INTERMISSION ~幕間~


INTERMISSION ~幕間~


 その日、世界中の人々は『何か』があったことを感じていた。
だが、具体的に『それ』が何であるかは判らなかった。
それに対して答えを出したのが、国連非公開組織であるNervだった。
補完完了後、Nervは総力を挙げて、世界中に情報戦を仕掛けた。
あらゆるメディアやネットを通じて、Nervの存在と人類補完計画についての情報を流したのだ。
『使徒』と呼ばれるモノがたびたび襲来し、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを用いて撃退したこと。
ゼーレという組織のメンバーが、自らを神としようと『人類補完計画』を企図したこと。
それを阻止する為に、Nervが・・・・・・エヴァが動いたこと。
ゼーレがNervを牽制する為に、戦略自衛隊を投入し、量産型エヴァシリーズが襲来したこと。
そして、エヴァ初号機の活躍により、ゼーレのシナリオとは違う形で補完計画が発動したこと。
それが、『サードインパクト』であること。
それらはすべて、Nervにとって有利なように脚色されていたが、8割の虚構に混じる2割の真実が、話に信憑性を持たせていた。
特に、自らを神としようとしたゼーレに対しては、国際世論から反発の声が挙がった。
ヴァティカンでは、ローマ法王グレゴリウス十七世自らが『ゼーレの意図は、神に対する冒涜。それを正そうとしたNervを賞賛する』という、異例の声明を発表、キリスト教国に影響を与えた。
中東でも、イスラム教の指導者達がこぞってゼーレを非難した。
比較的、多神教信奉の多いアジアでは、キリスト・イスラム両教などに比べれば、非難の声は小さかったが、それでも各宗教の指導者達は嫌悪を示した。
また、ゼーレの影の支配を快く思わない国々は、これらに便乗する形で反ゼーレ色を打ち出した。
更にゲンドウ達は、Nervの立場を強固にすべく、国連に臨時総会の招集を要請。Nervの公開組織化と、『未確認生命体に対する排除及び捕獲等特別法』、通称・対使徒法を提案、可決された。
これにより、Nervは以前と変わらぬ特権を有し、エヴァンゲリオンは、Nerv本部が保有する3機・・のみが稼働することとなった。
この様子は、全世界に報道され、ゼーレとNervの対立は、決定的になった。

