冗談じゃない。それが、二人の家に呼び出されてことの次第を聞かされたミサトの第一声だった。そして冗談じゃないと叫んだミサトは、どう言うつもりだと二人に詰め寄った。使徒との共存、それを勝手に仕切って決められるのは、迷惑以前に有害なのだと。ネルフ内でのパイロットの立場。国連の中でのネルフの立場。そのどれをとっても、二人の独断専行は許される物ではないのだと繰り返した。使徒と戦うエヴァンゲリオンのパイロットである以上、使徒との戦いに関しては作戦部の指示に従わなければならないと言うのである。
「だいたい、どうしてあたしに一言相談しないの。
無事で済んだから良いような物の、一つ間違っていたらあなた達の命はなかったのよ!」
いくら叫んでも腹の虫が治まらないのか、ミサトはそう大声を上げた。
「だいたい、その二人が安全だって誰が保証するのよ。
危険だと分かったときには、あなた達はこの世界に居ないことになるのよ。
誰が人類の安全を保証するの!!」
それにと、ミサトは手続きの問題を取り上げた。
「パイロットの独断専行。
それが、必ず問題になるわ。
あなた達が、国連から危険視されるのよ。
せっかく進めようとしている結婚のことだって、全て台無しになる可能性も有るわ。
ううん、それどころかあなた達が裁判に掛けられる可能性だって有るのよ。
結果オーライで終わる話じゃないの!!
子供じゃないんだから、それぐらいのことは考えてよ!!」
ミサトの言っていること自体、一つ一つ全くの正論なのだ。そしてシンジ達も、ミサトが言うほどそのことを考えなかったわけではない。確かに結論を出したまでの時間は短かったが、拙速に考えて判断したわけではないと思っていた。彼らにとっては有る意味、結婚の問題よりも切実な問題でもあったのだ。
そのことを説明しようにも、肝心のミサトは全く二人の話に耳を貸そうとはしてくれなかった。どうした物かと思案した二人は、仕方がないと奥の手を使うことにした。
「渚さん、綾波君出てきてくれないかな」
アスカに促されたシンジは、ちょっと失礼と立ち上がって寝室のドアを開いて二人に呼びかけた。その言葉に従って、渚カオルと綾波レイの二人が現れた。もちろん、一般生徒に化けた姿でである。だが、関係無い二人の登場は、ミサトの怒りにさらに油を注いだ。
「あなた達、まじめにやっているの!!
ネルフの話に、どうして関係のない子が出てくるのよ!!」
つばを飛ばし、手を大げさに振って怒鳴るミサトに、関係の無いと言われた二人は全く動揺したそぶりを見せなかった。それどころか、劇昂するミサトを不思議なものを見るような目で見て、どうかしたのかとシンジに質問した。
「シンジ君、彼女はカルシウムが不足しているのかい?」
「葛城三佐は、こう言う人だから」
そのどちらでもないとシンジは肩をすくめたのだが、ミサトの方はそうはいかなかった。その場に居るべきでない人物の、場にそぐわない発言に目をつり上げ、ふざけたことを言うなと怒鳴りとばそうとしたのである。だが、振り返った先に居た二人に、瞬時に上っていた血は音を立てて引き、腰から銃を取り出して壁際に飛び退いた。だがミサトが二人に銃を向けようとするのよりも早く、シンジによってその手は押さえられた。
「何をするの。
目の前に使徒が居るのよ!!」
「少しは落ち着いてください。
そんなもので二人を殺せるぐらいなら、エヴァなんていりませんよ」
「でも……」
そう言いかけたミサトだったが、すぐにシンジの言っていることの方が正しいことは理解した。今、使徒を目の前にして、人である自分には何の対抗手段も無いのである。それが分かったミサトは、黙って持っていたリボルバーをホルスターにねじ込んだ。
「それで、こんな仕掛けまでしてあたしに何をさせようと言うの?」
