第四話

 年が明け、2018年となり1月17日、喫茶・福音は正月ボケ気味の人々で賑わっていた。
「シン、宅配を頼む」
 客に配膳をしていたシンジに奥の方でマエカが言ってきた。
「はいは~い♪何処ですか~?」
 愛想良く頷きながらシンジは準備をしようとロッカールームに入る。
「えっと~……第3新東京市のコンフォート17ってマンションの葛城 ミサトって人ん所だ」
 ズンドゴラガッシャ~ン!!!
 思いっ切りシンジはロッカーに頭からぶつかってしまうのだった。

 雨の中、シンジは第3新東京市の市街を走る。当然の如くサングラスを掛け、今度は念入りに店の帽子まで被っていた。
 ――何でこうなるかな~?――
 降りしきる雨を見ながらシンジは物思いに耽る。
 ――ミサトさんと加持さんの婚約か~……――
 マエカが言うには葛城 ミサトなる人物と加持 リョウジなる人物が婚約したとの事だ。そして、以前、第3高校の校長への誕生日に贈ったケーキの評判が良く、マヤが再び頼んだのだ。
「しっかし、ミサトさん………家事の腕は大丈夫なのかな~?」
 同居時代、ミサトのズボラな生活で散々、苦労したシンジ。もし変わってなかったとしたら下手すりゃ加持は離婚届を出すかもしれないという不安が沸き起こった。
 ――おや? アレは………――
 そんな折、傘を差して走る男女ペアを見つけた。後姿で顔の判断は出来ないが、片方はジャージを着ている。
 シンジはクスッと笑みを浮かべる。
 プップ~!!
 そしてクラクションを鳴らし、2人に注意を向ける。2人は何だろうと思って振り向く。
「やぁ洞木さん」
「あ! か、神崎さん!?」
「ん? 何や委員長、知り合いか?」
 仲良く走ってたのはシンジにとってはかつての親友であった鈴原 トウジと、洞木 ヒカリであった。
「ほら、前に言ったでしょ。シンジって名前の……」
「あ~、そういや言うとったな~。初めまして、ワイは鈴原 トウジ言います」
「鈴原君か………何? 君達デートなの?」
 からかい口調で言うシンジに2人は揃って顔を真っ赤にした。
「ちゃ、ちゃいます!! これから知り合いの婚約パーティーに行くんです!!」
 慌てふためいて言い訳するトウジにシンジは苦笑した。大体そうだろうと思っていたが、初対面を装う事には仕方の無い事だった。
「婚約パーティー? ひょっとして葛城 ミサトさんのかい?」
「え? 葛城先生を知ってるんですか?」
「ああ。コレからそこへケーキを届けに行くんだ。何なら乗ってくかい?」
「ほんまでっか!?」
「勿論。雨の中を走るのは辛いだろう? 後ろに乗りなよ」
「すんません!」
「ご迷惑おかけします」
 2人はそれぞれ乗り込み、シンジは車を発進させた。
「洞木さんとは2回目だね~」
「はい。その節はお世話になりました」
「いやいや。ところで鈴原君は何でジャージなんだい? 婚約パーティーにジャージは……」
「コレはワイのポリシーなんです!」
 そう言って胸を張るトウジに、シンジは苦笑した。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕は神崎 シンジ。何でも洞木さんの昔の友人と同じ名前だとか……」
「はい。ワイの親友やった奴なんです」
 その話題にトウジとヒカリは自然と顔を俯かせた。シンジはバックミラーに映る2人をサングラスの奥で見つめる。
「ああ、ゴメン。確か生死不明だったんだね」
「ちゃ、ちゃいます! シンジの奴は生きとるんです! この前、ワイらのダチの誕生日パーティーん時にプレゼント送って来たんです!」
「へぇ……良かったじゃないか。生きてるって分かっただけで」
「ええ。ですから今日の婚約パーティーにも現れるんじゃないかって思ってるんです」
 顔を俯かせたままヒカリは、ミサトと加持がシンジにとっては姉や兄のような人物だと言った。それを聞いてシンジは少し困った笑みを浮かべた。
 今回の事は突発的であり、流石に何の用意もしていなかったのだ。
 そんな時、ヒカリは車内にクラシックが流れている事に気付いた。
「そういえば神崎さんってクラシックがお好きなんですか? この前も確か流れてたような……」
「ああ。歌は良いよ。歌は心を癒してくれる……ヒトの生み出した文化の極みだね」
「くすっ! 神崎さんって気障な台詞も言うんですね」
「ホンマやな。まるで渚みたいやわ。髪も白くて似とるし……」
 そこでふろトウジがシンジに疑問を投げかけた。
「そういえば神崎さんは何でサングラスかけとるんでっか? こんな雨の日ぃやったら見にくいんとちゃいます?」
「ああ、これかい? 実はサードインパクトのせいで視力が極端に弱くなってね。ちょっとした光にも弱くてサングラスは外せないんだ」
