碇シンジという少年の決断。
「君達には未来が必要だ」
フィフス・チルドレン、渚カヲル。初めて自分を好きだと言ってくれた人。
シンジの親友。
そして・・・・
人類を滅ぼす存在、使徒だった・・・。
「ありがとう。君に会えてうれしかったよ」
長い沈黙の後、
第17使徒の首は、
LCLの波打ちの中に消え落ちた。
「今、崩壊の時」
巨大な湖と化した、第三新東京市の一部を見るシンジ。
すべては終わったはずなのだ。使徒と呼ばれた人類の敵は、彼の手で殲滅された。
だが、
本当にそれで良かったのか?
渚カヲル。彼は自分のことを好きだと言ってくれた。その彼は、自分の手の中で死んだ。
使徒であったとしても親友ではなかったのか?
それを殺してしまった自分は・・・
シンジは再び悩み始めた。
自分は、何故エヴァに乗るのか?
彼は、答えの出ることのない迷宮の中を彷徨い続けていく。
ネルフ本部内の病院。
303号病室。
そこには、少女が眠っていた。
セカンド・チルドレン。惣流・アスカ・ラングレー。
長く、絹のような栗色の髪。宝石でもその輝きに劣ってしまうほどの蒼い瞳。
彼女は、今、自分の世界の中に閉じこもっている。
シンジは、ここへどのようにして来たか覚えていない。
気がつくと、同僚であり同居人であったアスカが横たわる、白い何もない空間にいた。
室内には彼女と現世を結ぶ、規則正しい電子音だけが響いていた。
「ミサトさんも綾波も恐いんだ・・・
助けてよアスカ」
絞り出すような声で彼は、自分の心を吐露した。 彼らの保護者であった葛城ミサトは、何日も家に帰らない。
綾波レイ・・・彼女は、初めて会ったころのように冷たい表情で彼を見る。
シンジを助けるような存在はどこにもなかった。
「またいつもみたいに僕を馬鹿にしてよ・・・
ねえ、アスカ!・・・なんで何も答えてくれないんだよ・・・」
いつしか彼の呟きは嗚咽に変わっていた・・・。
今のアスカでは彼の助けにはなれなかった。彼女から聞こえてくるのは、寝息だけ。
シンジは彼女の病室をあとにした。
廊下では、看護婦や医師が忙しく動き回っていた。
待避命令が出ているらしい。多くの病人はほかの病院へ移されるそうだ。彼女、アスカをのぞいては・・・。
「何をしようとしているんだ・・・父さん」
「おい、シンジじゃないか?」
突然声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、かつてのクラスメイト・相田ケンスケだった。そして側には小学生位の少女がいた。
「ケンスケ・・・。どうしてここに?」
シンジの表情に自然と安堵感が現れる。
「ああ、ここにトウジがいるんだ。だけど待避命令でね、長野の方へ移ることになったんだ。オレはその手伝い」
「そうなんだ。そっちの子は?」
可愛らしい少女だった。
「始めまして。碇さん。私、鈴原ハルミです」
「トウジの妹だよ」
シンジは絶句した。かつてシンジのミスで傷つけてしまったのが彼女である。シンジは彼女を直視できない。 彼女だけでなく、シンジはトウジをも殺しかけてしまったとうい負い目を抱えて。
「碇さん・・・兄に会っていただけませんか?」
「えっ?」
それは彼女の、あまりにも唐突な申し入れだった。 彼女は彼を罵るどころか、心配な表情すらしている。
「そうだよシンジ、トウジに会えよ。お前あれから一度も来てないそうじゃないか」
ケンスケはシンジの体を押す。
「う、うん・・・」
三人は、705号室に向かった。
トウジは椅子にすわって空を見ていた。失った左足は義足になっている。
ガチャリ
トウジは背後に人の気配に気付いて、振り向いた。
「シンジ・・・」
「トウジ・・・ごめん」
シンジはそれっきり何も言えなかった。
「ハルミ、ケンスケ・・・すこし外におってくれるか?シンジと二人で話させてくれ」
「お兄・・・」途中でケンスケが止めて、ハルミを連れて外へ出た。
沈黙。
向かい合うようにして座った二人は、一言も発さずお互いを見ていた。
「・・・なあ、シンジ・・・何があったんや?話してくれへんか・・・」
トウジは何も変わらない彼らしい調子でシンジに問いかけた。
そしてシンジは語った。今までに起こったすべてを・・・
エヴァに取り込まれたこと、
綾波のこと、
アスカのこと、
カヲルのこと・・・。
「そうやったんか・・・で、シンジは何を悩んどるんや?」
シンジはハッとなった。
「何故・・・」
「ハッ、そないに辛気くさい顔しとって何も悩んでへん方がおかしいやろが。どうせシンジのことやから、ウジウジ独りで悩んどるんやろ?ワイに話してすっきりせい」
「トウジ・・・ありがとう。
僕は解らなくなったんだ。なんでエヴァに乗って戦うんだろう?
