「使徒によるサードの捕獲、そしてセカンドの心神喪失………今回の作戦での失敗は全て私の責任です………申し訳ありません!!」
NERV本部・作戦室内。
首脳たるゲンドウ、冬月が見つめる前で、ミサトは深々と頭を下げた。
後悔と苦渋を隠すことなく。
「顔を上げ給え、葛城三佐。
サードの精神状態については加持二尉より報告を受けている。
それでも出撃させざるを得なかったのだ………君一人が責を負う必要はない」
「司令………」
「むしろ、非は私に………己の息子の事すら把握できない、親としての役割を放棄した私にある。
…………済まない」
ゲンドウはやおらに頭を下げた。
暫くの間、その姿に言葉を紡ぐ者はいなかった。
「………兎に角、だ。
こうなってしまった以上対策を練らねばならん………シンジ君、アスカ君を救うためにはな。
そうだろう、碇?」
「………ああ」
冬月はちらり、とゲンドウに目を向けた後、正面に立つふたりに視線を戻した。
「赤木君、初号機はいつまで保つのかね?」
「………生命維持モードに移行していれば、後15時間は問題ないかと………」
「ふむ………では、セカンドの状況は?」
「精密検査を行いましたが、身体に異常は見られませんでした。
ただ、精神的な問題が………
前回の第九・第十使徒による同時侵攻時にも彼女は同様の症状を見せましたが、今回は状況が異なるようです。
現在伊吹二尉に交信記録を調査させていますが、結果が出ない限りは何とも言えません」
「レイは?」
「零号機にて待機任務に就いています。
使徒がいつ行動を再開するか、予測が立てられないので………」
「………そうか。
葛城君、作戦部としての対応案は出たのかね?」
「現有戦力としてはレイの乗る零号機のみです。
敵生体の武力等に不明な点が多すぎるので………作戦の立てようがありません」
「ふむ………」
「先の作戦と同様、N2爆雷による攻撃も案としては上がりましたが………パイロットの生死を問わず、という条件となるので実行は不可能と考えられます」
pii pii pii
音量を抑えた着信音が室内に響く。
会話を中断した冬月とミサトは、受話器を取ったリツコに視線を向ける。
「ハイ、作戦室………ああ、マヤ?
……………ええ…………………そう、わかったわ。
ご苦労様」
静かに受話器を置いたリツコに、冬月が問い掛ける。
「伊吹君は何と?」
「やはりサード……シンジ君との守秘回線による交信後に様子がおかしくなったようですね。
アスカは以前にも精神汚染を受けた事があると聞いていますので、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が表れたのかもしれません。
PTSDの事例としては、事件や事故の記憶が甦って『再体験』を繰り返したり、もう一度事件と同じ恐怖を体験し、或いは幻覚が起こる『フラッシュバック』という症状がありますが……
彼女は後者に当てはまるのではないかと。
思い出すことの苦痛を避けるために、刺激を避け、現実から逃避する症状を示す………現在のアスカは『心を閉ざした』状態にあると考えられます」
「PTSDか……厄介だな」
「治癒の見込みはあるの?」
「原因を取り除く事ができればベストなのだけれど……今は……」
重苦しい沈黙。
子供達も、大人達も 苦悩の只中に、いた。
何も見えない
何も聞こえない
何も感じない
漆黒の、闇
小さなランプが点滅している
命の灯 なんだろうな
どれくらい経ったんだろう?
あとどれくらい保つんだろう?
あの時もそうだったっけ
シンクロ率が高くなって、いい気になって
アスカに煽られて、独断専行 みんなに迷惑を掛けちゃったんだよなぁ
僕は何をしたかったんだろう?
何のために戻ってきたんだろう?
結局、同じじゃないか
僕は何も変わっていない
また同じ事を繰り返している
『僕は変わった』
『強くなった』
『逞しくなった』
みんな、そう言ってくれるけど
僕の事を誤解している
何一つ変わっていないんだ、僕は
みんな 心配してるかな?
