某月某日、0900。
第三新東京市南東100キロの沖合いに正体不明の物体を発見。
毎時25キロのスピードで侵攻を確認。
同日、0915。
パターン照合後、同物体を第七使徒、と断定、第二種警戒体制発令。
上陸予想時刻、同日1300。
同日、1000。
パイロット召集。
都市部は先の第三・第四使徒戦における損傷からの復旧作業が遅れているため、迎撃は不可能と判断。
上陸前に湾岸部にて迎撃作戦を展開する事を決議。
零号機は改修作業中のため、初号機、弐号機の二機体制で迎撃。
同日、1130。
第一種警戒体制に移行。
民間人の退避勧告、及びシェルターへの避難開始。
同日、1145。
初号機、弐号機の予想上陸ポイントへの搬送終了。
続いて起動準備開始。
同日、1215。
民間人の避難終了。
同日、1220。
初号機、弐号機の出撃準備完了。
同刻、待機開始。
同日、1257。
予想時刻+3にて使徒を肉眼で確認、威嚇射撃開始。
ATフィールドに阻まれたため、敵損傷は認められず。
同日、1259。
使徒、上陸。
戦陣は弐号機が前衛、初号機が後方支援。
初号機パイロットの報告により、使徒腹部に複数の光球の存在を確認。
使徒の質量が通常の2倍強である事を計測。
技術部長・赤木リツコ博士が加撃による使徒の分裂を示唆。
同日、1300。
弐号機による接近戦闘開始。
ソニックグレイブによる攻撃にて両断後、使徒分裂。
作戦部長・葛城ミサト一尉は使徒2体のコアに対する同時荷重攻撃を指示。
同日、1301。
初号機、及び弐号機外部電源パージ。
エヴァ二機による同時荷重攻撃開始。
同50秒後、使徒殲滅。
同日、1305。
第一種警戒体制解除、民間人の退避勧告取り下げ。
今作戦による被害状況は以下の通り。
初号機損傷度3%。
弐号機損傷度5%。
両機共、外装部の交換作業のみで修復可能。
またパイロットについても損傷なし。
自走式外部電源車大破四両、小破一両。
こちらは使徒の爆発に巻き込まれたものである。
死傷者0名。
以上。
「不要な金が掛からんのは申し分ないが・・・手際が鮮やかすぎるのではないか?」
「・・・問題無い。大事なのは経過ではなく結果だ。
使徒を殲滅しさえすれば良い」
「しかし・・・・目立つ行動をすれば奴等も勘付くぞ?」
「シナリオの範疇内ですよ、冬月先生」
「・・・セカンドとサードの成長度合いもか?」
「・・・・・・・問題無い」
「まあ良い、お前の考えは私には理解できんからな・・・・・」
「・・・既に賽は投げられた。
我々は歩みを止めるわけにはいかん・・・・」
「・・・・・・・」
其ノ参:ウタゲノアト(前)
その翌週の土曜日、学校からの帰り道を並んで歩く3人。
左からシンジ、アスカ、レイである。
「はぁ~~~~、なんか疲れが溜まってるわ・・・・」
「仕方ないよ・・・・この前戦ったばかりなのに、休みもなくて。
ここんとこ毎日学校と本部との往復だしね」
「確かに、以前に比べてスケジュールが過密になっているわ」
「・・・今日は息抜きしようよ、せっかくパーティやるんだし・・・ね、アスカ、綾波」
シンジの言葉に頷く二人。
だが、どことなく弱々しい。
アスカの来日後、訓練スケジュールに変更があった。
複座によるシンクロテストが加わったのである。
通常の訓練、テスト、そして検査 それだけでもかなりのストレスにはなる。
そこへ加えて、なのだ。
ここ数日、休みなくNERVへ出頭する日々が続いていた。
しかし、今日と明日は予定が空いた。
アスカの歓迎会、及びミサトの昇進祝いという名目でパーティを行う事になったのだ。
そして、これからその準備の為にスーパーへと向かっているのである。
とある曲がり角に着くと、シンジが立ち止まった。
「・・・じゃ、僕と綾波は買い物してくるから、アスカは先に帰っててよ」
「アタシも一緒に行くって言ってるのに・・・」
「アスカは今日の主賓だからさ、そういうわけにはいかないよ」
「・・・私がいるから平気。
アスカは家で休んでいて」
「ウン、わかったわ・・・・サンキュ、二人とも。
