ガたん ごトん
「ここは何処?」
ガたン ゴトん がたン
私は電車の中にいた。
モノレールではない、乗ったこともないクラッシックな電車の中で何故か座っていた。
窓から差し込む夕日が眩しい。
けど、熱を感じない。暖かみが無い。
「あれ‥‥私‥‥目が見える‥‥」
カン かン カん カァァァァァ―――ン ガタん ごとん
踏切の音が響く。
私は無性にその音から寒気を感じる。何故だかわからない。
ふと気づくと、私の正面の席にちょこんと小さい女の子が座っていた。
「だれ‥‥?」
あたしはアスカ、そうりゅう・アスカ・ラングレぇ
「何を言っているの?それは私の名前よ」
あたしもアスカよ、あなたの中のアスカなの
「‥‥‥」
あなたの心を写しだしたアスカなの。弱いの。ちっちゃいの。泣き虫なの。
「‥‥‥そう‥‥‥その通りよ‥‥」
ママにすがって生きることしか出来ないの。誰も信じられないの。自分も。
「だって、こんな風になった私をもう必要としてくれる人が、証がなかったのよ!」
最愛の人を見捨てて?
「‥‥シンジだって‥‥私のことが邪魔だったはずよ‥‥」
確証もないのに?
「きっとそうよ! 絶対! いらないはずよ!」
もし違ったら?
「‥‥‥え?」
貴方は、貴方がいつも望んでいた貴方を見ていてくれる人を捨てたのよ
貴方の価値を見いだしていてくれている人を捨てたのよ。
「‥‥‥」
自己欺瞞を真実と思いこみ、本当の真実を追求もせずに表面だけの現実を信じたの。
「‥‥‥」
自分をいらない人間だと勘違いし、周りの人を巻き込みながら、この世界から消
えようとするの。
まるでママの様に‥‥。
「私が‥‥ママと同じ‥‥」
そう、貴方を本当は愛していたかもしれない人と、存在する世界を自ら嫌った
ママと同じ。
貴方は嫌いだったママの偶像になろうとしているの。
「‥‥‥‥私‥‥‥が‥‥‥‥ママ‥‥‥‥‥‥」
そう、貴方と共に死のうとしたママを鏡で見ているかのように、貴方も最愛の
人を巻き込んで死ぬの。
「‥‥‥シンジを?‥‥‥私が?‥‥‥そんな‥‥‥」
自分だけ消えることが出来ると思う?
人が存在していたことを他人の心から消し去ることが出来ると思う?
貴方を愛した人が貴方の死に耐え切れると思う?貴方が出来ないのに?
「‥‥‥」
カン かン カん カァァァァァ―――ン ガタん ごとん
いつの間にか私の名を名乗る少女の姿は消えていた。
電車は駅に着こうとしているのかスピードが少しずつ落ちていく。
「‥‥‥シンジ‥‥‥私‥‥‥どうすればいいの‥‥‥」
手が温かい。
気が付かなかったが、私の右手だけ温かい。
全てが凍り付くような空気が流れているこの電車で、その中にいる私の体で、右手だけ
が温かい。
「‥‥‥シンジ‥‥‥私‥‥‥本当は‥‥‥死にたくないよぉ‥‥‥」
私は右手を胸にあて泣いた。
「‥‥シンジに何もできないのに‥‥シンジの迷惑になるかもしれないのに‥‥」
私は泣いた。
列車が止まろうとする。
幽かに見え始めたあのホームに降りたら、全ての人たちの記憶が私の中から消えてしま
う気がした。
「嫌‥‥降りたくない‥‥」
列車が止まった。
ドアが音もなく開く。
ホームに誰かが立っている気がした。
私は右手を抱えながらうずくまっていた。
その人物が誰か何となくわかっていようとも、顔を上げることはしなかった。
‥‥アスカ‥‥‥アスカちゃん‥‥‥
体が震える。
汗がにじみ出る。
その聞き覚えがある声の一語一語に体が硬直する。
「‥‥助けて‥‥シンジ‥‥」
右手が温かい。
感覚のない私の体を守ってくれているように右手が温かい。
‥‥‥アスカちゃん‥‥‥こっちにおいでなさい‥‥‥
右手の温かみがより一層強くなる。
「‥‥嫌‥‥私は‥‥私は‥‥私は」
‥‥‥アスカちゃん‥‥私とずっと一緒に居ましょう‥‥‥
「―――私は――!」
私は立ち上がる。
目が見えないはずなのに見える世界に別れを告げるために。
‥‥‥ア‥‥‥ス‥‥‥カ‥‥‥
私は叫ぶ。
私の名を呼ぶかつて自分を愛してくれた人に向かって。
「やめて、ママ!!!
