トントントントン・・・・・・・
台所から聞こえてくる、音。
何度も聞いたリズム。
微かに流れてくる、お味噌汁の香り。
カーテンをうっすらと染める、朝日。
・・・・・・と、いうコトは。
このまま待っていれば。
このままじっとしてれば。
すぐに聞こえてくるはず。
聞きなれた声が。
アタシを起こす、シンジの声が。
だからアタシは目を閉じる。
シンジが笑顔で起こしに来るのを、待つために。
「アスカ・・・・・・・アスカったら・・・・・・朝だってばぁ、アスカ!!!」
「ンふぅ・・・・・オハヨ、シン・・・・・・・・・・んんんん?」
期待に満ちたアタシの眼に映ったのはシンジではなく・・・・・ちょっと怒ったような表情の、レイ。
いつものように、腰に手を当ててアタシを見下ろしていた。
・・・・・・いつものように?
「アスカ・・・・・早く起きなさいよ!
また夢の中でイチャイチャしてたのかもしれないけどサ・・・・・・時間ないんだよ!?」
「・・・・・ふえ?」
我ながら・・・・情けない声。
アタシはモゾモゾと顔を上げ、ベッドに括り付けの時計を見た・・・・・・・・瞬間、目がパッチリと覚めた。
「・・・・・なんでもっと早く起こしてくれなかったのよぉ!!」
「何言ってんのよ!アスカがボケボケ~~~っとしてるからでしょぉ?
ホラ!サッサと起き上がって仕度する!!!」
アタシは慌ててベッドから飛び起きると、そのまま洗面所へとダッシュした。
「ちょっと、アスカ!シャワー浴びてる時間なんてないよ!?」
「軽く汗を流すダケだってば!」
背中に投げられたレイの声を無視して、サッサとパジャマを脱ぐ。
髪をタオルで纏め、熱めのシャワーを浴びる。
頭が、身体が、細胞の一つ一つまでが覚醒していくような気がする。
寝汗と眠気を流し終えた後、制服を着込んで台所へ戻った。
テーブルの上にはトーストにサラダ、お気に入りのコーンスープ。
朝の挨拶もそこそこに、アタシはトーストをかじりだした。
「・・・・もっと早く起きなさいな、アスカ。毎朝毎朝レイちゃんに迷惑掛けてばかりじゃない?」
「だぁってぇ・・・・低血圧なンだから仕方ないでしょぉ・・・・」
「ゴメンね、レイちゃん。もし時間がないようなら、いつでも見捨てていいからね(笑)」
小さく溜息をつきながら、苦笑するママ。
レイはアタシの髪を結う手を止めるコトなく、ママに応える。
「気にしないで下さい、おばさま。伊達に幼馴染やってるわけじゃないですから・・・・・ハイ、できたわよアスカ。」
「ふゎんぐぅ。」
「もう・・・・・口の中一杯にして喋るんじゃないの!」
「・・・・あによぉ、感謝のキモチを表したダケでしょぉ?」
「ふふっ・・・・・・そうしていると、本当の姉妹みたいね・・・・・」
「手の掛かる妹ですよぉ、ホントに・・・」
「ドッチが妹だってぇのよ!いつもいつも『宿題見せて~~~』って泣き付くのはレイじゃない!」
「フ~~~~ン、だ!生活不能者に言われたくないわよ!」
「あらあら・・・・・姉妹ゲンカもいいけど、もう時間ないわよ?」
ママの一言に同時に反応するふたり。
視線は壁に掛かった時計に止まり、次の瞬間には台所を飛び出していた。
「「行ってきま~~す!」」
「・・・・・行ってらっしゃい・・・・」
ママの半ば呆れた声を背中に聞きながら、アタシ達は玄関を飛び出した。
「はぁはぁ・・・・・・アスカがもっと早く起きればいいのよぉ・・・・・・・」
「ぜぇぜぇ・・・・・ウルっさいわねぇ・・・・間に合ったからイイでしょぉ?」
「オハヨ、ふたりとも・・・・・・いつも通りね。」
始業時間ギリギリで教室に飛び込んだアタシ達を待っていたのは、ヒカリの苦笑する姿。
机に鞄を乱暴に置いたアタシは、息を整えながら席についた。
ちなみに席順はレイ、ヒカリ、アタシの順だ。
「アスカのお守りも大変よ・・・・・毎朝これじゃ身が保たないわ・・・・・・」
「レイぃ・・・・そんなに言うンなら、明日っから来なくてもイイわよ!?」
「まぁまぁ、落ち着きなさいって。
アスカ・・・・レイが起こしに来てくれなかったら、あなた遅刻の常習犯になるわよ?
