第九話 目覚め……再会(後)

シンジの戦いは、それまで抱いていた淡い期待をうち砕くものだった。使徒の行う遠距離からの攻撃こそ、驚異的とも思える反応速度でかわしてはいるのだが、ただ買わしているだけで、そこからは次への展望が見えてこないのだ。

攻撃の出来ないシンジと、有効打の与えられない使徒……戦闘自体は一件膠着していた。しかし誰の目にもシンジが不利なのは分かっていた。攻撃が当たらないと言っても、シンジのスタミナが無限に有るわけではない。しかも、たったの一度でも当たってしまえばそれでジ・エンドなのである。そのプレッシャーの中で、いつまでも今の動きを続けていけるものでないのは明白だった。それでもシンジは、ただひたすら敵の攻撃を避け続けた。いつか訪れる反撃の好機を信じて。

戦闘が始まって早1時間、始まった頃には山の上にあった太陽も今ではしっかりと沈んでしまい、満月がその座を取って変わっていた。

その長時間の間、発令所にいる全員はスクリーンから目を離すことは出来なかった。支援の攻撃すら行われなかったのは、ミサトがその役目を放棄したわけではない。通常兵器によるヘタな攻撃は、逆にシンジの目を奪うことになりかねないのだ。

「日向君、使徒のATフィールドは……」

少しでも有利な情報はないのか、それを期待してミサトは傍らにいる日向マコトに声をかけた。だがMAGIを見た日向から返ってきたのは、余計な希望を抱かせないものだった。

「依然健在です。今のままでは通常兵器では傷一つつけられませんね」

使徒の攻撃は、シンジをしてATフィールドの中和領域までの接近を許していなかった。

「何とかして使徒の注意を7号機から逸らさないと……」

ジリ貧の状況を変えるべく、ミサトは頭の中のありとあらゆる情報を検索した。少しでもシンジが使徒に近寄ることが出来れば、絶対的な強度を持つ新第五使徒のATフィールドを弱体化することが出来るはずなのである。だがそのためには、ほんのわずかな間だけでも、使徒の攻撃を逸らしてやる必要が有った。

ミサトはそこで、モニタに映し出された8号機を見た。シンジと同等の力を持ったパイロットがいれば、使徒を挟撃することが出来るのである。だが、そのパイロットというのが問題だった。ケンスケ、トウジの二人では明らかに不足であり、アスカでもどうかと言うところだった。そしてそのアスカは、とても使える状況になかった。

そこまで考えて、ミサトはいけないと首を振って浮かんだ考えをうち消した。あんな状態になったアスカを、自分はまた戦いに引きずり出そうと考えている。ならば、少しでも可能性の有る方法に賭けるしかない。エヴァ1体を捨ててでも、避けるのではなく敵の攻撃を遮ることで、シンジ時間を与えてやれないか。ミサトは、その可能性を探るべく、横でMAGIに張り付いていたリツコへと声を掛けた。

「リツコ……前みたいに盾って用意できない?」

使徒のエネルギー量を測定していたリツコは、その問いかけにディスプレーから顔を上げた。彼女から返ってきたのは、意外にも有るという答えだった。そこに光明を見つけたミサトは、どんなものだと言葉を続けた。

「改修中のエヴァの特殊装甲よ。
1枚じゃだめだけど、重ねて使えば5秒程度なら持たせることが出来るわ」

5秒という時間に、ミサトは失意のため息を漏らした。今現在で、使徒の攻撃は10秒程度の持続時間があったのだ。すなわち、ミサトの期待からは遠く離れたものだったのである。

「どう使うつもりだったの……ミサト」
「ダミーで起動した8号機に、シンちゃんの盾になってもらおうと思ったんだけどね」

そのためには、使徒の攻撃を1度完全に受けきる必要があった。だが、それが無い物ねだりであるのもミサトには分かっていた。

「ないよりはましか……
リツコ、大至急8号機の準備をして。シンちゃんの盾にするわよ」

少しでも可能性があるのなら、それを試してみないことには後悔すらすることが出来ない。それはリツコにも分かっていたが、それにしても気前のいい作戦であることは確かだった。