トウジを傷つけて、カヲル君を殺してしまって・・・
僕には乗る資格がないんだ。何も知らない僕には・・・。
でも行くところがなんだ。ミサトさんもアスカも綾波も・・・
父さんはまだ何かしようとしている。
また僕は・・・・」
シンジは肩を落とした。
「・・・シンジ・・・。ワイはな、ハルミやいいんちょを守りたい、そう思ったから乗ったんや・・・。
なぁシンジ、お前には守りたい人はおれへんのか」
トウジの表情は険しかった。
「解らない・・・」
トウジは一息ついて、こう続けた。
「おまえ、惣流のことどう思っとる?」
「えっ?アスカのこと・・・」
戸惑、シンジは顔を上げて、トウジを見た。
「いいんちょに聞いたんやけどな、惣流はおまえのこと好いとるかもしれへん。
授業中な、あいつ、自分では多分気付いてへんだろうけど、おまえのこと見とるんや。
いいんちょが尋ねたら必死に否定しとったけどな」
「アスカが・・・僕のことを・・・」
「惣流を守ったらんかい。シンジ、男は女を守ってこそ”オトコ”なんやで」
トウジは歯を見せて笑う。
シンジは感謝した。こうした親友がいてくれたことを。
「トウジ、まだ僕はエヴァに乗れるか解らない・・・。
でも・・・前に進めた気がするよ」
少しだけ晴れやかな笑顔になってシンジはトウジに言う。
「がんばれや。それですべてが終わったら、ワイらの所へ来いや。待っとるで。
・・・それから外で聞き耳たてとる二人!もうええで」
ケンスケとハルミは赤い顔で入ってきた。 シンジは何日かぶりに心から笑った。
黒い石版に囲まれた部屋。
ゼーレとネルフ。今、決別の時がきた。
SEELEと書かれた数枚のモノリスと、中央に中年二人。
手を鼻の前で組み、そのポーズを崩さないネルフ司令・碇ゲンドウ。
その傍らで立つ同副司令・冬月コウゾウ。
「人は新たなる世界へと進むべきなのです。 そのためのエヴァシリーズです」
ゲンドウの声が暗い部屋に響く。
「我々は人の形を捨ててまで、エヴァという箱船に乗ることはない」
「これは通過儀礼なのだ。閉鎖した人類が再生するための」
「滅びの宿命は新生の喜びでもある」
「神もヒトもすべての生命が『死』を持ってやがて一つとなるのだ」
ヒトでなくなったゼーレメンバーの冷たい声。愚かな、とゲンドウは思う。
「死や滅びは何も生みませんよ」
それはゲンドウの、ゼーレに対する明確な反抗だった。
「死は、君たちに与えよう」
キール議長の言葉を最後にモノリスがすべて消えた。
そこにゲンドウと冬月が残る。
「ヒトは生きていこうとするところにその存在意義がある。それが自らエヴァに残ったユイ君の願いだからな」
その言葉にゲンドウは答えなかった。ユイの願い・・・それは少しだけ形が違うことを、彼は知っていた。
「冬月先生、あなたのお力をお借りしたい」
ゲンドウは静かな調子でそう言った。
その前日。
自分の寝室で、ゲンドウは眠っていた。
深い深い、眠りの中に・・・。
彼を呼ぶ声。それはゲンドウにとってすべての記憶と邂逅させるに十分だった。
「ユイ・・・」
「何故なんだ、ユイ・・・。オレは君に会いたいだけなんだ」
「シンジか・・・。あれはきっと私を父親とは認めてはくれまい・・・」
一瞬寂しげな表情をするゲンドウ。
「だが・・・」
「ユイ・・・」
ゲンドウは何も言えなくなった。
「待ってくれ、ユイ!オレは君以外の人間に愛されるとは思えない。
ユイ、オレを独りにしないでくれ!」
情けないほどに弱々しくゲンドウは言う。
そこでゲンドウは目を覚ました。
「・・・ユイ・・・
未来を、か。
できるだろうか?こんなオレに。ユイ」
朝靄が、箱根の山を包んでいた。
静かな景色である。第三新東京市に、人の住む気配は少ない。前日までにほとんどの住人が待避していた。
今ここに残っているのは、ネルフ本部の職員のみである。
そして、ことは唐突に幕を開けた。
第二発令所の主モニターが赤く染まり、けたたましくエマージェンシーを鳴らす。
『EMERGENCY』の文字がモニターすべてに表示された。
「すべての外部端末からデータ侵入! マギのハッキングを目指しています」
青葉シゲルはあわてた口調のままそう報告する。
「うろたえるな、青葉君。 侵入者は松代のマギ2号か?」
至って冷静な冬月。
