NERV本部内、司令専用執務室。
薄暗く、広い室内で対峙する二つの影。
一人はNERV総司令、碇ゲンドウ。
執務机に肘をつき、口の前で手を組むいつものポーズ。
もう一人は諜報部所属、加持リョウジ二尉。
総司令の面前にも関わらず、常の飄々たる態度は変わらない。
彼らの間に挟まれた執務机の上には、ケースが一つ。
その中身は、弐号機と共に加持が持ち帰ったモノ 第壱使徒・アダムのコピーである。
「・・・じゃ、俺はこれで・・・・・」
「・・・・待て」
引渡しを終え、退室すべく背を向けた時だった。
呼びとめられた声に、加持は顔だけを向けた。
「・・・まだ、何か?」
「・・・何故連絡義務を怠った?」
「・・・あの時ですか?
必要ないでしょう・・・・・あの二人がサッサと使徒を殲滅してくれましたからねぇ」
「・・・ならば、何故機雷の準備を?」
「・・・何の事です?」
静かな緊張が部屋の中を包み込む。
加持は洋上の戦闘報告から、N2機雷を使用した事実を削除した。
無論、それが露見しないわけがない事を承知の上で。
だが、その件について言及されない事も予想していた。
何ら処罰を与えられない事も。
「フ・・・・・まぁいい。
本来ならば懲罰会議モノだが・・・・・・今回は不問にしよう。
だが・・・・・『遊び』も過ぎない程度に抑えておく事だな」
「・・・肝に銘じておきますよ」
加持は小さく手を挙げると、音もなく開いたドアの向こうへと消えて行った。
「・・・・・・イレギュラー・・・・・・か・・・・・・」
ゲンドウは表情を変えることなくぽつり、と呟いた。
其ノ弐:ゴサン
オーヴァー・ザ・レインボウでの再会から3日後。
シンジは久し振りに学校へ登校した。
この3日間、アスカの引越しやら何やらでずっとつきっきりだったのだ。
今日からアスカも転入するという事で、ようやくシンジも登校できたのである。
「よぉ・・・・おはよう、シンジ」
「センセ、3日間もどないしたんや?」
教室に入ってきたシンジを目ざとく見つけたケンスケとトウジ。
席に着いたシンジの側へと歩み寄る。
「おはよう・・・・ケンスケ、トウジ。
この間はゴメン」
シンジは挨拶もそこそこに、船室に閉じ込められた二人の事をすっかり失念していた事を詫びた。
「いや、事が事だけに仕方ないさ・・・・シンジのせいじゃないよ」
「せやせや・・・・そんなんどーでもいいこっちゃ。
ところでな、センセ・・・・・あのネーチャンはどないしたんや?」
「・・・・ネーチャン?」
「あのパイロットの娘だよ、えっと・・・・惣流・・・だったっけ?」
「ああ・・・・アスカ?
今日からこのクラスに転入してくるよ」
「「何ぃ?」」
いきなり大声でユニゾンする二人。
その剣幕にシンジは思わず引いてしまう。
「ど・・・・どうしたのさ?
アスカだって同い年なんだから・・・・・中学校に入ってもおかしくないだろ?」
「そんなんどーでもええわっ!問題は呼び方や!!」
「・・・・へ?」
「そうだよ・・・・この3日間で何があったのかは知らないが・・・・いきなりファーストネームで、それも呼び捨てなんて・・・・・」
「・・・・・あ」
迂闊だった。
シンジとアスカは3日前に出会ったばかりなのだ。
確かにチルドレンという特別な関係ではある。
しかし、それ以前に自分達は中学生 いわゆる『多感なお年頃』なのだ。
そういう点においてのみ耳聡い二人が、異性に対する何気ない一言を聞き逃すわけがなかった。
「センセ・・・・・白状しぃやぁ!」
「君は空白の3日間に起きた出来事を報告する義務があるんだよ・・・碇シンジ・・・」
額と額を触れ合わさんばかりに迫る二人に、ついつい傷口を広げるシンジ。
「ぼ・・・・僕はただ、アスカの引越しを手伝ってただけだよ!
アスカが来るからって僕は部屋を移らなきゃならないし・・・・・・・あぁぁぁぁ!」
「「シ~~~ンジィ~~~~~」」
「お前・・・・ミサトさんだけじゃ飽き足らず、あんな美少女まで!!!」
「そうやぁ!!オイシイとこ一人占めするっちゅーんかぁ!!!」
「「イヤーンな感じぃ!!!」」
大騒ぎする二人、そしてその中心にいるシンジ。
クラス中の視線が集まっていた。
シンジはあまりにも不容易な自分の発言に頭を抱えていた。
あの一言さえなければ、ここまで大騒ぎにならなかったのに
そんなシンジに救いの手が差し伸べられた。
クラス委員長、洞木ヒカリの一喝である。
「ちょっとアンタ達!!もう先生が来る時間よ!!