「高くつく盾ね……」
「良いじゃない、ここで勝てなかったらもう使うことはないんだから」

あっさりと言い放ったミサトに、それもそうかとリツコも同意した。お金のことは勝った後に考えればいいのである。負けてしまえば、気にする必要もなくなる。

「20分、頑張ってもそれが限界よ」

そう言い残して、リツコは発令所を飛び出していった。

***

誰も気にしていなかったのだが、その頃加持は発令所を出て病院へと向かっていた。目的地は、ミサトの否定した最後の可能性、すなわちアスカの病室である。

加持が病室に向かっている頃、すでにアスカは目を覚ましていた。だが、連続的に投与される痛み止めのせいか、その目覚めははっきりとしないものだった。そのせいか、加持のノックに答えたアスカの声は、普段の彼女からは別人と思えるものだった。

「誰?」
「加持だ
アスカ、入ってもいいか」

それでも、加持の名はアスカにとっては未だ特別なものだったようだ。先ほどよりはっきりとした答えがアスカから返ってきた。

「珍しいわね加持さん、こんな時間にお見舞いに来てくれるなんて。
今日はどうしたの……」
「ああ、ちょっとな。
それよりアスカ、具合の方はどうなんだ?」
「可もなく不可もなくってところかしら?
相変わらず鈍い痛みはあるけど、前よりはマシになっている気もするから」

そう答えたアスカは、何かあったのかと加持に尋ねた。機械の作り出す静寂は、外で行われている戦闘を病室に伝えていなかった。それでもアスカは、加持の態度にわずかな違和感を感じていたのである。そんなアスカに、使徒との戦闘が行われていると加持は告げた。加持は、アスカの反応でエヴァに乗せるかどうかを決めようと考えていた。もしも瞳に力を取り戻したのなら、躊躇うことなくエヴァに乗せようと。
しかし加持の期待にもかかわらず、アスカは目を伏せて『そう』と小さくつぶやいた。

「加持さんは、あたしにエヴァに乗れって言いに来たの?」
「そのつもりだったんだが……」

しかし、今の状態を見れば、そんなことを言えるものではないことは明らかだった。

「鈴原と相田が居るんじゃないの?」

病室に訪れたミサトは、ことあるごとに本部は大丈夫だと告げていた。だから安心して、体を治せと言うのである。それが、アスカのやる気のなさの原因ともなっていた。加持は、今のアスカの状態に内心舌打ちしつつ、アスカに対して最後の賭に出た。そして、その名前を聞いても変わらなければ、このまま病室を去ろうと考えた。

「今は、シンジ君が乗っている」

シンジの名に、加持はアスカの体が大きく震えたのを見た。それは、アスカにとってシンジの存在が“特別”で有るという証拠でもあった。

「し、シンジが来たんなら、もう心配ないわよね。
な、なにしろ、無敵のシンジ様だもの。
い、今更、あたしみたいなポンコツは、ひ、必要ないわよね」

だが、アスカの口から漏れ出たのは、自分を否定する自虐的な言葉だった。もちろん、アスカの気持ちがどこにあるのかぐらい加持にも分かっていた。

「確かにシンジ君は強い。
前のシンジ君と比べたら、雲泥の差だろう。
今のアスカじゃ、シンジ君の足下にも及ばない」

それでも加持は、アスカにとって厳しい言葉をぶつけた。その言葉の持つ危険さは承知の上だった。はっきりと落胆したアスカに、加持は出来るだけ優しい声で言葉を続けた。

「それでも、シンジ君は“無敵”じゃない。
いや、限りなく無敵に近づく方法は有るんだが、
今のままでは、それも難しいだろう」
「なぜ?」

アスカの問いかけに、加持は見えないところでしめたと拳を握った。まだ希望の火は消えていなかったのである。

「いくらシンジ君が強くても、一人で出来ることは限りがある」
「鈴原とか相田が居るじゃない」
「残念ながら、あの二人じゃ無理だな」
「あたしだって、役に立たないわよ……」
「違うな、アスカじゃなきゃ無理なんだ」
「それは加持さんの勘違いよ。
私には、それだけの力はないわ……」
「少なくとも、シンジ君はそう思っていない。
じゃなきゃ、わざわざ出撃前にアスカのところに来たりしない」
「あ、あたしをおもちゃにでもしに来たんでしょう。
あ、あいかわらず、め、女々しいやつ……」

