雨のように降り注ぐ爆撃が、地底湖に沈む弐号機の周囲を揺るがす。
心を閉ざしてしまった少女は、胎児のように身体を丸め、死への恐怖に怯えていた。
「・・・・・・死ぬのは嫌」
呟きが、漏れる。
(死ぬのは怖い)
(自分が自分じゃなくなるから)
「死ぬのは嫌」
死ぬのは嫌
死ぬのは嫌・・・・・・死ぬのは嫌・・・・・・
死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌死ぬのは嫌
「死ぬのはイヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びに応じて、赤い巨人は起動した。
新世紀エヴァンゲリオン・補完
最後の奇跡 <2>
Dies irae
プライド、と言う名の心を鎧う壁が失われている状態だからこそ、彼女はその声を聞くことができた。
「・・・・・・アスカちゃん」
優しい、声。
心の奥底に閉じこめたはずの、声。
「アスカちゃん」
「・・・・・・ママ?」
「死なせないわ。まだ死んでは駄目」
それは、渇望していた母の声だった。
「大好きよ。アスカちゃん」
「ママ?! そこに居たの?!」
母の心が感じられる。
アスカは、歓喜に目を輝かせた。
「ずっとそばにいるわ。ずっと見てるわ」
「ママ・・・・・・ずっと、私のこと見ててくれたのね?!」
喜びが、アスカを満たす。
「判るわママ! ATフィールドの意味が!」
母が傍に居る。
母が見守っていてくれる。
それが、彼女を突き動かした。
「私を包んでくれる! 私を守ってくれているのね!」
こころが軽い。
身体が軽い。
精神の高揚が弐号機に染みわたり、かつてないほど思い通りに動ける。
だが、その時、アンビリカルケーブルが切断された。
タイマーが、内部電源に切り替わったことを示し、カウントダウンを開始する。
しかし、精神が酩酊状態にあるアスカは、それを気にする様子はない。
むしろ、それを喜ぶふうでさえあった。
「・・・・・・アンビリカルケーブルがなくったって、こちとら一万二千枚の特殊装甲とATフィールドがあるんだから!」
アスカは、目の前の戦自のVTOLを叩き潰した。
「あんた達なんかに、負けるわけにはいかないのよ!!」
自分の生命を脅かすモノ、自分と母を断ち切ろうとするモノを、すべて排除する。
弐号機は、殺戮をほしいままにした。
だが不意に、その瞳が、天空より舞い降りる『それ』を捉えた。
翼を持つ、白い異形のモノ達。
汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン・S2機関搭載型量産機、九機。
「エヴァシリーズ・・・・・・完成していたの?」
*
*
*
かつては『綾波レイ』であったモノが浮かぶ水槽の前で、男は少女と対峙していた。
「来い、レイ」
ゲンドウは、全裸で佇む少女に言う。
「ユイに、逢わせてくれ」
レイは、暫く無言で居たが、やがてはっきりと告げた。
「・・・・・・嫌」
「レイっ?!」
「私は、人形じゃないから。私は、あなたじゃないから。私は、碇ユイじゃないから。私は、『人間』だから・・・・・・あなたの命令は、聞かない」
ゲンドウは、あまりの衝撃に言葉を失う。
レイは、彼の命令には絶対服従の筈だった。
今日という日のために、そう育てたのだ。
にもかかわらず、少女は拒否した。
自分は、『人間』だと。
「・・・・・・私を、拒むのか」
動揺を露わにした声で、ゲンドウは問う。
だが、すぐにいつもの冷徹さを取り戻すと、重ねて問うた。
「あれの所為か」
それだけで、レイには通じた。
「碇君は、私に喜びや悲しみ、ヒトとしての『こころ』を教えてくれた・・・・・・だから、私は『人間』」
「だが、お前は造られた存在。いかに『人間』だと主張しようとも、交わることなどできん」
ここでレイを失うわけにはいかない。
だからこそゲンドウは、彼女の最も望まぬ言葉を紡ぐ。
「判っています」
レイは淡々と答えた。
「では、お前は、何を希むのだ?」
「私は、私の役割を果たすだけ」
補完計画は発動させる、とレイは暗に告げる。
「ならば」
「でも、択ぶのはあなたじゃない」
ゲンドウは、少女の紅玉の瞳を見つめた。
そこに宿るのは、揺るぎない意志。
完全なる拒絶。
永遠にも思える沈黙の後、ゲンドウは現実を受け入れた。
「・・・・・・行くがいい」
ゲンドウは、疲れたように呟いた。
「ありがとう」
レイは、ゆっくりと微笑んだ・・・・・・ユイと同じ笑顔で。
「私は、碇司令に感謝しています。私をこの世に生み出してくれたことを・・・・・・ありがとう・・・・・・さようなら」
そう言うと、レイはゲンドウに背を向け、歩き出した。
(終わった、な・・・・・・)
ユイを失ってからの十数年。
ゲンドウはただ一つの願いの為に、全力で走り続けてきた。
だが、最後の最期で、それは潰えた。
人類補完計画。
択ぶのは、ユイとの再会を希んだゲンドウではない。
択ぶのは、自らが神となることを希んだゼーレではない。
択ぶのは、未来を背負う子供・・・・・・シンジだった。
「・・・・・・終わった、な」
ふと、ゲンドウは、己の手を見た。
他者との接触を拒む象徴である、白い手袋に包まれた手。
ほんの数分前までは、この手の裡に全てがあった。
未来さえ、握っていた。
だが、今は何もかも失ってしまった。
「それでも、君の願いは叶ったようだ・・・・・・ユイ」
自嘲の笑みを浮かべたゲンドウは、今は亡き妻に向けて呟く。
子供達に未来を。
ユイはそう言った。
彼女が希んだ通り、未来を決めるのは、彼らの子供だった。
「・・・・・・碇司令」
不意に、背後から投げかけられた部下の声に、ゲンドウはゆっくりと振り返った。
パァァァン!