いい加減腹をくくったのか、ミサトは不機嫌そうに椅子に腰を下ろした。激昂自体は収まったが、不機嫌さはこれ以上ないと言うほど高まっていた。
「ミサトさんに、僕たちがどういう状況に置かれていたのかを分かって欲しかっただけです。
アスカは、毎日生身で二人に接していたんですよ。
頭に銃を突きつけられた状況で、ネルフに相談に行けるはずがないでしょう?」
「……そうね、それは認めるわ」
それをミサトに認めさせるために、レイとカヲルは変装した姿で現れて貰ったわけである。常に使徒が身近に居た状況さえ分かって貰えば、自分たちの気持ちも分かって貰えるだろうというのである。ミサトは、一度大きく深呼吸をした。
「久しぶりね、レイ……」
「そうね、葛城三佐」
「一応今は二佐なんだけどね」
それでと、ミサトはもう一人の使徒へと向き直った。
「あなたにも久しぶりと言えばいいのかしら?」
「その認識は間違っていないと思いますよ。
これでも、一応はフィフスとして登録されましたからね」
「それで、あなた達の目的は何なの?」
「今のですか、それとも当初のですか?」
「そうね、取りあえず今のを聞いておきましょうか」
ならばと、カヲルは共存だと言い切った。しかしミサトは、そんなカヲルの答えに納得しなかった。
「共存というのは目的じゃないわ。
それは、目的を達成するための手段にしか過ぎない。
あなた達は、人類と共存して何をしたいというの」
「それは……」
困ったなと、カヲルはシンジの顔を見た。殺し合いをやめて共存という話は出たが、そこから先の話は考えていなかったのだ。
「共存することから先、何かをしようとは考えていませんでしたよ。
惣流さん、君は僕たちに共存という条件を突きつけたね。
その先のことについて、何か案を持ち合わせているのかい?」
カヲルに話を振られたアスカは、全然と首を横に振った。
「あたしとしては、当面の問題さえ解決すれば良かったのよ。
だから、その後あんた達がどうなろうと構わなかったわ」
「なにか、ずいぶんと無責任に聞こえるのは気のせいかい?」
「だって、そこから先はあたしの問題じゃないもの。
あたしは、シンジと幸せになればそれで良いんだから」
そう嘯いたアスカに、カヲルはやれやれと肩をすくめて見せた。
「世界の修正という当初の目的を失ったからね。
僕たちには、確固たる目的という物が無いのだよ。
だから、リリンと共存を続けていくうちに、その目的とやらを見つける。
それでは答えにならないだろうか?」
「周りを納得させるには不十分だけどね。
じゃあ聞き方を変えるけど、なぜあなた達は共存を選択したの?
少なくとも、生身では人類はあなた達に敵わないわよ。
エヴァに乗っていないアスカだったら、殺すことは簡単だったはずよ」
「おや、ロンギヌスの槍を小型化したと聞いていたのだがね」
カヲルは、そう言って大げさに驚いて見せた。そんなカヲルに、嫌みな奴とアスカは吐き捨てた。
「はったりだって分かって居るんでしょう?
今更そんなことを持ち出さないの」
「いや、すごいことを考えると感動したからね。
いろいろなリリンに聞かせて回りたいと思ったのさ」
「で、共存を選択した理由は何なの?」
話をそらすなと、ミサトは答えをカヲルに迫った。そんなミサトに、もともとはレイの我が儘だったとカヲルは種明かしをした。
「よけいに分からなくなったのだけど?」
「もともと、僕たちの目的はご存じだと思いますが?」
「再構成するときに狂ってしまった世界の修正でしょう?」
正確には違うのだと、カヲルは実情を打ち明けた。
「それは建前の目的ですよ。
むしろ手段と言った方が正しいでしょう。
もともとこの世界を再構成したのは、シンジ君の希望に答えたからです。
つまり、シンジ君に害をなさない世界。
それを作るのが目的だったわけですから、修正もその為に行うのが普通でしょう?」
「あ、あのね……」