レイもレイよ。心にもないことを言ったりするものじゃないわ?」
「う゛・・・・・・」
「でもさぁ、ヒカリ・・・・・・愚痴の一つくらい言ったってバチは当たらないんじゃない?」
「それはそうかも知れないけど・・・・わざわざアスカを怒らせる事は止めなさい。」
「はぁ~~~い・・・・」
「壱中三大美少女」としても名高い。アタシ達3人。
レイとは生まれた時から、ヒカリとは中学校に入ってからの親友だ。
ヒカリには何故か頭が上がらない・・・・・ふたりとも。
彼女の持つ「母親」のような雰囲気が、それを感じさせているのかもしれない。
「・・・・ところで、ふたりとも聞いた?このクラスに転入生が来るっていうウワサ・・・・」
「あ・・・・・相田がなンか言ってたわね。」
「あたし聞いたよ?カッコいい男の子ならいいなぁ・・・・・」
「また始まった・・・・・・レイの病気が。」
「なによぉ、病気って・・・・・」
「だぁってさぁ、アンタ中学に入ってから何人目よ?
『どっかのクラスの○○君がイイ』とか、『野球部のXX君が素敵』とか・・・・・・・毎日じゃない?」
「ぶぅ・・・・・いーじゃない!現実にいる男の子なんだし・・・・・・・・。
どこかの誰かさんみたいに、夢に出てくる男の子を追っかけてるよりはマシだと思うけどぉ?」
「どこかのって・・・・・何言ってンのよ!!」
「もう、やめなさいってば。寄ると触るとすぐこれなんだから・・・・・・・。
でもね、その転入生って聞いた話だと帰国子女らしいわよ?」
「へぇ・・・・・・」
「ソレをハナに掛けなきゃいいわ・・・・・・どーせアタシには関係ないけど。」
「・・・・ま、ヒカリには鈴原君がいるし、アスカにはシンちゃんがいるしぃ・・・・・・邪魔しないでよね?」
「な・・・・何を言うのよ・・・・・・・(真っ赤)」
「バカ言ってなさいよね、レイなんて相手にもされないかもよ?『ボクは物静かな女の子の方が・・・・・・』なんちゃってね♪」
「あーーーー、何よそれ?あたしがウルサいとでも言いたいわけ?」
「言わずもがなじゃない。」
「ぶぅーーーーーー!!!」
「もう、やめなさいよふたりとも・・・・・・・・あ、先生来たわよ?」
ガラガラ・・・っとドアの開く音がしたと思ったら、加持先生がひょっこりと教室に入ってきた。
「起立!礼!着席!」
ヒカリの号令の元、一斉に挨拶をする生徒達。
加持先生は教壇に上がってニカっ、と笑うと、アタシ達に向かって話し始めた。
「あー、みんなオハヨウ。
さて・・・・・いきなりだが転入生を紹介する。ま、ウワサでは聞いていたと思うがな・・・・・・。
男子には残念だが、女子は期待しても良いぞ・・・・・・・じゃ、入ってくれ。」
先生が廊下に向かって顎をしゃくると、少年が教室へ姿を現した。
途端に湧き上がる歓声・・・・・・・無論、女子のものだけど。
一番騒いでるのは・・・・・・やっぱ、レイだ。
蒼銀の髪、整った顔立ち。
細身の身体に、同年代の男子よりは少し高い身長。
そして・・・・・笑顔。なかなかイイ男じゃない・・・・・・・・・シンジには負けるけどね。
「みなさん、はじめまして・・・・・渚カヲルです。今日からこちらにお世話になります・・・・・・どうぞ、よろしく。」
更にトーンの上がる教室内、ヒカリの制止なんて誰も聞いちゃいない。
周囲の喧騒の中、アタシは妙に引っ掛かるモノを感じていた。
渚カヲルという名前。
あの口元に浮かんだ、涼しげな笑顔。
会った事もない男に・・・・・・・・会った事もない?
本当に?
アタシは・・・・・・・会った事がない?