さっさと席に着きなさいっ!!!」
「い・・・・イインチョ・・・・そないに怒らんでも・・・(大汗)」
「・・・・・(ギロリ)」
ヒカリに逆らえるはずもなく、スゴスゴと自分の席に戻る二人。
ちょうどその時、教室のドアが静かに開いた。
「起立!礼!着席!」
ヒカリの号令に倣い、クラス全員が担任へと頭を下げる。
着席したのを確認した後、担任の老教師はゆっくりと話し始めた。
「・・え~~~、みなさんご存知かとは思いますが・・・・今日からクラスに転入する級友を紹介します。
・・・惣流さん、中へ・・・・」
一瞬の沈黙。
だが、それはアスカの入室と共に歓声へと変化した。
彼女はスタスタと黒板の前へ行くと、自分の名前を流暢な筆記体で書いた。
「・・・惣流・アスカ・ラングレーです。ドイツから来ました。
まだ日本に来てから日が浅いので、色々と不慣れな点がありますが・・・・・みんな、ヨロシクね」
挨拶と共にチョコン、と頭を下げるアスカ。
その仕草に男子生徒の騒ぎは一層激しくなる。
腰にまで届きそうな赤みがかった金髪。
透き通った蒼い瞳。
すっきりと通った鼻、微笑をたたえた唇。
同年代の女子とは思えない、整ったプロポーション。
ハッキリ言って美少女である。
男子が大騒ぎするのも無理はないだろう。
「・・え~、洞木さんの後ろが空いてますね。席はそこに・・・・・・」
「ハイ」
ヒカリが手を上げ、自分の後ろの席を指し示した。
アスカは己に注がれる視線を気にする風もなくスタスタと歩くと、指示された席に着いた。
ヒカリは上半身を後ろに向け、やわらかな笑みをアスカに向けた。
「私がクラス委員長の洞木ヒカリ。
わからない事があったら何でも聞いてね、惣流さん」
「アリガト・・・私の事はアスカでいいわ。
ヨロシクね、ヒカリ」
「・・・・・うん、よろしくねアスカ」
アスカは親友に再会できた嬉しさを隠しながら、ヒカリとの挨拶を終えた。
「・・・一時間目は都合により自習です。
各自しっかり勉強するように・・・・・以上」
老教師は用件だけを簡潔に伝えると、すぐに教室を出ていった。
直後、アスカの周りに黒山の人だかりが出来上がる。
クラスの級友のうち2人を除いた全員が、アスカの元に集まった。
言うまでもないが、2人とはシンジとレイである。
「ねぇねぇ、ドコに住んでるの?」
「日本語習ったの?」
「彼氏は?」
「綺麗な髪・・・シャンプーは何を使ってるの?」
云々。
矢継ぎ早に来る質問。
自習中だ、というヒカリの声も掻き消されてしまう。
「ちょ・・・・ちょっとぉ!
一度に言われたって答えられるわけないでしょぉ!?」
予想していたとはいえ、あまりの勢いにアスカもついつい大声になる。
シン、と静まる教室。
アスカはちいさく息を吸うと、穏やかな口調で話し始めた。
「・・・とりあえず簡単に自己紹介するわね。
名前は・・・さっき言ったか。
パパがハーフでママが日本人だから、アタシはクォーターになるわね。
ドイツでは大学まで卒業したけど、普通の学生生活とは言えなかったし、日本にはスキップとかの制度もないからココに通うコトにしたの。
身長、体重なんかはノーコメント。そんなデリカシーのない質問はしないでね。
B・Fの募集予定は今のところなしよ。
・・・こんなトコでいいかしら?」
ざわざわとなり始める教室内。
皆の関心は完全にアスカひとりに向けられていた。
そこへトウジが爆弾を投下した。
「・・・センセと同棲しとるっちゅーんはホンマなんか?」
「・・ええ、そうだけど?」
「「「「えええええっ!!!!????」」」」
異性との同棲(?)をアッサリと認める発言に、色めき立つ級友達。
アスカは表情を変えることなく、用意していた答えを告げた。
「そんなに大騒ぎするコトもないでしょ?