カヲルの言葉に、ミサトは盛大にあきれて見せた。あれだけの大事を引き起こしておきながら、その目的がきわめて個人的なものなのである。この1年ほどの戦いで亡くなった人のことを考えれば、とてもではないが受け入れられる話ではない。ミサトの言葉に、それを読みとったのか、もちろん付随した目的もあるとカヲルは加えた。
「もともと、この世界にはエヴァも使徒も存在しないはずでしたからね。
僕たち自身、復活して驚いたくらいです。
そして、この二つが存在する限り、リリンに災いを及ぼすことは分かっていました。
だから僕たちは、目的のない使徒達に方向付けを行いました」
「それが、エヴァに関するすべてを消すことだというのね?」
「そう言うことです。
そして同時に、この狂った世界を産みだした元凶の抹殺。
ひずみを作った要素を排除すれば、世界は自力で修正に向かうはずだった」
「エヴァが決して良いものではないことは認めるわ。
それに、使徒は発生してしまった……
だから、使い道を考えたってこと?」
「有り体に言えば、そう言うことですよ。
どうすれば、エヴァと使徒を完全に抹殺することが出来るのか。
僕たちが仲間を殺すわけには行きませんからね。
だから、使徒はあなた達に倒してもらわなければならなかった」
そのカヲルの言いように、ミサトはぎょっとして腰を浮かせた。カヲルの言っていることが確かなら、自分たちは彼の手のひらの上で踊っていたことになる。
「もちろん、僕たちにも計算違いはあります。
僕の身体と一緒に隠されていたエヴァ。
あれは、最後に利用するつもりだったんですよ。
なにしろ、純粋に破壊を行うのなら、この身体よりあっちの方が好都合ですからね」
「砦と一緒に埋まったことが計算違いというわけ?」
「あそこで、彼女のために命までかけてくれる人がいるとは思いませんでした。
まあ、そのせいもあって計画実行に迷いが出たのですけどね」
「迷いが出たと言うことは、計画を捨てたという意味ではないのね」
もちろんそうだと、カヲルは頷いた。
「当初の計画を実行すれば、世界のすべては丸く収まる。
だが、その実行には大きな困難があったと言うことです」
「大きな困難……それは何だったの?」
分からないと、ミサトはカヲルに先を促した。なにしろ、その期間は重体でシンジが入院していたのだ。使徒に対抗する方法はなかったはずなのだ。
「実のところ、レイが反対したんですよ。
いくら僕でも、彼女の協力なしに計画を進めることは出来ませんからね」
「私は、碇君の望みを叶えたかっただけ……」
うんと頷いて、カヲルは説明を続けた。
「もともと、ATフィールドで区切られた世界を望んだのはシンジ君ですからね。
だから、シンジ君の望みを第一に考えるのも言ってみれば当然とも言えることです。
いくら彼女の存在がイレギュラーだったとしてもね」
「アスカの存在がイレギュラー……
使徒、エヴァの存在を願ったのがアスカだとしても、存在自体がイレギュラーってことは無いでしょう?」
当然すぎるミサトの疑問なのだが、カヲルはイレギュラーという言葉を繰り返した。
「もともと、彼女の役割は違っていたのですよ。
僕たちは、シンジ君をあなたに導いてもらいたいと思っていたんですよ。
そして、そうなるように世界を再構築する予定だった……」
「あ、あたしぃ!!」
盛大に驚いたミサトに、カヲルは表情を変えずにそうだと答えた。
「いくら傷つけ合う他人の存在を認めたとしても、それが劇薬では困るでしょう。
だから、シンジ君をあなたに任せようと思ったわけです。
もちろん、優しく厳しい姉としてですけどね」
「あ、姉……姉さん……そうよね。
いくら何でも、あたしとシンジ君じゃね……」
焦ったミサトに、アスカは横から冷たい視線を向けた。それを感じたミサトは、背中に冷たいものを感じていた。
