第3話

少年は虚空に手を伸ばしてでも理由を欲した
砕けるまで戦うための、その理由を
自分の大切な物を守るため
自分を愛してくれる者を守るため

少女は絶海に身を捧げてでも理由を欲した
溺れるほど愛するための、その理由を
明日が悲しくならないため
ありったけのその想いを投げつけるため

瀕死の「太陽」が大空の西に姿を消して
東から絹ずれの音を立てながら「夜」がやってくる
この世界の果てで

やさしき「月」が天空で人の心をうつしだし
東から鏡を覗き込むように「朝」が訪れる
この世界の果てで

 


 

その日、シンジは一ヶ月以上ぶりにマナの所属する基地の司令室にいた。
お茶とお煎餅と司令を目の前にしていて不思議な感覚にとらわれていた。
「だいぶ調子が戻ってきたようだね。」
「ええ。」
「霧島君のおかげ、かな?」
「え、ええ。」
シンジははにかんだ様子を見せていた。
そんな彼を見て司令はうらやましがる。
「若いっていうのは、いいことだね。」
そう言って司令は窓際の席から、外を見た。
シンジと同じぐらいの年齢の少年少女達が暑い中トレーニングに精を出していた。
その中にマナの姿もあった。

「ねえシンジぃ。今日基地の方に来てみない?」
その日の朝、朝食後シンジはマナにそう言われた。
シンジは即答した。まるでそれ以外の答えは知らないかの様に。
「いいよ。僕はここにいるよ。」
「そう。」
マナはちょっとうつむき加減になる。
シンジの心にちょっとした罪悪感が生まれる。
「せっかくシンジに私の勇姿を見てもらえると思ったのになぁ。」
「・・・・・・」
「新型のパイロットに選ばれ、今日初めて搭乗だけど・・・
ま、シンジがそう言うなら仕方ないわね。」
「・・・・・・」
「じゃ、私はいくから、掃除と洗濯とお買い物お願いね。」
「えっ?」
「夜も遅くなるかもしれないから、お米といでおみそ汁もお願いね。」
「ええっ?」
「おみそ汁はアサリ汁がいいなぁ、最近食べてないし。」
「・・・・・・
負けたよ、マナ。」
「そうこなくっちゃぁ! じゃあシンジも出かける用意してねっ。」
シンジはいとも簡単にマナのかけた罠に引っかかった。
こうして彼は2度目の基地訪問をすることになった。

それでもシンジは基地の中に入ろうとはしなかった。
フェンス越しに見ている、と言うのであった。これに関してマナはなにも言えなかった。軍の規律で関係者以外は立入禁止であったし、マナはシンジを基地の中に入れる権限など無かった。
シンジはマナを見送るとフェンスに寄りかかって基地の方を見た。
何人かがすでにトレーニングを始めていたようであった。うちの一人がシンジに向かってくる。
「おおっ! 碇君じゃないか。やっと遊びに来てくれたんだねぇ。」
シンジはとても意外なモノを見た。ジーパンにトレーナーを着てブーツを履いて走る司令官の姿など、一生かかっても見ることは出来ないだろう。
「し、司令・・・」
「ん?これか?運動はいいぞぉ、体と心が同時に鍛えられる。」
「そ、そうじゃなくって・・・」
「まあ、こんな所で立ち話もあれだから、お茶でも飲んでいかないか? 何だったら茶菓子もあるぞ。」
「・・・・・・」
あれよあれよと言う間もなく、シンジは基地の客人になってしまった。