震える唇で吐き出された言葉に、加持もそうだなと相づちを打った。

「確かにシンジ君は女々しいかもしれないな。
寝ている相手に告白しても何の意味もないことだ」
「……う、嘘よ。
シンジがあたしに告白なんかするはずがない!」
「俺もそう思うよ。
シンジ君に、アスカに拘らなければならない理由はないはずだ」

だがと。

「シンジ君は、アスカに好きだと言った。
それは、間違いようのないことだ。
それがどういう気持ちから出たものなのか、
残念ながら俺には分からない。
そして、このままでは永遠にその意味は分からなくなる」

そこまで言って、加持はアスカにシンジのことをどう思っていると問いかけた。

「……分からないわよ」
「シンジ君は嫌いか?」
「……そんなことはない……」
「このまま、シンジ君と永遠に逢えなくなっても良いか?」

その質問に、アスカはすぐに答えを返さなかった。

「シンジ君は今、新第五使徒と戦っている。
飛び道具相手だ、シンジ君でも無事ではすまないだろう」
「……私は……」
「もちろん、今のアスカに出来ることは少ない。
だが、シンジ君の運命を変えうるのは、アスカだけなのも確かだ」

もう一度加持は、シンジに逢えなくなっても良いかと尋ねた。ようやく、アスカから答えが返ってきた。

「……良くない」

小さくつぶやかれたアスカの答えに、加持は賭に勝ったのだと確信した。

***

もっとも、アスカをその気にさせたところで、それですぐに出撃という訳にはいかなかった。何しろ、それまで安静の必要な怪我人として収容されていた彼女である。当然回りは、アスカを出撃させるなどとは夢にも考えていなかった。そのため、出撃の準備を要請した加持に、リツコの視線は限りなく冷たかった。

「加持君。何を考えているの。
今のアスカを乗せようだなんて」

リツコに言わせれば、安静の必要なアスカを出撃させるのはもってのほかだったのである。しかも、彼女を乗せようとする期待自体、とても万全とは言えないものなのだ。今のアスカのコンディションと合わせれば、死ににいくために出撃させるようなものだった。

「いいこと、8号機はアスカ用に調整されても居ないのよ。
それに片腕がない状態で、どうやって戦おうって言うのよ。
盾だって、たったの5秒しか保たないわ。
ミサトの作戦はね、8号機を捨てようって言うものなの。
捨てる機体に、パイロットを乗せるわけにはいかないわ」
「しかしだりっちゃん。
その作戦の成功可能性はきわめて低いんだろ?
もしここでシンジ君が負けるようなことが有れば、それで俺たちは一巻の終わりだ。
無駄かもしれないが、最後のあがきをしても良いんじゃないのか?」

そしてと、これはアスカのためでも有るのだと言葉を続けた。

「それに、このままではアスカがだめになる。
それを一番よく分かっているのはりっちゃんだろ?」

その言葉に、リツコは沈黙した。加持の言うとおり、アスカの抱えている問題は大きい。たとえこの場を生き残ったとしても、シンジの犠牲の上になされたと知ったら、アスカは二度と立ち直ることはないだろう。それに、リツコ自身アスカに期待していたことも確かだった。他の誰でもない、シンジとユニゾン出来るアスカだけが持つ期待と言って良いだろう。
はなはだ心許ない希望ではあるが、リツコもまたその希望にすがることにした。

「ミサトが怒るわね」

そんなリツコに、加持は肩をすくめて見せた。

「俺が何とかするよ」

加持の答えに、リツコはにやりと笑うと盾を準備していたスタッフに大声で指示を出した。

「大至急パーソナルパタンをアスカに変更して。
すぐにでも出るわよ」

その意味の分からぬ彼らではない、いよいよと言う予感に背筋に一本筋が通った。

***

加持のおかげで8号機に乗り込んだアスカは、気を落ち着けるようにゆっくりとLCLを吸い込む動作をした。失われた左腕のせいで、違和感は感じるがそれも我慢できないものではない。これまで行われてきた訓練では、同様の状況を想定したものもあったのだ。自分に期待されているのは、相手ののど笛を噛み切ってでも得られる勝利。使徒と戦うのはそう言うことだとたたき込まれてきた。