「そして世界を再構成したのですが……
思いもしない横やりで、再構成の過程で世界はもう一つステップを踏んでしまった。
シンジ君と惣流さん……二人だけが存在する、生き物の死滅した世界というステップを」
カヲルの視線に、シンジとアスカの二人は頷いた。今としてははっきりとしない記憶なのだが、それでもそのときのことはおぼろげながら覚えていたのだ。二人しかいない世界で、世界でたった一人の連れあい候補を殺そうとしたこと、殺されそうになったこと……
「その記憶が、あたしに必要以上にシンジを憎ませることになったわ」
「僕は、アスカが怖かった……」
なるほどと、ミサトはインパクト後の二人の変化の理由をようやく知った。いくら自分が家にいなくても、監視されているパイロットの住居である。それらしい出来事がなかったことを、ミサトは不思議に思っていた。それが、ようやく腑に落ちたと言うことである。
「エヴァが無ければ、彼女が日本にいる理由はないですからね。
だから、彼女はシンジ君とは全く違った世界で生きてもらうつもりでした」
「それが、アスカのシンジ君への執着で狂ってしまった?」
そう言うことかと納得しかけたミサトに、それも少し違うのだとカヲルは困ったような顔をした。そして、話しても良いかとアスカの顔を伺った。アスカは、埃を払うような真似をしてカヲルに続けさせた。
「シンジ君への執着が無かったとは言いませんよ。
しかし、それ以上に彼女にあったのは、理不尽さへの怒りでした。
エントリープラグの中に取り残された彼女は、自分を殺した……実際には死んでいなかったのですが、
エヴァ、使徒、その他世界を恨んでいたのですよ。
その恨みの深さが、エヴァや使徒のない世界を許さなかった。
世界にたった一つ残った狂気が、僕たちの力を歪めたと言うことです」
「狂気なんて、世界中に溢れていたと思うのだけど?」
ミサトの指摘に、それは違うのだとカヲルは答えた。
「レイが、狂気の元をひっくるめて補完世界に導きましたからね。
だから、世界には狂気はただ一つしか存在しなかった……」
「ち、ちょっと待ってよ。
補完計画発動で、すべての人類は一度LCLになったのよね。
その世界で、どうしてアスカだけが個を保っていられたのよ」
「そこに、大きな間違いがあったと言うことです。
あなたは、“全ての人類”と仰ったが、その中に例外があったと言うことです」
「それが、アスカだと言うの?」
「加えて言うなら、シンジ君もそうです。
なにしろ、補完世界はシンジ君の精神の上に構築されましたからね。
シンジ君には、個を保っていて貰わなければならなかった」
「ちょ、ちょっと待って……」
何かが頭に引っかかった。ミサトは、カヲルに少し待っていろとばかりに手のひらを向けた。
「なにか矛盾が有る気がしてならないのよ。
シンジ君の精神の上に補完世界が構築された。
でもそうすると、その土台となるシンジ君の存在は何なの?
シンジ君の生存が必要というのなら、シンジ君の命とともに補完世界は終わると言うこと?」
「あなたは、既にその例を見ていると思うのですけどね。
アラエルの攻撃を受けた時、惣流さんはどうなりましたか?」
「アスカが……幸せな夢の世界にいたと言うのはそう言うことなの?
でも、どうしてその世界にシンジ君が居なかったのよ。
アスカが作り上げた世界なら、シンジ君が居ても良かったはずよ。
ううん、シンジ君が居なければおかしいわ!」
分からないと叫んだミサトに対して、その答えはカヲルではないところから与えられた。
「たぶん、それはあたしが望んだからよ」
そう言ったアスカに、ミサトは目を剥いて驚いた。
「だって、あんた達……」
「一応思い当たる節は有るもの。
あたしのせいで世界が歪み、あたしのせいでシンジが危険な目に遭う。
だったら、あたしがシンジの側に居ちゃいけないでしょう?