私は生きたいの!
みんなと一緒に生きたいの!
シンジと一緒に生きたいの!
シンジと記憶を共にしたいの!
私がシンジのことを永遠に忘れてしまうのは嫌!
今まで築いてきたものを全て失うのは嫌!!
生きたいの!!
生きたいの!!!
‥‥シンジが好きなの‥‥
‥‥シンジを愛しているかもしれないから‥‥‥
‥‥‥だから‥‥‥ごめんなさい‥‥‥
‥‥‥私、ママの所には行けない、行かないの‥‥‥」
‥‥‥‥そう‥‥‥よかったわね‥‥‥アスカ‥‥‥
はっ、と私はママを見た。
子供の頃 自分によく見せていた優しい笑顔のママがいた。
涙が止まらない。
「‥‥ありがとう‥‥ママ‥‥ありがとう‥‥」
いつの間にか列車は走り出している。
車内は温かい空気でいっぱいだった。
私はその中で静かに目を閉じる、夢の続きはこれからだとわかったから。
ガタン ゴトン ガタン ゴトン―――
暗くなっていく――
真実の世界に列車は進むため――
ピッビッ
電子音が聞こえる――
ここは何処?
暗い‥‥
手探りであたりを調べる。
ベットで寝ている。私の手首にチューブが刺さっているのもわかる。病院?
私‥‥帰ってきたの?
「気が付いた?」
左側から声がした。
「ファースト?」
「ええ」
「ここは?」
「ネルフの病棟」
「‥‥‥シンジは?」
「隣の部屋で疲れて寝ている‥‥貴方の看病に一睡もしないで一週間続いたから‥‥」
「一週間?」
「その間、碇君は惣流さんの右手‥‥ずっと握っていた」
「‥‥そう‥‥」
「‥‥‥」
静かに私はため息をついた。
「‥‥‥ファースト‥‥聞いていい?」
「‥‥なに?」
「わたし‥‥分からないの‥‥」
「‥‥‥」
「今まで、EVAを使って使徒を倒すことが私の価値だと思っていたの。でも、もし使徒
を全て倒してしまったとき、私になにが残るのかわからないの」
「‥‥‥」
「膨大な知識を叩き込んで大学を卒業しても、結局‥‥自分の為になっているか分からな
い‥‥」
「‥‥‥」
「今だって、目も見えなくなって、シンジに迷惑掛けて、挙げ句の果てに自殺未遂‥‥。
結局私にはEVAを取ったらなにも残らないのかな‥‥」
「‥‥記憶」
「え?」
「記憶‥‥貴方がEVAを動かした記憶。 学校に行った記憶。 三人で丘に行った記憶。
碇君と一緒に暮らした記憶」
「‥‥‥」
「その記憶が楽しかったり、悲しかったり、嬉しかったり、怒ったり‥‥全て貴方が生き
てきた記憶、事実。 その記憶の、事実の積み重ねが貴方の価値‥‥」
「‥‥‥」
「だから、今価値が無いと思ったら、これから創ればいいと思う」
目から滴が落ちた。
「‥‥‥ファースト‥‥‥ありがとう‥‥‥‥‥‥‥‥‥ごめんね‥‥‥」
「なにが?」
「前に、ファーストのことを人形だって言ったこと‥‥私の方が人形だったみたい。
一番になろうとして、言われるままEVAに乗って、いざ一人になるとなにも出来ない‥‥
まさに出来損ないの人形ね‥‥‥」
「人は人。人形ではないわ」
「‥‥‥うん」
すっ、と立ち上がる気配を見せるファースト。
「もう碇君を悲しませないで‥‥」
「‥‥はいはい、わかりました」
苦笑しながら答える私。
「本当だね、アスカ」
「え‥‥!?」
いつの間にかシンジが病室に入っていた。
同時にファーストが部屋から出ていくのがわかる。
「‥‥‥シンジ‥‥‥ごめんなさい‥‥。 ‥‥私‥‥私‥‥」
「もういいよ、アスカ」
その言葉の後、私は自分の頬に温かいモノを感じた。
あふれ出てくる涙を私は止めようとしなかった。
シンジの手が私の背中に回される。
私も体の痛みを忘れてシンジに体を預ける。
時が止まって欲しいと願った。
この一瞬を、私の記憶として永遠に焼き付けたいから。