「あの二人……」

戦いを前につまらないことなのは分かっているが、アスカはモニタに映る二人の少女に関心を向けた。その二人の片方には見覚えがある。思い出したくもないことなのだが、ドイツ支部でハインツに見せられた写真に写っていたのである。ならばもう一人が、シンジの相手と言うことになる。小さなモニタ越しでよく分からないのだが、落ち着いた空気だけがアスカには伝わってきた。

「とにかく、守備に徹してちょうだい。
それから、敵の攻撃を出来るだけ散らして受けて。
一点で受けていると、盾は5秒しか保たないわよ」
「ミサトも難しいことを言ってくれるわね!」
「アスカじゃなきゃ、こんなことは言わないわよ。
とにかく、反撃するだけの時間をシンジ君に作ってあげて」
「でも、反撃ってどうやってするの?
まともな飛び道具は無いんでしょう?」

視線を一人の少女に固定したまま、アスカはミサトとの打ち合わせを続けた。

「残念ながら、私には分からないわ。
でも、シンジ君が必ず何かしてくれる。
私はそう信じているわ」
「信じるって、あんたねぇ。
とにかく、あたしは与えられた仕事をするわ」

アスカは、少女が自分に向かってほほえんだ気がした。もちろん、アスカがどこを見ているのかなど、モニタの反対側から分かるはずはない。だがアスカは、それが自分の勘違いなどでないとはっきりと感じていた。

「とにかく……
アスカ、頑張ってね!!」
「あんまり期待はしないでね……」

少女が自分に向けてほほえんだ意味は分からない。しかしアスカは、そのことに拘ることを辞めた。シンジのことも自分のことも、そしてシンジの側に居る少女のことにしても、すべてがこの戦いに勝ってから考えればいいことなのだ。

(いくわよ、アスカ……)

アスカは、自分を鼓舞する呪文を唱え、しっかりと操縦レバーを握った。

「負けられないわね」

片腕のない8号機では、まともな戦闘が出来ないことぐらいは承知していた。与えられた盾も心もとないものだ。それでも生き残るためには贅沢は言えない。シンジの攻撃に掛けるしかないのだ。

「ファーストにだって出来たんだから」

皮肉なことに、人形と嫌っていた彼女の活躍が、今のアスカの支えとなっていた。

***

シンジは使徒の攻撃を避けながら、反撃のタイミングを計りつづけた。接近だけならさほど難しいことではない、今のままでも近寄るだけなら何とか可能だと思っている。しかし、問題はそこから先のことだった。接近したのなら、一撃で使徒を仕留めなければならない。しかし今のままでは、その手だてがシンジには無いのだ。シンジは、避けながら少しずつ間合いを変えていった。欠けているのは、気を溜めるためのわずかな時間。それさえ有れば、自分の身はさておき、使徒を倒すことが出来る。シンジは、そのチャンスが訪れるのを信じて辛抱強く待った。

ただシンジにとって不幸だったのは、人であるシンジには限界が有ることだった。それに対して、まるで感情を持たない機械のように、使徒からは淡々と攻撃が続けられている。このまま時間だけが過ぎ去れば、先に訪れる結果は間違いようのない敗北だった。すでにシンジは、自分の反応が少しずつ悪くなっているのを自覚していた。

「このままじゃ……」

必ず生きて返る。そう約束したものの、その可能性は次第に低くなっていった。

「マナ……ゴメン……約束を守れないかもしれない」

それどころか、このままでは使徒を倒すことさえ出来なくなる。シンジの頭には、自爆という言葉がちらつき始めていた。

***

使徒とシンジの戦闘も、ついに2時間を超えようとしていた。見ていることしか出来ない自分に、ミサトは苛立ちを隠すことが出来なかった。アスカという最後の札を切る決断はした。だが、このままではその決断も無駄になるおそれが大きくなっていた。

「日向君、アスカはまだなの」

みんな精一杯にやっている。判っていても、ついその言葉が口をついて出てしまう。何度その言葉を口にしただろう、言う方も言われる方も、いい加減鬱陶しくなった頃、待望の報告が日向からあげられた。