—–

事の始まりは三日前、新型の機体が納入されたときであった。
マナが新型のテストパイロットの一人として選出され、司令室に呼ばれた。
「・・・・・・と言うわけで、これからもがんばってくれたまえ。」
「はい。」
敬礼するマナにシンジが来る前までの暗さはなかった。
あの時の一件以来、マナは同僚にいじめられることはなくなり、司令からも目をかけてもらうことが多くなった。何よりマナ自身が明るく変わっていったことが、彼女自身の立場をいい方向に変えていた。
「ところで、碇君のことだが・・・」
司令は若干言いにくそうに切り出した。
「ネルフの方では行方不明ということになっているらしい。」
「行方不明・・・?」
「そう。表向きはね。
だが、彼の乗る初号機とやらは完全凍結され、また彼に対する捜索隊も派遣されていない。」
「そ、それって・・・」
「導き出される答えは一つだ。彼はネルフに捨てられた、と言うことになる。」
マナは思わず息を呑んだ。
「そう言えば一回だけ聞いたことあります。『追い出された』って。」
シンジはさらにその後『逃げ出した』とも言ったが、マナはこのことは言わなかった。
「・・・そうか。あれほどの人材を捨ててしまうネルフの考えは分からないが、碇君のあの様は分からないでもないし、何とかしなくては、とも思う。」
「はい。」
「そこで、彼にこの基地の客人になってもらうというのはどうだろう?」
「・・・」
「彼にとって彼の居場所は現在君の所だけだが、それを広げる意味でもある。もちろん彼にパイロットになってほしいわけではないし、もしこちらからそう願い出たところでまず承諾はしないだろう。」
「・・・」
「客人としてならば、来てくれるかもしれないし、そうすれば彼の心は開かれるんじゃないだろうか、と思う。どうだろう、霧島君。彼を連れてきてはくれないだろうか。」
「努力してみます。ですが、一つだけお聞きしてもよろしいですか?」
「なんなりと。」
「なぜ司令は元、とはいえネルフにいた碇君に気をかけるのですか?」
しばらく考えていた司令はこう言った。
「碇君は・・・君もそうだが、これからを生きていかなくてはいけない人物じゃないだろうか。」
「セカンドインパクトから16年。我々はどうにかここまで復興した。だがそれもここまで。この後は新しい世代の人間がこの世界をつくっていかねばならん。」
「碇君はその新しい世代の守り手となるべき人間じゃないのか、と思っている。」
「はいっ。」
マナは自信を持って返事をした。
シンジが頼りにされている。
そのことは彼女にとっても喜びであった。
「ま、慌てることはないがね。私だってそんなに早く引退するつもりはないしね。」
司令官として普段見せない、はにかんだ笑みを浮かべた。
マナはこの司令のためにも、そして何よりシンジのためにがんばろうと思った。

—–

「あの・・・」
シンジはお茶を一すすりすると、司令に何か言いかけた。
「なんだい?碇君。」
「あの、今日新型がどうのって、マナが言ってたんですが・・・」
「ああ、そのことか。
今日は新型の初お披露目だ。それに霧島君も乗ることになっている。」
「戦うための道具なんですよね。」
湯飲みの中に浮かぶ自分の顔を見るシンジ。
「うむ。碇君の言うことは間違ってはいない。」
司令は渋い顔をしてそう言い、さらに言葉を続けた。
「だが、何も戦うためだけに使わなきゃいけないこともない。」
「どういうことですか?」
「見たまえ。」
司令はシンジを窓際に呼び寄せた。
シンジはそこでリフトを上がってくる新型の機体を見た。
全体的にグレーの塗装を施してあり、各機の腕のところには識別用のマークが入っているが、なんとそれは花のマークであった。そして丸みを帯びたフォルムは彼が乗っていた初号機のような禍々しさは全くない。
「あの、腕のところにひまわりのマークが入っているのが霧島君の機体だ。
どうだい?あれでもまだ戦うためだけの道具だと思えるかい?」
「い、いえ・・・あんまり戦うというイメージは・・・」
「そうだろう。
私はねぇ、あれが全部趣味の世界で使われ、終わってくれることを望むよ。」
シンジは驚いた。戦う道具を趣味だけで終わらす考え方など、今まで思いもよらなかったから。
司令はシンジに微笑みかけた。
「シンジ君、君が常に戦いと隣り合わせだった状況は判る。確かに男は戦わねばならんし、そのためには何かを犠牲にしてしまうこともある。」
「・・・はい。」
「だが重要なのはその戦いの先に何を見るのか、ということではないか、と私は思う。」
シンジははっとなった。戦う理由をこじつけたことはあったが、その先のことなど考えもしなかったから。

