第3話

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戻れない日々   第3話    赤い羽

2006/04/23 初稿
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「お先に失礼します」、

就業時間が終わり、オペ専の子達が帰ってゆく。

「お疲れ様でした」

技術スタッフの面々も当日のノルマをこなして順次帰路についてゆく。

技術部門の残業とは在って無しのごとく、ごく当たり前に行われている。

あたしは、今日のデータの解析に手間取り、同僚が帰ってゆく中、一人黙々と
キーボードを叩いていた。

気づくとすでに深夜になっていて、スタッフルームには、あたしとチーフしか居ない。

あたしも帰り支度を整えて、チーフの所へ声をかけに行くと、彼は机の上に乗せている
家族の写真を手にとって眺めていた。

「チーフ、お先に失礼します」

「あ、おお、こんな遅くまで、いつもすまないね」

「いいえ、丈夫が取り柄ですから、ご家族の写真ですか?」

チーフの家族はすでにいない。事故か何かで奥さんと子供を亡くしたそうだ。

そのことを他の人から聞いて知っているが、この辺が人間関係の難しいところだ。

こうして人前で眺めているのは、本人も聞いてもらいたいという気持ちの表れらしい。

すでに一回聞いている人は2度と同じ話をしないから、新人で、且つ、
他に人のいない今夜なんか、あたしに話すにはうってつけの日だろう。

「ああ、そうだよ。妻と子供達だ。もう10年も会っていないんだよ」

「そうなんですか」

「すっかり、放ったらかしで仕事ばかりだからね、子供には嫌れてるよ
妻も電話をすれば愚痴ばかりさ」

・・・!

あたしは、不審と哀れみをかろうじて隠した。寂しさのあまり、チーフは
おかしくなっていると思ったからだ。

心の動きとは不思議なもので、辛くて本当に認められないことは、自分自身でさえ欺く。

その部分だけ、自分に都合のよい、つじつまの合う形に置き換えてしまい、
決して疑わない。傍から見てどんなに不自然でもだ。

チーフの心の中には、妻子が生きてる事になっているのだろうか。

あたしの調査で、チーフは組織のメンバーということが分っている。

一般職員とは別のルートで指示を受けているが、あまり重要なポストではないようだ。

一種の現場監督という位置付けだろう。具体的指示は送られてくるが、
組織の情報が極端に少ない。

職場では有能だし、人格的にも温和なチーフがなぜ組織の一員なのか不思議なのだが
それとは関係なく、単に気の毒に思って話をあわせる。

「それは大変ですねえ、寂しいでしょうね。」

「ああ、でも、この仕事が終れば皆に会えるんだよ。こんなになってしまった私に
あいつらは驚くだろうなぁ」

・・・なにか変だ。・・・

どこか遠くを見つめるように、思いにふけっているチーフへ愛想笑いを浮かべて見
ていたが、あたしは、今のチーフの言葉にひっかかりを感じていた。

自分を偽った心は、その真実が暴露されそうになることを無意識に避けようとする。

彼のように、真実が明らかにされかねないような考えを自ら持つだろうか?

