NERV本部、発令所。
一段高い位置にある司令席。
総司令・碇ゲンドウは手を顔の前に組む、いつものポーズで。
副指令・冬月コウゾウはゲンドウの斜め後方に立ちながら。
せわしなく動き回る職員達を見下ろしていた。
オペレータ・日向マコト、青葉シゲル両名による報告が作戦部長・葛城ミサトに集中する。
「エヴァ各機、所定位置にて発進準備完了!」
「衛星監視カメラ上では未だ補足せず!」
ミサトは技術部長・赤木リツコの顔を見て小さく頷くと、各パイロットに対し最終確認を行う。
「シンジ君、アスカ、レイ!準備は良い!?」
「「「はい!」」」
「こちらから号令が出たら、各機外部電源をパージ、使徒の落下予想地点へ急いで!
後は各機の判断に任せます、いいわね!?」
「「「了解!」」」
「衛星上の使徒、補足!距離二万五千!!」
「おいでなすったわね!!予想ポイントは!?」
「B-02です!」
「エヴァ各機、作戦開始!ポイントB-02に急行して!!」
号令と共に三機のエヴァが外部電源を切り離し、クラウチングスタートを切った。
その直後だった。
「・・・・本部直上に新たな物体の出現を確認!!
パターン・・・・ブルー!!使徒です!!」
「何ですってぇ!?」
『アスカぁっ!!!』
『わかってるっ!!!』
急制動を掛け、機体を反転させるアスカ。
突然現れたもう一体の使徒、マトリエルに向かって突進を始める。
「距離、九千!!!」
「零号機と初号機は!?」
「初号機・・・音速突破!!
落下予想時刻には間に合います!!!」
「アスカ!A-112にソニックグレイブを出すわ!!」
『りょーかいっ!!!』
「距離、二千!!
ダメです、零号機は間に合いません!!」
「レイっ、急いで!!!!!」
「弐号機、ソニックグレイブ装着!!
二秒後に使徒Bと接触!!」
「初号機、目標地点到達!ATフィールドを展開しています!!」
「弐号機、攻撃開始!!」
「初号機が・・・・使徒を受け止めています!!!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
『こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
発令所のスピーカーから、シンジとアスカの叫び声が響いた。
その瞬間
本部電源が
落ちた。
真っ暗になった発令所に日向の声が響く。
「・・・・主電源が断線しました!
予備電源に切り替え!復旧は五秒後です!!!」
「くっ・・・・早く、早く、早く!!!!」
歯噛みしながらも待つことしかできないミサト。
永遠とも思える時間が、ゆっくりと進んでいく。
そして、予備電源に切り替わると共に発令所内の灯りが点った。
だが、モニターは真っ白な画面を映し出すだけだった。
「強力な電磁波を確認っ!!モニターできません!!!」
「使徒パターン検出できず!!どうやら殲滅に成功したようです!!」
「モニター回復します!」
モニターに浮かぶ、地上の様子。
弐号機はソニックグレイブを脇に抱え、立っていた。
零号機は爆心地脇に佇み、内部を伺っていた。
そして、初号機は 爆心部の中心で、プログナイフを天に向けたまま立ち尽くしていた。
「パイロットの確認急いで!!!」
「・・・・零号機、弐号機共にパイロットの生存確認!!
初号機は・・・・・・・・!!?」
「どうしたの、マヤ!?早く報告なさいっ!!」
伊吹マヤはコンソールを見つめ、手を口に当てたまま動けなかった。
リツコはマヤの背後に駆け寄り、コンソールの数値を見る。
「リツコっ!!」
「・・・・・・初号機、エントリープラグ内の質量ゼロ・・・・・パルス測定不能。
シンジ君は・・・・・・・・・・・おそらく・・・・・・・・・」
「・・・・・なんですって!?」
「・・・・イヤ・・・・・・・・イヤアァァァァァァァァァ!!!!」
発令所に、マヤの叫び声が響いた。
「・・・・セカンドは精神疲労が激しいため病院に収容、ファーストがそれに付き添っています。
サードチルドレンは・・・・消息不明。
恐らく・・・・エヴァに取り込まれたものと思われます・・・・・・報告は以上です」
司令室に佇む三つの影。
ゲンドウ、冬月、リツコである。
作戦終了から二時間後、リツコは現況報告のために呼び出されていた。
「・・・・サードはエヴァに・・・・か。
まるでユイ君と同じだな・・・・・・どうする、碇?」
「・・・・サルヴェージ、だ」
「「え?」」
ずっと沈黙のまま報告を受けていたゲンドウがようやく口にした言葉。
予想していたとはいえ、冬月もリツコも動揺は隠せない。
「・・・・しかし・・・・・前回も失敗に終わったのではないか?」
「今はそれ以外に方法はない。
パイロットの補充が不可能な今・・・・失敗は許されん。
赤木博士・・・・・準備期間はどれ位必要だ?」
「・・・・・前回の結果を解析、予定を立てるとなると・・・一ヶ月程度は・・・・」
「・・・・・良かろう、この件に関しては一切の権限を赤木博士に委任する。
万が一失敗に終わっても・・・・・責任は私が取る」
「碇・・・・・・・・いいのか?」
「・・・・・・・構わん」
「・・・・わかりました、早速準備作業に掛かります」
「頼んだぞ、赤木君・・・・・」
リツコは踵を返すと、足早に司令室から退出した。
「・・・・・碇、本当にいいんだな?