アタシの意思とは関係なく、視線がアイツに集中する。
刹那、アイツと視線が合った。
そして
アイツは
・・・・・・笑った。
起きた時から感じていた違和感。
どことなく曖昧な、記憶の糸。
それが、この瞬間に・・・・・・・・繋がった。
「・・・・・・・・・・・・あーーーーーーーーーーー!!!」
アタシは大声を上げながら勢い良く立ち上がった。
背後に倒れる椅子など気にせず。
そして、次の瞬間・・・・・・・辺りが真っ暗になった。
「・・・・・どうやら気付いたようだね・・・・・・・・・・惣流・アスカ・ラングレーさん?」
アイツとアタシの頭上から、スポットライトのような光が差す。
真っ暗な闇の中、睨み合う二人。
・・・・尤も、アイツは笑っていたけど。
他には何の音も聞こえないし、何も存在しない。
アタシとアイツ、ふたりっきり。
「思い出してくれて光栄だよ・・・・・・アスカさん。」
「ココは・・・・・ドコよ?」
「キミの中さ。」
「アタシの・・・・・中?」
「そう・・・・・キミの心は壊れかけていた。悪いとは思ったけど、その中に入り込ませてもらったってコトさ。
・・・・・・・そうしないと、間に合わなかったからね・・・・・・・・アスカさん。」
「・・・・・アンタに名前で呼ばれる義理はないわ・・・・・・・・それよりアンタ、さっきのは何なのよ!?」
「さっき・・・・?ああ、アレも一つの可能性ってヤツさ。エヴァに乗る事も、使徒が攻めてくる事もない世界だよ。」
「何で・・・・・何であンなのをアタシに見せたワケ?」
「いきなり現れて、『やぁ、はじめまして』じゃ芸がないだろ?サービスさ、サービス。」
ニコニコと笑っているアイツに、アタシは頭痛がした。
一体なんなのよ、コイツ!?
・・・・あ、いけない。バカなコト話してる場合じゃないわ!!
「・・・・・アンタ、シンジに何をしたのよっ!?」
「おやおや、いきなりだね・・・・・・・・・」
「当たり前じゃないっ!!!
アンタが現れてから、シンジがおかしくなったンだからっ!
アンタが現れたから、シンジがアタシから離れていったンじゃないっ!!!」
アタシの身体中に憤りの炎が満たされる。
出来る事なら首根っこを掴んでやりたかった。
詰め寄って、その口を割らせてやりたかった。
でも・・・・・・身体は思うように動かない。
アイツはアタシの剣幕に動じた風でもなく、落ち着いた口調で諭すように話し始めた。
「・・・・・まずは落ち着いてくれないかな、アス・・・・いや、惣流さん。」
「誰が落ち着いてられるってンのよっ!?
アンタ・・・・・御託並べてないでサッサとシンジを返してよぉ!!」
「・・・・・・始めに言っておくけど、ボクはシンジ君と『まだ』再会していないよ・・・・・・いや、彼と再会する事は叶わない。」
「フザケてンじゃないわよっ!!」
「これは本当の事さ・・・・・・あの場にいたボクはボクであり・・・・・・・ボクじゃない。」
「・・・・・アンタバカァ?自分の言ってるコト、理解してンの!?」
「先ずは落ち着いてくれないかな?ボクの話を聞いて欲しいんだ。」
「・・・・・・・・」
アタシは怒りを抑え、アイツの問い掛けに無言で了承した。
ふと、アイツの表情が緩む。
「ありがとう・・・・・・・。
最初から話すから長くなるけど、黙って聞いていて欲しい。
・・・・・・・・キミとシンジ君は、サード・インパクトのあったあの時から過去へと遡った・・・・・そう思い込んでいるようだね。
だけど、それは少しだけ違うんだ・・・・・キミ達は過去に戻ったんじゃない、別の世界へと舞い込んだんだ。」
「・・・・・別の世界?」
「そう・・・・時間は不可逆的方向を持ち、前後に無限に続き、一切がそのうちに在ると考えられる。宗教的には永遠から生じ永遠に帰するという、有限の仮象でもある。
キミ達は過去に遡り、すべてをやり直したいと願った。そして、その願いは昇華して・・・・・精神は同じ『時代』へ辿り着いたのさ。
キミ達の心は強固な繋がりで結ばれていたから、離れ離れにならずに済んだ。
ただ・・・・・過ぎた時間は元に戻る事はない。キミ達が過ごしていた『あの』時間は・・・・・・キミ達の想いが昇華した時点で終わったんだ。」
「ココは・・・・・・アタシ達がいたトコロとは違う・・・・・・異次元だってコト?」
「そう考えてもらっていいよ、ボクも詳しいコトはわからないしね・・・・・。
とにかく、キミ達は『良く似た』この世界に辿り着き、碇シンジと惣流・アスカ・ラングレー・・・・・このふたりと『入れ替わった』のさ。」
「じゃぁ・・・・・・アタシ達の身体には、元々別の人格がいたってコト?」
「そうだね・・・・・・何にせよ、意識だけのキミ達は入れ替わったんだ。そして、記憶を元に歴史の再発を防ぎ、ココまでやってきた・・・・・・。
そしてボクと出会ったのさ。」
「・・・・じゃぁ、アンタは『この世界の』渚カヲルとは別人ってコト?」
「ボクの身体は既に存在しない・・・・・・・・キミ達の言葉を借りると、幽霊ってコトになるかな?