・・・・・シンジ、アタシがいないからってレイにチョッカイ出すんじゃないわよ?」
「・・・するわけないだろ?」
「・・・・行きましょ、碇君」
「それじゃ、後でね」
「早く帰ってきてね、シンジ、レイ」
二人の背中を見送った後、アスカは鞄から携帯を取り出した。
「・・・モシモシ、加持さん?アタシ・・・・・」
話は3日前に遡る。
タンクトップにショートパンツといういつもの格好で、えびちゅの缶を煽るミサト。
お揃いのエプロンを身に着け、台所に立つシンジとアスカ。
戻ってきて以来、アスカはシンジの手伝いをするようになった。
今はシンジが皿を洗い、それをアスカが布巾で拭いてから食器棚に片付けている。
「っかぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!この一口がタマらないのよねぇ♪」
「もう聞き飽きたわよ・・・・・何本目だと思ってンの、ミサト!?」
「そうですよ・・・・今日はそれで終わりにしてくださいね?家計費だって残り少ないんだし・・・・・」
「まぁまぁ・・・・ヤボなコトは言いなさんなって♪」
「「はぁ~~~・・・」」
嬉々としてビールを飲むミサトと、呆れ果てている二人。
これで良く保護者だと言い張れるものだ。
ピンポーン
「は~~~い」
パタパタとスリッパの音を立てながら玄関に向かうアスカ。
来客は加持だった。
「よっ・・・・・エプロン姿も似合うじゃないか、アスカ」
「えへへ・・・・そーでしょ♪」
加持を従えて台所へ向かうアスカ。
洗物を終えたシンジが、ミサトとともに出迎える。
「いらっしゃい、加持君」
「すいません、こんな時間に・・・・」
「お邪魔するよ・・・・なんだ、シンジ君もエプロンかい?
二人とも良く似合ってるじゃないか・・・・・まるで新婚さんみたいだなぁ」
互いの顔を見ながら、真っ赤になる二人。
そんな様子を見るや否や、ミサトはニヤリ、と笑った。
「そうなのよぉ・・・いつもラブラブなとこばっか見せつけられるから、ビール飲んでなきゃやってらんないわん♪」
「・・・・葛城はそんな理由付けなんて必要ないだろ?」
「・・・・・バレバレかぁ・・・・ちっ・・・・」
「・・・・ま、でっかい子供の面倒をよろしく頼むよ、二人とも」
「・・・・・・ソレ、どぉいう意味?」
「そうよっ!そんなに飲んでたらそのうちビヤ樽みたいになって、加持さんに捨てられちゃうわよ!!」
「な・・・・・なんで私と加持が!!!」
「まぁまぁ・・・じゃれ合いはこの辺にしとこうや」
互いに頬を上気させながら睨み合う二人を抑える加持。
シンジは、お盆に4人分のお茶を用意してリビングに向かった。
テーブルにつき、顔を見合わせる4人。
最初に加持が口火を切った。
「・・・さてと、用事は何なんだい?」
「リツコのコトよ」
「リっちゃん?彼女がどうかしたのか?」
「何か感付いたんじゃないかと思ってね・・・・・カン、鋭いからね」
「・・・・確かにな」
ミサトの一言で全てを理解した加持。
第六使徒との戦闘報告書 自分の行動は削除してあるが を見て、リツコが疑念を持つであろうと予想はしていた。
使徒出現から僅か62秒で完全に殲滅。
太平洋艦隊の被害を最小限に食い止め、かつ自らの機体も傷つけない。
突然の襲撃に対し、あまりにも鮮やか過ぎる対処。
そして、特筆すべきはそのシンクロ率の高さ。
シンジという異分子エントリーさせているにも関わらず、起動の段階で自己記録を30ポイントも更新。
シンジとの相互シンクロ時の数値は絶句モノである 何せ200%を軽々超えていたのだから。
それに加えて先週の第七使徒戦。
あまりにも鮮やかな迎撃に、終始彼女は無言だった。
リツコのリアクションは、テスト項目の追加という形で表れたのだ。
加持やミサトに影響はないが、シンジとアスカはもろに被害を被っていた。
「・・・・でね、リツコもこっちに引っ張り込もうと思ってるのよ」
「それは危険な賭けじゃないのか?葛城・・・・・」
「アタシも反対だな・・・・リツコったらある意味マッドじゃない?
