其ノ零:プロロヲグ

瓦礫の山

静まり返った大地

墓標の如き紫の巨人

寄せては返す紅い波

何もない世界

そこに佇むのは

碇シンジ

惣流・アスカ・ラングレー

まだ14歳の少年

そして少女

少年は蹲ったまま微動だにせず

少女は瞑目したまま身を横たえ

ふたりの間を分かつのは

『沈黙』という名の溝

永久とも

刹那とも感じた

沈黙の時

緩やかに開いた少女の口により

静かに幕を閉じた

「・・・・・説明、しなさいよ・・・・・・何が起きたのか、何がどうなったのか・・・・・・・」

 

少年の肩が微かに跳ね

全身が細かく震え出す

蘇る記憶

無力

虚脱

絶望

しかし

微かな間を置いた後

少年は重い口を開いた

加持の死

ミサトの涙

レイの生まれた背景

リツコの狂気

カヲルとの出逢い

セントラルドグマでの葛藤

『キミに生きていて欲しい』と言った笑顔

まだ掌に残る感触

LCLに落下していく首

アスカの入院

自ら吐き出した激情

戦自の突入

一方的に繰り広げられた殺人劇

ミサトとの別れ

無残な弐号機の姿

壊れゆく自己

人類補完計画

幸福そうな夢

己が望んだ世界

レイとの再会

そして永遠の別れ

少女の首を締め付ける手

頬に触れたぬくもり

溢れ出す涙

そして        現在へ

 

少年が語っている最中も

語り終えた後も

黙り続けていた少女

ちいさく息を吸った後

再び言葉を紡ぎだした

「・・・・これがアンタの望んだ世界?」
「・・・・・」
「・・・・アンタは何を望んだの?」
「・・・・・」
「・・・・答えなさいよ」
「・・・・・自分が・・・・・・・自分でいられる・・・・・・・・世界・・・・・」
「・・・・なら、どうして誰もいないの?」
「・・・・・僕には・・・・・わからない・・・・・・」
「・・・・アンタも苦しんでいたことは認めてあげる。
そして・・・その苦しみを乗り越えたいと思っていることも。
だけど・・・・・今のままじゃ何も変わらないじゃない」
「・・・・・・うん・・・・・・・」
「・・・・何とかしなさいよ」
「・・・・・何とかって・・・・」
「この世界はアンタが考え出したモノなんでしょ?
それなら・・・・・・何かできるはずよ」
「でも・・・・・わからないよ・・・・・・・」
「考えなさいよ!
わからないから、ってずーーーーーーーっと言ってるつもり?
自分を変えたいって、アンタ自身が望んだんでしょ?」
「うん・・・・・・・」
「アタシが聞いていてあげるわ。
だから・・・・・ハッキリ口に出しなさいよ。
アンタがどうしたいのか、どうなりたいのか・・・・・・・・全部」

「・・・・・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「僕は・・・・・・・・・・・・・・・強くなりたい・・・・・・・・・」

 

少女の瞼が開く

その瞳が少年の姿を捉えた

「僕は全てから逃げていた。
他人の恐怖から。
現実から。
自分の・・・・・・弱さから。
嫌な事からは逃げれば良いと思っていたんだ。
誰にも相手なんてされないから。
僕はひとりだったから・・・・・」

 

少年は己の心情を吐き出していく

正面の海に目を向けたまま

真剣な表情で

「でも・・・・・・それは間違いだったんだ。
僕の周りには大勢の人たちがいて、支えていてくれてた。
僕の事をずっと見守ってくれてたんだ。
そして・・・・・・みんなが教えてくれた。
自分を好きにならなきゃ、誰も好きになってくれないって。
自分が心を開かなきゃ、誰もわかってくれないって。
自分自身が強くならなきゃ・・・・・・ならないんだって・・・・」

 

少年の横顔を見つめる瞳

そこには憎悪も

嫌悪もなく

あるのはまっすぐに見つめる視線だけ

「・・・・・もう一度聞くわ。
シンジは何を望むの?」

「・・・・できることなら・・・・・やり直したい。
今までのこと、全て。
もう一度みんなに逢いたい。
綾波にも。
ミサトさんにも。
トウジ、ケンスケ、委員長・・・・・・NERVの人達。
そして・・・・・・・元気なアスカに」