・・・言っとくけど同居よ、ど・う・きょ!
もうとっくにバレてるとは思うけど、アタシもチルドレン・・・エヴァのパイロットよ。
ホントは一人暮ししたかったんだけど、セキュリティとかの問題があるからシンジと一緒の家になっただけ。
第一、保護者もいるのよ?同棲とかいうレベルじゃないわ」
「じゃ、なんで綾波だけ違うのさ?」
と、ケンスケ。
これまた、アスカの予想範囲内であった。
「彼女には特殊な事情があるのよ・・・守秘義務があるから理由は言えないわ」
「・・・という事は、シンジは別の意味で特別だっていうのか?」
「せやせや!あン時も二人っきりで抜け出して・・・・・一体、ナニしとったっちゅーねん!?」
「はぁぁぁぁ・・・・・・」
食い下がるケンスケとトウジに、アスカは眉根を揉むポーズを取った。
内心にこみ上げる笑いを必死に堪えながら。
「・・・アンタ達、ホンっト単細胞よね・・・・」
「「何(やてぇ)!?」」
「あのね、考えてもみなさいよ?
アタシとシンジはパイロット・・・これから生死を賭けて戦うパートナーよ?
その為にはお互いを良く知る必要があるわ。
あの時、アタシ達は情報収集の意味で話をしただけよ。
エヴァの操縦や戦術・・・決して外に漏らすことのできない情報も含めて、ね。
それをアンタ達の前でペラペラ話せると思うの?」
「「う・・・」」
「・・・アタシ達は選ばれたチルドレン・・・エヴァのパイロット。
生活の大半は『それ』に縛られるコトになるわ。
シンジやファースト・・・綾波レイと行動を共にするのも、作戦の一環なの。
そりゃ・・・アタシだって自分のコトを『特別』なんて思いたくないし、思われたくないわ。
できるコトなら普通の中学生活を送ってみたいし・・・
でもね、そうとも言ってられないのが現実でしょ?
いつ戦闘が始まるとも知れない緊張感の中にいるのよ、いつも。
だから、せめて日常の生活では余計な騒動は起こしたくないの・・・・わかってくれた?」
次第にバツの悪そうな表情になる二人。
アスカの言い分を認めたのか、潔く頭を下げる。
「・・・スマンかった、カンニンや!」
「俺も・・・軽々しすぎたよ、ゴメン」
「・・・いいの、判ってくれれば。
でも、何でもソッチの話にくっつけようとするのは勘弁してほしいわ。
・・・・ま、相手がシンジなら悪くはないケド♪」
「「「「・・・・・は???」」」」
さっきまでとは正反対なアスカの発言に全員、目が点。
「ア・・・・・アスカ・・・・?」
「ん、何?ヒカリ?」
「何だか・・・・言ってる事が違わなくない?」
「あら・・・日本人って『タテマエとホンネ』は使い分けるんでしょ?
さっきのはあくまで『パイロットとしてのアタシ』だもん」
「その・・・・じゃぁ・・・・碇君のこと・・・・?」
「あぁ・・・・悪くない・・・・・っていうか、好きよ」
「「「「「「ぅええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!?????」」」」」」
騒然となる教室内。
アスカは内心でガッツポーズをしていた。
シンジに対する想いを自覚したアスカ。
彼女も同年代の『恋する少女』と変わりはないのだ。
自分に素直になった以上、行動力抜群の彼女が何もしないわけがない。
この3日間、シンジを私用で連れ回しながら計画を練っていたのである。
まずは外敵の排除。
自分に人気が出る事は想像に難くない。
そしてシンジにも隠れファンが多い事 意外ながらこれも事実だったのだ。
中性的で整った顔立ち。
優しい性格。
破壊力抜群の笑顔。
優柔不断な態度でさえ、母性本能をくすぐるとかどうとかで人気があった。
ましてや、自分たちを救うためにエヴァに乗っているヒーローである。
それでもてないわけがない。
尤も、本人が当代一の超鈍感男だったため、気付く事もなかったのだが。
いずれにせよ鬱陶しい『敵』はさっさと排除すべき、という結論に達したアスカ。
『自分にとって特別な存在のシンジ』
『シンジにとって特別な存在の自分』
をアピールする為に『自ら告白する(ただし周囲に対してのみ)』という手段を取ったのだ。
周囲の反応から思惑通りに事が進んでいるのを確信したアスカ。
だが、まだ気を緩める事はできなかった。
残っているのは最大の難関。
そう、綾波レイである。
シンジにとって自分とレイの比重がどれくらいなのか、アスカには測りきれていない。
ましてやレイの心の内などわかるわけもない。
しかし、レイにとってシンジが『特別な存在』だったのも事実。
自分はどうすればいいのか?