「準備出来ました!すぐに射出できます」

その答えを待ちわびたミサトは、いつも以上の大きな声を張り上げた。

「8号機を27番に射出!!
アスカ、出撃よ!!」

2年の時を越え、再び最強のコンビが第三新東京市に現れる時を迎えた。

***

披露というものは、自覚をすることによって加速されてしまう。長時間の戦いの末、シンジはついに自分の披露を自覚してしまった。そして、その自覚は敵に対する焦りを呼び起こしてしまった。いつまでたっても変わらない攻撃を続ける使徒に、シンジは自分の力への疑念を感じてしまったのである。そしてその結果、シンジは迂闊にも足場を見誤ってしまった。使徒の攻撃を避けたところで、脆弱な地盤に足を取られ、大きくバランスを崩してしまったのである。そこに、まるでそのタイミングを狙い澄ましたように、使徒から過粒子砲が放たれた。
引き延ばされる時間の中、シンジはとっさにATフィールドを全開にした。そんなことでしのぎきれないことは分かっていたのだが、それが今のシンジの限界だった。

(ここまでか……)

そう覚悟を決めたシンジだったが、意外にも使徒の攻撃は7号機に届かなかった。それは、使徒の攻撃がはずれたのでも、ATフィールドが役にったったのでもない。寸前に現れた白い影が、使徒の攻撃からシンジを守ったのだった。

「綾波……」

シンジには、その姿がヤシマ作戦の時のレイの姿にだぶってしまった。それでも、わずかに出来た時間のおかげで、シンジは態勢を立て直すことに成功した。ちょうどそのとき、無様な姿をさらしたシンジに対して、容赦のない罵声が飛んできた。

「何寝ぼけた事言ってんのよ
アタシがガードするから、さっさとアイツをやっつけちゃいなさい」
「アスカ……」

どうしてと問いかけたい気持ちを抑え、シンジは5秒だけで良いから時間を稼いで欲しいと頼んだ。それだけの時間が有れば、自分は反撃できるのだと。

「5秒で良いのね?」

アスカは、どうやって反撃するのかとは聞かなかった。シンジに合わせるようにして使徒の攻撃を避けながら、攻撃に移るチャンスが訪れるのを待った。本人達は気づいていないことなのだが、それは第七使徒との戦いを彷彿とさせる、見事にそろったユニゾンを形成していた。

「いくわよ、シンジ!」

使徒の攻撃がとぎれたところで、アスカは盾を構えて7号機の前に立ちふさがった。一度攻撃を受けているため、すでに与えられた盾の強度は期待できない。それでも、逃げ出そうという気持ちはアスカの中から消え去っていた。

***

「間一髪と言う所ね」

使徒の攻撃と7号機の間に割り込んだアスカは、間一髪のタイミングに小さく溜息を吐いた。だが、ここで安心しては居られない、何しろ手にした盾が見る見るうちに溶けていくのが判るのだ。それでも、7号機が態勢を立て直すまでは自分が支えなければいけない。アスカは、言われたとおりに攻撃を受けるポイントをずらして、何とか盾の延命をはかろうとした。だが、スピーカから聞こえてきたシンジの声に、アスカは頭に血を上らせることになった。

『綾波……』

それでも、怒鳴り散らしたい気持ちを抑え、7号機が動いたのに合わせてアスカは自分の機体も回避させた。もちろん、不埒なことをつぶやいてくれたことへの文句は忘れなかった。

「何寝ぼけた事言ってんのよ
アタシがガードするからさっさとアイツをやっつけちゃいなさい」

とりあえずの文句で、アスカは頭を切り換えることにした。これ以上は、戦いが終わってからとっちめればすむことなのである。まずは目の前の敵を倒そうと。

『5秒で良い、それだけ支えてくれないか!』

そしてシンジから返ってきた言葉に、アスカは彼の成長も感じた。

(あいつも分かってきたじゃない)

