アスカ。今までありがとう。
思い出を、ほんとうにありがとう。
この気持ちにもっと早く気付けば良かったのにね。
そうすれば、もっとたくさんの『ありがとう』を言えたのに。
(碇シンジの手紙より抜粋)
すべての想いをこの一言に
” Thanks For The Memories” <後編> byみやも
ジオフロント、ネルフ本部施設。
『その時』を間近に迎え、用意された部屋に入ったシンジは、室内にいた先客の姿
に驚いた。
「…………アスカ?」
「やっと来たわね、シンジ」
窓のない、四方を壁に囲まれた殺風景な部屋の中央にアスカは立っていた。
「アスカ、どうしてここに」
「加持さんに頼んで連れてきてもらったの。大急ぎで先回りして待ってたんだから」
「アスカ……僕はアスカに最後の瞬間を見せたくなかったから、ここへ来たのに」
「甘いわよ、バカシンジ」
アスカは何もない真っ白な床の上に腰を下ろして、にっこり笑った。
「死が二人を分かつまで、っていうでしょ?
最後の最後まで、アタシはアンタのそばにいてやるんだから。
ほら、こっち来なさいよ」
「う、うん」
よく分からない説得力のあるアスカの言葉にうなずいてから、シンジは彼女の隣に
腰かけた。
そのときシンジは急に「あ」、と何かを思いだしたような声を出した。
「どうしたのよ」
「アスカにクリスマスプレゼントを渡すの、忘れてた」
脈絡のないシンジのセリフに、今度はアスカがきょとんとする番だった。
そしてアスカは吹き出し、笑い出した。
「ホントにバカね、もう」
・
・
・
それから二人は何もない部屋の中で寄り添いあって、様々なことをとりとめもなく
語り合った。
初めて出会った日の事。
ミサトと三人で暮らし始めた時のこと。
レイと共にエヴァに乗って使徒と戦っていた頃のこと。
にぎやかで、騒がしい学園生活。そこで知り合った友人たち。
二人がケンカしたこと。
傷つけあったこと。悲しかったこと。
そして、楽しかったこと。
「この街に来て、良かった。日本に来て、シンジに出会って、みんなに出会って、本
当に良かった」
「………うん」
シンジはうなずいてから、真っ青になっている自分の顔に手を当てた。アスカがそ
れをのぞき込んで訊ねる。
「………シンジ………苦しいの?」
凶暴なまでにすさまじい苦痛が身体の奥で暴れ回っていたが、シンジは自分があと
数分ももたないだろうとは言わなかった。
「大丈夫………少し、息苦しいだけだよ」
いったん会話が途切れ、アスカとシンジは真っ直ぐに見つめ合った。
伝えたいことが多すぎて、かえって何も言えなくなってしまっていた。
「……ねえシンジ。明日、二人でどこかへ遊びにいこうよ」
ふいにアスカがそんなことを言いだした。
「アスカ?」
「おいしいお弁当、たくさんつくってね」
シンジは何か言おうとして、やめた。代わりに彼は微笑んでうなずいた。
「……うん……いいよ」
「……卵焼き、入れてね」
「分かった」
「鳥の唐揚げも」
「うん」
「……ピーマンはダメよ。嫌いだから……」
「知ってるよ」
「きっと、作ってね」
「うん」
「……きっとよ」
「……うん……」
シンジの呼吸がひどく浅い。限界が近づきつつあった。
「約束だからね……シンジ」
二人は思う。それはたぶん、決して果たされる事のない永遠の約束。
アスカは倒れそうになるシンジを抱え起こした。
次第に意識の薄れていくシンジが、アスカの腕の中でとぎれとぎれに呟く。
「ああ………約束………するよ……………あすか…………ぼくは…………」
少年の身体の中からまばゆい光の塊が現れ、ゆっくりと浮かび上がってきた。
やがて少年から分離したその光球は、物理属性を獲得してオレンジ色の液体へと変
化し、四方へはじけ飛んだ。
それは屋内に降り注ぐ大粒の雨となって少年と少女の身体をずぶ濡れにした。
ぼ く は
あ し た も
き み の
そ ば に
●
「サードチルドレンの精神体、崩壊。流出した生命エネルギーはLCLに還元されました」
●
「………………」
亜麻色の髪の少女がじっと座りこんでいる。