司令は窓の外にある空を見た。
「そうしてるうちに平和が見えて来るんじゃないのかな?
あそこに白い鳩がみえるように・・・・・・」
司令が指さした先には、確かに白い物が二つ飛んでいた。
しかしそれは鳩ではなかった。
「EVAだ・・・」
シンがそう呟くのと非常事態のサイレンが鳴るのと、同時だった。
それが長い長い一日の始まりだった。

「総員戦闘配置!
対空迎撃砲準備、第一及び第二飛行部隊はランニングテイクオフの後基地上空で戦闘待機、ロボット隊は武器格納庫へ! 急げ!」
サイレンを聞いた瞬間、司令は手早く指示を出した。
「あの白いのが攻撃を仕掛けてくるまでは手出しはするな! 私も急ぎブリッジに向かう。」
司令はそれだけ言うとブリッジに向かうために振り返った。
そこにはシンジの姿があった。
彼は迫ってくる白いEVAを見ていた。
見覚えのある機体だった。最後の戦いの時にアスカの乗る弐号機をずたずたにした奴だった。
「シンジ君、君はシェルターの方に向かいたまえ。非戦闘員が集まっているからわかるだろう。」
「だめです、逃げてください。でないと・・・でないと・・・・」
シンジの脳裏にあのときの惨状が広がる。
「みんな死にます。」
そう言ったシンジの両肩に手をおいて司令は言う。
「たとえそうわかっていたとしてだ、我々に逃げるべきところなんて無いんだ。だったらここで叩くしかないし、それにあれが必ずしも攻撃してくるとも限らない。君は言われたとおり、非戦闘員の集まるシェルターに向かってくれ。」
そう言って司令は部屋を出た。
「・・・だめだ、みんなが・・・マナが危ない。」
シンジはそう言うと小さく身じろぎした。そして走り始めた。シェルターではなくマナの乗る機体に向かって。

「後10秒で飛行部隊と接触します!」
「攻撃してくる気配は?!」
「わかりません、ですが偵察にしては強行過ぎます!」
「何を考えているんだ?」
司令がブリッジについたとき、白いEVA2機はすでに目の前にいたが、攻撃を仕掛けてくる気配は確かになかった。
そうしているうちに基地上空で基地全体を見下ろすように止まった。見慣れぬ槍を片手に持ち、ロケットランチャーの様な物を背負っている。
各部署で待機する兵士がのどを鳴らす。
そして悪夢が始まった。
「敵EVA、撃ってきます!」
「対空迎撃砲発射!」
モニターしていた監視兵が叫び、司令が攻撃命令を出す。
そして次の瞬間白いEVAは背負っていたロケットランチャーを基地に向け発射した。
ブリッジが閃光に包まれる。
「なんという火力だ。双方の損害は?」
「こちらの対空迎撃砲は80%が使用不可です。あちらは・・・無傷です!」
「なんだとぉ?」
ブリッジが閃光に包まれた瞬間から飛行部隊はそれぞれに攻撃をし始めた。空対空ミサイルが、機銃が火をふく。
だがそれも効果がなかった。見えない壁に阻まれているように。
それどころか戦闘機の数は減っていった。こちらからの攻撃が効かないうえ、無差別に撃ってくるランチャーの前に為す術はなかった。
「くそっ!全滅をねらっているのか、あいつらは!」
誰が、誰に向かっていったのか。
その言葉が終わるかどうかというとき、基地に配備されている20機の戦闘機は一つ残らず落ちた。
爆炎が広がる。その中に基地のロボット隊新旧併せて10体があった。
白いEVA2体はそれらを見つけるとにやり、と笑ったように見えた。
そして急降下を始める。
「散れぇ!」
ロボット隊の隊長は声の出る限り叫んだ。