 

少年の視線が少女に向けられた

泣き腫らした瞼

頬に残る涙の跡

だが

その瞳には意思が篭っていた

「・・・・・もう、怖がったりしない。
逃げたくない。
今度こそ・・・・・・・・・逃げない」

 

少女が手を伸ばす

その手に少年が触れる

絡み合う指

繋がり合う心

「・・・・・アタシも手伝ってあげるわよ。
アンタだけじゃ危なっかしくって見てられないし・・・・・・・・」

「やっぱり情けないかな、僕って」

「・・・・・ゴメン。
アタシ、素直じゃないから・・・・・」

「・・・・・アスカ?」

「アンタもハッキリ言ってくれたんだし、アタシも言わなきゃダメよね。
あのね?シンジ・・・・・・・・・・・・アタシ、怖かったの。
誰にも見向きされなくなることが。
エヴァ以外に、何もない自分が。
独りになることが・・・・・・・・ものすごく怖かった。
そのことに気付かなかった・・・・・ううん、そう思うことを拒絶していたんだわ。
だから、いつも強がっていた。
自分がみんなを守るんだって。
アタシがナンバーワンなんだって。
エヴァのエースパイロットは自分なんだ、って・・・・・思い込んで」

「そんな、アスカは・・・・・」

「良いから聞いて。
アタシね、余裕がありそうに演じてたけど・・・・・余裕なんてなかったの。
だからシンジがアタシを超えたとき・・・・・・シンジを壊そうと思った。
シンジがいなければ、アタシは今まで通りいられるんだ、って。
誰もがアタシに構ってくれて、アタシを見てくれるって。
アタシより弱いシンジなんて・・・・・・何も考えていないシンジなんて、アタシの前から消えてなくなればいいって。
・・・・でも、違ったのね。
弱かったのはアタシのほう。
シンジに、みんなに守られていたのは・・・・・・アタシ。
気付きたくなかった。
気付かれたくなかった。
自分がこんなにも弱い、脆い存在だなんて」

「・・・・・・・・」

「ねぇ、シンジ?
人は・・・・独りでは生きていけないのよね。
今のアタシにはアンタしかいない。
アンタにも、アタシしかいない・・・・・・
それなら・・・・・力を合わせていかなきゃいけないのよね。
一人ではできなくったって、二人なら何とかなるかもしれない。
シンジ・・・・・もう一度、強く願って。
やり直したいって。
元の世界に戻りたいって。
・・・・・アタシも、一緒に願ってあげるから・・・・・・」

 

少年は少女の身体を引き起こした

すっぽりと収まる華奢な身体を

優しく

力強く抱きしめる

「アスカ・・・・・・・ありがとう。
僕を認めてくれて。
僕は・・・・・・・傍にいてもいいんだね・・・・・?」

「・・・・・バカ・・・・・・」

「・・・・・僕は心から願う。
もう一度・・・・・みんなに再会したいって。
そして、今度こそ間違いは起こさない。
決して泣かない。
そして・・・・・誰も泣かせない。
アスカ・・・・・また、逢えるよね・・・・・・」

「・・・・・離れるって言っても、離してあげないから・・・・・・バカシンジ・・・・」

 

少年は抱きしめる腕に力を込めた

少女の腕も彼の背中に

心が溶け合う

二度とその腕を離さぬように

二度と離れぬように力を込める

心を       込めた

身体を包み込む暖かさ

それは互いの体温だったのかもしれない

通じ合った心の温かさかもしれない

視界が薄れ

存在が希薄になってゆく

しかし

けして消える事のない

想い

「アスカ・・・・・・・」

「シンジ・・・・・・・」

福音ヲ伝エシモノ   

其ノ零:プロロヲグ   

 

穏やかな波音

人影のない浜辺

主を失った

学生服

紅いプラグスーツ

巨人の瞳が静かに光り

そして消えていった