少女はLCLがつくる水たまりの中心で、冷たくなった少年の身体を抱きしめたまま、
いつまでも動こうとしなかった。
(涙が出ない……………………こんなに、悲しいのに)
アスカはわずかに首を傾け、ただぼんやりと、いまここにいる少年と手をつないだ
時のあの温もりを思いだそうとしていた。
●
翌日。
アスカはシンジの机の上に一通の置き手紙を見つけた。
●
<碇シンジから、惣流・アスカ=ラングレーへ>
やあ、アスカ。
君がこれを読んでる頃には、僕はどういう形にせよもう口をきけない状態になって
いると思う。
考えが上手くまとまらなくて、直接言葉を残せなかったのを許して欲しい。
でも、どうしても伝えたいことがあるんだ。
アスカ、今まで僕は謝ってばかりだったね。
何が悪いのか考えもせず、ただ謝ってるだけだった。
でも、やっと気がついたよ。
君に伝えたかった気持ち。本当に言うべきだった言葉。
気がついたら、他愛ないけれどとてもすばらしいその言葉を、何度でも繰り返して
僕は言いたくなったんだ。
『ありがとう』、って。
アスカ。
すべての戦いが終わっても、君がこの家に残るとはっきり言ってくれたとき、僕は
とてもうれしかった。
家に帰れば君がまだそこにいてくれる事がうれしかった。
君と一緒に学校へ通える事がうれしかった。
君がただそばにいてくれることが、僕には本当にうれしかった。
君と一緒に食べるご飯は、とてもおいしかったよ。
アスカ。今までありがとう。
思い出を、ほんとうにありがとう。
この気持ちにもっと早く気付けば良かったのにね。
そうすれば、もっとたくさんの『ありがとう』を言えたのに。
残された時間が少ししかない今、僕は自分を好きになってみようと思ってる。
僕は、アスカのことを好きになりたいから。
だからまず、君を好きになれる自分自身を好きになろうと思う。
今さらだけどね。
アスカ。
君はとても誇り高く、強い人で、いつも明るく輝いていた。
……そして、それと同じくらい寂しそうだったのを、僕は知ってる。
寂しくて、寂しくて、この世のすべてを嫌いになってしまったことがあるのも僕は
知ってるよ。
でもね、アスカ。
どうか、強く願って。
悪いことじゃなく、良いことを。
これからもたくさん笑って、たくさん泣いてほしい。
もし歌うなら、悲しい歌と一緒に幸せな歌も歌ってほしい。
寂しさが君の世界を覆い尽くしてるとしても、それでもどこかにほんのかけらほど
でいいから喜びを探してほしい。
君になら、きっと見つけられると思うから。
だからアスカ、信じてみよう。
家族を。友達を。僕たちが共に生きたあの日々を。
自分で自分を寂しい人にしたりしないで。
応えてくれる人はきっといるよ。
大丈夫。
きっと大丈夫。
だって君は、惣流・アスカ=ラングレーだもんね。
ねえ、アスカ?
もしも生まれ変わりなんてものがあるのなら、僕はまた僕に生まれたいと思う。
そしてもう一度、僕はアスカに出会うんだ。
青空が綺麗なよく晴れた日に、海の向こうから君を乗せてやって来る、
あのオーバー・ザ・レインボウの甲板の上で。
そのとき僕は君に手を差し出すから、笑顔で握手してくれたらうれしいな。
●
1月2日、街が新年を迎えてにぎわっている頃。ネルフ直属の医療施設にて。
「おはよう、シンジ」
今日もアスカはシンジの物理的構成組織、つまり彼の肉体が『保存』されている病
室に来ていた。
……シンジは死んではいなかった。ただし医学的・生物学的な意味では、である。
生命維持機能はかろうじて保っているものの、魂を失ってしまったシンジの肉体の
神経系はもはや一切の意識活動を創出することができなくなってしまっていた。
夢すら見ない深き眠り。死んではいないが、生きているとも言いがたい状態。
彼が目覚める可能性は、限りなくゼロに近かった。
柔らかい陽光がカーテン越しに部屋の中へ差し込んでくる。
アスカはイスに腰を下ろすと、ベッドに横たわって身動きひとつしないシンジの頭
をそっとなでた。
それはまるで、一人の少女が休日の昼下がりにうたた寝する恋人を見守っているか
のような光景だった。
「ねえ、知ってる?