「マナっ!マナっ!降りるんだ。降りて逃げるんだ!」
シンジが腕にひまわりのマークのある機体の下でそう叫ぶと、ロボットは一瞬シンジの方を見た。
『シンジ、逃げろって?』
スピーカー越しにマナの声が聞こえる。
空からは急降下してくるEVAの音がする。
「早くっ!」
バシュ、っと音を立ててマナの乗る機体のエントリープラグが排出される。
素早く駆け寄るシンジ。その横を逃げるように散開する基地配備のEVA。
だが、一足遅かった。
エントリープラグのハッチが中から開いたのと白いEVAが着陸したのとは同時だった。
「シンジぃ!」
「マナ・・・」
シンジは決断を強いられた。
このまま走って逃げるか。
それとも乗り込むか。
「マナっ! 僕を乗せて!」
シンジは後者に決めた。
確証はなかった。戦いの中で得た勘であった。

シンジが乗り込むのと同時に白いEVAも動き出す。
とりあえず動く気配のないマナの機体を無視して、その背後で散開し続けるのを追うつもりらしい。
その動作は速かった。
まだ使い慣れていない、なおかつ目標にしやすい新しい機体を追い始めたかと思うと、槍 - ロンギヌスの槍 - を前に突き出す。
槍は非常識にも突き出した方に伸び、そして一機目を串刺しにする。
為す術もなく背中から槍を刺された機体からエントリープラグが強制排除される。
白いEVAが無理矢理槍を引き抜き、エントリープラグめがけて槍を投げようとした。
その時、
「させるかぁぁぁぁぁぁぁ」
マナとシンジの乗る機体が猛然と飛びかかり背後から跳び蹴りを食らわす。
ぶつかり合う鈍い音が鳴り響く。
それがこの戦闘の始まりのドラだったのかもしれない。

エントリープラグの中で強烈な違和感を感じるシンジ。そもそもエヴァに似せて作っているだけで根本的に何かが違うのか、それともマナのパーソナルデータそのままで搭乗してるせいなのか。
どちらにせよ、動いたのだからよし、的な考えで操縦を続けるシンジ。たいした武器もなく、その両の手で背後から狂ったように量産機を殴りつける。いや、事実彼の目はすでに狂ったような輝きを見せ始めていたに違いない。
人間同様背後から殴られては普通でいられない量産機がとうとうそのまま突っ伏すように倒れ込むとシンジはその手からロンギヌスの槍を奪い取った。
その反動を利用して再び蹴りを喰らわし、足下でのたうつ白いEVAに突き刺した。
体液が飛び散る。
だがそれでもしぶとく動く量産機。
エントリープラグの中でマナは激しい悪寒にとらわれる。人造人間、などという言葉が微塵も感じられないその生命力に生存・闘争本能。それらが恐ろしいまでに彼女の心に突き刺さる。
そんな彼女をよそにシンジは槍を構え直すと、量産機の体中央、コアあるいはS2機関のあるだろう場所に深々と突き刺した。
まだ終わらない。
突き刺した槍を今度は大きく力任せに薙ぐ。
上下二つに引きちぎられた形になった量産機。
そしてシンジは槍を上段に構える。
「滅びろ」
今度は左右まっぷたつに、最終的には十字の形に切断されてしまう量産機。
そして木っ端みじんに吹き飛ぶ。
シンジの瞳にはあのときの狂気が浮かんでいた。
マナにはどうすることもできなかった。

二機目がシンジとマナの乗る機体に迫る。
敵はここにあり、と判断したのか?
一瞬不敵な、気味の悪い笑いを浮かべたシンジは迫り来る二機目に向かってロンギヌスの槍を突く。
シンジの突きは間一髪かわされる。飛ぶことを生かした機動力でもってシンジ前方上から二機目の持つロンギヌスの槍が迫る。
シンジは引きもせず、その場で構えた。
「シンジぃぃ!!」
マナの見るモニターには迫り来る槍と、その向こうに化け物じみた顔をした白いEVAが大きく映し出された。

