彼女は赤い色が好きだった。
何をするにしてもそう。
ノートも、服も、アクセサリーもほとんどにその傾向を見ることが出来た。
あまりにも彼女が赤が好きなので、何故そんなに好きなのかと、私は一度尋ねたことがある。
すると、彼女は案の定こう言った。私の色だから、と。
彼女が示唆していたのは、エヴァのカラーリングのことだったと思う。
赤いエヴァ、赤いプラグスーツ、赤いインターフェース。
もちろん、エヴァのことに関しては彼女が決めたわけではない。
作成者に何かの意図があってそうしたのだろうが、彼女は幼いころからそれに囲まれていた。
私は思う。
彼女は赤が好きというわけではなく、エヴァが赤だからそれに拘るのではないかと。
その色に自分を見出そうとしていただけなのではないかと。
好きな色すら決められず、幼い彼女はただがむしゃらだった。
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My Beautiful World - episode10 - written by rego
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「エントリープラグ挿入、脊髄連動システム開放、接続準備。」
「プラグ固定完了、第一次接続開始、LCL注水。」
「第二次コンタクト、A10神経接続異常なし、双方向回線開きます。」
初号機にLCLが注入され、いよいよケイジは慌しくなる。
モニター越しに見る彼の表情は、ただ静かだ。
空には、未だ赤い鳥が飛んでいる。
まるで、地上の獲物を探しているかのように。
「シンクロ率は?」
「64.4%、ハーモニクスも全て正常値です。」
「前ほどは出ないか…。無理もないわ…。
…射出して。」
6番ゲートから轟音とともに繰り出した初号機は、空を見上げる。
赤いエヴァ、彼女の母。
それは初号機を確認すると、その背に生える翼を羽ばたかせ、
ゆっくり、優雅に大地に降り立った。
2人は動かない。
対峙する2機、対峙する2人の心。
「…アスカ?聞こえるんだろ?
僕だよ、シンジだよ…。」
初号機が通信回線を開き、量産機に語りかける。
あちらからの通信は、全てこちらに回される。
ここにいる誰もが、彼女の返事を望む。
「あら、シンジじゃない。ご機嫌いかが?」
「アスカ!」
彼女の声が発令所に響き渡った。
それは前と変わらぬ高めの声だった。
彼女が親しい人間に使っていた声色、だがどこか違う。
「アスカ、どうしてこんなことするんだよ!
止めようよ!そこから降りて、僕たちに顔を見せてよ!」
「ちょっと、うるさいわよ…。
まあ残念だけど、ここから降りることは出来ないわね。
でも、顔くらいなら見せてやってもいいわ。どうせ知られてるしね。」
初号機の通信が切り替わり、代わりに彼女の映像が映し出される。
彼女はいつもの赤いプラグスーツ。
左目に包帯をしている以外は、あの美しい顔になんら変わりはない。
だが、蒼色の瞳は見開かれ、口元はだらしなく歪んでいる。
狂気。
いつか見たあの笑顔とはまったく違うものだった。
「どお、シンジ?
私の美しい顔を久しぶりに見た感想は?
綺麗でしょ?嬉しいでしょ?
アンタ、私をオカズにしてたもんね。ハハ!」
「アスカ…。」
「ねえ、シンジ。
知ってる?エヴァって私たちのママがいるのよ。
それで私たちを見てくれてるの。
ATフィールドで私たちを守ってくれてるの。
素敵よね。肉体はなくなっても、私たちと一緒にいてくれるのよ。」
シンジ君は無言のまま何もしない。
彼女は陶酔した表情になっている。自分の言葉に酔ってるのだろう。
「この前、私もママも死にそうになっちゃったのよ。
あの時は悲しかった、痛かった。
でもね、全然怖くなかったの。ママが一緒にいてくれたから。
けど、いざ戦闘が終わってみるとね、ママが壊されそうだったのよ。
そこにいる鬼畜どもにね。
ねえ、ミサト、リツコ、聞こえてるんでしょ?
あんたたちは、ママを殺そうとしたのよ!」
先の笑顔から一転、彼女は大声で罵声を上げる。
瞳に怒りが加わった。
「アスカ…、ミサトよ。久しぶりね。
リツコは…、今はいないわ…。行方不明なの…。
アスカ、そんなことやめてこっちに戻って…。
お母さんのことは、私たちじゃどうしようもないのよ…!」
「うるさい!言い訳なんか聞きたくないわ!
生きてるママを殺そうとして、何が仕方ないのよ!
…フフ、でもリツコが行方不明ですって?
おめでたいこと言うわね。それなら、あの時に死んだに決まってるじゃない。
でも、まあそういうことなら謹んでご冥福お祈りするわ。」
「違う先輩は…!あああ!」
左前に座っているオペレーターが絶叫を上げ、背を曲げた。
伊吹さんだ。嗚咽を耐えているのか。
「何よ…、何にも違わないじゃない。
惨めなもんね。人が一人死んだくらいでさ。」
「…アスカだってそうだろ。」
シンジ君が割って入る。
「私は違う!ママは死なないもの!