シンジのいない家の中ってやけに静かなのよ。
アタシのバカな話につきあってくれる人がいないからね、きっと。
ペンペンが、シンジのいないのを不思議そうにしてるわ。
時々アンタの部屋の前でじーっと突っ立ってるの。
…………あの子に、どう説明すればいいのかな。
ああ、そうそう。アタシね、今ヒカリに料理を習ってるのよ。
まだシンジみたいに上手くはできないけど、この前、ミサトがおいしいって褒めて
くれたの。ま、ミサトの評価じゃちょっと頼りないけど。
でもね、ほめてもらった時……すごく、うれしかった。
……アタシも、シンジが作ってくれたご飯をもっと素直に『おいしい』って言えば
よかったね。
シンジの料理ってホントにおいしいんだもん。
ファーストの事も、話そうかな。
アイツは相変わらずよ。無表情で、ボーっとしてて。
でも、アイツは……………。
………あのね、シンジ。アタシね……シンジがこうして眠りについてから、すこし
ヤケになって荒れてたんだけどさ……ファーストに言われちゃったのよ。
いつかシンジが目を覚ましたとき、そんな情けない姿を見せる気か、って。
ふふ……。
まったく、そこまで言われたら見返したくもなるじゃない。
あれはたぶん、不器用なアイツなりの励まし方だったのね。
アタシたち、お互いの性格を結構よく知ってるのよ。なんだか可笑しいでしょ。
………アタシ、昔ほどファーストが嫌いじゃないわ。
あいかわらず変なヤツだとは思うけど………でも、嫌いじゃない。
ひょっとしたらアイツを好きになれるかもしれない。
まだ、先の話だろうけどね……。
……………………。
………ねえ、シンジ?
アタシは、もう大丈夫よ。いつシンジが戻ってきても胸を張って会えるから。
アタシだけじゃないわ。
ファーストも、ミサトも、他のみんなだって。
シンジが目を覚ますのを、ずっとずっと、待ってるんだからね。
バカシンジ、アンタの居場所はここにあるのよ。
だから、
だからね………、
さっさと起きなさい……………この、寝ぼすけ」
アスカはシンジの額に軽く口づけしてから立ち上がった。
うつむいたアスカの瞳からこぼれた透明な雫が、シンジの頬にぽとりと落ちた。
「寂しいよ、シンジ」
●
1月3日。コンフォート17マンション、葛城家のベランダ。
「ねえ、ファースト」
手すりにもたれて空を仰ぎ、流れゆく雲をぼんやり眺めながらアスカは言った。
「……何?」
と、隣に座っていたレイはそれまで読んでいた本を閉じてアスカの方に目を向けた。
「もし、いつかシンジが目覚めたら…………」
『いつか』。
永遠にやってこないかもしれない『いつか』。
「…………」
レイは無言のままアスカの次の言葉を待った。
アスカは、視線を足もとに落とした。
「伝えたいことがあるの。たくさん。……………とっても、たくさん」
「そう」
「うん……………」
それからしばらく続いた沈黙を破ったのは、珍しくレイの方だった。
「碇君を目覚めさせたい?」
「え?」
「………方法はあるわ……………私、知ってる」
それはためらいがちな呟きだったが、アスカの耳にはしっかりと聞こえていた。
「………なっ……!」
レイの肩をつかみ、激しく揺さぶるアスカ。
「どうして今まで黙ってたのよ、ファースト!!」
●
ネルフ本部。
「ダメよ。その提案の実行は許可できないわ」
話を聞くなり、リツコは厳しい表情で言った。もちろんアスカは納得しない。
「シンジをあのままほったらかしにしとけっていうの!?」
するとリツコはアスカではなくレイに向かって答えた。
「レイ、あなたが考えた方法は私も思いついていたのよ。エヴァ初号機のエントリー
プラグ内に残されたLCLを使うというその方法はね。