息子もユイ君と同様に失うかも知れんのだぞ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
冬月の問い掛けに、ゲンドウは沈黙をもって答えとした。
それ以降、二人の間に会話はなかった。
ただ、静かに時が過ぎていく。
アスカは夢を見ていた。
ほんの数時間前に交わした会話。
レイの姿がドアの向こう側へ消えた後の室内。
その場に残ったのは、シンジ、アスカ、ミサト、リツコの四人。
口火を切ったのは、意外にもシンジだった。
「・・・・・停電の事と、使徒・・・・ですね?」
「ええ・・・・使徒の落下とほぼ同時刻に、本部は停電するわ。
何とか予備電源だけは確保したけど、切り替えには五秒ほどのタイムラグが生じるの。
その間は本部との通信も、サポートも不可能よ」
「・・・・わかりました」
「・・・・・それと、あなた達の話では、今確認しているのは第十使徒のはずよね」
「・・・・はい。
第九使徒、マトリエルが現れるはずなのに・・・・・順番が入れ違っているのかもしれません」
「入れ違いならいいんだけど・・・・・・」
「・・・どういう事ですか?」
「・・・・・・マトリエルがまだ探知されていないとしたら?」
「「・・・・・・・・・・・あ!!」」
シンジとアスカが気付いたのはほぼ同時だった。
あの時、マトリエルは停電とほぼ同時に出現したため、探知されなかったはず・・・。
「・・・・可能性としては、同時に出現する事も有り得るのよね・・・・」
「・・・・その通りよ、アスカ。
もしも・・・・二体同時となると・・・・・・」
「・・・・その時はアスカ、君がマトリエルの方に回って」
「・・・・・シンジ?」
アスカは驚いてシンジの顔を見た。
だが、シンジは真剣な表情を崩すことなく話を続ける。
「・・・・サハクイエルの質量を受け止める事が出来るのは、初号機だけなんだ。
そして、アスカの弐号機の方が綾波よりシンクロ率が高い・・・つまり、機動性が良い。
使徒がどういうタイミングで出現するのかわからない以上、そうするしかないよ。
もしも同時だったら・・・アスカが戻るまで、サハクイエルは僕が何とか食い止める。
・・・・・これで良いですよね、リツコさん、ミサトさん?」
「・・・・そうね、シンジ君の言う通りよ」
「・・・・リツコ・・・・・」
ミサトはそんな三人のやり取りを聞きながら、どうやってアスカを説得するか手立てを考えていた。
プライドの塊であるアスカが簡単に承知するとは思っていなかったのだ。
だが 意外にもアスカはアッサリ首を縦に振った。
「わかったわ、シンジ・・・・・・・・・その代わり、アタシが行くまで絶対に持ち堪えるのよ?」
「・・・・約束するよ、アスカ・・・・・」
「約束、だからね・・・・・・破ったら承知しないんだから!」
アスカの声はいつもの張りがなく、小さいものだった。
だが、それもアスカの精一杯の強がり。
涙を堪えるその表情を見て、シンジは思わず抱き寄せていた。
「・・・・約束するよ、アスカ・・・・僕は、僕達は絶対に死なない」
「シンジ・・・・・・」
約束するよ
ヤクソク・・・・・・・
シンジの笑顔が少しずつぼやけていく。
代わりに目に映る、白い天井。
傍らで見つめる紅い瞳。
無表情だが、その瞳には安堵の色が広がっていた。
「・・・・・レイ・・・・・・・」
「・・・・・気付いたのね」
「アタシ・・・・・どうしたの?」
「あなたはケージで倒れたの・・・・覚えていない?」
「・・・ウン・・・・・・」
「そう・・・・」
「・・・・ずっと、そうして付き添っていてくれたの?」
「・・・・私がそうしたかっただけ・・・・気にしないで」
「アリガト・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・シンジは?」
「・・・・私はあなたの傍にいたから、わからないの・・・・・ごめんなさい・・・」
アスカはゆっくりと自分の身体を起こした。
頭の芯が少しぼんやりとしているが、それ以外は何ともないようだ。
レイとアスカの視線が絡み合う。
「・・・・ねぇ、レイ?」
「・・・・何?」
「あの時・・・・何が起きたのか、話してくれる?」
レイの身体がピクッ、と動いた。
表情にも戸惑いの色が見える。
「・・・・言いづらい気持ちはわかる、だけど・・・・あの時のコト、見てたんでしょ?