ミサトのグロッグから放たれた銃弾が、ゲンドウの左肩を射抜く。
ゲンドウは、僅かに蹈鞴を踏むが、倒れることはなかった。
左肩を押さえた手袋が、徐々に赤く染まっていく。
「この距離で外すとは・・・・・・射撃は得意だと聞いていたが?」
いきなり部下に撃たれたにも拘わらず、ゲンドウは些かも取り乱していない。
むしろ、計画通りだと言わんばかりの口調だった。
「私を殺しに来たのではなかったのかね? 葛城三佐」
「ええ。でもその前に、お伺いしたいことがあります」
ミサトは、グロッグを構えたまま、目の前の男を睨みつけた。
「あなたを殺すのは、その後です」
*
*
*
ようやく地上に出たシンジが見たのは、白いけものを相手に、孤軍奮闘する赤い巨人の姿だった。
「アスカ!!」
シンジは、一気にエヴァシリーズとの距離を詰めると、プログナイフを一閃させた。
フィードバックされる肉を断つ感触に、一瞬だけ眉を顰める。
以前の彼なら、子供が乗っている筈のエヴァを攻撃することなど、絶対にできなかっただろう。
だが、シンジは決めてしまった。
大切な人を守るために、戦うことを。
そのために、誰かを傷つけることを厭わないことを。
「アスカ! 大丈夫?!」
シンジは、弐号機の傍へ駆け寄る。
「今頃何しに来たのよ!」
SOUND ONLYの回線から、アスカの声が響く。
たとえそれが罵声であっても、少女が言葉を発すると言うことは、シンジにとって嬉しいことだった。
「よかった。無事なんだね・・・・・・元気になったんだね」
「うるさい! あんたなんかに心配されるようなことはないわよ!」
アスカはそう言い捨てると、白いエヴァに向かって駆け出した。
「あんたなんか居なくても、こんな奴ら、ママと私で十分なんだから!」
返された答えは、むき出しの憎悪を孕んでいる。
(やっぱり、嫌われてるか・・・・・・)
ふと、自嘲にも似た笑みが、シンジの頬を滑り落ちた。
でも、彼女を守りたいと思った気持ちは、本当だから。
シンジは意識を、戦闘に切り替えた。
「うおおおおおおおっ!!」
シンジは、自らを鼓舞するように声を上げ、手近な一機へ向けて、プログナイフを横薙ぎに払う。
だが、それは敵の持つ両刃刀で受け止められた。
「くそぉっ!」
だらだらと、力比べをしているわけにはいかない。
シンジは、目の前のエヴァに足刀を放つ。
それをまともに食らった量産機が、後方に吹っ飛ばされる。
初号機も、無理な体勢からの動きのため、仰向けに倒れそうになった。
しかし、それも一瞬のこと、初号機は後方回転して体勢を整えると、倒れた量産機の上に馬乗りになり、コアを破壊した。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
弐号機が、敵から奪った両刃刀を大きく振るう。
真っ二つにされた、敵の上半身が、放物線を描いて飛ばされた。
それと同時に、横合いから飛来する両刃刀。
よける間も受け止める間もなく、アスカはATフィールドでそれをくい止めた。
だが、その瞬間。
弐号機、活動限界。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
迸るアスカの悲鳴。
「アスカ?!」
振り返ったシンジの目が、極限まで見開かれた。
「あ・・・・・・」
モニターに映る弐号機は・・・・・・
「あ・・・・・・」
ロンギヌスの槍によって貫かれ・・・・・・
「あ・・・・・・」
地面へ・・・・・・
「あ・・・・・・」
縫い止められていた・・・・・・
「アスカァァァァァァァァァッ!」
エントリープラグ内に、シンジの絶叫が木霊した。
*
*
*
咎人のように、白い偶像は磔にされている。
その前に、レイは立った。
「・・・・・・碇君が、呼んでる」
呟くように言うと、彼女はリリスを見上げた。
「力を貸して。彼を導くための」
レイの声に応じて、ずるり、と巨大な偶像は動いた。
