其ノ壱拾弐 :アンウン(前)

いつもと変わりのない朝。

アスカ、レイと共に教室のドアをくぐったシンジは、自分の席のところに親友2人が立っているのを見かけた。

「よっ、おはようさん!」
「お・・・来た来た。おはよう、シンジ」
「おはよう・・・トウジ、ケンスケ」
「なぁ、シンジ・・・・」

ケンスケは小声でシンジに聞いた。

「・・・・エヴァのパイロットが増えるとかって話、聞いてないか?」
「はぁ?
何、それ?」
「誤魔化さなくったっていいだろ?教えてくれよ、友達だろ?」
「・・・・本当に知らないよ」
「何だぁ・・・違うのかぁ・・・・」
「せやから言うたやろ?
なんでもかんでもエヴァに結び付けるの、ヤメぇや・・・」

肩を落とすケンスケ、呆れた表情のトウジ。

シンジはまったく訳がわからなかった。

「・・・・どういう事?」
「実はな、今日転校生が来るらしいんだ」
「転校生?
それとエヴァのパイロットと、どう繋がるって言うの?」
「おまえと惣流、二人続けて転入してきただろ?
だから・・・・つい、な」
「・・・・なるほどね・・・・・・でも、本当に何も聞いていないんだ」
「そっか・・・・悪かったな、いきなり変な事聞いて」
「別に良いけど・・・・どこからそんな情報を仕入れてくるのさ?」
「ははっ、それは言えないな。
企業秘密ってやつ?」
「アホかぃ・・・・」

キーンコーーーンカーーンコーーーン     

「・・・そろそろ席に戻るか」
「せやな・・・・・」
「じゃ、また後でね」

ガラガラガラガラっ

二人が席に戻ってから暫く後、担任である老教師が扉を開け、緩慢な動作で教壇へ立った。

委員長・ヒカリの号令で朝の挨拶を済ませると、老教師は生徒に向かって話し始めた。

「・・・・えー、突然ですが今日から新しい生徒が転入する事になりましたので紹介します・・・・君、中に入りなさい」

教師に呼ばれ、少年が教室へと入ってきた。

と同時に女生徒達から感嘆の溜息が上がる     3人ほどを除いて。

少年は教室内をゆっくりと見渡した後、口元の笑みを崩す事なく静かに言った。

「・・・・はじめまして、渚・・・カヲルです」

その刹那、シンジの時間が、止まった。

急に目の前が真っ暗になり     その後、記憶はぷっつりと途絶えた。

福音ヲ伝エシモノ    

其ノ壱拾弐:アンウン(前)    

 

使徒とヒトが共存する事はできない
どちらかは滅びる運命にある
     だけど、キミは死すべき存在じゃない

ボクにとって生と死は等価値なんだ
そして     自らの死だけが、僕に許された選択肢なのさ

さぁ、ボクを殺してくれ     シンジ君     

     シンジ君     

     シンジ君     

 

「・・・・んじ・・・・シンジ?!」

どこかで自分を呼ぶ声がする     

シンジの意識がゆっくりと覚醒してゆく。

うっすらと開いた目の前に、心配そうに自分を見つめるアスカの瞳があった。

「・・・・アスカ?」
「・・・・良かった・・・・気付いたのね?」
「・・・・・え?」

自分の胸の上に掛かっている真っ白な布団。

微かに香る消毒液の匂い。

シンジは、自分が保健室のベッドに横たえられているのにようやく気付いた。

「あれ・・・・・僕は・・・・・・・」
「シンジ、HRの時にいきなり倒れたの・・・覚えてない?」
「・・・・・倒れちゃったのか・・・・・・」

シンジはゆっくりと身体を起こそうとした。

が、頭の芯がボンヤリしていて思うように動けない。

アスカはシンジの身体を支え、起き上がるのを手伝った。

「今・・・・何時?」
「・・・・もう昼休み。
一体、どうしたって言うのよ?」
「・・・・そっか・・・・・昼休み・・・・・」
「・・・・・シンジ・・・・・ホントに大丈夫?」
「・・・・・え?」
「心配したンだから・・・・・・転校生が教室に入って来て、挨拶したと思ったらスグにシンジが・・・・・・・・・ココに運ばれる途中、ずっと真っ青だったのよ?」
「・・・・・ごめん・・・・心配かけちゃって・・・・・・」
「・・・・・何があったの?」
「・・・・・・・・」