その時司令はただ黙って見ているしかなかった。
シンジがマナの機体に乗り込んだと同時にセンサーは全て計測不能に陥り、そして自分たちがまるで歯もたたなかった白いEVAをあっさりと葬り去り、今二機目を目の前にしていたのである。
「こ、これが本当のEVAのパイロット・・・・か・・・・」
そして司令は見た。
上空から迫る槍を左腕で交わしつつ迫っていき、そのままあいた右手で量産機のその爬虫類のような顔を殴りつけるのシンジを。

二機目ももがいていた。
殴りつけられて痛いという感覚でもあるのか、ふらふらとしながら、むやみやたらに槍を振り回す。
シンジの周りで援護する機体がなかったのが幸いした。もしいたなら偶然にでもその槍に引き裂かれるか、あるいはシンジのその動きの早さについていけず足手まといになったかもしれない。
シンジがいったん距離を置いたその瞬間を利用して、量産機は再び空に舞い上がる。
人間が頭上からの攻撃に弱いことを知っているのか、それとも自分だけが空を飛べることに優越感を覚えているのか。
だがそんな心理などいざ知らずシンジは斜め上にその槍を構える。
しばし戦いの空気が止まる。
そして人々は見た。
上空から迫る槍を左腕で交わしつつ迫っていき、そのまま左手で二機目の頭を鷲掴みにするシンジを。
本物のエヴァのパイロットを。
頭を鷲掴みにされ、振り回される量産機。地に足がついていな以上体でいいように蹂躙されるが何とかしようともがき始める。。
シンジはじたばたする量産機をほおり投げると同時に、右手にあるロンギヌスの槍をその腹部に突き立てる。
断末魔の叫びをあげる量産機。
マナに不快感が忍び寄り、広がっていこうとしたとき、シンジの声が聞こえた。
「滅びろ。」
そして一機目と同様、木っ端みじんに吹き飛んだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・」
機体を降りたシンジはマナに抱きかかえられたまま酸素吸入を受けていた。
急激な運動による一時的な酸素不足であった。
その周りで各機に乗っていた少年達が見守っている。彼らの脚は小刻みに震えていた。初めての戦闘を終えて。
「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
「シンジぃ・・・」
マナは涙目になっていた。
「大丈夫だよ、マナ・・・だいぶ落ち着いてきた・・・から・・・」
そこへ司令を含め、何人かの大人達が走ってきた。
「碇君!」
「・・・司令ですか。」
ふぅ、と大きくため息をつくシンジ。その体はまだマナに預けていたが呼吸はほぼ戻っていた。
「碇君・・・君のおかげで助かった。礼を言わせてくれないか?」
「礼だなんて・・・僕はただマナを守りたかっただけで・・・」
「いや、お礼を言わせてくれ。ありがとう。」
「そんな、照れるじゃないですか。」
シンジがはにかんだ笑みを見せた。
マナは嬉しかった。自分を、そして仲間達を守ってくれたシンジが。そして嬉しさのあまりエントリープラグの中でのシンジの表情を忘れていた。
「それに・・・損害も結構・・・あるんですよね。」
シンジは哀しそうな目をして司令に言った。
「う・うむ。戦闘機20機全滅、対地対空迎撃施設は稼働率18%、ロボット隊の被害は一機だけだったが、射出用カタパルトが大破して格納不可能だ。修理は出来ない。」
ごくり、と喉をならしてシンジとマナを取り巻いていた少年のうちの一人が聞いた。
「それって、もう・・・」
「そうだな。この基地はほぼ無力化した。」
司令は苦しそうにそう告げた。
その時、第2ラウンドの鐘が鳴った。

