!!」
「・・・・・私は人形じゃないわ。」
「うるさい!! 人に言われたまま動くくせに!!

あんた、碇司令が死ねって言ったら死ぬんでしょ!!」

一瞬の躊躇。

だが、蒼髪の少女はハッキリと答えた。

「・・・そうよ。」

無表情な少女。

無感情な回答。

頬を叩く音が響く。

それと同時にドアが開き、紅い髪の少女がエレベーターから降りる。

叩かれた頬を押さえもせずに直視する、紅い瞳。

「やっぱり人形じゃない!!

アンタ人形みたいでホント昔っから大っキライなのよ!!」

それでも紅い瞳は自分から逸らされない。

何もかも見透かされている気分になった少女は、大声で言い放つ。

今にも泣き出しそうな顔で。

「・・・・・・・・・・みんな、みんな、大っキライ!!!」

 


 

第壱拾伍使徒・アラエルの出現。

『零号機発進、超長距離射撃用意。

弐号機アスカはバックアップとして、発進準備。』
「バックアップ!?アタシが!?零号機の!?」
『そうよ。後方に回って。』
「冗談じゃないわよ!!!エヴァ弐号機、発進!!!!」

 


 

同時刻、発令所内。

鳴り響く警報。

「敵の指向兵器なの!?」
「いえ、熱エネルギー反応無し!」
「心理グラフが乱れて行きます・・・・間もなく精神汚染が始まります!!」
「使徒が心理攻撃!?

まさか・・・・・・使徒に人の心が理解できるの?」
『こんちくしょおおぉぉっ!!!』

ライフルを乱射する弐号機。

しかし、使徒には届かない。

「陽電子、消滅。」
「ダメです、射程距離外です!!」

なおもライフルを乱射する弐号機。

あっという間もなく、弾が切れる。

「弐号機、ライフル残弾0!」
「光線の分析は!?」
「可視波長のエネルギー波です!

ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です!!」
「アスカは!?」
「危険です!精神汚染、Yに突入しました!!」
『い・・・いやああああぁぁぁぁぁっ!!!

アタシの、アタシの中に入ってこないで!!

痛い!痛い!痛い!痛い!

イヤよ・・・・・・・・・・・・・・イヤイヤイヤイヤイヤぁっ!!

アタシの心まで覗かないでぇっ!!

お願いだからこれ以上心を犯さないで!!』
「アスカ!!」
「心理グラフ限界!」
「精神回路がズタズタにされている・・・・・・・・・・これ以上の過負荷は危険すぎるわ!!」
「アスカ、下がって!!」
『イヤよ!』
「いいから下がりなさい!!命令よ!!」
『イヤ!絶対にイヤ!

今戻るならここで死んだ方がマシだわ!!』
「アスカぁっ!!!」

 


 

・・・・・・・・・・・・・汚されちゃったよぉ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 

某日、NERV発令所。

「参号機、投擲体勢。」
「カウントダウンに入ります。

10・9・・・・・・・・2・1・0!」

参号機から放たれたロンギヌスの槍は、咆吼のような音を立てながら大気圏に向かって直進する。

そして、ATフィールドをあっさりと突き破り・・・・・・・・・・・・・・・第壱拾伍使徒・アラエルは一瞬で消滅した。

「・・・・目標、消滅。」
「ロンギヌスの槍は!?」
「第一宇宙速度を突破。現在月軌道に移行しています。」
「第一種警戒態勢を解除し、第二種警戒態勢へ移行・・・・・・参号機の回収作業、宜しくね。」
「これで残りは2体・・・・・か。」
「まだ・・・・・・気は抜けないわね・・・・・・・」

先程までは使徒がいた、今は何もない空間を映し出しているモニター。

それを見上げながら言葉を交わす、ミサトとリツコ。

彼女達の周りを、幾分緊張が抜けたような感じのオペレータが通り過ぎていく。

そんな発令所の一角に陣取った影が3つ。

シンジ、アスカ、レイのチルドレン達である。

「あ~あ・・・・・どうせならカヲルなんかに任せるんじゃなくって、アタシの手でリベンジしたかったなぁ・・・・・・」
「もう、仕方ないじゃないか。

アスカの弐号機は修理中なんだし、初号機だって凍結中だし・・・・・・」
「でもさぁ、傷付けられたプライドは10倍にして返してやらなきゃなンないのよっ!」
「・・・・・アスカ、毎晩のように泣いていたくせに・・・・・・」
「・・・・ゲ、なんでレイが知ってンのよっ!?」
「だって・・・・・兄さんが手を握ると、安心したように眠りに就いていたわ。」
「・・・・・・もしかして・・・・・・・・見た?」
「私もその場にいたもの。」
「ちょっとシンジ!どーゆーコトよっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってよアスカ!

アスカが魘されてるって教えてくれたのはレイだよ?