・・・・・・お願い、レイ・・・・」
まっすぐに見つめるアスカ。
僅かの間を置いて、レイは小さく頷いた。
「・・・・・あの時、あなたが攻撃目標を変更した後も、私と碇君は針路を変えなかった。
先に目標地点に到達したのは碇君・・・・私は彼に追い着けなかった。
彼は初号機のみで使徒を受け止めた後・・・・跳躍したの」
「・・・・・そんな・・・・・使徒を持ったまま、ジャンプしたって言うの?」
「・・・・私も信じられなかった。
でも・・・・彼は確かに跳んだ。
そして・・・自ら使徒のATフィールドを中和して、プログナイフをコアへ・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・私は見ているだけだった、それしかできなかった。
もっと早く動く事ができれば・・・・・・もっと上手く零号機を操作できれば・・・・・こんな・・・事には・・・・・・・」
レイは自分の中に何かがこみ上げてくるのを感じた。
言葉を紡ぐ事ができない。
アスカの顔を見ていられない。
感情を抑えられない。
視線を逸らし俯いた途端、頬に何かが伝った。
膝の上に組んだ手に、水滴が落ちた。
それは、涙。
堰から溢れ出した、レイの感情。
生まれて初めて流す涙に、レイは戸惑っていた。
「・・・・私、泣いている・・・・・何故?」
「・・・・・それはね、レイ・・・・・・・・アンタがヒト、だからよ」
レイはアスカを見た。
アスカの頬にも、涙の筋があった。
「・・・・いい?レイ・・・・・・
ヒトはね、感情を持っているわ・・・・・喜び、悲しみ、怒り・・・・他にも沢山。
感情はある程度コントロールできるモノよ・・・・でも、どうしてもガマンできない時もあるの・・・・
アナタは今、何もできなかった自分を責め、シンジが消えてしまったコトを悲しんでいる。
だから・・・・泣いているの」
「・・・・悲しい・・・・・」
「・・・・・ガマンする必要はないのよ、今だけは・・・・・・
アタシの肩、貸してあげるから・・・・・泣きたいだけ・・・泣いて・・・・アタシも・・・・・・借りるから・・・・・」
アスカはベッドの淵に腰掛けると、レイを抱き寄せた。
そして、自分もレイの肩に顔を埋めた。
嗚咽が重なる。
互いの肩が、涙で濡れていく。
二人は、泣いた。
相手の体温を感じながら。
自分が孤独ではない事を感じながら。
どれくらい泣いていただろう。
いつしか、嗚咽は聞こえなくなっていた。
アスカはゆっくりと顔を上げ、レイを見た。
「・・・・落ち着いた?」
コクン
「・・・・アタシもよ」
「・・・・そう」
「・・・・ね、レイ・・・約束してくれる?」
「何?」
「・・・・作戦室にアタシとシンジが残された時、約束したの。
『絶対に死なない』って。
アタシとシンジの約束は、アナタとシンジの約束でもあるわ・・・・だから、きっとシンジは帰ってくる。
だから・・・・・シンジが帰ってきた時、泣かないって約束して。
笑顔で出迎えてあげるって・・・・・・・いい?」
「・・・・わかったわ、アスカ。
碇君は必ず帰ってくる・・・・だから、笑顔でいればいいのね?」
「そう!」
アスカはにっこりと笑いかけた。
つられたレイも、自然に微笑む。
「・・・・それじゃ、着替えたらミサトのトコに行こ?」
「・・・・・はい、着替え」
「アリガト」
アスカは制服の入った紙袋を受け取ると、手早く着替えを済ませた。
そして、レイの手を取り共に病室を出た。
二人は廊下を並んで歩いていく。
しっかりとした足取りで。
お互いの手を繋いだまま。
二人の距離は、確実に縮まっていた。
其ノ六:ヤクソク