だから、あたしはシンジの居ない世界での自分を考えていたのだと思う……」
「つまりは、アラエルの攻撃は失敗が初めから決まっていたと言うことです。
そして僕たちに取って悪いことは、このことで惣流さんが自分の気持ちに向かい合ってしまった。
それが、直後の攻撃を思いとどまる理由になったと言うことです」
「アスカが自分の気持ちに向かい合った……
それが、あなた達が攻めるのをやめた理由だというの?」
そう言われても、ミサトにはにわかには信じられなかった。それもそうだろう、ミサト自身、アスカの力はシンジに劣ると考えていたのだ。だがカヲルは、その通りだと繰り返した。
「僕たちにとって、やっかいな敵は惣流さんなんですよ。
自分の気持ちを知り、開き直った彼女はシンジ君以上だ……
そうレイに強く主張されましてね。
この前の夜、僕もそれを思い知らされましたよ」
「それで、あなた達は人に紛れ込むという面倒な真似をしたのね」
「彼女を含めたリリンに興味が増しましてね。
それで、しばらく観察させて頂きました」
そう言ったカヲルは、なかなか興味深かったと笑った。
「危機が遠ざかったとたん、些細なことが心に影響を与えることを知りました。
身近な人の存在、他人からの何気ない一言、そして自分自身の将来への夢・希望……
本当に些細なことにもかかわらず、僕たちの横やりよりも彼女の心を惑わせたということです。
ただ残念なのは、意外なほどシンジ君がしっかりとしていたことですね。
いささか強引とも言える方法で、彼女の思いを確固たる物にしてしまいましたよ」
「強引な方法?」
なにかと首をひねったミサトだったが、すぐに何のことを言っているのか理解した。そして、確かに強引だと大いに頷いて見せた。そんなミサトに、何か気になるとシンジは文句を言った。
「なにか、とてもわざとらしい反応に見えましたよ」
「仕方がないでしょう。
確かに強引だけど、女を黙らせる一番良い方法だと思ったんだから」
ミサトは、そうシンジに言い返しただけでなく、少しからかうように大人になったのだなと付け加えた。
「そう言う意味では、アスカも大人になったのねぇ……
あたしの知っているアスカは、男に触れるのも嫌だったものね」
「そ、そう言う昔のことを持ち出さないでよ。
い、今は、そんなことはなくなったんだから……」
「シンジ君以外でも?」
嫌らしく笑ったミサトに、アスカは沈黙で答えるという方法をとった。どう答えたとしても、問題が大きくなると考えたのだ。
「まあアスカをからかうのは後にして」
後からでもだめだと言うアスカの抗議を無視し、それでどうしたのだとカヲルに先を促した。
「あなた達の目論見がはずれたわけでしょう。
それで、どうすることにしたの?」
「ご想像の通り、直接的な方法に出ることにしましたよ。
ただ、多少事情が変わったこともありましたから、選択をシンジ君達に任せることにしました」
「事情が変わった?」
はてと、ミサトは首をひねった。時間が経ったこと以外、事情が変わる要素がミサトには思いつかなかった。そして、その疑問へのカヲルの答えもまた曖昧模糊としたものだった。
「世界のひずみ、それが極みに達してしまったのですよ。
ひずむだけひずんで、引き絞られた世界はちぎれてしまった。
彼女にその資格があるのは分かっていたのですが、こうもうまくいくとは思っても居ませんでした」
「よく、分からないのだけど?
もうちょっと、わかりやすく説明してくれない?」
「彼女が、世界を一つ産んだのですよ。
彼女は、アラエルの力で一度は世界を作りかけていたんです。
アダムたるシンジ君が、イブたる彼女の中に性を放ったのだからね。
そう言うこともあり得たのですよ」
「それが、事情が変わったという言うことなの?」
「とってつけた理由ですけどね」
そう言って、カヲルはシンジとアスカの顔を交互に眺めた。
「この二人は、いろんな意味で僕たちの期待を裏切ってくれるのですよ。
言い換えれば、予想もしないことをしてくれるとも言えるでしょう。
いささか話を強引に元に戻しますが、僕たちは実力行使という札を切る予定で居ました。
惣流さんが思いを遂げたところで、実力行使をちらつかせて二人の決断を見る。
いささか意地の悪い方法かも知れませんが、なかなか本質が見られる方法だと思ったのですよ」
