其ノ壱拾五:シンジ(壱)

・・・・・暖かい、や・・・・・・
 
 
・・・・・なんだか懐かしい・・・・・ぬくもり・・・・・・
  
 
・・・・・でも、重いなぁ・・・・・・
  
 
・・・・・明るい・・・・・?
 
 
明るい?
 
 
光?
 

 

明るさに目を慣らすように、ゆっくりと瞼を開く。

カーテンの隙間から差し込む、陽の光。
目に映るのは、見慣れた病室の天井。

そして、蒼い髪。
シンジの感じていたぬくもり、そして重さ。

それは自分の腹の上に被さって寝ているレイのもの。
布団から手を伸ばし、そっと髪に触れる。

サラサラとした、その柔らかな感触。
シンジはレイを起こさぬように気を付けながら、半身を起こした。

静かな寝息を立てるレイの横顔。

その肌は、一段と白さを増しているようにも見えた。
ふと、アスカの一言を思い出す。

『いーえ、わかってないわよ!!

アタシとレイがどれだけ心配してたかわかる?レイなんかただでさえ食が細いっていうのに、この2日間はほとんど何も食べなかったンだから!!』

シンジの顔が微かに歪む。
自分の姿が見えない間、どんな思いをしていたのだろう。

どうして自分の事しか考えられないのだろう。

こんなに思っていてくれる人達の事を、どうして思いやる事ができなかったのだろう・・・・・・・・。
シンジは蒼く透き通った髪をゆっくりと撫でた。

レイの眠りを妨げぬように。

優しく、何度も、何度も。

「・・・・・・・レイ・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・」

 

福音ヲ伝エシモノ    
其ノ壱拾五:シンジ(壱)    

 

静寂は突然、破られた。
何の前触れもなく、いきなり開いたドア。

駆け込んで来たのは、心配そうな表情のミサトだった。

「シン・・・・・・・!」

シンジは人差し指を唇の前に立て、目線をミサトに投げた。

その様子を見たミサトは、幾分表情を和らげてシンジの隣へと立った。

シンジの頬を両手で包んだまま額を合わせ、小さな声で囁く。

「・・・・・バカ・・・・・心配掛けるんじゃないわよ・・・・・・・」
「・・・・・・ただいま、ミサトさん。」
「おかえり、シンジ君・・・・・・」

ミサトはシンジの頭を胸に抱いた。

姉が弟を、母が我が子を抱くように。

その行動に驚くシンジ。だが、抗いはせずにその身を任せた。

アスカとも、レイとも違う大人の芳香がシンジを包み込む。

いつもなら真っ赤になってしまうのに、何故か安心感だけがそこにはあった。

ミサトの鼓動を感じながら、シンジはゆっくりと目を閉じた。

どれくらい過ぎたのだろうか。

ふと、シンジは視線を感じた。
シンジの膝の上で見開かれた、紅い瞳。

瞬きをする事もなく、まっすぐにシンジを見つめたまま動かない。
ミサトはレイが目覚めた事に気付いていない。

故に、深くシンジを抱きしめたまま動かなかった。
絡み合う二人の視線。
突然、機械仕掛けの人形のようにレイが身体をもたげた。

そして、無言のままシンジをミサトの腕から引き離し、自分の胸へと抱いた。

「レ・・・・イ・・?」

突然の行動に驚くミサト。だが、レイのちょっとだけ膨れた頬を見て、ふと笑みを漏らす。

シンジはレイにきつく抱きしめられているため、動きが取れなかった。

ミサトとは違い、同い年のレイに抱かれているという状況に、シンジの顔が瞬時に真っ赤に染まる。

そんな二人の様子を見て、ミサトはついいつもの癖が出た。

「・・・・・ゴメンゴメン、私がシンちゃんを独占したように見えたのね?