 補完完了の127時間後。
国連臨時総会に先立つこと4時間前。
Nerv総司令官執務室には、激務の合間を縫って6人の男女が集まっていた。
副司令、冬月コウゾウ。
技術開発部主任、赤木リツコ。
作戦本部長、葛城ミサト。
特殊監査部長、加持リョウジ。
サードチルドレン、碇シンジ。
そして、この部屋の主である総司令、碇ゲンドウ。
「・・・・・・これからの敵は、人間だ。特に、ゼーレの老人達は 、シンジと初号機を手に入れようとするだろう。今度こそ自らの望む補完を、フォースインパクトを起こすためにな」
エヴァや人類補完計画の本当の全容と、これからのNervの方針をあますところ無く説明した後、ゲンドウはそう締めくくった。
「お言葉ですが、Nervを公開組織にする以上、その動きは牽制されると思いますが」
ミサトが、硬い声で言う。
サードインパクト直後から、Nervは実質、公開組織と化しているが、4時間後の国連臨時総会で、それが正式に可決されるだろう。
各国へは、既に根回し済みである。
「ゼーレも国際世論に反発するほど愚かではないでしょう」
公開組織であると言うことは、機密以外の全ての動きを公表すると言うことである。
仮に、ゼーレがエヴァを盗みだし、パイロットを誘拐したとすれば、即座に国際問題になる。ゼーレは、自分の首を絞めることになるだろう。
「それで退くようなら、ハナから補完計画なんざぶちあげないだろうし、俺達はこんなに苦労はしないさ」
加持が苦笑と共に、ミサトの意見を否定する。
「彼の言うとおりだ。老人達は、簡単に諦めたりはしない。そして、それだけの力もある」
冬月が頷いた。
「シンジ」
突然、ゲンドウに声を懸けられ、シンジは反射的に父の顔を見直した。
「ドイツへ行け。お前をゼーレに対する囮に使う」
初めてNervに来た時と、同じようなゲンドウの言葉。
だが、シンジは素直に頷いた。
「判ったよ」
その反応に、周囲が驚く。
「司令、それは!」
「シンジ君、もう無理しなくてもいいのよ?!」
リツコとミサトが、シンジを庇うように声を荒げた。
「ミサトさん、リツコさん、いいんです」
シンジは微笑んだ。
「あ、自暴自棄になっているわけじゃないですよ。ただ、僕が日本にいれば、皆も一緒に狙われる。でも、僕が動き回っていれば、ゼーレは僕を追いかけるのを優先して、Nervは後回しになる・・・・・・それが狙いなんだろ、父さん?」
「ああ」
ゲンドウはほんの少しだけ、頷いた。
「シンジ君・・・・・・」
「お二人の気持ちは嬉しいですけど、僕は戦うことを決めたんです」
きっぱりと言う少年の顔を見て、ミサトは思った。
彼は何時の間にか『男』になったのだ、と。
「加持一尉」
冬月は、加持を見た。
「はい」
「用意は最短でどれくらい掛かる?」
「1日いただければ」
「それでは遅い。今すぐだ」
ゲンドウが割り込む。
「判りました」
加持は、驚いたふうもなく頷いた。
シンジもまた、何も言わない。
「現時刻を持って、サードチルドレンをドイツに配属。本件は、加持一尉に一任」
ゲンドウが命じる。
「・・・・・・以上だ、全員下がりたまえ」
冬月が、会議の終了を告げた。
ゲンドウと冬月を残し、4人は退室しようとする。
「シンジ」
ゲンドウが、不意に部屋を出ていこうとした息子を呼んだ。
「何?」
立ち止まり、振り返った少年へ、ゲンドウは躊躇いがちに言った。
「・・・・・・すまない」
過去に対して。
未来に対して。
ゲンドウは謝罪した。
その父の想いを正確に読みとり、シンジは微笑んだ 。
「いいよ、もう・・・・・・自分で決めたことだから」
「・・・・・・ そうか」
ゲンドウは目を伏せた。
「身体に気をつけろ」
それは、不器用な彼が言える、精一杯の励まし。
相変わらずの口調だったが、ゲンドウの言葉の裏に潜む優しさを感じ取り、シンジはこころが暖かくなるのを感じた。
「父さんも、元気で」
シンジは笑顔を残し、執務室を後にした。
「・・・・・・いいのか、碇」
息子を囮にして、と言外に、冬月が訊く。
「ああ、問題ない」
ゲンドウはにべもなく言い、立ち上がった。
「そんなことよりも、総会へ出掛ける時間だ」
「老人達への、宣戦布告だな」
「ああ・・・・・・まだまだ、戦いは続くらしい」
「所詮、人間の敵は人間か」
使い古された、だが切実な言葉を、冬月は呟いた。