アスカの問いに返答しないシンジ。

虚ろな表情のまま、視線は手の辺りを彷徨う。

シンジの瞳には何も映っていない     アスカはそう感じた。

まるで昔の     LCLの海の前で、蹲ったまま何のしようとしなかった頃に戻ったような瞳。

得体の知れない何かが、アスカの背中を通り抜けたような気がした。

「・・・・ねぇ、シンジ!!
ホントにどうしちゃったのよ!?」
「・・・・ちょっと驚いただけだよ・・・・・・こんなに早く会えるなんて・・・・・・カヲル君に・・・・・・・」
「カヲルって・・・・・転校生でしょ?
知り合いな・・・・・・・・あっ!?」

その言葉を聞いて、アスカは思い出す。

あの時の会話を。

初めて自分を受け入れ、初めて自分の手で殺めた『使徒』であり『ヒト』でもあった     渚カヲルという少年の名前を。

「・・・・・シンジ、まさか・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・あの時話してくれた使徒・・・・・カヲルって・・・・・・アイツがそうなの?」
「・・・・・そんなの・・・・・・・僕にはわからないよ・・・・・・・・だけど、いつかは再び出会う事はわかっていたんだ・・・・それが僕の運命だから」
「ちょっと待ってよ・・・・・・・・・前にアイツが出てきたのって、確かアタシが入院してた時でしょ?
第一、まだ本人かどうかなんてわからないじゃない・・・・・そんなに気にしないで・・・ね?」
「・・・・・・カヲル君は・・・・・僕が殺したんだよ・・・・この手で・・・・
そして・・・・・また今回も・・・・・・・」

シンジは右手を握りしめては開き、また握りしめるという動作を繰り返した。

まるで昔のように。

自分の殻に篭っていた頃のように。

「そんなの・・・わからないじゃない!!
アタシ達は同じ過ちを繰り返さないために戻ってきたんでしょ?
歴史を変えるためにココに来たんでしょう!?
シンジが・・・・・・・そンな情けないコト言わないでよ!!
昔みたいにイジイジしてたってしょうがないじゃないっ!!!
何があったかなんて・・・・・・知らない・・・・・けど・・・・・・」

それ以上アスカは言葉を紡ぐ事ができなかった。

確かに、シンジとカヲルの間に何があったのか、どういう繋がりがあったのかを彼女は知らない。

当時、自分はベッドの上で他人     自分に助けを求めるシンジを拒絶していたのだから。

なんとなく湧き上がる罪悪感に、シンジを直視できなくなるアスカ。

重苦しい沈黙が、二人の間に横たわった。
だがシンジはそんなアスカを気にする風もなく、顔を伏せたまま立ち上がるとそのまま出口へと向かった。

「・・・・・シンジ?」
「・・・・・今は何も考えたくないんだ・・・・僕の事は暫く放っておいてよ・・・・・・」
「ちょ・・・・待ってよ、シンジ!!」

のろのろとした足取りで、保健室を出て行くシンジ。

アスカも慌てて後を追おうとした。

が、シンジの寂しげな     哀しげな後ろ姿にアスカは何も言えず、足も動かなかった。
シンジはその足で職員室に行って体調不良を訴えると、そのまま早退した。

 


 

その夜、葛城家。

アスカはシンジが早退した後すぐにミサトへと連絡を取った。

渚カヲルという少年の事を調べてもらうのと、シンジの状態を報告するために。

そして、本部からミサトの電話を受けていた。

『・・・・で、結局そのまんま閉じこもってるのね?』

 

「ウン・・・・中からロック掛けられてるから、部屋の中にも入れないのよ。
結局夕食も食べずじまいだったわ。」

『そっか・・・・・』

 

「・・・で、何かわかったの?」

『一応リツコに調査してもらったわ。
えっと・・・・渚カヲル、出身地はネバダになっているわね。
父親が日本人、母親がアメリカ人のハーフ。
両親は幼い頃に他界、ずっと祖父母の元で生活・・・・
でも、その祖父母も先月亡くなって、父の祖国である日本に来た、と。
親類はなく、第三新東京市内のアパートで一人暮らし。
相当額の遺産を相続しているから、生活に苦しいという事はなし・・・・』

 

