新たな使徒接近の知らせは、初勝利に沸き上がっていた発令所の雰囲気をいっきに絶望へと叩き落とすものだった。確かに、今回の勝利は自信につながるものだったのだが、傷ついたパイロットとエヴァを前にして、楽観できる要素がどこにもないのは誰もが分かっていたことなのだ。せめてパイロットの傷が癒えてから、全員の顔に浮かんでいたのは、話が違うのではないかという悔しさだった。そんな虚脱と絶望、怨嗟の中から最初に立ち直ったのはミサトだった。ミサトは全員の背筋に一本の筋を通すかのように大声を上げ、戦闘態勢の維持を命令した。
「そのまま第一種戦闘体制を維持、
日向君、ここへの到着予定時間は」
「後60分です」
全くの待ったなしなのである。あまりの時間のなさに絶句し掛けたミサトは、何とか気を取り直すと次なる戦いへの備えへと頭を切り換えた。
「そう、それでどんな奴か確認できる?」
「まだ光学観測出来る距離に到達していませんので詳細は不明です。
哨戒機の到着までに、10分待ってください。
ただ、観測される波形パターンからMAGIは一つの推測を行っています」
「推測、どんな?」
「おそらく、イギリス支部を襲ったやつではないかと……」
日向の報告に、ミサトは次の作戦をどうするかを考えた。イギリス支部を襲った使徒は、少ない目撃者の証言から、第4使徒に告示していたと言う情報を得ている。過去、経験の少ないシンジでも倒せたことを考えれば、まだ与しやすい相手であると考えられるのだ。だからミサトは、パイロットをどうするべきかに迷ったのである。
いかに過去の実績があるとはいえ、エヴァとの相性は不変ではないのである。確かにアスカは高いシンクロ率を示したのだが、それがそのままシンジに当てはまるというのは楽観的すぎる考え方なのである。シンジがシンクロするからくりのあった初号機ならいざ知らず、他人に合わせてある今の量産機にシンジが適合するかどうかは、実験を行ってみなければ全く分からないのだ。だが、1時間と迫った敵の接近は、その実験の間をネルフには与えてくれなかった。かといって、正規パイロットであるケンスケは、先ほどの戦闘で大きなダメージを負っていたのだ。
だが、いつまでも悩んでいるわけには行かない。歩きながら考えればいいと、ミサトはとりあえず現有のパイロットを集めることにした。
「日向君、パイロットおよびエヴァの収容よろしく。
それから、大至急シンジ君をパイロットルームまで来させて」
そう言い残して、ミサトは駆け出すようにして発令所を後にした。
トウジとケンスケが使徒と戦っているとき、シンジ達は加持に連れられネルフ本部へと到着していた。シンジにとって2年半ぶりのネルフである。もはや訪れる事はないと思っていただけに、シンジの胸には複雑な思いが渦巻いていた。
「どうしたシンジ君」
加持の声に、シンジははっと顔を上げた。その姿は、自分自身考え込んでいたことに気づいて居ないものだった。
「え、ええ、何かずいぶんと久しぶりの気がして……
もうここに来る事もないと思っていましたから」
「そうか……
ところでシンジ君、このまま発令所に行くかい?」
「どこか、ほかに行き先があるんですか?」
加持の意図を掴み損ねたシンジは、真剣にどこかほかの場所があったかと悩んでいた。そんなシンジに、大まじめにアスカのところは良いのかと尋ねた。
「どうしてアスカのところに?」
「シンジ君が、最初にご機嫌をとっておかないといけない相手だからさ」
ここまで来て、ようやく自分がからかわれていることにシンジは気が付いた。だが、そのままからかわれたことを悔しがるのは癪なので、シンジはシンジなりに加持へと逆襲した。
「でも加持さん、肝心なことを忘れていますよ。
ミサトさんのところに最初に行かないと、一生このことでからかわれますから!」
シンジとしては、及第点の切り返しのつもりだったのだが、その切り返しは簡単に言葉尻を捕まえられるものだった。
「と言うことは、これはシンジ君にとって一生のネタになることなんだな?」
つまり、アスカと一生一緒にいると言うことをシンジは口にしたのである。加持の言葉にそれに気づいたシンジは、自分のうかつさに気づきあわてて言いつくろおうとした。だがシンジが口を開くよりも先に、加持はシンジへととどめを刺した。
「シンジ君、言い訳をする相手は俺じゃないと思うがな?」
そう言って加持が指を差した先には、興味津々と言った様子で聞き耳を立てている二人の少女の姿があった。シンジにとって、レイコはまだ良かった。だが、同じ家に住むマナは、逃れようのない相手だった。