それとも、呆れてるかな
僕は、バカだ
せっかく話を聞いてくれるって言ってくれたのに
僕を心配してくれる人がいるのに
それを拒絶してしまった あの時と同じように
このまま死んじゃうのかな?
カヲル君は、きっと僕を呼びに来たんだ
自分を殺した僕を
敵である、僕を
友達である、僕を
こんな事なら、ちゃんと話をすれば良かったな
カヲル君と
話したいことは一杯あるんだ
アスカの事も、レイの事も、僕の周りにいる人達の事も
きっと彼ならわかってくれる
理解してくれる
もしかしたら、僕達と共に生きる、って言ってくれるかもしれない
もう、遅いけど
『そうやって頭で考えているのも悪くはないが………時には何も考えずに動く事も必要だよ』
『頭ではなく、身体で考えるんだ』
『肌で感じる、と言ったほうがわかりやすいかな』
『渚カヲルという少年に、正面からぶつかるんだよ。何も考えず、裸のままの、ありのままの自分で、ね』
加持さん
その言葉、もっと早くに聞きたかった
そうすれば 勇気を出せたかもしれませんね
いつでも 僕の目標だったのかもしれない あなたが
『あなたは全てを背負い込もうとするクセがあるわ……今もそう、自分が何とかしなきゃ駄目なんだ、って思ってる』
『でも…『絆ができた』って、あなた自身が言ったコトでしょう?』
『……なら、私達を信じて』
『あなたがみんなを守ろうとするように、私が、みんながあなたを守るの』
『私達は一蓮托生……全員で力を合わせて、運命を切り開いていくのよ』
『それだけは忘れないで頂戴、シンジ君』
ミサトさん
ごめんなさい 約束、守れませんでした
自分ひとりで悩んで、落ち込んで
ごめんなさい、姉さん
『この手であなた達は私達を……人類を救うために戦っているのね』
『それに比べて、私は何をしてきたのかしら?』
『罪を犯し、それを隠すためにまた罪を重ねて……結局、ミサトの言った通り私は逃げていただけ』
『弱い自分を認めたくなかっただけなのかもしれない………』
『それではダメだって教えてくれたのはあなたなのよ、シンジ君』
『あなた達のお陰で私は生まれ変わったと思っているの』
『シンジ君……本当に優しい子……』
『そして強いヒトよ、あなたは』
リツコさん
逃げているのは僕なんです
今も、そう
だから こんな結末になったんでしょうね
僕は 救われたかったんです
みんなに
『私には何もないの』
『エヴァに乗る事………それが私とあの人の『絆』』
『ごめんなさい、わからないの』
『私は多分………三人目だから』
『……碇君………無事で……本当に良かった………』
『家族………配偶関係や血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する集団』
『私が………その中に入ってもいいのですか?』
『シンジ………君………』
レイ
ゴメン
せっかく家族になれたのに
今度こそ分かり合えると思ったのに
君と会えなくなるのは、辛いよ
『私は親らしい事など何一つした事がない』
『いや、ヒトの心すら捨てた男だ』
『母親を失った幼いお前を捨て、自身の目的を果たす為だけに生きてきた男だ』
『お前が最後まで……サード・インパクトを経験したと言うのなら、お前が一番それを理解しているだろう』
『私は怨まれて然るべき存在ではないのか?』
『時間がある時はいつでも良い………たまには司令室にも顔を出せ』
父さん
結局、あれ以来一度も会う事はできなかったね
電話で話はしたけど
父さん、一人になっちゃうね
ゴメン、ホントにゴメン
『ねぇ、シンジ? 』
『人は……独りでは生きていけないのよね』
『今のアタシにはアンタしかいない』
『アンタにも、アタシしかいない』
『それなら……力を合わせていかなきゃいけないのよね』