「や、すまないね、遅いのにつまらない話で引き止めて」

あたしが、妙な顔して見ているのに気づいて、早く帰宅したいのだと思ったようだ

挨拶をして、スタッフルームを後にするが、頭の中はさっきの会話が、
気にかかってしかたがない。

何かと繋がっているような気がするが、それが何か分らない。

町の中を歩いて帰るとき、シアターの横を通りかかる。

ハリウッドの新作の看板がでかでかと掲げられていて、等身大の看板が
置かれている。

題名は知らないが、どうやらオカルト系の映画らしい。

相変わらす、スプラッタなものが好きなお国柄だ。

看板には、血まみれで内臓がはみ出している死体が、墓からでて女性を襲う場面が
描かれていた。

・・・バッカみたい。こんなことあるわけないじゃ・・・・

ーーーー!・・・ありうる。・・・・

神に匹敵する力があれば、人の生き死にさえ操作できる。

現にあたし達はそうして再びこの世界で生きているのだから。

だが、過去に亡くなった人さえも甦らせることが可能だろうか。

3thインパクトの時はLCLという生命の元があり、その中でまだ個々が意識を
持っていたから再び戻ってくることが出来た。

時間がたてば、意識もひとつに混ざってなくなっていただろう。

・・・イメージの伝達・・・まさか・・・

考えすぎだろうか、自らの心に住む相手のイメージでその人を構成する。

もしそれができるならば、クローンによって理想の相手が出来上がる。

自分が思い描いた通りの相手が。

でも、そんなの人じゃない。

自分自身でさえ分らないのに、相手の心の奥深くに何があるかなんて見当すらつかない。

それを勝手に自分のイメージだけで作り上げても、きっと、いつかは耐えられなくなる。
自分が求めた本当の相手でないことに。

そんなことさえ判らないような人たちじゃない。

・・・きっと、まだ何かあるんだ。・・・

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あの店の一件以来、ルーは顔を見せない。報告の受け渡しも、どこそこへ置けとか
投げ込めとかの連絡が、いろいろな方法で帰ってくるだけだ。

あいつは絶対、人に顔を合わすの避けているに決まってる。

あたしがどんなに怒っているか、わかって逃げているのだ。

休日にあたしのマンションの近くのオープンカフェで久しぶりにルーを見かけた。

なんでこんなところにいるのか、わからないけど、この前の貸しを取り立てる
二度とないチャンスだ。

『ふふふ、待ってたわよ。さあ、あたしの財布から奪っていったキャッシュを返しなさい。』

『そして、あれから、あたしがどんなにつらく苦しかったか、思い知らせてあげるからねぇ』

そーと影から近寄ることにする。

・・・この一月の困苦をどうやって、あいつに思い知らせようか、きっと世に言う
ダイエットとはああいうものなのだろう。・・・

お肉料理は一切なし、あたしの大好きな、ハンバーグもステーキもカルパッチョも
甘いものだって パフェでしょ、ケーキで、タルトで、・・・あぁ!思い出しただけで
よだれの海に沈みそう。

ウェイトトレーニングは欠かせないから、本当につらかった。

おかげで、体脂肪が落ちてスレンダーな体になってしまったわ。

胸も腰も一回り小さくなっちゃったじゃない。どうしてくれんのよ

物陰を移動しながら近づいてゆくと、ルーはだれかと向かい合って暢気にコーヒーなんか飲んでいる。

あたしがオペ専の子とお茶さえできなかったのに。

相手の人には申し訳ないけど、ここで締め上げてやらないと気がすまない。

どうやら、デートの相手というわけではなさそうだし、たとえそうでも、あたしの知ったこっちゃないわ。

相手の人は、長い髪の大柄な女性のようだ。年はそんなに若くないだろう。

まだ距離があって、厚く着込んでいるから、細かくわからないけど、なんとなくおばさんって感じがする。

うっ、ルーがこっちを見た気がする。気づかれたかしら。なにやら相手に一言話しているようだ。

相手がこちらを振り向いて、大きなサングラスをずらすと・・・あれは・・・ミサト!・・・

なんでここにミサトがいるの?

あ、二人とも立ってカフェから別々の方へ歩いてゆく。くやしいけど、この際ルーは後回しだ。

目立たないように、距離を開けてミサトの後を付いてゆこう。

角をいくつか曲がって、ちいさな室内型の駐車場へ入ってゆく。あたしも、少し間を空けて
中へと入った。

わずか10台くらいの駐車スペースの一番奥に、ミサトが立っていて、あたしが入ってくるのを
確認すると、そばの車に乗り込む。

あたしも、急いで駆け寄って、助手席に滑り込んだ。

「どう、元気にしてた?」

「ミサト、どうしてこんなところに?それよりいいの?監視とかに引っかからない?」

「この周辺は調査済みなの。この町にあるのは一応普通の企業だから施設内はともかく、
街中まで、そんなに監視システムを設置してないわ。若干の人も配備しているし、
何か動きがあったらすぐにわかるわ」