「未確認飛行物体発見! 総員対空迎撃用意!」
悲鳴を上げるサイレンとともにブリッジからの放送が彼らの耳にも聞こえた。
「未確認飛行物体、絶対防衛ラインを突破・・・先ほどと同じ物が7機、こちらに向かっています!」
オペレーターの悲鳴混じりの声が聞こえた。
だが誰も動けなかった。動きようがなかった。
これまでか・・・
司令がそう言いかけたとき、シンジは再びマナの機体に向かって歩き始めた。
「い、碇君?」
「僕が行きます。みなさんは援護してください。」
司令は素直に承諾できなかった。14歳の、ついこの間まで倒れていて、今なおやせ細った体をした少年に戦いを強いることなど。
「碇君、どうしても行くのか?」
シンジはそう言った司令を振り返えりもせず、短く一言だけ言った。
「ええ。」
司令は天を仰いだ。
何かに祈るように。
「・・・わかった、止めはしない。その代わりといってはなんだが、霧島君も乗せていってはくれないか。」
涙を流しながら震えているマナを横に司令は言った。
「碇君、これは何も感情論だけで言ってるのではない。君のそばの方が安全だからと思ったからなのだ。」
「・・・わかりました。」
シンジは初めて振り返った。
ここに来てからよく見せている哀しみと優しさをブレンドしたような顔を見せて。
「さ、マナ。行こう。」
シンジが手を差し伸べる。
マナはそのままシンジの方に駈けていく。
「碇君・・・死ぬな。」
「・・・・・・」
シンジとマナは黙ったまま機体によじ登りエントリープラグに入った、
司令は最後までそれを見守ると、全員に向かって言った。
「我々は何が何でも碇君と霧島君の援護をする。
全員の健闘を祈る。」
迫り来る恐怖に砲火を浴びせかけたのはそれから数分後だった。

降下してくる一体に向けロンギヌスの槍を投げつける。避ける間もなく根元まで突き刺さり胴体と翼が縫いつけられ落下する。それに向かって四方八方から砲火が迫る。ATフィールドを展開させることも出来ず一機目が砲火に倒れると大爆発を起こした。
「あと6機」
シンジはエントリープラグ中でそう呟いた。
こうして戦いの狼煙は上がった。

空から迫る6機をすぐそばにまで引き寄せてシンジ乗る機体は飛んだ。背中に取り付けられているロケットブースターは一回しか使えなかったがそれでも飛んだ。
飛ぶと同時に迫り来る6機の背中を取った。
上空から攻撃するとはあっても攻撃されることは想定されていなかったのか、全機対応が遅れる。その隙を見て一本の槍でもって2体を串刺しにし、そのまま落下する。
腹から突き出た槍の先端はそのままコンクリートの地面に突き刺さり2体を地面に縫いつけた。そしてシンジはそれぞれの手からロンギヌスの槍を奪い取るとそのままダッシュで基地とは反対に駈けていく。
基地から発射される小型N2ミサイル、高出力陽電子砲、少年達が発射する劣化ウラニウム弾など、ありったけの弾薬が次々と縫いつけられた2体に着弾する。
2体は大爆発を起こした。
残りのEVA4機は大爆発のすぐ真上にいた。
マナはシンジの座る座席にしがみつくようにしてモニターを見つめていたが、しばらくすると4機分の影が炎上する煙の中から現れるのが見えた。
「ちっ、やっぱり共倒れにはならなかったか・・・・あと4機。」
シンジは冷静だった。
自分でも不思議なほど冷静だった。
そして戦いを全く否定、拒絶していなかった。
その瞳は再び狂気に色塗られる。

敵をじっと待ち受ける中、マナはぽつりと言った。
「あの中にも人が乗っているのかしら・・・」
シンジはマナの哀しそうな瞳を見た瞬間自分の中で、ぱきーんと音がするのを聞いた。
そしてマナはいつものシンジの瞳を見つめた。
「大丈夫。あの中にはダミープラグといって、人が乗らなくてもいいプラグが入っているんだ。じゃなきゃ今頃怖がって、こっちに向かってくることなんて無いさ。」
「そうなんだ。」
「その代わり残忍なんだよ。その分こっちは困るけど。」
「大丈夫。あたしのシンジだもん。」
シンジはにっこりと微笑んだ。
戦いの中のオアシスだった。