「・・・じゃ、何の問題もないってワケ?」

『見た目の上では、ね』

 

「どういうコト?」

『・・・・・念の為に祖父母の代まで遡って調査してもらったの。
そしたら、見事に経歴が破棄されていたわ・・・・跡形もなく』

 

「・・・・・つまり、経歴詐称の可能性もあるってコト?」

『否定できないわ』

 

「ねぇ・・・・まさかとは思うけど、マルドゥックが関わってるってコトはないの?」

『それはないわ・・・・・第一、マルドゥック機関なんて最初から存在しない組織なんですもの』

 

「・・・・・え?」

『司令が打ち明けてくれたの・・・・全てを。
チルドレンの・・・・いえ、エヴァとシンクロ可能な人間の選出基準・・・言わなくてもわかるでしょ?
それをカモフラージュするために書類上でのみ作られた組織・・・・それがマルドゥック機関の正体』

 

「・・・・・・・」

『話を元に戻すけど・・・
シンジ君の話によると、彼はフィフスであり・・・使徒でもあった。そうだったわね?』

 

「ウン、でも・・・・・・・アタシは一度も会ったコトないし・・・・」

『・・・・アスカも会ったコトはないのか・・・
どっちにしても、シンジ君のショックはかなり大きいわね。
とにかく・・・・調査のほうは引き続き行うから、あなた達はいつも通りの生活をしていて頂戴。
特にシンジ君からは目を離しちゃダメ。
それと・・・・彼には無理に接触したりしないようにね?
・・・・・相手の素性がわからない以上、下手に手出しはできないし・・・・
何が起きても不思議ではないから。わかった?』

 

「・・・・・ウン」

『ゴメンね・・・・早く帰りたいのはやまやまなんだけど、作業を中断する事ができないの。
レイと二人で、よろしく頼むわ』

 

「・・・・わかった。
でも、ミサトも無理しないでよ?」

『オッケー。
明後日くらいには帰れると思うから、それまでヨロシクね。
でも、何かあったらすぐに連絡を頂戴』

 

「ん・・・・じゃ、オヤスミ」

アスカは静かに受話器を置くと、リビングへと向かった。

リビングには誰もいない     レイはとっくにベッドの中だ。

そのまま素通りし、ベランダに出た。

身体を伸ばして隣の様子を覗うが、部屋の電気は消されたままでひっそりとしているだけ。

「・・・・シンジ・・・・・・・・・・・・」

アスカの呟きは誰に聞かれる事なく、風に乗って夜空へと吸い込まれていった。

 


 

それから2日。

シンジは一歩も外に出ず、アスカやレイとも顔を合わせる事はなかった。

ドアをノックしても、電話をしても応答はなし。

食事をしているのかすらわからない。

心配するあまり、アスカとレイの二人も塞ぎ込んでしまう始末。

相変わらず多忙なミサトは、3人のために一計を講じた。

 


 

