がちゃっ
「はい、碇です。あ、お久しぶりです。え?はい、居ますけど……え?……はい、はい、はい!
はい!わかりました!!」
声が響く。
静かになった部屋に。
ヒカリの弾む声に私の不安は解消されつつある。
ちん
「アスカ!これから手術だって!アスカの目が治るかもしれないって!」
「!!!」
……う……そ……
……本当に……?本当に……?
「本当なのよ!アスカ!」
ヒカリが私の体を強く揺さぶりながら大きな声で叫ぶ。
その行為に私は身を任せながら、今現在光を失っている両目を押さえた。
「今、迎えに行くから、入院の準備をしておいてだって!」
ヒカリが私を抱く。
私も負けずに抱き返す。
二人は大きな声で泣いた。
二人は神様を強く信じた。
偽りの存在を。
心が生み出した虚像を。
つかみ取ることの出来ない、視界を曇らすことしかない陽炎の様な言葉の傑作を。
がらがらがら
私は医療カーゴの上で寝ている。
おそらくこのまま手術室に直行するはず。
手術に対しては不安はない……けど
「ミサト……シンジは?」
私の横に追従しているミサトに問いかけた。
「………シンジ君は、別の病棟にいるわ」
「怪我でもしたの!?」
「……ええ、今朝の使徒との戦いで……後で一緒に見舞いに行きましょう」
「そんなに酷いの……?」
「………」
―――?……どうしたの?
がらがらがら がしゃん
カーゴの動きが止まった。
私はマスクを被らされ、そこから出る甘い空気に意識を奪われていく。
……目が治ったら、シンジとあの丘に行きたいな……
……うん、ファーストも誘わなきゃ……
……みんな……誘って……
………
アスカ――
シンジ?
うん――
どこにいるの?
ごめんね――
なに?なにを謝っているの?
約束の一つは守るから――
……どういうこと?シンジ
愛しているよアスカ――
まって!シンジ!
「シンジ!!!!」
「きゃっ」
「………あ………夢?」
「もう、びっくりしたじゃない。アスカ~」
「ヒカリ……わたし……寝てたの?」
「うん、可愛い寝顔していたわよ」
「……ん、もう」
……夢か……
……嫌な夢だった……
「手術は上手くいったそうよ、よかったね」
……手術……あ、そうか……目が治るんだっけ……
「どうしたの?アスカ?元気ないけど」
「……ううん、なんでもない」
私は夢の出来事を親友に話した。
……彼女には鼻息一つで返されてしまったけど。
「アスカ~ぁ、最近貴方、妄想癖が酷くなったんじゃない?」
「ひっどーぉい。なによぉ、それじゃあ私がバカになったっていうの?」
「ふーん、違うの?」
「しくしく、ヒカリがそんな事言うとは思っていなかったわ」
「くすっ、ごめんなさい。………アスカ?」
「……でも、シンジと一緒だったら……ばかでもいいや……」
「…………可愛いわよ、アスカ」
「え?」
「もう、女の私でも抱きしめちゃうくらい可愛いっ!」
「ちょっと、ちょっとぉ」
「えーい」
「やぁん、くすぐったい~」
「えい、えい」
「ヒカリ~ やめてぇ~ きゃはははは、やぁ~ん」
「………」
「………?」
「アスカ……目が治ったら、みんなでどっか行こうよ……」
「……うん」
「絶対にね」
「うん!」
――2週間が経った。
私の目は手術後、何度か痛みを覚えるだけで、それ以上の不服はなかった。
きわめて良好。それが担当医の先生の言葉。励ましの言葉。
なんでも神経結合がこんなに早いのは異例の事なんだって。
でも、嬉しくない。
シンジの声を聞いていない。シンジが私の病室に来ない。
ううん、来れないらしい。
シンジは戦いの傷が酷くて未だにベットに横になっているらしいの。
ミサトがそう言った。
私が見舞いに行くって、言ったら、無理矢理止められた。
なんでも視神経のシンクロに影響でるからって、完全に治るまで待ってって。
――どういうこと?
良くわかんない。
でも、時々胸が痛くなるの。
怖い、嫌な夢も見なくなったのに。
目が痛む度に、不安になるの。
私の心を壊す様な事が起きるんじゃないかって思うの。
眠る時、身体が寒いの。
暖めてくれる愛しい人が側にいないから。
……でも、その懸念はたぶん今日いなくなるの。
さっき先生が今日、包帯を取るって言っていたから。
こんな嬉しい日にヒカリも学校を飛び出して来てくれた。
ミサトもリツコも……ファーストも見舞いに来てくれた。
「さあ、これから包帯を取るよ?」
先生が話しかける。
私はコクリと頷く。
しゅるしゅる
目に捲かれていた違和感のあるモノが解かれていく。
胸がどきどきする。
「さあ、ゆっくりと瞼を開けてごらん」
本当に見えるのかな……。
「大丈夫、勇気をだして」
……うん。
瞼にゆっくり力を入れる私。
僅かながらも手に力が入る。汗もにじみ出る。
開けきったと私の脳が判断した直後、世界は真っ白だった。
白い空間が広がっていた。
……眩しい?……白い空間?
それは不思議な光景だった。
真っ白な空間に空間に黒い影が現れ、少しずつ形を変化させ、やがて人の形になっていく。
そして一人の男の子の様なシルエットになり、その脇に真紅の写真が現れる。
まるで燃えるような赤い写真。
写真には一人の女性が写っていた。
栗色の髪を靡かせ、目元に真っ白な包帯を巻いた顔で、優しそうに、嬉しそうに微笑む女性。
私だった――。
おそらく――いえ、間違いなく私――。
自分でもどきり、とする程素直で可愛い笑いをしている私――。
私……だよね……。
瞬間――
違う画像が私の脳に送られてきた。
薄暗くした病室。目の前にロウソクと白衣を着た男性……先生の画像。
「見えるかい?」
……見える……
……見える!
……目が見える!
「見えます!ハッキリと!全てが見えます!」
私は歩いている。
長い病院の通路をヒカリに手を引いてもらいながら。
後ろにはミサトとリツコ、そして先生方々。
ファーストも杖を使いつつ、ぎこちなく私達の後を追っている。
目が治ったらシンジの見舞いに行く約束を果たしにシンジの病室に向かっている。
病院の窓から見える青々とした木々が私の目に焼き付いていく。
綺麗だなって思っていると、ちょっと蹌踉めいた。
久しぶりの世界に目が疲れちゃったみたい。
ヒカリが私を肩を入れ支え直してくれると、ミサトが呟いた。
「ここが……シンジ君の……病室よ」
………え?
「シンジ君はここにいるわ………」
……なにここ……
……霊安室って書いてあるじゃない……
私はタチの悪い冗談だと思ってミサトを見た。
泣いていた。
ミサトが、リツコが、そしてファーストまでもが。
「……シンジ君は……この間の戦いで……亡くなったの……」
………。
「息を引き取る前に……自分の目を……アスカに使ってくれって」
……なにを……
「アスカとの約束を……約束を守らなきゃいけないからって」
……なにを言っているの……この人達は……
「アスカの……手術中に……彼は息を引き取ったわ……」
……シンジが……わたしを……
…おいて………
いく……
わけ……
私は暗い部屋の真ん中に置いてある、灰色のガラスケースを見た。
……なに……これ……
灰色のケースに収納されているモノを見た。
マネキンの様な白い肌の男の子。
上半身しかない人形。リアルな人形。
……う……そ……
ケースの横札に書かれている名前を私は見た。