「そ、そうなんでっか。すんません、余計なこと聞いてしもて……」
「気にしなくて良いよ。しかし、トウジ君のそういう素直に謝罪できるのは男らしいね。好意に値するよ」
「あ、ありがとございます」
 男らしいと言われトウジは顔を赤くして照れる。
「お、そろそろ着いたようだね」
 そんな談笑をしていると、やがて目的のマンションが見えて来た。シンジは少し懐かしさを感じながらも車を停める。
「あ、ありがとうございました」
「ホンマおおきに」
 それぞれ礼を言って車を降りようとした所をシンジに止められた。
「あ、2人ともコレ持ってって」
「え? ソレって……」
「そ。注文のケーキ。ああ、代金はサービスって言っといて。洞木さんの顔見知りって事でね」
 そう言ってシンジはヒカリにケーキの入った箱を渡した。
「お~! 委員長のお陰でケーキがタダになったやんか!」
「い、良いんですか?」
「ノープロブレム♪じゃ、もう1人のシンジ君が来る事を僕も祈ってるよ」
 手を振りシンジは去って行った。トウジは大きく手を振り、ヒカリは頭を下げてシンジを見送った。
 そんな2人をサイドミラーで見ながらシンジは苦笑する。
 ――トウジも委員長も余り進展してないな~。じゃ、僕の分までミサトさんと加持さんをお祝いしてあげてね――
「すんませぇ~ん!」
「遅れました~!」
 葛城家にトウジとヒカリが着いた頃、既に皆が集まっていた。
「遅いぞ、トウジ、委員長」
 ケンスケに叱咤されながらもトウジとヒカリは彼の隣に座る。
「ゴメンね。鈴原が財布忘れたから……あ、伊吹先生。コレ、喫茶・福音のケーキです」
 言ってヒカリは向かいに座るマヤにシンジから受け取ったケーキを渡す。
「え? 何で洞木さんが?」
「実は此処まで送って来て貰ったんです。あ、私ちょっと顔見知りだったので、お代はいらないとか……」
「そっか~。また代金、払えなかったわね」
 ちょっぴり残念そうに言いながらマヤはケーキを受け取る。
「じゃ、準備は良いわね?」
 全員が揃った所でアスカは立ち上がって、奥に座るミサトと加持を見る。アスカは自分の誕生日の後、しばらく放心状態だったが、今は何とか普段のアスカに戻っている。もっとも、その首からはロザリオが下がっている。
 ミサトと加持の前には何故かエビチュの山があった。心からのお祝いか嫌がらせか非常に微妙なラインである。2人とも緊張しているようでカチコチだった。
「とまぁ、そういう訳で、紆余曲折がありましたは、めでたく婚約する事になった牛と加持さんの未来を気遣って………カンパーイ!!!!」
「ちょっとアスカ! 牛と未来を『気遣う』ってどういう………」
『カンパーーーーーーーーーーイ!!!!!』
 ミサトのツッコミをかき消すように、皆はそれぞれグラスを上げた。
「……………乾杯」
 約1名遅れて……。
「う、うう……葛城さぁ~ん」
「諦めろよ、マコト。お前だったら、他に良い女が出来るって」
 涙を流して酒に溺れるマコトをシゲルが慰める。何だかんだ言って友人思いのシゲルである。
「先輩は誰かと結婚しないんですか?」
「愚問ね、マヤ。私は一生を科学の発展の為に捧げるわ」
「先輩……立派な志です! 私もお供します!」
 一方、一生を独り身で貫くと宣言するリツコにマヤは尊敬の眼差しを向けた。マッド師弟は静かに科学への情熱の炎を燃やすのだった。
「プハーーー!! おら加持ぃ! もっと注げ注げぇ!!」
「はいはい」
「クェ~!」
 ミサトは目の前に積まれたエビチュを片っ端から婚約者に注がせていた。その膝の上ではペンペンが缶ごと飲んでいた。
「なぁ委員長、さっきまで委員長達が一緒にいた人ってどんな人なんだ?」
「あ! 私も聞きたい! シンジって名前だったんでしょ?」
「(コクコク)」
 何気ないケンスケの質問にアスカとレイも乗って来た。アスカはどうやら他の事でシンジの気を紛らわそうとしているように見える。
「どうって……割と気さくな人よね?」
「そやな~。センセとは似ても似つかんわ。どっちかっつ~と渚に似てるで」
「渚似の碇………そりゃ想像できんな」
 ケンスケの意見に皆は頷き、カヲルはジュースを飲みながら苦笑する。
「何や車内にクラシックなんぞ流しおって渚みたいな口調で『歌は良いよ。歌は心を癒してくれる……ヒトの生み出した文化の極みだね』とか言っとったわ」
 カヲルの口調を真似て言うトウジにケンスケとアスカは大笑いし、ヒカリも小さく笑う。レイは相変わらず無表情のまま話を聞いている。そんな中でカヲルは口に持って行ったグラスを止めて真剣な表情をしていた。
 ――そうか………そういう事かリリン……もといシンジ君――
 そしてカヲルは小さく口許を歪めるのだった。