「い・いえ、少なくともマギタイプ、5。ドイツと中国、アメリカからの侵入が確認できます」
「ゼーレは総力を上げてきているな。彼我戦力差は1対5、分が悪いな。 赤木君がいればあるいは・・・」
冬月の言うまでもなく、赤木リツコは今なくてはならない存在だった。
いち早くゲンドウが動いた。
監禁室で独り暗がりの中で座る女性。赤木リツコである。
「・・・解ってるわ。マギの自立防御でしょ」
「ああ。詳しく話している時間がない。赤木君、すぐに来てくれ」
「必要となったら捨てた女も利用する。つくづくエゴイストな男ね、あなたは」
リツコは入り口で逆光となって見えないゲンドウを睨みつけた。
「・・・許してくれとは言わない。だが・・・未来の為だ。 ことが終わればオレを殺すなりすればいい。
・・・急いでくれ、赤木リツコ君」
「碇・・・司令・・・」
表情までは解らなかったが、リツコはゲンドウの変貌に驚いた。そして、彼女は発令所へ走った。
マギの第666プロテクトの完成。
それにより状況は一時好転した。
「碇、予想通りだな」
冬月はゲンドウに小声で言う。
「ああ。だがゼーレはこれで直接占拠をねらってくる」
「そのために私を動かしたのだろう?どこまでも食えない男だ」
二人はニヤリと笑いあった。
下では親友の再会があった。
「どういうこと?リツコ」
「話はあとよ。あなたも薄々気付いてるんじゃなくって?これから起こることを」
「本部施設の直接占拠ね」
「ええ、そうよ」
葛城ミサト、赤木リツコ。その再会を手放しに喜べるほど、状況は生やさしくない。
戦略自衛隊が動き始めたという報告があったのは、その数十秒後のことだった。
「状況は!」
ミサトが叫んだ。
「さすがは戦自ですね。エヴァの占拠を狙ってきています!」
日向マコトが振り向いて答える。 主モニタにはネルフ本部を目指す光の点が、移動していた。
「にしては数が少なくない?」
「そうですね。一個師団は投入してくると思いましたが・・・」
「・・・そうも言ってられないわね。パイロットは至急エヴァに搭乗させて!」
「しかし、アスカは未だエヴァとのシンクロは回復していません」
と伊吹マヤ。
「あそこで寝かせておくよりかはマシよ。急がせて。 シンジ君とレイは?」
「ダメです!共に消息が掴めません!」
ミサトの顔から血の気が引いた。
「殺されるわよ!捕捉急いで」
その様子を見ていたゲンドウは席を立ち上がった。
「冬月先生、キール議長の所在は?」
「既に彼が押さえているよ。まさか碇、自分の手で決着を付けるつもりか!」
「そのつもりです。
ユイの願いですから。
この手でかたを付けてきます」
「碇・・・死ぬなよ」
ゲンドウは振り向かなかった。
シンジは、その動きを察知していなかった。
騒がしくなる、ネルフ本部付近。 嫌な予感がした。シンジの背中を駆け抜ける悪寒。
そして、アスカの悲鳴が彼の耳に響く。
シンジは自然と脚を早めた。彼には強い意志が生まれていた。
『目にかかる人々を守りたい。何より彼女を・・・自分の手で、守りたい』
その為には降りかかる火の粉は払わなければならない。
たとえその結果、誰かを傷つけることとなっても・・・。
「アスカ・・・みんな・・・今行くよ!」
シンジは初号機ケイジを目指す。
発令所は、慌ただしく動いていた。戦自の侵攻をくい止める為、通路に硬化ベークライトが注入される。
「葛城さん!シンジ君を発見!安全な経路をさがしながらケイジへ向かっているようです!」
ミサトは自分の銃を確認すると、
「ごめん、リツコあとよろしく」
というと、発令所を離れた。
シンジは倒れていたネルフ職員が持っていたマシンガンを持って、なるべく戦自の人間がいない経路を選びながら、ケイジへ向かっていく。
「アスカ・・・」
彼の口から漏れる呟きは、先ほどから変わらなかった。
彼のゆく道には死体が折り重なっていた。目を覆いたくなるような惨状だ。
だが、シンジは顔を背けながらも進んだ。
「いたぞ!サードだ!」
「しまったっ」
戦自の隊員5人が、シンジに迫っていた。足を踏ん張ってマシンガンを撃つ。
だが相手はプロだ。いくらパレットガンを撃ち慣れているからとは言え、そうそう当たるものではない。
「このガキッ!!」
戦自の隊員の銃が火を吹かんとした時。
ミサトがその隊員を撃った!
