碇ゲンドウは、そのままシンジ達のところに歩み寄った。
そして、ポケットから小さな箱を取り出し、無言のままアスカに差し出した。
『?』
アスカも黙って受け取る。箱を開くとその中には指輪があった。
ゲンドウが口を開く。
「シンジ、以前、ユイの墓の前でユイのものはないかと聞いたな」
「うん…」
「それはわたしがユイに贈ったものだ。
ユイはかねがね、その指輪をおまえの妻になる人に譲ってあげたいと言っていた。
他のものは全て処分してしまったが、それだけは残しておいた」
「あのときは何故何もないと言ったの?」
「…残すつもりはなかった。何故かは判らん」
「でも、母さんの言葉を覚えていたからでしょう」
「そうかもしれん。……しかし…勘違いするな。それはアスカ君のものだ。
あのときは渡すべきときではなかっただけだ。それだけだ。…アスカ君」
ゲンドウはアスカの方を見る。
「はい」
「シンジのことを頼む」
そういって、ゲンドウはアスカに頭をさげた。
「お義父様…」アスカは言葉が見つからない。
アスカをじっと見つめていたゲンドウはふっとレイを見た。
「レイ」
「はい」
「おまえに残してやるものは何もない。
しかし…、おまえが幸せになる日にはできるだけのことをしてやりたいと考えている」
「いいの、私はその気持ちだけで十分。お父さん」
「……そうか……」
ゲンドウはサングラスを手でかけ直した。
そして、また黙って立ち去るようにみえたときだった。
「ちょっと待ってくれませんか?」
「トウジ」
ヒカリが心配そうにトウジに声をかける。
トウジはヒカリの声を無視して、ゲンドウの前に立ちふさがるように立ち、話す。
「さっきの詫びの言葉が本気やったら、わしの望みをひとつ聞いてもらえんやろか?」
「……言ってみたまえ」
「今日は祝いの席や。ひとつシンジ達と写真を一緒に写ってください」
「私からもお願いします」
ミサトも真剣な表情でゲンドウに訴える。
ゲンドウはすこし躊躇していたようだったが、トウジに答えた。
「……いいだろう。断る理由はない」
「じゃあ、シンジ、親父さんと並べ。アスカもや。シンジ達だけで1枚とったら、今度はレイや。ケンスケ頼むで」
「ああ、準備はできているよ」どうやらすでに打ち合わせをしていたらしい。
シンジがトウジに言う。
「トウジありがとう。でも、せっかくだからみんなで撮ろうよ」
「シンジの言うとおりね。私もみんなと写りたいわ」アスカも言う。
「うん、ぼくもみんなといっしょに写りたいんだ。そうだろう、レイ?」
「私もその方がいい」
「そうか、それじゃあ、シンジ達もこう言っとるし、皆さんお願いしますわ。ケンスケ?」
「大丈夫だよ。じゃあ、縁台を3つ横に並べて…そう、そして並んで…、
後ろにも立つ。そう…。青葉さんもう少し右、トウジは左、そう、そのくらい。
…碇の親父さんはサングラスを外す。顔はにこやかに。………まぁ、しょうがないか。
…じゃあ、あまり動かないで。リモコンで撮るから」
ケンスケは露出を手早く確認して、カメラをセットし直し、列の隅に座った。
「3・2・1でいくから。じゃあ、3・2・1 はい一丁あがりっと」
写真を撮り終えた後、冬月がゲンドウに話しかける。
「碇、せっかくだ。今日は最後までいろ」
「いえ、冬月先生。私はこれで…」
ゲンドウは冬月に言い残し、去ろうとしていた。
そのゲンドウにシンジが近寄る。
「父さん、ありがとう」
短いながらもいままで言えなかったコトバ。言わなかったコトバ。
「そうか」
ゲンドウはシンジを見てかすかに笑い、また歩きはじめる。
その背中にアスカが言った。
「お義父様、私たちとレイの結婚式、楽しみにしていてくださいね」
ゲンドウは後ろを振り返らなかったが、隻手を少し上げた。
それはアスカの声に応えたように見えた。
赤木リツコも立ち上がり、冬月に一礼するとゲンドウを追った。
そして、途中、シンジと目が合うと、シンジが軽く頭を下げた。
それを見たリツコは笑ったような泣いているような表情を浮かべた。
「シンジ君。ありがとう」とつぶやく。
そして、ゲンドウに追いつき、「お供しますわ」と言った。
ゲンドウは何も言わずうなずくと、リツコと歩み去った。
「シンジと惣流…さんの婚約をお祝いして乾杯したいと思います。皆さんご唱和ください」
ケンスケが音頭を取ろうとした。
そのケンスケの前にミサトがすっと出てくる。
「では、二人の今後のさらなるラブラブぶりを祈念しまして、カンパ~イ!」
「「「「「「かんぱい」」」」」」」
「ミ、ミサトさ~ん」
「ごめ~ん、相田くん」
笑いながらミサトは謝った。
他の皆が笑いながらケンスケをなだめる。
改めて、酒宴が始まった。
「夜はまだこれからよ。みんな、行くわよ!」ミサトが檄を飛ばす。
「ははっ」日向がこれからの惨状を想像して乾いた笑いを浮かべる。
アスカはシンジとレイとでケンスケの新しい彼女のことでケンスケを追及している。
青葉はマヤと何やら語らい、トウジもヒカリといいムードだ。
冬月はリョウタを寝かしつけた加持リョウジと酌み交わす。
「今夜もいい月ですね」
リョウジが独り言のように言う。
そして、冬月の盃に酒を注ぐ。
冬月は黙って盃を口に運んだ。
そして、
『ユイ君。これでよかったな』
心の中の人に語りかける。
ほろほろと酔いがまわる夜。
今宵も月明かりがきれいである。