下手したら洗脳とかもしかねないし・・・・・」
「・・・・シンジ君はどう思うんだい?」
3人の視線がシンジに集中する。
「・・・正直言ってわかりません。
うまく行くのか、失敗するのか・・・・・・・」
「・・・・ま、そうだけどサ・・・・・」
「だけど、やってみる価値はあると思います。
あの時・・・・・・・・僕はリツコさんの『狂気』を目の当たりにしました。
水槽の中で崩れていく綾波達を見つめる、あの冷酷な目を・・・・
でも、その原因を作ったのは父さんです。
父さんが母さんに依存しているように、リツコさんも・・・・きっと・・・・・・」
「・・・・リツコは愛情を知らないわ・・・・・・ま、私も他人のコト言えた義理じゃないけど。
でも、シンちゃんの話を聞く限りでは、その時のリツコは常軌を逸していたはずよね。
レイの代わりに『生贄』として差し出され、プライドをズタズタにされて・・・・
でも今は違うわ、まだ余裕があるもの。
私はリツコを信じるわ・・・・たった一人の親友だしね」
「・・・しかし、火中の栗を拾いに行くようなものだぞ?」
「加持さん・・・・・僕はミサトさんを信じます。
だから、リツコさんも信じます。
たとえ危険な賭けでも・・・成功率が低くても、けして0%じゃないですから。
どうせ死ぬならできる限りの事をしてから、って言われましたしね?」
シンジはミサトに微笑んだ。
「・・・あーあ、やっぱりこうなるのよね・・・・・
ま、シンジがそう言うんなら、アタシが乗らないわけにはいかないわ。
アタシ達はパートナーだもんね?」
「ありがとう、アスカ」
「OK・・・・決まりだな。
ふたりがそう言うのなら、俺に異論はないよ・・・・で、いつにするんだい?」
「そうね・・・・どうせなら早いほうがいいわね」
「僕は今週末にしようと思うんです」
「えらく早いね・・・・どうしてだい?」
「アタシが死にそうだからよ!
あんな殺人的スケジュール組まれて、たまったモンじゃないわ!!」
「アスカ・・・・」
シンジの嗜めるような視線に、ペロっと舌をだしてウインクするアスカ。
「冗談は置いといて・・・・あのね、アタシの歓迎会とミサトの昇進祝いって名目でリツコをココに呼ぶの。
前の時は・・・・リツコも来てたから」
「え?え?私昇進するの?」
「多分・・・・辞令が出るはずですよ」
「やったぁ~~~~♪
昇進って事は三佐よね・・・・・給料も上がるわん♪」
「・・・・だからってビール増やすなんて言わせませんよ?」
「むぅ・・・・・シンちゃんのいぢわるぅ・・・・・」
「まぁまぁ、決定事項ってワケじゃないだろ?
しかし、アイディアは良いと思うよ」
「あ、もちろんトウジやケンスケ、委員長とかも呼んで、本当の意味での歓迎会にしますけど。
その後で話をすれば、丁度いいんじゃないかなぁ、って・・・・」
「それで行きましょ」
「・・・・なら、費用はこれで賄ってくれ」
加持は背広から封筒を取り出すと、ポン、とテーブルの上に置いた。
中には紙幣が詰まっていた。
「ちょっと・・・加持君!」
「ん?ああ・・・・報酬の一部が振り込まれたんだ。
汚い金かも知れんが・・・・俺が使うよりはマシだろ?」
「でも・・・・」
「・・・俺は二人に感謝してるんだ。
二人のおかげで俺の知りたい真実に近づけた気がするし、ね。
アスカのためにカンパしたと思ってくれれば良いさ」
「・・・・わかりました、使わせてもらいます。
けど、必要な分以外はお返しします。それでいいですか?」
「それで構わないよ、シンジ君。
・・・・そうそう、君達は未成年だから、アルコールはナシだぞ?」
「「ええ~~~~??」」
アスカとミサトが、いかにも不満そうな声を上げた。
「ビールくらいいいじゃない・・・・・・」
「ワインの一本くらいなら・・・・・・・」
「・・・・・君も大変だな、シンジ君(汗)」
「・・・・・わかってくれます?」
かくして、アスカの歓迎会兼ミサト昇進祝い(予定)兼リツコ取り込み作戦が決定したのだった。
前日。
ハーモニクステストを終えたシンジは、リツコの研究室の前にいた。
『シンジ君?今開けるわ。』
プシュッ。
乾いた空気音と共に開くドア。
リツコはコーヒーサーバーの前に立っていた。
「すみません、急に・・・・」
「いいのよ、丁度息抜きしたいと思っていたところだから・・・飲む?」
「あ、ハイ」
自分のマグと紙コップにコーヒーを注ぐと、簡素な応接テーブルに置いた。
差し向かいに座る二人。
「どうぞ」
「いただきます・・・・・あ、美味しい・・・」
「ふふっ・・・・シンジ君にそう言われるなら合格ね」
「そんな・・・・」
「・・・用件は明日の事ね」
「あ、はい」
「本当に私が参加していいのかしら?」
「人数は多いほうが楽しいし・・・・・それに・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・ミサトさんは僕達だけじゃ止められないし・・・・」
「プッ・・・・・・アハハハハハハハハハハ!!」
シンジはリツコの笑顔を久し振りに見たような気がした。
そして同時に、あの残酷なシーンを演出したリツコの眼を思い出した。
あくまでも冷酷で、憎悪以外の感情が読み取れない、あの瞳を
しかし、今目の前にいるリツコがあんな事をするとは思えなかった。
狂気はヒトを簡単に変える
「クックククク・・・・・・けっこう言うわね、シンジ君?
