第7話

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戻れない日々   第7話    赤い羽

2006/05/10 初稿
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「ルイス!、あんたねえ、加持さんはあたしのボディガードなの。あんたにかまってる暇なんか無いんだから」

あの頃、あたしは加持さんに夢中だった。

あたしの専属ガードとして付いた加持さんは、他の連中と違い、義務や責任から接してこなかった。

同情や憐憫でもなく、まして羨望や嫉妬など欠片もない慈愛と嘱望の目で見てくれた。。

あたしにワガママに命令もせず、媚びる事も無く、ただ諭すように何時も導いてくれた。

そう、加持さんはあたしを娘か、歳の離れた妹のように見ていてくれた。

周りの誰からも、そんな目で見てもらえなかったあたしは、彼を独り占めしたくて仕方なかった。

そんな加持さんに、あたしの知らないところでくっ付いていたルイスが羨ましくて、あたし達はいつもケンカ
ばかりしていた。

「へ~ンだ、アスカ姉ちゃんは怒ってばっかしだなあ、そんなに眉間にしわばかり寄せてっと、
そんな顔になっちまうよ~ん」

「なんですって!、コラ、ルイス、待ちなさい」

「あぁ、加持のアニキ、アスカ姉ちゃんがおいらをいじめるよう」

「おいおい、アスカ、手荒な真似は勘弁してくれよ。ルイスもそんなにアスカにからむんじゃないぞ」

「加持さんがそう言うなら・・・」

「そうだ、そうだ、年下はもっといたわれ」

「ムキ~、もう許さないわ!」

あたし達は二人で加地さんを取り合い、寄ると触ると大騒ぎばかり繰り返していた。

加持さんを尊敬していたルイスは、彼に付いて生きるための多くを学んでいた。

当時、ドイツといえど、セカンドインパクトの痛手から復旧しておらず、町の裏へ行けば、孤児や浮浪者が
溢れ、治安も決してよくなかった。

そんな中を、生きて行く様々な技能や知恵、そして人としての安らぎを加持さんは彼に与えているようだった。

あたしもネルフでの訓練が忙しくなって、次第に彼と会う機会が少なくなっていたが、その間も
彼は加持さんの手伝いを行っていたようだ。時折、加地さんと話している彼を見かけた。

そして、あたし達が日本に移管されることが決まる。

加持さんは公式の発表より早くから知っていたのだろう。それ以前から、ルイスの里親を探していた。

加地さんはルイスに普通の幸せな生活を望んでいた。決して自分と同じ道を歩ませるつもりは無かったはずだ。

ルイスは加地さんに付いて行きたがったが、無理なことは分っていたし、どこかで二人話し合って結局、
里親の元へ行くことになっていた。

それから先のことを、あたしは知らない。

ただ、彼が里親の元に行く日のことは、今も鮮明に覚えている。

ルイスの後ろに里親になってくれる夫婦が立っていた。善良そうな夫婦で、加地さんが探したのだから
きっと優しくルイスを育ててくれるはずだった。

彼らが加地さんと挨拶を交わしている中、ルイスはうつむいて唇をかみ締めていた。

加地さんと別れて、三人で通りを向こうへ歩いて行く途中、ルイスはこちらを振り向いた。

その顔は、それまで我慢していた寂しさと悲しさが滲み出していた。

そんな顔をする気持ちに覚えのあるあたしは、彼を追って駆け寄り、平手打ちを軽くおみまいする。

驚いて立ち止まったルイスに、あたしは腰に手を当てて厳命した。

「ルイス、あんた、必ず幸せになりなさいよ。でないとあたしが承知しないんだから」

突然叩かれたルイスは最初ポカンとした顔をしていたが、間もなく涙のにじむ顔を笑顔に変えて、
”あぁ、アスカ姉ちゃんもな”と、言って、その後振り返りもせずに、新しい両親とともに通りを歩いていった。

あたしはそのままのポーズで、彼らが見えなくなるまで見送っていた。それが彼との最後のはずだった。

少し冷めた浴槽から、鏡を覗くと、曇ったガラスを結露した滴が濡らしている。それがあたしの流す
涙のように見えた。

・・・ルイス。あんた、また、あたしの言うことが聞けなかったね・・・
・・・いつも、あたしに逆らってばっかり。幸せにならなきゃ許さないっていったのに・・・
・・・でも、あんたは加地さんの望みも裏切ったんだよ・・・
・・・それとも、あんたの幸せがこんな結果にあったのかなぁ・・・