しかし、その目論見が外れたのだと。カヲルは、少し大げさにため息を吐いて見せた。
「僕たちの変装……変身と言ってもいいものですが、
リリンに見破られるようなものではなかったのですよ。
現にあなた達は、一度僕たちを精密検査していますよね。
それでも僕たちの正体を暴くことが出来なかった……
それなのに、シンジ君には簡単に見破られてしまっていた。
しかも間抜けなことに、見破られているのに僕たちは気づいていなかったのですよ」
「そりゃあ、確かに間抜けね……」
それでと、ミサトは先を促した。
「だから、最初の一戦は完全にシンジ君達に精神的優位に立たれてしまったのです。
しかも、シンジ君と惣流さんは、僕たちの意図に気づいていた。
勝ち目があると思いますか?」
「でも、あなた達にはATフィールドがあるじゃない。
いくら何でも、生身の二人が勝てるはずがないでしょう?」
そうでなければ、元々の前提がおかしくなるとミサトは主張した。
「そのATフィールドって奴がくせ者でしてねぇ。
あなたが思っているような便利なものじゃないんですよ。
まさかとは思いましたが、その点を突かれてしまいましたよ」
「でも、生身ではATフィールドは展開できないのでしょう?」
いくら理由をつけても、ATフィールドが展開できない限り、同じ土俵には立てない。ミサトは、そう自分の考えを口にした。だから、どんなことをしても、使徒と生身で戦うのは無茶があるのだと。
「あなたの考えには、いくつが誤解があります。
ATフィールドは、リリンもまた持っているものなのですよ。
ただ、リリンとしての形を保つためだけに使われているため、僕たちのように使えないだけです。
そのことは、サードインパクトを思い出していただけると分かると思いますよ」
なるほどと、ミサトが頷いたのでカヲルは先を続けた。
「二つのATフィールドは、いくつかの現象を起こすことはご存じかと思います。
中和、浸食、反発、同調……
二人に脅しを掛けようと、彼女をATフィールドで壁に押しつけたんですよ。
最初はうまくいったんですけどね、すぐに彼女に同調されてしまいましたよ。
おかげさまで、後は何をやっても空回りばかり。
僕だけでなく、レイがやっても同じ結果になってしまいましたよ。
しかも、本質を隠すためにロンギヌスの槍というはったりまでかましてくれました。
僕たち使徒は、見事生身の人間の知恵にしてやられたと言うことです」
「そこで、シンジ君達が共存という条件を突きつけたって訳ね」
「そう言うことです……全く憎いところを突いてくる」
「憎いところ?」
よく分からないと、ミサトはカヲルに説明を求めた。
「僕たちの弱みをうまく突いてくれたと言うことです。
共存ならば、僕たちは消えなくても済む。
今更、選ばれる種は一つだけだなどと言うつもりはありませんからね。
それに、僕たちはリリンに興味を持ってしまった。
ちょうど迷っていたところに、おいしいえさをぶら下げられたのですよ。
知能の足りない僕たちが食いついたとしてもおかしくないでしょう?」
「だから、そうやって皮肉を言うのはやめなさいって言っているの!」
折を見て自分を皮肉るカヲルに、アスカはそうやって抗議した。だがアスカの抗議に、カヲルは涼しい顔をして褒めているのだと嘯いた。
「あの時は、本当に僕たちは思考力が低下してしまったからね。
それもこれも、君の見事なはったりと恫喝が原因だからね」
「周到な計画と、交渉力と言って欲しいものね」
「はったりで恫喝された僕たちとしては、精一杯の仕返しなのさ。
確かに、知恵という意味で君達は、使徒である僕たちを上回って見せたんだよ」
アスカとやり合うカヲルに、意外とおもしろい組み合わせだなとミサトはぼんやりと二人のやりとりを眺めていた。そして、こうして見ていると、使徒という生物がそれほど異端ではないのだなとも考えていた。
「まあ、レイとは長かったんだから……」
レイとは長い間、一緒に戦ってきた間柄でもあった。そして渚カヲルはと言えば、レイ以上に自分たちになじんでいるように見えるのだ。それを思えば、違和感を感じないのも不思議ではないのかとミサトは考え直した。そう考えれば、共存自体そんなにおかしなことではない。ミサトもまた、シンジ達の求めるものが分かるような気がした。