答えは簡単である。
自分も『レイにとって特別な存在』になればいいのだ。
昔のアスカなら、到底考え付かなかった事だろう。
かつてレイは人形を連想させる少女 そう、アスカの外的心傷(トラウマ)に触れる存在だった。
だが、今のアスカは違う。
弐号機の中に母の存在を見出し、常に母の愛情で満たされている事を知った彼女は、自らの心的外傷を乗り越えていたのだ。
それに加え、シンジの口から聞かされた真実 レイは心がないのではなく、まだ『真っ白』な状態であるという事 があった。
自分が心を開いて彼女に接すれば、自ずと特別な存在になるはずだ シンジと同じように。
アスカは計画を遂行すべく、行動を再開した。
「・・・・ところで、シンジは?」
一斉にシンジの席を見る級友達。
が、そこには主のいない机があるだけ。
そのまま視線が後方のレイの机に移動した時
彼らの目に写ったのは、会話するシンジとレイ。
そして、初めて目の当たりにするレイの微笑み。
綾波レイ。
アルビノという特異な外見ながら、彼女もまた美少女といえた。
だが、彼女は他人を寄せ付けなかった。
いつも無表情、無感情、無反応。
教室の後方の席で外を眺めているか、文庫本に視線を落としているか。
そんな彼女に接触していた唯一の存在がシンジだった。
二人が話す場面自体は珍しい事ではない。
だが、感情を表さないレイが微笑んでいる それだけでも十分なインパクトがあったのだ。
完全に凝固した級友を尻目に、二人の元へスタスタと歩み寄るアスカ。
レイの視線がアスカに向いたとたん、表情から微笑が消える。
シンジもレイの微かな変化に気付き、後ろを振り向く。
「・・・あ、アスカ」
「なぁにイチャイチャしてんのよ、二人っきりで?」
「イチャイチャなんて・・・してないだろ?」
「ま・・・いいわ。
ねぇ、アタシ達初対面なんだからサ、ちゃんと紹介してよ」
「・・・そうだね。
綾波、彼女がセカンドチルドレンのアスカ・・・惣流・アスカ・ラングレーだよ」
「・・・・・あなたがセカンド・・・弐号機パイロットなのね」
「ええ、アタシのことはアスカでいいわ。
よろしくね、ファー・・・・いえ、レイ」
目の前に差し出された手。
レイはその手を見つめたまま、じっと動かなかった。
「綾波・・・・アスカは握手をしよう、って言っているんだよ」
「握手・・・・・友好を表す行動・・・・何故?」
「理由?
アタシ達はチルドレン・・・使徒を殲滅するために集められた仲間よ。
この先を生き延びる為には、力を合わせていく必要があるわ。
・・・・・でもね、それだけじゃイヤなの。
せっかく知り合ったのに・・・・エヴァだけがアタシ達の絆になるのはイヤ。
だから・・・アタシはレイと友達になりたいと思ってるの。
・・・・・いいでしょ?」
「・・・・・・・・・・」
無言のまま差し出した手で握手を交わす二人。
シンジは内心驚いていた。
あのプライドの高いアスカが、力を合わせることが必要だと言った。
あのレイを毛嫌いしていたアスカが、友達になりたいと言った。
シンジにとって、それはとても喜ばしい誤算でもある。
シンジはアスカの変化を、好意的に受け取った。
それもアスカの計算の内である事など、彼にわかるはずもない。
「でさぁ、ナニ話してたの?」
アスカの一言をきっかけに、仲良く談笑し始める3人。
それを遠巻きに見つめながら、トウジがぽつりと呟いた。
「・・・なんや・・・・エラい仲良いやんか・・・・
綾波もあんな表情しよったんかいな・・・・・」
「・・・これは絵になる!カメラ、カメラ・・・・」
「私達も仲良くしないとね・・・クラスメートなんだし」
「せやな・・・・」
アスカの転入初日は大成功だった かに見えた。
それはアスカにとって、悲しい誤算。
一つはあまりにも株を上げすぎたが故、アスカの下駄箱は結局郵便受けと化したこと。
もう一つは、昼食。
シンジのお弁当をあまりにも自慢しすぎたため 無論、喜びのあまりの行動ではあるが。
自分だけの特権であったものが、レイにも与えられる事になったのだ。
アスカの表情が引きつっていた事に気付いた者は、いない。