・・・違う、そんなはず無い。・・・
・・・こんな結末で幸せなんてあるはずが無い。・・・
・・・加地さんだって、帰ってくることを考えていたじゃない。・・・

今まで麻痺していた感情が息を吹き返すと、悔しさと不甲斐なさが心の中を満ちてくる。

・・・ルイス、あんたが手に入れられなかったものは、あたしがきっと手に入れるから・・・
・・・これ以上あたしの周りから誰も失わせない。みんなをあたしが守ってみせる・・・

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翌朝、保安部員に連れられて、昨日の談話室にアスカが入ると、既にシュナイトはソファーに腰掛けて彼女を
待っていた。

「お目覚めはいかがでしたか」

・・・あたしに向かって、こんな白々しい問いかけができるところが憎らしいわね。・・・

「いいわけないでしょ。あんな監視だらけの部屋」

「ほう、どうして監視されていると?」

「じゃあ、監視しなかったというわけ?」

つまらないあたしの質問に、相変わらずのニヤニヤした笑いを浮かべて沈黙するシュナイト。

「つまり、認めるわけよね。」

「さあ、どうでしょうか、わたくしには理解しかねますが」

・・・ふん、食えない対応するやつだ・・・

「まあ、いいわ、どうせ認めるわけ無いし、あんたもそんなことのために時間を無駄にしたくないでしょう。
それより、本当に今日中で開放してくれるんでしょうね」

「今のところは、と申し上げておきましょう。勿論このまま何も無ければの話ですが」

「ふん、じゃあ、さっさと始めてもらえるかしら」

早速、昨日の続きが始るが、内容にたいした差が有るわけではない。少しは裏を取ったらしく、具体性が
増しているが、根本に変わりなかった。

・・・こんなことをずるずる続けて行くつもりかしら・・・

昼近くになってくると、聞かれることの単調さに嫌気が差してくる。

いいかげんにして欲しいと訴えようとした矢先に、内線電話が鳴りシュナイトが何か指示を受けている。

・・・こいつより上司って事は、親玉がかけてきたのかな・・・

「アリスさん、予定より少し早いですが、大変ご迷惑をおかけしました。お話をおうかがいするのは
これで終わりにします。」

内線の受話器を置くと、シュナイトが査問を終了を告げたが、昨日の例もある。開放されるまで油断できない。

「つきましては、私どもの司令官が、あなたに有らぬ疑いを掛けたことに陳謝したいと申していますので
ご足労いただきたい」

これは願っても無い展開だ。こんなとんでもない計画を立てた奴を一目見てから脱出しよう。

今更ここで、あたしを騙す必要など、どこにも無い。殺してしまうのならこのままズドンでお終いだ。

そう考えると、本当に司令官が会いたがっているとしか思えない。

その場で恨みを晴らすことは出来ないが、この顛末の責任者がはっきりすることは、あたしにとっても
気持ちの整理がつく。

組織の大部分の人たちは、自分の無謀な希望が、かなえられると信じて、協力している人たちだ。
それがどんな結果をもたらすか本当に知っている人は極わずかに過ぎない。

この本拠地にいる人の中でも、他人を犠牲にすると分っているのは一握りだろう。

そんな人たちを一まとめにして悪人と決め付けようにも、あたしの知った人たちは善良すぎた。

・・・チーフや、オペレータたちは憎めないけど、あんたや司令官なら憎めるわ・・・

シュナイトや保安部員が乗ったエレベータに、あたしは何の疑いも無く乗り込んでいた。

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「第13機甲大隊移動完了。全部隊集結終りました。これより48時間の臨戦待機に入ります」

UNの前線基地の中で作戦準備完了の報告を聞いて、ミサトは心の中で落胆していた。

予想より早く部隊集結が完了してしまった。今から48時間以内にアスカからの連絡が無ければ、彼女は
脱出不可の状態にいると判断されて、全部隊の総攻撃が始ってしまう。

脱出を促すメールは届かなかったのか。ヒカリのメールは16時間前に送信されている。

監視班から、アスカについての報告はない。既に一日経って、現地で夜が明けようとしている。

ミサトは最後の決断をしようとしていた。

緊急信号だけでもあれば、突撃強襲隊を降下させられるが、何も無ければN2爆撃の嵐だ。

ミサトには命令違反を承知で降下部隊を展開させるか、少人数の精鋭部隊で救出作戦を行うか。
どちらかの方法を選んで準備しなければならなかった。彼女の選択肢に、アスカを見殺しにするカードは無い。