ただ、それでも疑問が完全に消えたわけではなかった。シンジやアスカがATフィールドに慣れているのはミサトも認めるところなのだ。だが、いくら慣れているからとはいえ、全く力の違う使徒のATフィールドと同調できるものなのか。どうしても、その辺りがすっきりと来てくれなかったのだ。
「いいわ。あなた達が共存という道を求めたこと。
全部を納得した訳じゃないけど、あたしにそれ以上の答えは用意できないわ。
でも、まだあたしには納得がいかないことがあるの。
その点を説明してくれると嬉しいんだけど?」
「納得のいかないことでしょうか?」
何をと聞いてきたカヲルに、ATフィールドの中和だとミサトは答えた。
「あなた達と私たちでは、ATフィールドの強度は全く違っているわ。
中和だ同調だと言っても、大きさが違いすぎると思うのよ。
それなのに、アスカが同調できたってのが分からないのよ」
それが可能なら、過去の使徒戦で苦労することはなかったはずだ。ミサトの主張はそこにつきたのである。だがその答えは、カヲルからではなくシンジから与えられた。
「すべて、僕が使徒に取り込まれた時のことが説明してくれます」
「新壱拾弐使徒のこと?」
そうだと、シンジは頷いた。
「使徒に飲み込まれたとき、僕は一人では脱出できない状況になっていました。
いくら頑張っても、元の世界に戻る道がなかったんです。
そんな手詰まりの状態の中、アスカ達は僕を見つけ、引き戻してくれました」
「それは分かるけど……あの時はエヴァを使ったでしょう?」
生身の人とは違うはずだと、ミサトは話の誤りを指摘した。だがミサトの指摘に対して、それだけではないのだとシンジは説明を続けた。
「確かに、最初に捕まえてくれたのはアスカですよ。
でも、その後にマナとレイコちゃんのATフィールドも感じることが出来たんです。
その強さは、エヴァに乗っているアスカと遜色のない物でした」
「つまり……」
ミサトは、その意味をかみ砕こうと口元に手を当てて考えた。
「私たちの居る世界で観測されるATフィールドの強さと、
実際のATフィールドの強さは別の物だと言いたい訳ね」
リツコあたりが飛びつきそうだ。そんなことを考えながら、ミサトはシンジに先を促した。
「ATフィールドが心の壁であると言うことですよ。
心の問題だったら、使徒より僕たち人間の方が勝っていると思いませんか?」
「ただ現象としての現れ方が違うと言うことね」
「向かっている方向、ベクトルが違うだけなら。
使いようによっては何とかなると思ったんです。
もっとも、やってみるまではうまくいくかどうかは分からなかったんですけどね」
「つまり、あなた達は賭けに勝ったと言う訳ね」
「ええ、アスカの手柄ですよ」
「シンジが気づいたからよ」
「はいはい、自分たちの世界にはいるのは二人きりになってからしてちょうだい」
やってられないと、ミサトはぱんぱんと手を叩いた。そして、重要なのはこれからどうするのかだと口にした。
「あなた達は、共存していくことを求めているのね?」
その問いかけに、シンジ達4人は頷いた。
「レイ、それに渚君……あなた達は、それが受け入れられなかったときにはどうするつもりなの?」
「黙って消えるつもりはありませんよ。
そうですね、シンジ君達の手の届かないところで精一杯暴れると言うのはどうです?」
出来るならばそんな真似はしたくないと、カヲルは付け加えることを忘れなかった。
「で、暴れるって具体的にどうするの?
目から光線とか、虚数空間を操ったりするの?」
「僕たちは、そんな化け物じみたことは出来ませんよ。
人混みに紛れて、ATフィールドをちょっと爆発させるだけのことです。
どかんと広げてやれば、沢山の人を犠牲に出来そうだからね」
その光景を思い浮かべ、ミサトはぶるっと体を震わせた。なまじ人間と同じ格好をしているだけに、一度紛れ込まれたら簡単に見つけることは出来ない。その状況でテロに及ばれたなら、むしろ大型の使徒が襲ってくるより被害が大きくなることは明白なのだ。しかも、人の中に紛れられたら、エヴァの使いようがない。打つ手が無いと言うことである。よく分かったと、ミサトは大きく頷いた。
「人間には、共存を選ぶという選択肢しか残されていないみたいね。
分かったわ、とにかく上を納得させる作戦を考えることにするわ。
場合によっては、あなた達にデモンストレーションをお願いするけど、
協力してくれるわね?」
あとは、口裏合わせが必要だとミサトは補足した。