今度こそうまくやれるのかもしれない、シンジの言葉はアスカにそんな期待を抱かせるものだった。

「いくわよ、シンジ!」

使徒の攻撃が切れたところで、すでに心許なくなった盾を構えてアスカはシンジを守るべく、使徒の前に立ちふさがった。

***

レイコは、奇麗にシンクロして動く2体のエヴァの姿を見詰めていた。

「あの人は……」

大切な人の心に居続ける人。そして大きな力を与えることの出来る人。レイコの目にも、8号機のサポートが入ってから、7号機の動きが良くなったのが分かった。

「シンジさんの心を支える人」

決着の時がやってきたのが分かる。ガードに入った8号機の後ろで、シンジの7号機奥義のための気を溜めに入っていた。

「なんのためらいも無く盾になれる人」

そこに放たれた、死を呼ぶ光の束。それを受け止めることで、盾がどんどん溶けていくのが見えている。

「シンジさんが信頼している人……」

あんなことをして怖くないのか?自分にも同じことが出来るのか自信が無かった。

「絆なの……」

それが出来る二人に、レイコには強い絆を見たような気がした。それを悔しいと感じたレイコは、隣に立つ兄の手をぎゅっと握りしめた。ムサシは、そんなレイコの気持ちに気づかないのか、ただ目の前のスクリーンの光景を見つめ続けた。

「出るぞ……流星」

ムサシの言葉を裏付けるかのように、スクリーンから7号機の姿がゆがんで消えた……

***

シンジは急ごしらえの剣を上段に構えると、精神の集中を図った。アスカが居る。だから自分は、守りを気にする必要はない。自分はただ敵を倒すことだけ考えればいいのだと。

シンジには使徒の攻撃により目の前に花火のように広がる火花も目に映らなかった。シンジはただ自分の気を高めることだけに集中していた。

遠くにある使徒の姿が次第に大きくなる。必殺の意思を込めた一撃のための集中がシンジにそう錯覚させる。シンジは使徒の上に自分が振り下ろす軌跡が見えたと思った瞬間、溜めていた気を吐き出すかのように短い掛け声をあげた。

「はぁっ!」

掛け声とともに、シンジの駆る7号機は、それまでの距離がなかったかのように使徒の前に忽然と現れた。そしてそのまま剣を使徒へと振り下ろした。

斬。たとえて言えばそうだろうか。丸い棒を振り下ろしたにもかかわらず、まるで名刀の様な切れ味でシンジの攻撃は使徒を切り裂いた。

「パターン青消滅。
使徒の殲滅を確認しました!!」

ゆっくりと崩れ落ちていく使徒の姿に、シンジは勝利を実感した。

***

浮遊していた使徒がその力を失い地面に激突する映像は、それこそ発令所全体を狂喜させた。使徒3体の同時侵攻という厳しい事態を乗り切った安堵も有る。しかしそれ以上に、頼もしい二人が帰ってきたのである。少なくとも、セカンド・サードの復帰は、使徒の恐怖に打ち勝つだけの希望を全員に与えていた。

三度目の正直と全員が勝利に浮かれている中、それでもミサトとリツコの二人は蚊帳の外にいた。これ以上使徒の侵攻が有れば、今度こそ支えきれないのもまた確かだったのである。従って、日向がまとめる哨戒情報ミサトは固唾をのんで見守っていたのである。

「哨戒中のUN、並びにMAGIは新たな使徒をキャッチしていません」

日向の報告に、ミサトはようやく安堵の息を吐き出した。

「どうやら今日はこれで打ち止めのようね」
「そう願いたいですね」

心の底からそう思う。日向もまた疲れた顔で、ミサトに向かって相づちをうった。

「さてとしんちゃんとアスカだけど。
リツコどうなってる」

声をかけられたリツコは、医療班への指示を出し終えるとミサトに答えた。

「二人とも無事よ。
医療班も出動したから、すぐに収容できるわ」

しかしと、リツコは少し表情を曇らせた。それに気づいたミサトは、間髪を入れずにその理由を問いただした。

「予想以上にエヴァの被害が大きいのよ。
7号機は右足の健が断裂しているうえに、全体的にガタが来ているわ。
それから8号機。加粒子砲を直接受け止めたからかなりのパーツ交換が必要ね。
両方とも、修復までにかなりの時間が必要ね。
早くアメリカから5号機を持って来ないと苦しいわよ」

リツコの報告に、ミサトはちらりと指令席にいる冬月を見た。さすがに勝利を喜んでいるようには見えたのだが、それでもその笑顔が引きつっているように見えるのは錯覚ではないだろう。

『予算が大変ね』

ミサトは、国連の場で突き上げを食う冬月の姿を思い浮かべた。そして、いささか不謹慎であるのだが、その姿に思わず苦笑を浮かべてしまった。

***

目の前の戦いに、ムサシは自分の体が震えるのを止めることが出来なかった。それは、戦いへの恐怖からではない。使徒を倒したシンジの存在が彼の心を揺すぶったのである。

(こいつを越えたい!)