 控えめな、ノックの音。
「どうぞ」
アスカの声に応じて、病室に入ってきたのは、シンジ。
「今日、来られないんじゃなかったの?」
前日に言われていたので、アスカは不思議そうに訊く。
「うん・・・・・・ちょっと話があって」
シンジは微笑んだ。
「何? 話って」
「うん・・・・・・」
幾ばくかの逡巡の後、シンジは口を開いた。
「僕、Nervのドイツ支部に配属になったんだ。留学も兼ねて」
突然切り出された言葉を理解できず、アスカは呆然と少年を見た。
(・・・・・・何で、あたしじゃなくて、シンジが?)
(何で、行っちゃうの?)
(行かないで欲しい)
(あたしを、一人にしないで)
自分の中にもやもやと渦巻く、整理のつかない気持ち。
こころが、軋む。
「・・・・・・何で?」
辛うじて口に出来たのは、それだけだった。
「ドイツ支部に、チルドレンを一人配属させることになったんだって。もう、戦いもないっていうし、ヨーロッパにはいい演奏家が多いから、チェロの勉強をきちんとやろうと思って、父さんに頼んだんだ」
シンジは、躊躇うことなく嘘を吐けた自分に、安堵した。
ドイツに渡って、シンジが学ぶのは、チェロではない。戦闘訓練だ。
だが、それは絶対にアスカには言えない。
「・・・・・・何時、行くのよ」
暗い声で、アスカが訊く。
「今日。これから」
(嫌!)
「馬鹿シンジっ! 何で直前になって言うのよ! そんなの前から決まってたことでしょ?!」
アスカは叫んだ。
折角得たと思った、ひとのぬくもり。
それが、失われてしまう。
「なによ・・・・・なによなによ!」
アスカの青い瞳に、みるみるうちに涙があふれる。
「あたしのこと、一人にしないって言ったクセに!」
(嫌! 一人はイヤ!)
(あたしを一人にしないで!)
「アスカ・・・・・・」
シンジは哀しげに少女を見る。
「うるさい! アンタなんかどこでも行っちゃえばいいんだわ!」
アスカは手当たり次第、物を投げた。
シンジは黙って、それを受ける。
やがて、投げる物が無くなり、泣きながら自分を睨み、肩で息をしている少女に、ぽつりと言った。
「アスカ・・・・・・僕をエヴァの代わりにしないで」
その一言は、アスカのこころに衝撃を与えた。
「あ・・・・・・」
シンジの言うとおりだった。
エヴァを失くしたアスカは、無意識のうちにシンジに『縋ろう』としていた。
「僕は、アスカを支えたい。でも、依存されたくはない」
シンジは、哀しげに微笑んだ。
「頼るってことと、依存ってことは違うよ。頼るってことは、自分の足で立てる人間同士が、支えあうこと。依存ってことは、自分の足で立てない人間が何かに縋ること・・・・・・もし、僕たちがお互いに依存してしまったら、また同じことの繰り返しになる・・・・・・判るよね?」
エヴァに依存して壊れたアスカ。
もう、二度とそんなことがあってはならない。
「だから、僕らが自分の足で立てるように・・・・・・お互いを支えられるようにならなきゃ駄目だ」
アスカは深く俯いた。
「・・・・・・アスカ」
シンジはそっと、声を懸ける。
「僕は暫く傍に居られない。でも、アスカは一人じゃないよ。ミサトさんだって、リツコさんだって、洞木さんだって居る。みんな、アスカのことを助けてくれるよ」
アスカは小さく頷き、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・・・・3年よ」
「え?」
「3年で帰ってきなさい! 1分でも過ぎたら絶対に赦さないんだから!」
命令口調とは裏腹に、心細げな表情。
思わずシンジは、アスカを抱きしめた。
「うん・・・・・・判った」
華奢で柔らかな、ぬくもり。
彼女を守るために、強くなろう。
シンジはそう決意した。