責任は自分が取ることを条件に、関係する部隊長を説得しておかなければならない。
もう迷っている時間は無かった。

どちらにするか決めかねて、気を持ち直す為、簡易コンテナの発令所を出て伸びをする。
と、視界に、対テロ部隊員の一人が物陰から手招きしているのが映った。

周囲を見渡して誰も居ないことを確認すると、ミサトは彼の後を付いて行き、空のはずの臨時倉庫へ入っていった。

「隊長さんよ、俺達の出番はまだかい。早く嬢ちゃんを迎えにいってやりてえんだが」

「あんた達ここで何してるの」

中には、対テロ部隊の隊員50名ほどが、今から出撃できるようにフル装備で待機していた。

今回の作戦に対テロ部隊の出撃は無い。全てはUNの正規軍による部隊編成がなされている。

彼らは今、訓練中か休暇中のはずだった。

「うちの女神様を助けるってのは要人救出作戦にぴったりの訓練だな」

「女神様って~のには、わがままで気が強すぎないかい」

「いやあ、神様なんてのはあんなぐらいで丁度いいのさ。優しいのは聖母様だ」

「そりゃそうだ、人の言うことを聞く神様なんてろくなもんじゃねえからな」

本人が居ないことをいいことに、言いたい放題だが、彼らの気持ちは一致団結していた。

「みんな、これは命令違反なのよ、それでもいいの?」

「あんたが行けって言えば、俺達は従うぜ。どうせ、どこかに頼むなら俺達に任せろや」

こんなことは軍隊では許されない。命令に従うのが軍の絶対的鉄則だ。

だが、彼らの中には、かつて命令に従って、過ちを犯した思いがあった。ここで仲間まで見捨てたら自分たちは
戦う意義さえ無くなってしまう。たとえ、ミサトに反対されてでも救出を敢行する決意でやってきたのだ。

「あんたたち・・・」

「さあ、極秘任務だ。タイミングを合わせなくちゃな。ブリーフィングを開いてくれや」

もう、止めることはできない。みんなでアスカを助けるんだ。軍隊としては失格だが、仲間としては最高と
思えるミサトだった。

「あんた達の役目は、敵本拠地内で極秘裏に橋頭堡を築くことにあるわ。潜入していた捜査員の資料によると
工事用の通路が無数に点在しているので、これを利用して中央シャフト傍の中間層に潜入する。これだけよ」

「おいおい、えらく簡単に聞こえたが、それだけでいいのかい?」

隊員の一人が疑わしいと言わんばかりに尋ねる。

ミサトは一旦、机の資料から目を離して、作戦内容を聞いている全隊員を見回し自分に気合を入れ直して
説明を続ける。

「勿論、制約があるわ。ここからが大変よ。まず時間的制約があるわ。
目標ポイントに到着するまでの所要時間は6時間以内、
次に難しいのは、潜入を気取られてはならないってことよ。施設内のセンサーやトラップに引っかからず
時間内にポイントまで進むのは、かなりの困難が予想されるわ。」

「つまり、爆破も撃ち合いもなし、ってことか」

「そう、この作戦の目的は2つ、1つは緊急信号が発せられたとき、いかに早く駆けつけられる位置に
いるかってことよ。上で本隊の強襲が始ったとき、真っ先に救援に向かう役ね。
2つ目は、爆撃までに緊急信号が発せられなかったとき、
・・・・・あんた達が発信機のスイッチを押すのよ」

「あらら、ひでえなあ、味方を騙しにかけるのかい」

「やれやれ、マフィアの親分は考えることが、えげつない」

「信号があれば、本隊が囮、信号が無ければ、俺達が囮か」

「どっちに転んでも、強襲部隊のみで、半分以上は出番無し、って、連中が知ったら怒るだろうな」

隊員たちの言葉は非難していても、口調に異議があるようすは無い。むしろ状況を楽しんでいるようだ。

「いい、この作戦は隠密性が命よ、通信は有線で確保しなさい。また、敵に察知されたところで作戦は失敗。
後は力押ししかないわ。正規軍が展開したところで、あんた達は撤収しなさい。」