「行くよ、マナ。」
「うん。」
そう言うとけっこうな距離まで迫ってきていた4機に向かってダッシュをかける。
なんとか不意を打ってここまで来たが、これ以上シンジに残された手は各個撃破しかなかった。
自分の六感を全て解放する。
EVAシステムがそれを増幅する。
シンジは見つけた。一番左が隙が多いのを。
回避行動をとろうとするが腕を貫いてその翼までに達するロンギヌスの槍。
人間でいうなら耳までさけた気色悪い口から、絶叫が漏れる。
それでもほかの三機は怯まない。ダミーシステムはその残忍さが故に仲間との連携が取れないでいた。
シンジは右手に持つ槍を振り回す。ほかの三機が近寄ることが出来ないように。
一匹は空から、一匹は正面から、一匹は側面から。
連携も何もなかったが、それでも後手に回ったシンジにはそれをどうにかする、あるいは倒す手は少なかった。
しかし基地方向からの援護はなかった。
その代わりに司令からノイズ混じりの通信が入る。おそらく先ほどの爆発で磁場が乱れているか、あるいは基地施設にも損害があったか、だ。
『碇君すまない!こちらから確認が出来ないので、援護が遅れる!』
「わかりました。敵はまだ四機います。気をつけてください。」
『わかった。グッドラック。』
一方的に通信が切れた。シンジは呟いた。
「さてどうしようかな・・・」
彼の乗る機体の後ろでは一体が半ば動かずにいたが前では三体がじりじりと迫ってきていた。
「さてどうしようかな・・・」
シンジの顔に焦りがかげる。

「まだ準備できんのか!」
珍しく司令が叫んだ。
「今出来ました。しかしパイロットが・・・・・」
「わかった私が行く。」
「き、危険ですっ!」
「じゃあ副官、どこが危険じゃないのかね。」
「・・・」
「そう言うことだ。後は頼んだ。」
「司令・・・」
聞く耳を持たず司令は格納庫に向かった。
旧型N2爆雷を積んだ自分の愛機、F14トムキャットのもとに。

飛行服に身を包み、基地に一番はしにある格納庫に司令は来ていた。
「どうだ。」
「大丈夫です、いつでもでれます。しかし滑走距離が・・・」
「ロケットブースターを使用する。」
「そんなっ・・・」
「戦いというのは無茶をした方が勝ちなんだ、よく覚えておきたまえ。」
「は、はぁ・・・」
「わかったら一分で取りつけろ。私は先に乗る。」
「わ、わかりました。」
司令はタラップに乗り、コクピットに乗り込んだ。
F14トムキャットは後部座席に各火器管制コントロールがあるが今回はいたしかたない。
「作業終了!」
「わかった。全員そこからどけ!ここから行く!!」
「し、司令!!」
「死にたくなかったらどけ。」
その言葉を最後に司令は防風を閉じた。
アフターバーナーが加熱する。
「頼むぞ、我が愛機。」
ロケットブースターが火をふく。
そしてその名の如く猫のように飛び出していった。
その土手っ腹に最強の火力を誇るN2爆雷を二つ抱えて。
「グッドラック!」

「くそっ!何かこうきっかけがないか・・・きっかけが・・・」
シンジは相変わらず苦戦していた。いったん後手に回った上、相手の数が数なので、先手を取れないでいた。手元に武器はロンギヌスの槍が一本しかなく、敵は四体いる。うち一体の動きは鈍かったがそれでもとどめを刺せないでいた。
敵の攻撃は連携など全くなかった。それぞれがバラバラに攻めてくるのである。その隙を見逃さぬよう攻撃を続けようとしたがそれも致命傷にいたらないし、幾度と無く相打ちをねらってみたがそれも効果がなかった。
一番の原因は基地からの援護が全くなかったことだ。おそらく弾薬その他が底をついたのだろう、とシンジは思っていた。幸いなのはアンビリカルケーブルが健在だったことだったが、それもいつまで続くか判らない。
そんな状況でシンジが焦り始めたとき、通信回線が開いた。
『碇君、聞こえるか?』
『司令!』
『私が合図した10秒後そこにN2爆雷を投下する。』
『ええっ!?』
『碇君はそれまで敵をひとまとめにしておいてくれ。』
『わっ、わかりました。』
突然といえば突然の、無茶苦茶なといえば無茶な作戦を聞かされたシンジはとにかくその場を死守することにした。
きっかけは出来た。
シンジは相手にATフィールド展開されないよう、ロンギヌスの槍をあたらないように振り回しはじめた。