でもMAGIによるシミュレーションでは成功率が20%以下だったわ」
「何言ってんのよ!使徒との戦闘はもっと低い勝算だったじゃない!!可能性がある
ならちゃんと試してみなさいよ!!」
「アスカ、よく聞いて。いま問題にしているその方法は、シンジ君の肉体をプラグ内
でいったん人為的にLCLと同化させてからもう一度元に戻すというものなの。
言いかえれば、サルベージのやり直しね」
「それはもう聞いたわよ!」
「たしかに、うまくいけば初号機内部に蓄積されているシンジ君の魂の情報が再構成
の過程で肉体に組み込まれて、彼は意識を回復するでしょう。
でも、その作業には人的触媒の投入が避けられないのよ」
「触媒?」
「そう、彼といっしょにエントリープラグへ入る人間が一人必要なの。
正常な再構成のモデルとなってシンジ君の魂を肉体へ導く人間がね。
けれど、LCL化した二人の人間を同一プラグ内で並列的にサルベージした前例は
ないわ。
失敗すれば魂のない肉体がもう一つ増えるだけ。
その失敗する確率は8割を超えてるのよ。リスクが高すぎるの。
アスカ、つらいのは分かるけど理解して」
「そう………わかったわ」
と言った次の瞬間、アスカの目が強く輝いた。
「シンジを目覚めさせるために、アタシにもできる事があるってわけね」
「アスカ!?」
それからすぐにアスカはネルフ総司令執務室へ乗り込んで碇ゲンドウに直訴し、サ
ルベージ作業の遂行に自分を使うよう申し出た。
そして数時間に及ぶ交渉のはてに、とうとうアスカは承認を取りつける事に成功し
たのだった。
「シンジを、頼む」
最後にそう言うと、ゲンドウはアスカに向かって深く頭を下げた。
サルベージ実行の決定と、その結果の成否に関わらず作業終了後ただちに辞職する
という意をゲンドウが表明したのは、翌日のことだった。
●
1月11日。
ネルフ本部、チルドレン専用の更衣室にて。
「………あなたが、うらやましい」
レイは、真紅のプラグスーツをまとったアスカの横で言った。
アスカは微苦笑する。
「替わりたいの?ヘタすれば二度と醒めない夢を見るはめになるのよ」
「それでも……碇君と一つになれるもの………」
「レイ」
蒼い髪の少女はアスカに名前で呼ばれて、はっと顔を上げた。
「惣流さん?」
「ダメなの。
それじゃダメなのよ。
アタシはね、シンジに『なりたい』わけじゃない。
あのバカにもう一度『会いたい』の。
アイツと向かい合って伝えたいことがあるのよ。
惣流・アスカ=ラングレーとしてね。
それは、ついこの前アンタがアタシに気付かせてくれた事でしょう?」
レイは、悲しいほどに毅然としたアスカの瞳を、美しいと感じていた。
「……私……」
レイはアスカをまっすぐに見つめ返した。
「………私だって…………碇くんに、会いたい………」
それを聞くと、アスカは片目をつぶって明るく言ってみせた。
「オーケー!んじゃ、バカシンジが目を覚ましたら二人でいじめてやりましょ。
こんなに心配させてる罰よ」
「………そうね」
その時レイは、自分がかすかに微笑み返したことに気付かなかった。
●
30分後。エヴァ初号機格納用ケイジ。
サルベージ作業の準備は整い、あとはアスカといまだ目覚めぬシンジがエントリー
プラグに入るだけとなった。
「行って来るわ、ファースト。シンジをたたき起こしてくるから」
「ええ」
レイはうなずいた。
「私、待ってる」
●
「いい?アスカ。
集中して、シンジ君の意識を誘導する事だけ考え続けるのよ。
もしこちらで危険な兆候を認めたらあなただけでもすぐに引き戻すからね」
モニタールームにいるミサトが念を押す。
アスカは初号機エントリープラグ内の操縦席で、シンジの身体に腕を回してしっか