「シンジ君!」
「ミサトさん!」
二人が顔を見合わせる。
「大丈夫、シンジ君」
「はい。それよりミサトさん、僕を初号機ケイジへ連れてってください!急いで」
「シンジ君・・・」
「誰も死なせたくないんです。ミサトさんも父さんも・・・アスカも!」
シンジの顔は見違えるほど変わっていた。自信と決意に溢れた表情。 それは、彼女の愛する不器用な男に似ていた。
「解ったわシンジ君。私についてきて。離れないようにね」
「はい!」
少年と女性は、どちらとも無く走り出した。
初号機ケイジまで、残り半分の所まで来た。
ここに来て、戦自の配置人数が激減した。ミサトは不振に思い、携帯で発令所と連絡を取った。
「聞こえる?日向君」
『はい。良好です』
『ミサト?わたしよ』
リツコが通信を取った。
「リツコ、状況は?こっちの人数が減ってるみたいだけど」
『弐号機が起動したわ。アスカが戦自の航空隊と戦闘中よ。多分その所為じゃないかしら』
「アスカが?!」
『そっちはどうなの?』
「こっちはシンジ君とケイジに向かってるわ。急いでシンジ君も上げるわ」
『急いで。病み上がりのアスカ独りじゃ、この先辛いわよ』
「・・・秘密建造中だったエヴァの投入があり得るワケ?」
『十分予測しうる事態だわ』
冷静に聞こえるリツコの声も心なしか重かった。
「了解。そっちはよろしく。 聞いたわねシンジ君。行くわよ」
再び走り出す二人。
地上では、航空隊と獅子奮迅の戦いを繰り広げる、弐号機の姿があった。
圧倒的な強さだ。
「アンビリカル・ケーブルがなくったって!
こっちとらには1万2千枚の特殊装甲と!
ATフィールドがあるんだからぁっ!」
弐号機のATフィールドが宙を舞い、戦自航空機を破壊していく!
「負けてらんないのよっ」
背後から撃ってくる敵を殴り落としつつ、体制を反転させる。
「あんたたちにィィィィ!!!」
踵落としで一機撃破!
「忌むべき存在のエヴァ。
またも我らの妨げとなるのか。
やはり毒は毒を持って制すべきだな」
遙か上空に、ステルス型輸送機が飛んでいる。
その数、9機。
一様に同じ形状のものを運んでいる。
編隊を変えると、その輸送物を切り離しにかかる。
ねじ込まれる、赤い筒状のもの。
忌まわしきエントリープラグ、ダミープラグ。
そこには確かに「KAWORU」と記されていた・・・。
切り離されたものは、白い羽根を広げると、N2爆雷によって露出したネルフ本部へ降下する。
そこではあらかた戦自を片づけたアスカと弐号機がいた。
輪状になり、その上を旋回する9体の白いエヴァ。
アスカは目を大きく見開き声を上げた。
「エヴァシリーズ?!・・・完成していたの」
旋回を続けるエヴァシリーズ。それはさながら黙示録にあるような、終末の瞬間のようにも見えた。