相手が焦っているように思ったのだろうか、量産機四体は残忍な笑みを浮かべたようにマナに見えた。その時であった。
F14独特のアフターバーナーの音がすると司令からの通信が入る。
『行くぞ、碇君』
シンジは跳んだ。基地とはさらに反対の方に。
そしてそのまま走り去る。
そして大爆発が起こった。
予定通り四体の中心地点にN2爆雷は投下されたのだ。

爆風は基地にまで及んだ。
「非常回線開け!」
「各部隊被害状況を報告しろっ!」
「消化班急げ。これ以上施設の火災を広げるな。」
大人達が大慌てしている中、少年達は手も足も出なかった。出せなかった。
手はふるえ、足は棒のようになっている。
「仕方ないか。あのネルフの少年の方がおかしいんだ。」
誰かがそう言ったらしい。

おかしい呼ばわりされてしまったシンジは、じっと爆発の中心を見ていた。  N2爆雷2発分の威力である。いくら非常識な量産機とはいえその爆発の中心でATフィールドも展開せずに無事ですむはずがない。
「シンジぃ・・・もう終わりよねぇ・・・」
マナが泣きそうになりながら訴えるがシンジはモニターから目を離さない。
「・・・」
長い時間がたったような気がしたその時、シンジは見た。
爆炎の中から出てくるEVAを。
「まだだ。」
ぽつりと呟くとシンジは機体を走らせた。
「お願い神様。私たちを助けてください。」
マナは祈った。生まれて初めてと言っていいほど真剣に祈った。
モニターに天を仰いで絶叫するEVAが見えた。

「碇君、後は頼むぞ。」
司令は降りることも出来ずにいた。滑走路が半分吹き飛んではどうしようもなかった。
そのままとりあえず上空待機していたが、思わず声を上げた。
目の前のレーダーに数十の反応があった。
手持ちの武器といえばバルカン砲だけ。一応満タンではあったがこれだけの戦闘機を相手に出来るほどではない。
「これまでか?」
司令は覚悟を決めた。

シンジは走る。
炎上しているところに転がる三体に向けてではなく、そのそばに立つ一体に向かって。
最後の一体はまだこちらに気がついていない。
そう思ったシンジは槍を前に突き出しつつ迫る。
未だ磁場が狂ったままなのか、多少ぶれるモニターに映る量産機が大きくなる。
その姿は業火に焼かれる悪魔のようですらあった。
そしてこちらを振り返った。
距離はまだだいぶある、槍の間合いにはまだ入っていない。
「早すぎるよぉ!」
マナが隣でそう叫んだ。
「ちっ!」
シンジは舌打ちをして、行動を変える。
スピードに乗ったまま軽くステップをする。
たたーん
そしてやり投げの要領でロンギヌスの槍を手放した。
手放された槍は音を切り裂き量産機に迫る。
どばっ、っという音とともに量産機は槍によって上下半分に切り裂かれた。槍は胴体を貫きさらに飛んでいく。
そして上下二つになった量産機は未だ炎上する残りの三体の方に倒れこむ。
そして再び大爆発が起こった。
「七体・・・全部終わり・・・」
シンジはすっかり止まったEVAの中でそう呟いた。
マナはそんなシンジを抱き留めていた。
戦いは終わった、二人ともそう思っていた。

—–

ひとしきりの被害報告がすみ、今度こそ完全に無力化した基地では、ほとんど全員が放心しかけていた。まだ戦闘配置が解除されていないにも関わらず、彼等はシンジと、彼が操る自分たちのロボットを畏怖の念を込めてみていた。なんの調整もパーソナルデータの書き換えもなくこの基地にいる誰よりも使いこなすシンジを。

だが、基地のレーダーが発する警告音は、そんな彼等のつかの間の安息をも引き裂いた。
「未確認飛行物体発見!その数・・・34!?」
オペレーターの声が基地中に響きわたる。
戦いはまだ、終結を見させてはくれなかった。