七つの目を刻んだ仮面が、剥がれ落ちる。
掌に打たれた杭が、難なく外され、その腕がだらりと垂れ下がる。
そして、ゆっくりと縮小をはじめた。
エヴァと同じ大きさから、人間の大きさへ。
やがて、リリスであったものは、一つのカタチを持ち、レイの目の前に立った。
鏡で映したように、等しく同じ姿。
「ただいま」
レイが囁く。
彼女の目の前に立ったリリスは、同じ顔で応えた。
「おかえりなさい。」
そして、二人のレイは一人になる。
*
*
*
「何を訊きたいのだ?」
ゲンドウの言葉は、常にミサトを先回りする。
「・・・・・・何故、調査隊を見殺しにしたかです」
ミサトは、忌々しげに言う。
「碇司令。あなたは調査隊の実験が、どんなに危険かを知っていた筈。あの時、セカンドインパクトが起こることを知っていた筈」
蘇る十五年前のあの日。
ミサトは無意識のうちに、胸の十字架のペンダントを握りしめていた。
「もし、知らなかった、と言ったら?」
ゲンドウは、冷ややかに言う。
「嘘よ!」
つられるように、ミサトの口から叫びが溢れた。
「・・・・・・嘘、か」
ふと、ゲンドウは何時もの冷笑を浮かべた。
「君が求めるのは、私にとっての『事実』か? それとも、君にとっての『事実』か?」
「?!」
ゲンドウから発せられた言葉が、ミサトを射抜いた。
「セカンドインパクト前に、全ての資料ごと私が南極を離れたのは、委員会の指示だ。私は『何か』が起こることは知らされていたが、それがセカンドインパクトとなるとは、予測できなかった。だが、委員会は知っていただろう・・・・・・これが私にとっての『事実』」
「・・・・・・」
「だが、君にとっての『事実』は、委員会も私も全てを知った上で、セカンドインパクトを起こし、調査隊を見殺しにしたということだろう?」
「・・・・・・」
「人間は、自分の信じたいことしか信じられない生き物だからな」
ゲンドウの言葉に、自嘲が混ざっていることに気付く余裕は、今のミサトにはなかった。
彼の指摘は正しい。
だが、ミサトは退けなかった。
父を失ってから、その仇をとるためだけに生きてきたのだ。
ここで退けば、彼女は今まで生きてきた時間の意味を失う。
だからこそ、ミサトは、敢えて目の前の男を憎むことに徹した。
「私は、私にとっての『真実』があればいいのよ!」
ミサトが再び、引き金を引こうとした瞬間、白いものが目の前をよぎった。
「やめて、ミサト!」
何時の間に来たのか、突然、くすんだ金髪の女性が、ミサトの前に立ちはだかる。
「リツコ!」
ミサトは咎めるように、親友の名を呼ぶ。
「あなた、こんな男を庇い立てするの?! あなた、この男の所為でさんざん苦しんだんでしょう?!」
「・・・・・・ええ」
青ざめた顔のリツコは頷く。
だが、彼女は内心、自分自身の行動に驚いていた。
本当は、ゲンドウを殺すために此処に来たのだ。
だが、その男が殺されようとしているところを見た瞬間、彼女は無意識の裡に動いていた。
「退きなさい! あなたの苦しみの元凶を消してあげるわ!」
リツコと正対するミサトは、頬を紅潮させて怒鳴った。
「・・・・・・」
「退きなさい、リツコ!」
「・・・・・・できないわ」
ミサトは無言で、銃把を握り直した。
「ならば・・・・・・一緒に殺してあげるわ」
まさに、引き金が引かれようとした瞬間。
「時間だ」
*
*
*
神の姿を写した紫の巨人が、咆哮する。
その声が、嵐を呼ぶ。
そして巨人の背に、光の羽が広がる。
約束の刻の到来。
蒼銀色の髪と赤い瞳を持つ、導き手の少女は、漆黒の髪と瞳を持つ、運命の輪を回す少年の許へと向かう。
最後の審判。
少女は、巨人のなかへと消えた。
刹那、光が溢れた。
その光は、爆発的な勢いで広がり、すべてのものを飲み込んだ。
Ver.1.0 1998.03.28
Ver.1.1 1998.04.17
Ver.1.2 2007.10.11
感想・ご意見などをおまちしております。 ぶらざー玲