『ひとりではできなくったって、ふたりなら何とかなるかもしれない』
『シンジ………もう一度、強く願って』
『やり直したいって』
『元の世界に戻りたいって』
『………アタシも、一緒に願ってあげるから』
『そこにはアタシとシンジしかいなかった』
『破壊され尽くした風景、誰もいない浜辺……ただ、それだけ』
『そんな結末、悲しすぎるじゃない? 』
『だからシンジとふたりで祈ったの』
『もう一度やり直せますようにって』
『幸福な結末を迎えるよう、二人で頑張るんだって』
『わかったわ、その代わり……アタシが行くまで、絶対に持ち堪えるのよ?』
『約束、だからね………破ったら承知しないんだから!』
『ばかばかばかぁっ!!……心配……してたんだからぁっ!!!』
『そんなの……わからないじゃない!! 』
『アタシ達は同じ過ちを繰り返さないために戻ってきたんでしょ? 』
『歴史を変えるためにココに来たんでしょう!? 』
『シンジが………そンな情けないコト言わないでよ!! 』
『昔みたいにイジイジしてたってしょうがないじゃないっ!!! 』
アスカ
結局、君を泣かせてばかりだった
また アスカを傷つけてしまった
いくら謝っても もう遅いよね
アスカが『好き』って言ってくれた時、正直驚いたよ
だけど、それ以上に嬉しかった
僕なんか君には不釣合いなのにね
きっとお似合いの相手が見つかるよ
だから 僕の事なんか
僕の事なんか?
僕は何を言おうとしているの?
僕は それを望むの?
忘れて欲しくないよ
離れたくない
一人はイヤだよ
イヤだ
イヤだ
イヤだ
イヤだ
イヤだ
イヤだ
イヤだ!
イヤだよ!!!
離れたくないよ!!!
まだ まだ終わったわけじゃないんだ!!
僕は何もしてないんだ まだ、やる事が残っているんだ!!!
母さん!!父さんっ!!
加持さん、ミサトさん、リツコさんっ!!!
レイ アスカぁ!!!!
僕は戻りたいんだ!!!
力を貸してよぉ!!!!
もう一度 僕を見てよ!!!!!
会いたいよ、みんなに
『…………シンジ君…………』
「…………え、レイちゃん?どうしたの?」
『……出してください、シンジ君が呼んでいるんです』
マヤは焦った。
いきなり発せられた、レイの一言。
今、責任者は出払っている。
自分が出撃を認めるわけにはいかない 明らかな越権行為なのだから。
だが、レイは何も聞かずに零号機を起動した サポートもなしに。
「待ちなさい、レイ!!
今、連絡を取るから……ちょっとだけ辛抱して!!
先輩?マヤです、早く来て下さい!!!」
「レイちゃん、止めるんだ!!!」
「電源をカットしろ!」
「……駄目です!信号を受け付けません!!!」
『………今、行くから………』
零号機はオペレータ達の制止を振り切り、拘束具を強制除去していく。
ケージ内は大騒ぎである。
いともあっさり破壊される拘束具、破片が降りしきり、整備員は逃げ惑う。
「何があったのっ!?」
電話を受けたミサト、リツコが発令所に駆け込んできた。
「レイちゃんが………制止を振り切って!!」
「レイ!何をしてるの!?」
「待ってください!
使徒に異変を感知!!!」
「もう、こんな時に!!!!」
発令所の騒ぎは収まらない。
混乱、騒乱。
司令系統すら状況把握ができないのだ、致し方ないのかもしれない。
だが モニターに映る使徒を見て青葉が叫んだ瞬間、いきなり静寂が訪れた。
「………あれは……腕!!??」
地面に伸びる影。
その影の内部から、手が生えるように出現した。
引き裂くように。
破壊不可能なものがないかのように。
血塗られた手。
紫の巨体が、次第に姿を現す。
使徒の血に、全身を染めながら。
勇ましく、悲しげな雄叫びを上げながら。
初号機は、シンジは 望み通り戻ってきた。
闇の中から。