私とずっと一緒にいてくれるもの!
アンタなんかに何が分かるっていうのよ!」
「アスカのことは分からないよ…。
でも、今は知りたいと思う…。」
「お生憎さま。
私はアンタのことなんか知りたくないの。
…そうね、代わりに良いこと教えてあげようか…?
ねえ、目が槍に突き抜かれた時の痛みって知ってる?
痛いわよ~。それこそ、本当に死んじゃうくらいに。
今から、アンタにもそれを感じさせてやるわ…!」
赤い鳥は身を翻し、いきなり空に舞う。
十分な高度まで上昇すると、太陽にその身を隠し、ロンギヌスの槍を投擲した。
それは一瞬で間合いを詰め、初号機に襲い掛かる。
初号機は彼女の言葉と同時に兵装ビルの裏へ転がり込み、何とか難を逃れるが、
あまりの槍の速度に、念のためにと付けられていた外部電源ケーブルを弾き飛ばした。
槍はそのまま大地に突き刺さる。
圧倒的な威力だった。
量産機は、彼女の意思に前以上に反応する。
槍を投げた次の瞬間には、空から一直線に初号機に襲い掛かる。
態勢を立て直せずにいた初号機は、あっさりとそれに掴まった。
初号機はそれを振り払おうとするが、量産期の圧倒的な力の前になす術なく地面に倒され、
次の瞬間には、初号機の上に量産機が馬乗りになる。
その態勢から必死に脱出しようという初号機の試みも何の効果もなかった。
暑さからくる蜃気楼をその身に携え、量産機は不敵に笑う。
今の彼女そのままに。
「そんなもんなら、やっちゃうわよ?」
拳を振り下ろした。
ATフィールドは量産機のそれに完璧に中和され、役割を果たさない。
初号機の頭部が歪む。
量産機は何度も何度も初号機を殴りつける。
その度にシンジ君の悲鳴が発令所に響き渡った。
私たちは目を離せない。
あまりの光景に呆然となっていたのだ。
それは戦いとは呼べない、ただのリンチだったから。
「ねえ!ねえ!どうしたのよ!
私なんかじゃ敵わない、無敵のシンジ様じゃなかったの!?
ほら、何とか言ってみなさいよ!」
「ぐ!あああああ!!!」
「ほら!」
そう言いながらも、彼女は攻撃の手を休めない。
何度目かの攻撃の時、両手を頭の上で組んで、思い切り初号機に振り下ろした。
その瞬間、すさまじい音がして、初号機の頭部の装甲が簡単に吹き飛ぶ。
露になった頭部に思わず息を呑む。
殺される。
そう感じた。
だが、量産機は私たちの不安をよそに、その場から初号機をゆっくりと解放する。
「まだ、目、突いてないわよ。
ほら、立ちなさいよ。遊んであげるから…!」
彼女は淀む瞳でそういった。
冗談を言ってるわけではないのは、誰の目から見ても明らかだったろう。
事実、初号機が何とか立ち上がると、彼女はロンギヌスの槍を手に戻した。
量産機は彼女の狂気と太陽の光を浴び、不気味に輝く。
「アスカ…、僕の目が欲しいなら君にあげる…。
だから、こんなこともうやめようよ…。
お願いだよ…。」
シンジ君は悲痛な訴えをあげる。
だが、彼女は薄ら笑ったままだ。
「…へえ、無敵のシンジ様が命乞い?
落ちたもんじゃない。
でも、もう遅いわ!
たとえ、私がアンタを見逃しても、
どうせすぐにサードインパクトが起こるんだから!」
サードインパクト、確かにそう言った。
やはり、彼女はこの戦いの意味を理解しているのだ。
そして、自分が何をしようとしているのかも。
量産機が再度、初号機に襲い掛かる。
「アスカ!あなたサードインパクトが起こったら、どうなるか分かってるの!?
あなたもわたしもみんな!みんな死んでしまうのよ!
あなたはそれでもいいの!?」
「そんなことない!それが起これば、ママと!
私はママとずっと一緒にいられる!」
巨体を揺らしながら、彼女は言った。
今度は投擲せずに、そのまま初号機の頭部を執拗に狙う。
初号機は後退を繰り返しながら、何とか回避を続けるが、槍が何度も頭をかすめる。
それが紙一重であることは簡単に見て取れた。
私の胸はざわつく。
何度目かの攻防の後、量産機の隙を見て初号機が足払いを架けた。
勢いよく突っ込んでいた量産機は簡単にバランスを崩し、その身を大地に叩きつける。
凄まじい音と振動がジオフロント内を駆け巡る。
アブソーバーを突き抜けて、ここまでそれが響き渡った。
その間に初号機は兵装ビルに辿り着き、ソニックグレイブを手に取った。
これで間合いの面で互角になったかもしれない。
だが、今のままでは量産機を退けることは出来ない。
彼のシンクログラフは戦闘を開始してから、右肩下がりに急落している。
逆に彼女のそれは、始めから理論値の最大、つまり100を示していた。
S2機関搭載は両機に共通するが、それ以外の部分では全て彼女が上回っており、
機体性能、兵装、シンクロ率、操縦テクニック、勝てる見込みはない。
2機はお互いの武器に火花を散らせ、空間の中央で激突する。
初号機の防戦一方は変わらない。
「いい加減、諦めなさい!