「・・・・・・突然呼び出して御免なさい、鈴原トウジ君」
リツコは、ジャージ姿の少年に、椅子を勧めながら微笑んだ。
「ワイにご用ってのは、なんでっか?」
トウジは、ゆっくりとした動作で椅子に座ると、松葉杖を横に置いた。
「あなたの足のことなの」
ぴく、とトウジの肩が震える。
「あなたには、とても申し訳ないことをしたわ。今更、謝っても仕方がないけれど、本当にごめんなさい」
リツコは頭を下げた。
その姿に、トウジは慌てた。
「そないなことせぇへんでください。あれは仕方ないことやったんですし」
ゆっくり顔を上げると、リツコは本題を切り出した。
「それで、お詫びと言っては何なんだけれど、あなたの足を治療させて欲しいの」
「え?」
トウジは、自分の義足を見た。
「Nervの技術で、失った足を再生させ、移植します。リハビリをきちんとすれば、元通りになるわ」
「ほ、ほんまでっか?」
トウジの顔を、喜びと驚きが彩る。
「ええ。ただそのかわり・・・・・・・」
リツコは躊躇うように、言葉を濁す。
「そのかわり?」
「エヴァのパイロットとして、再登録されるわ」
トウジの表情が、凍り付いた。
「サードインパクトについて、何か聞いている?」
リツコは突然、違う話題を振った。
「・・・・・・エヴァが『奇跡』を起こした、いうてますな」
トウジは硬い声で応える。
政治経済に縁遠い中学生でさえ知っているほど、連日、各メディアはその話題でもちきりだった。
「その所為で、エヴァのパイロットは、世界中から狙われているの」
リツコは悲しげな目で、トウジを見た。
「あなたは、パイロット登録を抹消されているけど、『エヴァに乗ったことがある』ということは、他の奴らには価値のあることなの。あなた自身と、あなたの家族の身を守るために、あなたがNervに所属しているということが必要なの」
Nerv所属のエヴァパイロットの誘拐は、国際問題に出来るが、一介の中学生では、そうもいかない。
「理解して、もらえるかしら?」
トウジは俯いた。
リツコは黙って、彼を見守る。
卑怯な説得の仕方だとは判っている。
『足を治す』という交換条件バーターを出し、彼が非常に家族想いであることを知っていて、『家族の身を守るため』という言い方をしたのだ。
だが、それは少年の為だけの理由。
本当は、大人の政治的理由・・・・・・正確に言えば、Nerv対ゼーレのパワーバランスの為に、彼の身柄が必要なのだ。
長く重い沈黙の後、トウジはゆっくりと顔を上げた。
「・・・・・・ワイの足、治してください」
「ごめんなさい」
リツコはもう一度、頭を下げた。
Nervは、量産型エヴァの残骸を使って、『参号機改』を建造していた。
トウジは、その専属パイロットとなる予定だった。
「一つだけ安心して欲しいのは、もう戦闘はないということよ。実験にはつき合って貰うかもしれないけど、それだけ」
リツコはぎこちなく微笑んだ。
「そうでっか」
トウジも、少しだけ表情をゆるめた。
「ところで、セン・・・・・シンジはどないしてます?」
「彼は、ドイツ支部に配属になったわ。留学も兼ねて、ね」
これもまた、子供向けの理由。
本当の理由は二つある。
日本だけに適格者が集中している事に関する、国際的非難を回避するのが一つ。
もう一つは、幹部会議でシンジが言ったように、ゼーレに対する囮である。
「はぁ~、えらいこっちゃな」
トウジは、その場の空気を和ませるように、おどけた口調で言った。
リツコは敏感にそれを察して、笑みを深める。
「それじゃ、早速で悪いんだけれど、治療のためのデータを取らせて貰うわ」

 国連公開特務機関Nerv、組織報告。
非公開より公開機関への変更に当たり、大幅な組織再編を行う。

総司令 碇ゲンドウ大将。
副司令 冬月コウゾウ中将。
戦術作戦部部長 葛城ミサト二佐。
戦術作戦部作戦局局長 日向マコト一尉。
戦術作戦部作戦局一課 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン運用の作戦立案及び、戦闘指揮。
同   二課 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン運用支援。
同   三課 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン運用後方支援。
同  保安局一課 Nervの警備。
同   二課 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンパイロットの護衛。
作戦司令部部長 碇ゲンドウ大将(兼任)。
作戦司令部中央作戦室室長 青葉シゲル一尉。
作戦司令部中央作戦室 Nervのあらゆる作戦行動に対する情報支援及び、情報分析。
同    二課 関係各局との渉外交渉。
情報調査部部長 冬月コウゾウ中将(兼任)。
情報調査部広報局一課 一般市民向け、Nervの広報活動。
同   二課 国連向け、Nervの広報活動。
同  調査局一課 日本国内での情報調査。
同   二課 日本国外での情報調査。
同   三課 情報の分析評価。
技術開発部部長・兼・運動機能研究所所長 赤木リツコ博士(技術二佐)。
技術開発部技術局局長 伊吹マヤ博士(技術一尉)。
技術開発部技術局一課 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンの整備・研究・開発。
同   二課 スーパーコンピュータMAGIシステムの整備・研究・開発。
同   三課 Nerv内システムの整備・研究・開発。
同  研究局一課 『使徒』に関する研究。
同     二課 生体工学に関する研究。
Nerv付属運動機能研究所 大脳及び運動機能に関する研究。
Nerv付属総合病院。
管理総務部。
人事部。

 そして、2年が過ぎる。

<続く>

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Ver.1.0  1998.05.06

Ver.1.2  2007.12.15


感想・ご意見などをおまちしております。 ぶらざー玲

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