師や敵ではない。それまで親友として付き合ってきた男が、自分の前に大きく立ちはだかったのである。友の成長を喜ぶのと同時に、得難い好敵手の誕生に、ムサシの心が歓喜の声を上げたのである。

そして、好敵手の誕生に武者震いしているムサシの横で、マナとレイコが抱き合ってシンジの無事を喜んでいた。長時間の戦いは、二人の心に絶望の種をまいていたのだ。それが最後の最後で、見事に逆転勝利をつかみ取ったのである。二人には、良かったと言う以外の言葉が見つからなかった。

***

終わった……

緊張を解いたシンジは、細く長い息を吐き出した。LCLでは呼吸をする必要はないのだが、やはりこう言ったときには呼吸法が精神の集中を高める役に立つ。

(もう一体来たら、戦えないな……)

そして、緊張を解いたとたんに伝わってきた痛みに、シンジは7号機が限界を超えているのに気が付いた。7号機の機体強度が弱いのか、それともそれをなしえた自分がすごいのか。それは後からリツコ辺りが説明してくれるだろう。

「アスカ、ご苦労様……」

痛む体を引きずって、シンジは最後に自分を守ってくれたアスカの方へと振り向いた。だが、そんなシンジの目に飛び込んできたのは、ゆっくりと崩れ落ちていく8号機の姿だった。

「しまった!!」

急ごしらえの盾なのだ。しかも一度使徒の攻撃を受けているとなれば、二度目が保つはずが無いのである。そんなことも気づかなかった自分に、シンジは舌打ちをすると7号機をアスカの元へ急がせた。だが、ここに来て限界を超えた7号機は、シンジが思うように動いてはくれなかった。
シンジとしては、気の遠くなるような時間を掛けて、ようやく7号機は倒れている8号機の元へとたどり着いた。そしてあわててプラグを抜き取ると、安全確認もそこそこに自分もまた7号機から飛び出した。

まるで過去の出来事をなぞるように、シンジは高熱になったレバーを力任せに捻った。使徒の攻撃に焼かれたレバーは、シンジの手のひらを焼いたのだが、その痛みもシンジには気にならなかった。あのときよりも酷いのではないか、アスカを失う恐怖が、シンジに痛みすら忘れさせたのである。そしてそのシンジの必死の思いは、熱にゆがんだ扉をこじ開けさせた。

「アスカ!!」

湯気を立てて流れ出すLCLに逆らって、シンジはプラグの中に飛び込んでいった。LCLが高温になっているのなら、救出は一刻を争うのである。シンジは、プラグの中からアスカを引きずり出すと、あわてて肺の中に貯まったLCLを吐き出させた。

「心臓は動いている……呼吸は……停止している!!」

あわてては居たが、パニックには陥っていなかった。シンジはアスカの容態を確認すると、何のためらいもなくアスカの鼻をつまんで息を吹き込んだ。

「死なせるもんか!!」

何度も息継ぎをしながら、シンジは必死になってアスカに息を吹き込んでいった。

「死なせてたまるか、死なせるもんか!!」

そのシンジの熱意が届いたのか、アスカはごぼりと口からLCLを吐き出した。そして、何度もむせ返ったような咳を繰り返した。

「良かった……」

シンジは崩れ落ちるようにしてお尻を下ろすと、大きく安堵の息を吐き出した。最初のうちは咳き込んでいたが、今はゆっくりと胸も上下している。とりあえずの山は越えたと判断して間違いないだろう。

「アスカ、後少しだけ我慢してね……」

救助隊の姿を見つけたシンジは、アスカの体を抱え上げて歩き出した。天には、青白い光を放つ月が昇っていた。そして、人口の光のない景色を、月の光は青白く染め上げていた。

「また、僕はこうしている……」

前はレイだった。そして今度は、アスカを抱き上げている。

「アスカ、僕は許してもらえるのかい?」

それが、甘えから出た言葉であることをシンジは自覚していた。

続く