流石に察しがいいね・・・・好意に値するよ、惣流さん。」
「ば・・・・・・・・・バカなコト言ってないで、続きを話しなさいよっ!」
何故か頬が熱く感じる。
アイツはニッコリと笑うと、話を続けた。
「キミ達が『この』世界にやってきたのはイレギュラーなんだ。そして、キミ達が歴史を変化させている事も・・・・・・。
そしてそれが混乱を生み、まだ登場すべきではないボクが現れたのさ・・・・・老人の策略で、ね。」
「・・・・・アイツも使徒なのね?アンタと同じ・・・・・・・・」
「・・・・そう。彼もボクと同じ第壱十七使徒・ダブリスだよ。ボクは思念体でしかないから、彼と同じとは言えないけどね・・・・」
「・・・・・・・・」
「彼が何を考え、行動しているのかボクにはわからない。
この前、シンジ君が暴走しかけただろう?アレは彼の仕業と言ってもいい・・・・・・不安定なシンジ君の前にワザと現れたのだからね。」
「この前・・・・・・・」
「・・・・・・キミも知っての通り、シンジ君はあの一時を経験してから強い心を持った。
そして、彼の頭の中にはボクとの再会もあったはず。だけど、こんなに早いタイミングだとは思っても見なかったのさ。
だから彼は混乱したんだ・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「無論、シンジ君はキミ達のコトを考えていないわけじゃない。落ち着いたら伝えようと思っていたはずさ。
だけど、彼のボクに対する罪悪感が・・・それを伝える術を奪ってしまった。
そしてキミは彼を心配するあまり・・・・・・彼を見失ってしまった。キミの心も繊細で、傷つきやすいからね。
すべてはタイミングがまずかったというコトさ。
キミ達の関係は何ら変わりはない・・・・・・・・・彼も、キミも、ね。」
「・・・・・バカなんだから・・・・・・・」
「彼の心は繊細で・・・とても正直だよ。キミもシンジ君のそんな部分が気に入ったんだろう?」
ボンっ!という音でもしたんじゃないかと思う。
アタシの顔は一瞬で真っ赤になった。
そんなアタシを、アイツは嬉しそうに見ていた。
「キミ達は本当に良く似ているね・・・・・・・・・まったく。」
「な・・・・・・・・イイじゃない、別に!」
「とにかく・・・・・彼はキミが考えていたように、裏切りや見捨てるなんてコトはないよ。信じるんだ、彼をね。」
「あ・・・・・・アタシはアンタに言われなくったってそうするわよっ!
でも・・・・・シンジは・・・・・・・」
「言った途端にソレかい?」
「・・・・・仕方ないじゃない!シンジは・・・・・・・・・・使徒に取り込まれちゃったンだからぁっ!」
「ふふっ・・・・・・・・・じゃ、キミの手にある温もりはなんだと思う?」
「・・・・・え・・・・・・・」
アイツに言われて、アタシはついつい自分の両手を見た。
確かに・・・・・・なんとなく、暖かい。
「キミは何も心配するコトはないさ。ただ、目覚めればいい。そうすれば・・・・・・キミが望んでいる彼を捕まえていられるよ。
もう・・・・彼の手を離さないようにするんだね、惣流さん。」
「この温もりは・・・・・・シンジのモノなの・・・・・・?」
「すべての真実はキミの中に、周りにあるのさ・・・・・・」
アイツの声が遠くなっていく。
アイツの身体が、陽炎のように揺らいでいく。
アタシは思わず叫んだ。
「アンタ・・・・・・消えるのっ!?」
「ああ・・・・・もう時間が来たようだね。実体のないボクがココにいられるのはホンの僅かでしかないからね・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・キミの心が砕け散る前に間に合って良かったよ・・・・・・・・彼に・・・・・・シンジ君によろしく・・・・・・と・・・・・・・・・」
「待って!」
「・・・・・・・・まだ、用があるのかい?」
「・・・・・・アンタも特別にアタシのコト、名前で呼ぶのを許可してあげるわよっ!
その・・・・・・・アリガト・・・・・・・・」
「ふふっ・・・・・・・・・・やっぱりキミ達は好意に値するよ・・・・・・・・・。
・・・・・・・頑張って・・・・・・・・・・キミ達自身の手で・・・・・・・・・未来を・・・・・・・・・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アイツは、消えた。
そして、アタシひとりだけが残った。
・・・・でも、怖くなんかない。
この手の温もりがあるから。
アタシは目を閉じると、身体を、意識を覚醒させた。
今度目を開いた時、目の前には・・・・・・・きっとシンジの心配そうな顔があるんだろう。
「ゴメンね、シンジ・・・・・・・・・・・・・・・もう疑ったりしないから・・・・・・・・・・・・」
目の前に、光が灯った。
・・・・そして、アタシは目覚めた。