そんなに拗ねなくったって平気よ・・・・『みんなの』シンちゃんなんだから♪」
「・・・・ミサト、さん・・・?」
「シンちゃんも果報者よねぇ~~~・・・・・・・こ~~~んな美少女に抱きしめられるなんて、羨ましがる男どもが何人いるコトやら♪」
「ミサトさんっ!!!」

シンジが何を言おうとも、ミサトはクスクスと笑うだけ。

状況を変えられない事がわかりきっているシンジは、目標をレイに変更した。

「あの・・・・・レイ?もう離してくれないかな・・・・・・・恥ずかしいし・・・・・・」
「イヤ。」
「イヤって・・・・・そんな・・・・・・・」
「・・・・・・ミサトさんに取られるもの。だからイヤ。」
「・・・・・・・・・」

腹を抱えて笑い転げるミサト、更に強く抱きしめてくるレイ。

為す術なしのシンジが開放されたのは、それから20分後の事だった。
・・・・・・・・羨ましい(笑)

 


 

身体検査を受けた後の、病室。

室内にはミサト、リツコ、レイが並んでいる。

検査結果を見ながら、リツコは静かな口調で言った。

「・・・・・とりあえず精神汚染の心配や肉体に関しての異常はないわ。

このままもう一日入院しても良いし、即退院も可能だけど・・・・・・どうする?」
「家に帰ります。あまりここにはいたくないし・・・・・」
「・・・・そう、わかったわ。手続きは済ませておくから、あなたは仕度をしていて構わないわ・・・・・・・でも、その前に。」

リツコはチラっ、とミサトを見た。

その後を引き継いで、ミサトは真剣な表情・・・・作戦部長としての顔で、シンジに聞いた。

「・・・・・シンジ君、前回の作戦開始前にアスカと何を話したの?

待機中にパイロット同士で交信を行う事は禁じられている・・・・知っているはずよね?

何もなければ見逃すところだけど、あなたとの交信後に弐号機は作戦への参加不能になるほどの状態に陥ったわ。

これは作戦部長として、部下であるあなたに報告義務があると判断したから聞いているのよ・・・・・答えなさい。」
「・・・・・・僕が悪いんです。アスカは僕の事を心配してくれていたのに、僕は・・・・・彼女を・・・・・・」
「・・・・何て言ったの?」
「・・・・・・放っておいて、って・・・・・・・僕には構うな、って言ってしまったんです・・・・・・・・・・」
「それだけ?」
「ハイ・・・・・・・・僕は自分の事しか考えていなかった。アスカやレイ、他の人達が・・・・・・僕の事を考えていてくれたのに・・・・・何も見えなかったんです。

それで・・・・・僕は・・・・・・・」
「・・・・・そう。」

俯いたまま拳を握り締めるシンジ。レイはその肩にそっと手を置いた。

リツコはミサトの視線に小さく頷いた。

「・・・・シンジ君、アスカは以前・・・・精神攻撃を受けた、って言っていたわね?」
「ええ・・・・それが、何か?」
「その時の状況を詳しく話してくれるかしら?あのコの治療に役立つかも知れないから・・・・・」
「アスカは・・・・・・どうしているんですか?」
「ずっと意識がないまま、よ。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・話してくれる?」
「・・・・・・・・当時、僕のシンクロ率は上昇していて、アスカのそれと逆転し始めたんです。

アスカは・・・その・・・・・ずっとイライラしてました。

そこへ第壱十五使徒・アラエルが現れて・・・・・・。

初号機はS2機関を取り込んだせいで凍結処分を受けていたから、出撃できませんでした。結局、ロンギヌスの槍を使って使徒の殲滅には成功したんですけど・・・・。

アスカはアラエルの精神攻撃を仕掛けられて、『心の中を汚された』って・・・・・。

次のアルミサエル戦の時は、起動できないくらいまでに落ち込んでしまったんです・・・・・・・シンクロ率が・・・・・・・・」
「・・・・・それで?」
「・・・・・その後、アスカは家出をして・・・・・・・発見された時には・・・・・もう・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

シンジの脳裏に、ベッドに横たわるアスカが浮かび上がる。
生気の感じられない表情、痩せこけた頬。

艶やかさを失った髪、開かれる事のない瞳。

身体中に装着されたコード、その命を繋ぐ生命維持装置。

そして、LCLの海の前で聞いた言葉を思い出す。

互いの指を絡め合い、その手に体温を感じながら聞いた言葉を。

「・・・・・・アスカは僕に話してくれたんです、自分の気持ちを・・・・・・。

誰にも見向きもされず、孤独になることが・・・・・・・怖かったって・・・・・・・・・・。

なのに・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・・僕はっ!!!!」
「・・・・もういいわ、シンジ君。」
「良くないですよっ!!僕はそんなアスカを拒否してしまったんだ!!!