「そう、よかった。でも直々にミサトがくるなんて、なにかあったの?」

「あら、元保護者が心配して様子を見に来ちゃいけない?」

「ミサト・・・・」

ミサトは本当に暖かい。緊張の連続のあたしを思いやって息抜きにきてくれたんだ。

ミサトは人の思いと苦しみを経験してひと回りもふた回りも大きくなった。

相変わらす情に流されやすいけど、それでも自分の立場を省みず人の立場に立って最善を
考えてくれる。

まあ、ボディもそれに比例して大きくなっているけど。

車が駐車場を滑り出て、郊外に向かって走り出す。今日は安全な場所で、あたしにランチを
おごってくれるそうだ。

ランチと聴いた瞬間にあたしのおなかの虫が鳴きだして、ミサトに笑われた。

「ふふ、だいぶルー君には振り回されているみたいね」

「あいつたら、ひどいんだ、あたしの食生活を台無しして、その上変なうわさまで流したんだから」

あたしが、あのあと死に物狂いで探し回っていたことを、どこかの子に聞いたルーは
その子に向かってとんでもないことを言ったそうだ。

「アリスちゃんも綺麗だけど、ちょっときつくてねぇ。一晩つきあってあげたら
下僕あつかいってのは、おいら勘弁してもらいたいよ。それより今晩どう?」

それを聞いた子が友人たちに触れ回ったらしい。

しばらくして、あたし宛に妙な問い合わせと、うわさが立ち始めた。

『アリスお姉さまと呼んでいいですか?』とか

『僕を下僕の一員にしてください』とか、その他にも

『ルーさんてどんな感じでしたか?詳しく教えてください』などの、

明らかに何か勘違いしているメールが入ってきて、あたしがそれを個々に否定して回ると、
今度は、”人には言えないくらい激しいらしい”と勝手に想像したうわさが出回りだした。