「そのあたりのことは、あなたに全てお任せしますよ」
「あと、共存を受け入れる条件みたいな物はない?」
「そうですね……」
なにが良いのかとカヲルが考え込んだ隣で、レイがすかさず自分の希望を持ちだした。もちろん、アスカがそんなことを認めるはずがない。レイの希望は、シンジに保護観察されること。つまり同居したいと遠回しに言っていた。
「あたしは、あんたと同居したいとは思っていないわ」
「私の希望したのは、碇君との同居なの。
“あなた”との同居なんて、私も願い下げだわ」
「ざんねんねぇ、あたしはこれからシンジと新婚生活にはいるのよ。
“あんた”みたいなお邪魔虫が入り込む余地なんてどこにもないわ!」
「私は、共存を受け入れるに当たっての条件を出しただけ。
そのことの可否を認めるのは、国連であってあなたではないはずよ」
それにと、レイは少し口元を歪めた。
「ちゃんとあなたのことも考えてあるわ。
あなた達が、学校でうまくいっていたのは周知の事実。
だったら、あなたとカヲルが同居すればいいのよ」
「レイ、君は僕にやっかいなことを押しつけようとしていないかい?」
「私は、いやだから……」
「僕だって、希望を言わせて貰えばシンジ君との同居だよ。
すすんでやっかいを受け入れたいとは思っていないよ」
使徒二人からの言われざまに、ふ~んとアスカは目を細めた。
「あんた達二人は、あたしが厄介者だと言いたい訳ね!」
「恫喝され、馬鹿にされたからねぇ」
「厄介者じゃないわ、邪魔なだけ」
「……今から、殲滅してあげても良いのよ」
「それが出来ないことは承知済み。
命だけは見逃してあげるから、碇君の前から消えてくれる?」
「ファースト……急に言うようになったわね」
「緊急事態なのが分かっているから。
今碇君を救い出さなければ、手遅れになるもの」
「どう、手遅れになるのかな?」
「言うまでもないと思うわ」
こめかみをひくつかせたアスカに、口元をしっかりと歪めたレイ。おもしろい光景だなと、ミサトはのんきに二人のやり合いを見物した。敵視してもしょうがないのなら、受け入れるしかないのだ。そう割り切ってしまえば、かつての仲間だけに気が楽な物なのだ。今更使徒への恨みを持ち出すほど、事情を知らないわけでもなかった。
それでも、話だけははっきりさせておかなければならないと、もう一度ミサトは、カヲルに条件はないのかと聞き直した。今度の質問には、カヲルからすぐに答えが返ってきた。
「そうだね。
稼働可能なエヴァンゲリオンの廃棄と言うのはどうかな?
エヴァ、使徒の研究を続けることは制限しないけど、
パイロットが乗って戦闘できるエヴァンゲリオンを廃棄してもらえるかな」
「あなた達の驚異になるから?」
「あんなもの、僕たちには驚異になり得ないよ。
たとえシンジ君が乗ったところで、僕とレイ二人に勝つことは出来ないからね」
「だったら……なぜ?」
「あの二人を自由にさせてあげたい。
それで、説明には不足かな?」
カヲルが目を向けた先には、アスカとレイをなだめているシンジの姿があった。そのほほえましい姿に、ミサトはなるほどとカヲルの提案を理解した。
「でも、納得させなくちゃいけないのは、あたしじゃなくて国連なんだけどね」
「そこのところは、リリンのあなたに任せますよ。
惣流さんに手玉に取られたことから分かるように、どうも僕たちは交渉がうまくないようですからね」
「あたしにシナリオを書けって言うのね?」
「あなたなら、二人を不幸にはしないでしょう?」
そりゃあもうと、ミサトは力強く頷いて見せた。そして、二人のことも忘れていないと付け加えた。
「あなた達にも危害が及ばないように努力するわよ」
「そう言って頂けると嬉しいですね。
ところでお願いついでで申し訳ないのですが、
僕たちの生活の保障もお願いできるかな?
人を騙し続けるというのも、さすがに問題があるからね」
「それぐらいおやすいご用よ。
とりあえず、あなた達はネルフが保護と言うことで良いかしら?」
「贅沢は言いませんよ。
衣食住の保証だけで十分ですから」
話は決まったと、ミサトはカヲルに向かって手を差し出した。
「とにかく、後のことは任せておきなさい!
あなた達にも、シンジ君達にも悪いようになることはしないから」
「お願いしますよ、葛城さん」
差し出された手を、カヲルはしっかりと握りしめた。
続く