僕は隣の家なんだから、わかるわけないじゃないか・・・・・」
「あははは・・・・・忘れてた。」
「まったくもう・・・・・・とにかくさ、ここにいたって何の役にも立たないから、カヲル君のところにでも行かない?」
「そうね・・・・アタシ、お腹空いた・・・・」
「そうだね、何か食べに行こうよ。」
「アスカ・・・・・食べてばかり・・・・・・」
「・・・・レぇイぃぃ~~~??

ど・の・ク・チ・が・そ・ン・な・コ・ト・言・う・の・か・なぁ~~~??」
「・・・・・いひゃい・・・・・・あひゅか・・・・・・」
「もう、アスカ!」
「あははは・・・・・・ちょっとしたお返しよっ!」

大騒ぎしながら発令所を出て行く3人。

その背中を見ながら、ミサトはリツコに微笑む。

リツコもまた、母親が子供を見つめるような優しい眼差しで3人を見ていた。

「・・・・大丈夫みたいね。」
「ええ・・・・・あのコ達なら、きっと・・・・・」

福音ヲ伝エシモノ

其ノ弐拾参:セツジョク

 

某所。

「エヴァシリーズに生まれ出ずるはずのないS2機関。」
「そして、ロンギヌスの槍の損失か。」
「回収は不可能に近いな。」
「あの質量を持ち帰る手段は、今のところ有り得んよ。」
「我らゼーレのシナリオとは大きく違った出来事だな・・・・・」
「この修正、容易ではないぞ。」
「碇は何と言っている?」
「いつもの通りだよ。

我々を小馬鹿にしたような報告書しか送ってきてはいない。」
「ふん・・・・・そんなもの、信じるバカはおらんだろうに。」
「やつの息子である碇シンジ・・・・・・あの子供へ初号機を与えることを許可したのがそもそもの間違いではないのかね?」
「しかし、息子でなければ起動はせん。」
「左様・・・・・・・使徒の殲滅、それが第一の命題である以上避けられぬ事だよ。」
「しかし、今や事態はエヴァ初号機だけの問題ではない。」
「これも碇の首に鈴をつけておかなかったからだ。」
「鈴はついていた。ただ鳴らなかっただけだ。」
「鳴らない鈴に意味はない・・・・・・・・・今度は鈴に動いてもらおう。」
「鈴・・・・・・か。」
「何か問題でもあるのか?」
「我々が付けたはずの鈴が、既に寝返っているとしたら?」
「・・・・・・・・・つまり、碇は気付いている、と?」
「今のところ、何も問題は出ていない。

仮にその様な事実があったとしても、握り潰しさえすれば良いだけの事であろうが。」
「しかし、対処が遅れるが故に自らの首を絞める結果にならんとも限らん。」
「・・・・・何が言いたい?」
「No.9はどうした?欠席の通知を受けてはおらんが?」
「『彼』からは報告を受けている。

自国内の調整が忙しいらしい・・・・・・足元から掬われては元も子もないからな。」
「ふん・・・・見た事か。」
「何を!?」
「止めたまえ・・・・・疑心が暗鬼を呼び、更に深い疑心を植込む・・・・・我々は議論をしているのであって、互いを糾弾しているのではない。」
「・・・・・・・・」
「・・・少なくとも計画に遅れは見られぬ。

もし、奴が別のシナリオを用意しているとするのならば・・・・・我々の手で差替えれば良かろう。」
「碇ゲンドウにネルフを与えたのが間違いなのだ。」
「だがあの男でなければ全ての計画の遂行は出来なかった。

・・・・・・・・・・・・・・碇、何を考えている?」

 


 

「ロンギヌスの槍も我々の手元から消えた・・・・・・・・・いよいよ後戻りは出来なくなったな。」
「ああ・・・・・・彼奴らのシナリオにはないモノだからな。

かと言って今更進んだ時間を戻す事は出来ん。

我々が提出した報告書を読んで、歯噛みするのが関の山だろう。」
「・・・・その程度で納得するとも思えんが?」
「納得してもらうさ。

残存する使徒は2体、それを殲滅可能なのはEVAだけだからな。」
「シナリオを変更してくる可能性も有り得るのではないのか?」
「・・・・・・・全ての鍵は我々が握っている。

奴等がいかな者であろうと・・・・・・・勝ち目のないケンカを吹っ掛けるほどの余裕はあるまい。」
「だと・・・・・・良いのだがな。」
「・・・・・相変わらず心配性ですね、冬月先生?」
「誰の所為だと思っているんだ、全く・・・・・・・」
「その心配も杞憂に終わりますよ、そのうちに・・・・・」
「・・・・・・・貴様、何を企んでいる?」
「『攻撃は最大の防御』・・・・・・それを実践しているだけです。」

冬月は手に持った将棋の本から視線を外し、ゲンドウを横目で見た。

しかし、彼の表情はサングラスと目の前に組まれた手によって窺い知ることはできない。

微かな溜息を吐いた後、冬月は碁盤へと視線を戻した。

「・・・・・・『策士、策に溺れる』という事にならねば良いが、な・・・・・・・」

ぱちり。

駒を打つ音が、広大な司令室の中に響いた。