「OK、じゃ、そろそろ行くか」

誰が言ったか分らないが、その一言で全員がぞろぞろ倉庫を出ていき、各小隊毎、別々の方法で出発して行く。
とても軍隊には見えない無秩序な出発だったが、敵味方から秘密で動くには都合がいい。

全ての役割分担は訓練中に終っていて、後は状況に合わせて、臨機応変に対応するだけだ。

隊員たちの出発を見送ったミサトは、自分の戦場である発令所へ向かって歩き出した。

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エレベータの降下する音と階を示すデジタル表記だけが、時間の流れを感じさせる。

広くもないエレベータの中で、3人の男に囲まれて、あたしは今まで来たことのない深部へ降りてきた。

エレベータが止まり、ドアが開くとホールには今までと違って完全武装の警備兵が銃を携帯して立っていた。
おそらく、ここが組織の中枢部分なのだろう。

「この先は制限区域になりますので、ボディチェックとIDカードをつけてもらいます。あちらの部屋へどうぞ」

女性兵士があたしに近寄ってきて、警備を引き継ぎ、エレベータホール横の小部屋へ案内して行く。

金属関係のものは探知機に掛けられ、着ているものまで脱がされてチェックを受けた。

幸いミサトからもらったピアスは外さすにいたら、注意を引かずにすんだし、発信機も、結わえた髪の毛の中に
隠してあるがあっさり見逃していった。

こういった経験が無くて訓練が不十分なのがうかがえる。

服装を整えて部屋を出ると、先ほどの面子が待っている。このまま通路を先に進むかと思っていたが

シュナイトと二人だけで別のエレベータへ乗せられた。警備兵達もこれより下には簡単に入れないらしい。

再びエレベータのドアが開くと、薄暗い通路が続いている。

シュナイトの後をついて歩いて行くと、ノルンの女神達がレリーフされた扉の前に出た。

「この先に我らの司令官がいらっしゃいます。本当にお会いしてお話したいだけだと申しておりますので、
そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ」

あたしは、敵の司令官に会うということで、余裕が無くなって真剣な顔になっていたのだろう。

こんな奴に見透かされたことの方があたしにとっては屈辱だった。

インターフォンで来訪を告げると、意外とスムーズに扉が開いた。

部屋は割と広いが薄暗く、実験設備のようなものも置かれていて、とても司令官の室とは思えなかった。

中央には、見覚えがある試験管みたいなチューブがあるユニットが置かれていて、左右の設備からは
水槽からでるような泡の音が聞こえる。

「それでは、司令官達との会合をお楽しみください。惣流・アスカ・ラングレーさん」

「なっ」

シュナイトの声がする方へ振り返ると、閉じ始めた扉の向こうで、いつもの笑いを浮かべて彼は立っていた。

・・・しまった。罠?・・・

すかさずシュナイトへ向かってダッシュするが、扉が閉まる方が早い。

あたしが、たどり着く前に扉は完全に閉まってしまった。

辺りを見回して開閉スイッチを探すが見当たらない。この扉は出入りする人が開閉するのではないようだ。

すでに正体は、ばれている。すぐにでも脱出したいが閉じ込められた。

髪を解いて発信機を取り出し作動させる。ここから信号が届くか疑問だが、全く何も無いよりはましだ。

すっかり後手に回ってしまったことに血が昇っていたが、冷静に考えると、おかしな扱いだ。

こんな回りくどいことをする必要などまったくない。

何か利用価値があると考えての処置だろうが、人質にするならスタンガンでも持ってくればいいし、
尋問なら自白剤が有効だろう。

単に奥詰まった部屋に閉じ込めておくなら、営倉あたりで十分だ。

彼らの意図が読み取れず、悩んでいると、奥の方でドアが開いて誰かが入ってくる音がした。

・・・まさか、本当に司令官が話そうって言うの?・・なんのために?・・・
・・・あたしを仲間に引き込もうとでも思ってるのかしら?・・・

身構えて音のする方を凝視していると、近づいてくる人物の白衣姿が、薄明かりに見えてくる。

白衣をみるとリツコを思い出すが、彼女よりも小柄のようだ。顔はまだ暗くて分らない。

近づいてくる毎に輪郭がハッキリしてくる。

・・・うそ・・・なんで?・・・

「ひさしぶりね。アスカちゃん」

・・・その声はやっぱり・・・

To be Continued.
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まいどお世話になります。@赤い羽です。
結の章に入りました。次の8話で話は完結し、その後、エピローグが少し付きます。

それではまた。

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