りと抱きしめながら応答した。
「了解。こっちはいつでもいいわよ」
「サルベージ、開始」
リツコが部下に命じた。
「………っっ!!」
視界いっぱいに広がる強烈な閃光。
それはまるで、白い闇。
あらゆる感覚が鈍り、意識がぼやけていく。
身体の輪郭さえも溶かしてしまうその光に包まれて、全てが白く白く輝き……
僕は(アタシは)夢を見る。
それは、アタシの(僕の)大切なモノ。
よろこび。
(涙)
うれしい言葉。
(君の青い瞳)
命。
(あなたの優しさ。ふれあう手のあたたかさ)
キスをして。
抱きしめて。
「好き」って言って。
もっと強く、もっと強く。
世界はとても寂しいものかもしれないけれど。
ヒトはどこまで行っても一人なのかもしれないけれど。
でも、あなたはそこにいる。
あなたがいなくても私は生きていけるのかもしれないけれど。
あなたがいなくても日々は当たり前のように過ぎていくのかもしれないけれど。
でも、あなたはそこにいる。私のそばに。
それはきっと、素敵なこと。きっとね。
「ねえ、不思議じゃない?」
「え?何が?」
「アタシたち、遠く離れた場所で生まれて、
何年も、何年も、お互いの顔も名前も知らないまま暮らしてたけど、
でも、それでも同じ世界で生きてたのよ。
アタシは十何年間もアンタのことを知らなかったけど、
でもアンタはその間もずっと同じ世界のどこかで同じ時間をすごしてたのよね。
そして、
いろんな事が積み重なって、
遠く離れてた二人はだんだん近づいて、
ある日とうとう出会ったのよ。
あのオーバー・ザ・レインボウの甲板の上で。
ねえ、それってなんだか不思議じゃない?」
「そうだね・・・。あ、お茶が入ったよ。一緒に飲もう」
「うん」
それとも、ひょっとしたら、それほど不思議なことでもないのかな。
見上げればそこに空が、雲が、太陽があるように、
アタシたち(僕たち)はとても自然に出会ったのかな。
「ねえ」
「ん?どうしたの?」
「アタシ、寂しいの」
「僕もだよ」
「あのね、たぶん、アンタがいなくてもアタシは生きていけると思う。
アンタがいなくても、当たり前みたいに日々は過ぎていくと思う」
「うん、そうだね」
「そうよ・・・でもね・・・寂しいのよ。
アタシの話を聞いてくれるアンタがいないと寂しいの。
一緒に食卓についてくれるアンタがいないと、ご飯がおいしくないの。
アンタが笑ってくれないと、アタシは悲しいの。
・・・これって、わがままかな」
「そうかもしれない。でも、すごくうれしいよ。ありがとう」
大切なモノ。
あなたの瞳。あなたの言葉。
あなたの優しさ。あなたの怒り。
あなたの強さ。あなたの弱さ。
あなたのまごころ。私の希望。
お願い。それをもう一度、私に見せて。
「もどってきてくれる?」
「どこへ?」
「私たちが約束を交わした、あの場所へ」
(私たちが共に生きた、あの世界へ)
「シンジ。アタシはシンジに戻ってきてほしい」
それは私の願い。
「・・・・・僕も、君に会いたいよ。アスカ」
そして、僕の望み。
・
・
・
・
白い閃光が次第に薄らいでいく。
全身にピリピリとしたしびれを感じながら、アスカはゆっくりと目を開いた。
「セカンドチルドレン、意識を回復しました!」
頭の上からそんな声が聞こえてくる。
のろのろと見上げてみると、エントリープラグのハッチが開かれて、ネルフの作業
員がこちらをのぞき込んでいる。
いつの間にか、プラグ内のLCLは既にすべて抜き取られていた。
いまだハッキリしない感覚に顔をしかめるアスカ。
一体、どれくらいの時間が経過したのか分からなかった。
精神力と体力を極度に消耗しているアスカは、作業員たちの手を借りてエヴァから降りた。