確かにミサトの事だから、昇進して給料が上がったからビールを増やすって言うでしょうけど・・・・・」
「・・・そう・・・・だと思います」
「大丈夫、心配しないで。
ミサトにはキツく言っておいてあげるから。
あ、パーティには私とマヤの二人で参加させてもらうわ」
「ありがとうございます、リツコさん」
「・・・このところテスト続きであなた達には随分負担をかけてしまったわね・・・・
時には息抜きも必要だから、明日から2日間はゆっくり休んで」
「・・・はい」
「ところで・・・・・」
リツコはシンジを見つめた。
まるで品定めするかのように。
尤も、他人から見ればそんな風には思わないだろう。
シンジにはわかっていたから。
自分が疑念を持たれている事に。
「・・・・あなた、最近変わったところはない?」
「最近・・・・ですか?」
「ええ・・・・・このところ随分好調じゃない?
シンクロ率もほぼ100%近くで安定しているし、ハーモニクスも上々。
私達としては喜ばしい事だけど、その原因を解明するのも仕事なのよ。
・・・・で、どうかしら?」
「良くわからないですけど・・・・・コツを掴んだっていうか・・・・・」
「コツ?」
「はい。今まではエヴァとシンクロする時、『自分が操縦するんだ』って気持ちが強かったんです。
けど、この前の戦いで気付いたんです。
あの時はアスカが弐号機を操縦して、僕はオマケみたいな感じでした。
それで・・・・僕がサポートとしてシンクロした時、アスカに任せるっていうか・・・・身を委ねるって言えば良いのかな?
そうしたら今まで見えなかったような事が見えたような気がして・・・・」
「・・・・・」
「それで、シンクロテストの時に試してみたんです。
そうしたら、初号機に溶け込んでいくような感覚になって・・・・・
でも、不思議と怖くなかったんです。
何て言うか、その・・・・・何かに包まれているっていうか・・・・・・」
リツコの眉が一瞬、動いた。そして、シンジはそれを見逃さなかった。
「・・・・そう。アスカにも聞いてみたほうがいいかしら・・・・」
「アスカも同じ答えだと思いますよ」
「あら・・・・何故?」
「これと同じ事を話しましたから。二人で」
「そう・・・・・」
シンジとリツコの視線が重なった。
が、シンジは目を逸らさない。
まるでお互いの腹の中を探り合うような視線。
微かに漂う緊張感。
だが、それに終止符を打ったのはリツコだった。
「・・・まぁいいわ、今後もテストはあるし・・・・・
あ、長い間引き止めてしまったわね・・・・ごめんなさい」
「いえ・・・コーヒーご馳走様でした」
「それじゃ・・・・明日はシンジ君の手料理を堪能させて貰うわ」
「腕によりをかけて作りますから・・・・それじゃ、失礼します」
シンジが出ていった後、リツコはコンソールに向かった。
滑らかなキータッチで処理を行っていくその手が次第にゆっくりとなり やがて止まった。
『シンジ君・・・変わったわね、それも別人のように。
マヤの言った通りね・・・オドオドした部分が消えて、随分落ち着いている。
あのアスカと対等にしてるっていうのも気に掛かるわ・・・・何が彼を変えたの?
計画を遂行するためには彼の・・・初号機の力は不可欠。
でも・・・・・』
リツコは思考の海から抜け出そうと頭を振り、目の前の作業に没頭し始めた。
いくら考えても、その答えは解析できない事がわかっているから。
人の心は、数字では表れない事を知っているから。
キーボードを打つ手が、先程と同じスピードまで上がる。
まるで全てを振り払うかのように、彼女はキーを叩き続けた。
土曜日、午後6時。
宴が始まる。