男のくせに往生際が悪いわよ!」
「嫌だよ!ちゃんと謝るまで、諦めるのは嫌だ!」
「何を今更!しつこいわね!」
「ホントはこんなこと辛いだけなんだよ!
でも、諦めるのは!逃げるのはもっと辛いんだ!
だから、アスカもこんなこと止めようよ!」
「わけ分かんないこと言わないで!」
「アスカぁ…!母さんは…!
母さんたちはもういないんだ!」
「な…!」
彼の声はいつの間にか涙声に変わっていた。
ああ、彼は必死だ。他でもない自分のため、そして彼女のため。
傷つき、傷つけられた思いを、その言の葉にのせて。
「それにもう、サードインパクトは起こらないんだ!
みんな言ってる!君だって知ってるはずだろ!?」
2機の、いや、量産機の動きが止まる。
ロンギヌスの槍を構えたまま、微動だにしない。
その嫌らしい笑みはなんら変わることはなかったが、
彼女のシンクログラフは前のそれとは大きく異なっていた。
「…嫌。私はずっとママといるの…。
一生、一緒にいるの…。
…もう嫌なのよ!一人で生きるのは!」
彼女の絶叫が辺りに響く。
「母か…。老人たちもそれを求めていたのかもしれんな…。」
沈黙していた代行が不意に口を開いた。
私は考える。私の母。彼らの母。
もういない。
「アンタはママを殺す…、絶対認めない…!
その前に、私がアンタを殺してやる!」
「アスカ、母さんたちはいないんだ!」
「うるさい!」
量産機は再度、宙に舞った。
上から初号機を見下ろせるほどの距離を取ると、一気にATフィールドを展開する。
金属が擦れるような音が響くと、次の瞬間にはオレンジの波が太陽すら遮り、辺りを包んだ。
光。
心の壁。
彼女そのものだった。
「これで終わりよシンジ!」
「アスカ!」
量産機は猛スピードで滑降を開始する。
初号機は動かない。
2機が激突する。
閃光が走った。
佇む2機。
ロンギヌスの槍が初号機を貫いた。
胸から人間のものとも変わらない血を噴出す。
赤い量産機がさらに真紅に染まっていく。
初号機はそんな量産機を抱いていた。
背に手を回し、優しく、その赤く染まった翼を慈しむように。
「…母さんは、…もう…いないんだ…。
でも、みんな…が…、いるから…。
それを…、忘れ…ないで…。
みんな…、君、を…大好き…だから…。」
血でむせ返りながら、彼は謝った。
自らの無知の罪に。
冤罪のそれに。
私の瞳から涙が零れ落ちる。
彼は自分のすべきことをやったのだ。
しっかり彼女に伝えたのだ。
謝るべきは、私たち大人だというのに。
「嘘!そんなの嘘よ!」
「嘘…じゃ…ないよ…、だから…、」
やがて、初号機は大地に崩れ落ち、
血染めのそれを赤い鳥が見下ろす。
勝者となったのは少女だった。
私たちが沈黙する中、彼女はエヴァの操縦席で身をくねらせる。
「ママは…、ママは…、ママは…。
みんな私が嫌いだもの…。だから…。
ねえ…、本当そうなんでしょ…?」
彼女は初号機を見下ろす。
装甲はめちゃくちゃに破れ、無残にも血を垂れ流すそれを。
彼女の瞳にも映っているだろう。
操縦席でまったく動かなくなったシンジ君を。
彼女はそんな彼に声をかける。
「シンジ。」
返事はない。
「シンジ。」
返事はない。
「シンジ。」
返事はない。
見る見るうちに彼女の表情が変わる。
先ほどの狂気から、今はありありと不安と焦燥の色が見て取れる。
彼女が一言発するたびに、それは度合いを増していく。
彼女はそれでも呼びかけるのを止められない。
必死に。懸命に。
まるで、自分の半身を追い求めるかのように。
「シンジ。」
量産機が初号機を掴む。
すると、プラグ内の位置が変わり、俯いていたシンジ君の顔が明らかになる。
だらしなく口から血を垂れ流し、目は死んだ魚のようになっている。
白痴の表情。
人形のよう。
彼女は目を見開いた。
「あ、あ、あ、あ、イヤァー!!!」