「アスカ!」
ケイジ内へ、ミサトとリツコがあわただしくやってきた。
「シンジは?サルベージはどうなったの!?」
開口一番にアスカは訊ねた。
今、彼女の頭の中はたったひとつの事柄で占められていた。
ピタ、と足を止めるミサト・リツコ。
「……………」
「ちょっと、なに黙ってんのよ!ハッキリ答えなさいよ!!シンジはどこ!?」
ミサトたちは無言のままだった。あいまいな表情で、アスカの方に視線を向けている。
失敗という単語が、アスカの脳裏をかすめた。
「嘘……でしょ……」
「惣流さん」
と、そこへレイがミサトたちの横を通って近づいてきた。
「ファースト……アタシ……アタシ……」
「……伝えたい事があるんじゃなかったの……?」
「え?」
アスカは一瞬その言葉の意味を把握しきれなかった。
だがその時アスカはようやく、ミサトとリツコが微笑んでいること、そして二人の
視線が向けられている位置が自分ではなくその背後であることに気付いて、はじかれ
たように振り向いた。
「やあ」
そこには、アスカと同じように、作業員に肩を貸してもらってなんとか立っている
ひとりの少年がいた。
少年は、その繊細そうな顔に、幾分の疲れが入り混じった温かい笑みを浮かべていた。
「あ………あ……」
今にも倒れそうな足取りで、言葉にならぬ声を出しつつ少年の元へ歩み寄るアスカ。
「やあ………僕は碇シンジっていうんだ………」
目の前にやってきたアスカに、少年はゆっくりと右手を差し出した。
「………握手、してくれるかな」
アスカはその手を自分の震える両手で包み込んで、そしてぽろぽろと涙を流した。
「………アタシはアスカ………惣流・アスカ=ラングレーよ………バカシンジ」
アスカはそのまま倒れ込むようにしてシンジに抱きついた。
「シンジ………………シンジ………………シンジ………!!」
「アスカ」
シンジはそっと、少女の頬を撫でた。
「………ただいま」
アスカは涙のままで微笑むと、すべての想いを込めてただ一言だけささやいた。
おかえりなさい。
<エピローグ>
これは別に世界を揺るがす大事件ではなかったし、この出来事によってとくに誰か
が損や得をしたというわけでもない。
現在、少年は以前と同じく家族や友人たちとにぎやかに暮らす生活に戻り、少女も
またいつものように少年の手料理を食べつつ微笑ましいわがままを言っては彼を苦笑
させている。
まあ、ようするに結果としてプラスマイナスゼロだったと言われればそこまでの事
だったのだ。
ただ、一度は消滅してしまった少年の魂をこの世界に蘇らせた少女の想いの強さに
ついて考えるとき、この物語にはいくらかでも価値が付与されていいのではないだろうか。
少女は信じている。
少年と共に過ごした今までの日々。
少年と共に過ごすこれからの日々。
そのすべてが思い出として積み重なり、
彼女の心の中で輝き続けていくという事を。
そう、アスカは信じている。
いつまでも、変わることなく。
では、今日はこの辺で舞台の幕を降ろすとしよう。
FIN.
* あとがき *
みやもです。おひさしぶりです。
だらだら長くなってごめんなさい。
しかもクリスマスとは関連がほとんどないSSでしたね(--;
さて、今さらですが、僕は自分が書くお話の結末には作品としての
成功・不成功よりも読後に安心できるかどうかを優先させてしまう
ようです。自分勝手ですね、僕って・・・うーん(--;
でもやっぱりラストシーンにはアスカ様の笑顔を書きたいです。
それが、僕がSS活動をはじめた元々の動機なので。
では、この辺で失礼します。
御感想・ご指摘・お叱りなどメールをいただければうれしいです。
みやもでした。