まるで生活している者がいないような錯覚さえ起こさせる、真っ暗な室内。

男はゆっくりとリビングからキッチンへと移動した。

キッチンは整頓されており、この数日使われた形跡がない。
そのまま通り過ぎた男は、シンジの部屋の扉をノックする事もなくいきなり開いた。

ベッドの上で蹲るシンジ。

カーテンは閉め切られ、エアコンの冷気が身に刺さるように感じる。

リモコンでエアコンの運転を停止すると、男は机の脇にある椅子に腰掛けた。

ギシっ・・・・と椅子が音を立てた途端、シンジの身体がピクっと動いた。

足元に散乱する菓子パンの空き袋や、空になったパックを見て、食事は十分でなくとも取っている事がうかがえた。

「いつまでそうしているつもりなんだ・・・・・みんな心配してるんだぞ?」
「・・・・加持さん・・・・」

シンジは膝に顔を埋めたまま、男     加持リョウジに返答した。

力ない声で。

「・・・・・・僕の事は放っておいてくれませんか?
暫く・・・・一人でいたいんです」
「残念ながら君の願いは聞けない。
君の事を心配しているお姫様方からキツ~~~く言われているもんでな。
俺の役目は、この部屋から君を外へ出す事だ・・・・・できれば君自身の意思で、ね」
「・・・・アスカ達には悪いと思ってます。
だけど・・・・・ダメなんです、今は誰にも・・・・・会いたくないんです・・・・・」
「君が会いたくないのは・・・・・・渚カヲルという少年だけじゃないのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いいか、今の君は逃げているだけだ・・・・・過去の亡霊から・・・・・嫌な思い出から。
だがな、逃げ切る事はできない・・・・・何故なら、その亡霊を作り出しているのは君自身なのだから。
自ら過去と対峙し、乗り越えていかなければならないんだ。
そして、それは君自身にしかできない事だよ、シンジ君。
心配する事はないさ・・・君が持つ『強さ』は、そんなものに負けてしまうような脆いものではないよ」
「・・・・・僕は・・・・強くなんかありません・・・・・弱虫なんです・・・・・」
「弱虫?君の何処が弱虫だなんて言うんだい?
君はね、他人の痛みがわかるほどに繊細な心を持っている。
だから、他人が傷つくと・・・・まるで自分が傷ついたのと同じように感じる。
それは君の優しさなんだよ・・・・・君にしかない、ね。
優しさは決して弱さではないんだ。そこを勘違いしているだけだよ、シンジ君は」
「でも・・・・・・・僕は・・・・・・・彼を・・・・・・・・」
「それは彼の・・・・渚カヲルの意思でもあった、違うかい?
『使徒とヒトとは共存できない、だから自分を殺せ』と言っていたんじゃないのかい?
・・・・彼は使徒だった、それは紛れも無い事実だ。
酷な事を言うようだが・・・彼は君がエヴァに乗り、倒すべき相手だったんだよ。
君がそうしなければ・・・・・人類は滅んでいた」
「でも・・・・・カヲル君を殺しても殺さなくても、結果は同じようなものだったんですよ!?
加持さんは、誰もいない世界を想像できますか!?
そんな世界で目覚めて、どう思いますか!?」
「それを変えるために君は戻ってきたんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・」
「さっきも言った通り、君は逃げているんだよ。
そして、物事を悪い方向にしか考えていない。
疑心が暗鬼を呼び、また新たな疑心を生み出す・・・・そんな思考のループに取り込まれているんだ。
なぁ・・・・オーバー・ザ・レインボウの船室の中で俺に話してくれた事を覚えているかい?
君は全てをやり直すために、力を合わせて頑張っていきたいと言った筈だ。
そして、それを実行してきた。
俺や葛城、リっちゃんや・・・・君の父、碇司令と正面切って話し合いながら、ね。
目の前の人間から、また運命から目を逸らさずにぶつかっていった君は何処へ行ったんだ?
あれは君自身の心からの言葉じゃなかったのか?」
「・・・・・・・」
「そうやって頭で考えているのも悪くはないが・・・・・時には何も考えずに動く事も必要だよ。
頭ではなく、身体で考えるんだ・・・・・・・・・・」
「・・・・・身体で・・・・考える?」
「そうだ・・・・・肌で感じる、と言ったほうがわかりやすいかな。
彼・・・・渚カヲルという少年に、正面からぶつかるんだよ。
何も考えず、裸のままの、ありのままの自分で、ね」
「・・・・・・・」
「勇気を出せ、シンジ君。
君の周りには大勢の人間がいる。
その心を纏め上げたのは・・・・君の力だよ。
もっと自分に自信を持つんだ・・・・いいかい?」
「・・・・・・加持さん・・・・・・僕は・・・・・・」

シンジが何かを言おうとしたちょうどその時、携帯のベルが部屋の中に木霊した。

「・・・・はい、シンジです・・・・はい・・・・・・・わかりました」
「・・・・どうした?」
「・・・・非常事態宣言が出されました・・・・使徒が・・・・・出現したって・・・・・」
「くっ・・・・・こんな時に!!!」

加持とシンジは同時に立ち上がった。

だが、シンジは足元をふらつかせた。

「大丈夫か、シンジ君?」
「このところ・・・同じ夢ばかり見ていて眠れなかったんです。
でも・・・・・行かなきゃ・・・・・」
「・・・・仕方ないな」

加持はシンジを抱き上げると、そのまま部屋を飛び出した。

中学生とはいえ、華奢な身体つきのシンジなら加持にとって苦ではなかった。

 


 

サイレンが鳴り響く中、加持の運転するエランが疾走していく。

その上空を、戦自のヘリが何機も通り過ぎていった。
ヘリの向かう方向に、不気味な球体が浮かび上がっていた。