自分の事しか考えずに・・・・・・アスカの事をわかっているはずだったのに!!!

僕が・・・・・・・・・僕がアスカを・・・・・・・・アスカの心を壊してしまったんだっ!!!!」

病室の中に、シンジの慟哭が響き渡った。

レイが泣き叫ぶシンジを抱きしめた。

こうすれば、ぬくもりを感じ合える事を知っているから。

孤独ではない事をわかり合えるから。
ミサトとリツコは何も言わず、ただ二人を見つめていた。

まだ14歳の子供を苦しめているのは自分達である事が痛いほどわかっているから。

シンジがどれだけ苦悩し、我慢していた事が理解できるから。

その場から立ち去りたい、という衝動を抑え、見つめつづけた。

目を逸らさずに。

この光景を、忘れないために。

 


 

「・・・・・・・そうか・・・・・・・・・ああ、宜しく頼む。では・・・・・・」

冬月は受話器を置くと、書類に目を通しているゲンドウへと向き直った。

「・・・・・シンジ君が目覚めたそうだ。特に問題は見られないので即時退院したそうだが・・・・・・」
「そうか・・・・・・・」
「・・・・いいのか、碇?」
「・・・・何がだ?」
「シンジ君に声を掛けてやらんのか?」
「・・・・今はそれどころではない。」

ゲンドウは無表情のまま言い放つと、冬月の前に書類を投げ出した。

「・・・・・これは?」
「今朝、加持が届けてきたものだ。まだ未公開の情報だがな・・・・・・・」

書類を手に取り、目を通す冬月。何枚か捲るうち、あるページでその手が止まった。

「・・・・・そんな・・・・・・バカな!!

ネバダの第弐支部消滅、そしてエヴァ四号機の消息不明については報告を受けているが、まさか第壱支部にある参号機をこちらに回すとは・・・・・それもパイロット付きでだと?」
「・・・・・既にパイロットはこちらに送り込まれ、シンジ達とも接触したともある。今回の作戦といい、どうやら情報に嘘はないようだ。

老人達も焦りが出ている、という事かも知れんな。」
「では・・・・・・この少年が使徒、という事か?」
「ああ・・・・・・シンジの動揺振りを見る限り、間違い無いだろう。」
「シナリオを強引に推し進めようとする腹なのか・・・・・?」
「・・・・・・・・。」
「通達は恐らく明日・・・・・・・・となると、参号機が松代に到着するのは一週間以内だな。いくら準備に手間取ると言っても、更に一週間以上掛けていては疑惑を持たれる・・・・・か。」
「今更一つ二つ増えようと、変わりはありませんよ・・・・・・冬月先生。」

 

ゲンドウは手で表情を隠したまま、ニヤリと口の端を歪めた。

「・・・・・・また何か企んでいるな?お前がその呼び方をする時はいつもそうだ・・・・・・・・・あまり無茶はせぬようにな。」

ゲンドウの肩を軽く叩き、将棋盤の前へ座ろうと移動する冬月。

NERV司令にそんな行動ができるのは、この男以外にはいない。
本を片手に将棋を打つ冬月の横を、ゲンドウが通り過ぎた。

本から目を離す事なく、ゲンドウの背中へ声を掛ける冬月。

「・・・・どこへ行く?」
「私用だ・・・・・・・午後の予定は全てキャンセルしてくれ。」
「・・・・・少しは親らしい事をする気になったようだな。」
「・・・・・・後は頼みます。」

足音が遠のき、ドアの開閉音がした。

「・・・・・・父親、か・・・・・・・・」

主が出て行った執務室に、将棋の駒の音だけが響いた。

 


 

シンジはレイに付き添われ、我が家へと帰宅した。

それはアスカが目覚める10日前の事だった。