おかげで、職場のスタッフは引きまくってるし、周りの子はユリになってくるし、散々な目にあった。

「ぷっ、くくっ、アハハハハ、ハアッ、ハアッ」

「なによ、ミサト、そんなに大笑いすることないじゃない」

「ハアッ、ごみ~ん、あんまり面白かったから、つい。でも、そういう関係と見られているなら、
お互いに接触してても不審に思われないですむわね」

「え、じゃ、ルーはそんなとこまで考えて」

「それはないわ、あれは地なんでしょう。ただ、そういう一面もあるってこと。さあ、着いたわ」

ちょっとしゃれた感じの小さなレストランで、あたし達はランチとおしゃべりを楽しんでいた。

”なんでも好きなものを頼んでいいわよ”、というミサトの好意に甘えて、テーブルの上には
好物がズラリと並んでいる。

・・・ううっ、苦難に耐えて、生きててよかった。・・・

あわてて、かっ込むあたしをみて、ミサトはため息をつく。

「アスカ、料理は逃げないから、もう少しゆっくり噛んで食べなさい」

「だっ(うぐ)て、ひさしぶ(がば)りの、まともな(ごく)食事なんだから」

ガツガツガツ、モリモリ、ムシャムシャ、ゴックン、ハア~。

一通り食べ終わって人心地つくと、留守中の出来事を聞いてみた。

あれから、部隊には大きな作戦が無く、比較的平穏無事に過ごしている。

ヒカリのところでは、数日前に子供が生まれて大騒ぎらしい。女の子だそうだ。

「あのさ、ミサト」

「ん、なあに」

「あたしから、直にヒカリへお祝いのメッセージ送っちゃまずいわよね」

過去の経歴を詐称して、潜入捜査している最中だ。

偽装がばれる可能性は最大限避けるべきなのは分っている。

でも、大切な大親友のお祝いを人伝でなく、自分の言葉で送りたかった。

「さすがに、電話はねぇ。でも、メールなら転送を設定しておけば、何とかなるわよ」

「ほんと、ミサト!」

「アスカの出身は第2新東京市ってことになってるから、不自然ではないわ。
ただ、本格的に調べられるとバレちゃうから、せいぜい1,2回程度で我慢してね」

「ありがとう、ミサト」

転送用のアドレスは、後日連絡してくれることになった。

ヒカリの方へも自分が極秘の任務に就いていることを話して、偽名で送ることを
伝えてくれるようお願いした。

楽しい話題ばかり続かない。いよいよミサトは本題の情報交換に入る。

「この前、あったイメージ伝達の件、あれはかなり難しいようよ」

「人一人を形成するのに他人のイメージでは絶対量が足りなさ過ぎるわ。
大体人のイメージなんて曖昧で誇張されていたり、省略してるから、そんなので
作ってもロボットみたいな反応しか返せないらしいわ」

やはり、イメージ伝達による人の創生が組織の目的ではないのだ。

「でも、人格形成の方向付けはできるようよ。」

「それってどういうこと?」

「つまり、人が生まれてから色々な経験を重ねて人格ってできているでしょう
その中には、個性ってものがあって、同じ状況でも反応が違うし、得られた経験も
違うわ。
その最初の部分に大人になったときのイメージを与えてやると、かなり近い
性格にすることができるみたい」

「じゃあ、最初に方向付けしておいて、同じ経験を与えてやれば・・・」

「似たような人になるでしょうね」

一瞬これかと思ったが、チーフの”この仕事が終われば”という情報と合致しない。

経験を与えるといっても人の記憶が残っているわけではないのだ。

気長に同じ状況を作り出すにしても、手間隙かかりすぎる。

「そう、あんまり意味のないことだったのかな」

「まだ、わかんないわよ。あ、それから、時間軸の話なんだけど、
あっちの方は可能性があるのよ、但しエネルギー量が桁外れなんだけど」

ミサトの話によると、局所的にビックバンに匹敵するエネルギー量を持って、
時間を逆転することが可能だそうだ。

この時空はビックバンによる光の拡散が始まったときから、時が刻まれている。

光の速度が時間を決めていて、物質が光の速度に近づくことにより、その物質の時間は遅くなる。

たしか、相対性理論だったはずだ。そして光はエネルギーだ。

ならば時空を破るほどのエネルギーを集中させることによって時間を操作することも
可能ということはわかる。

ただ、それをどうやって発生させて制御するか。エヴァによるA・T・フィールドで
発生し制御できるだろうか

ミサトもそこまでは分らないとのことだった。

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楽しい時は過ぎるのが早い。そろそろミサトも帰らねばならない。

忙しい中をやりくりしてきてくれたミサトには、本当に感謝の言葉もない。

車に乗って街中に戻る途中、ミサトが封筒を手渡す。

中を見ると結構な額のキャッシュが入っていた。

「ミサトこれ?」

「現金はその場の行動範囲を広げるわ。常に持ってなさい。但し、無駄遣いしないこと。
きちんと返してもらうから、必ず帰ってくるのよ。」

ううっ、ミサト本当にありがとう。これで少しはましな生活ができるわ。

「それから、近々ルー君がなにか仕掛けるから、データの監視はまめに行ってちょうだい」

「了解、何かあったら報告を送るわ」

ちょうど、捜査も行き詰まっていたところだ。なにか動きがあれば、そこからは進展しやすい。

あたしのマンションの近くまで送ってもらって、ミサトとは別れた。

このとき、あたしはルーの仕掛けが、任務の大転機になるとは思いもしなかった。

To be Continued.

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まいどお世話になります。@赤い羽です。

大変申し訳ございません。前言を撤回いたします。4話で終わりません。

この3話もプロット上は2話の終わり部分に当たります。

ここまでで、起承転結の承です。

つぎから、事態が急展開して行きます。組織の目的とか、

アスカとルーの関係も明らかになってゆきます。

まだ、駆け出しの悲しさか、分量が全く読めず、だいたい10~15kBをくらいを

目安に載せているので、こんな結果になってしまいました。

あまり怒らず、気長に読んでいってください。

できましたら、ご感想をお聞かせください。

ではまた。

novelai2000@yahoo.co.jp