「まあ、エースパイロットを虐めても仕方がない。
とりあえず、戦況をつかむためにも発令所に急ぐことにしよう」
それで良いかと言う加持に、そこにいた全員が頷いた。加持のところに電話が掛かってきたのは、ちょうどそのときだった。その瞬間、事情の理解できない少女二人を除いて、その場にいた男達に緊張が走った。何しろ、自分たちがどこにいるのか把握されている以上、問題が無いのならば、わざわざ電話などと言う通信手段を執らなくても良いのである。それでも連絡してきたと言うことは、これからのシンジの行動に、何らかの新しい指示が必要になったと言うことである。
「シンジ君、すぐにブリーフィングルームへ行ってくれ。
どうやら、シンジ君の出撃が必要な状況らしい」
「僕の出撃って……
もしかして、トウジとケンスケが負けたんですか!?」
第三使徒迎撃のさなかに、出撃の話をされればシンジがそう考えるのも仕方がない。だが、加持はもう少し事情が複雑なのだと答えを返した。
「とりあえず、第三使徒との戦いは勝利したらしい。
だが、その戦いで相田君が負傷したと言うことだ。
しかも、海上を新たな使徒が接近中と言うことだ」
「新たな使徒?」
そんなと驚くシンジに、加持はとにかく急いで欲しいと頼んだ。加持の言葉に自分を取り戻すと、分かりましたとシンジはその場を駆けだした。その背中を見送った加持は、ムサシ達へと振り向き申し訳ないと頭を下げた。
「聞いての通りの事情だ。
悪いが、君たちは俺について来てくれないか」
加持の言葉に、ムサシは黙って頷いた。
どういう顔をすればいいのか、加持と歩いているときにはいろいろと考えていたシンジだったが、緊急事態の中そんなことはすべて頭の中から抜け落ちていた。息せき切らして駆け込んだシンジを、なつかし人たちは変わらぬ態度で迎えてくれた。
「シンジ君!」
「シンジ」
「みんな……ただいま」
シンジの口からは、自然にただいまという言葉が発せられた。ただいま、単純な響きのその言葉に、シンジは自分の居場所がどこなのかを知った。
「よう来てくれたな、シンジ」
そんなシンジに、トウジは両の足でシンジの前に立つと、さっと右手を差し出した。
「トウジ……」
「なんちゅう辛気くさい顔をしとるんや。
せっかく再会したんや、しゃきっとせんかい!」
「あ、ああそうだね……」
少し面食らいながら、シンジは差し出されたトウジの手を取った。その手を、トウジはしっかりと握り返した。3年、それ以上になるだろうか、第13使徒との戦い以来、久しぶりに相まみえた親友の握手である。固い握手を交わす二人に、取り込み中悪いのだけどとミサトが割り込んできた。
「シンジ君、着いた早々悪いんだけど、出撃してもらえるかしら」
「二度目ですね、ミサトさん」
そう言ったシンジに、これはやり直しじゃないとミサトは言い返した。
「シンジ君は、自分の意志でここに来たんでしょう?」
「そうですね、確かに前の繰り返しじゃないですね」
あっさりとシンジはミサトの言葉に同意すると、状況を説明して欲しいと切り出した。
「便宜上こう呼んでいるけど、新第三使徒は7号機、8号機の共同作戦にて殲滅
その際に8号機は左腕下腕部ならびに頭部を損傷、
現在応急措置をしているけど左腕の方は出撃には間に合わないわ
新第四使徒は現在こちらに接近中、50分後には到着の予定
二人には迎撃に出てもらいます
シンジ君はシンクロテストもやっていないから不安があるけど
贅沢も言ってられないわね」
説明しながら、ミサトはシンジの様子を観察した。シンジと分かれた2年半という時間が、どう少年を変えたのかが分からなかったのだ。一応の報告で精神的に立ち直ったのは理解していたのだが、それが戦闘時においても成り立つことなのかは不安があったのだ。だが、落ち着いて自分の説明を聞くシンジに、いけるかもしれないとミサトは確信を抱き始めていた。
「そこで二人の役回りだけど、
まず二人で出撃して敵の能力を調べてちょうだい
新第三使徒の様子から見ると多分同じ能力だと思うけど、念には念を入れてね
その上で作戦を設定します
リツコにはこれからパーソナルデータを書き換えてもらうから40分で出撃よ、いいわね」
「はい」
出撃と言う言葉を、シンジは自分でも不思議なくらい落ち着いた気持ちで受け止めていた。恐怖そのものであったエヴァの存在が、自分の中で別のものに変質しているのをシンジは理解した。だが、シンジの出撃を遮るものが現れたのはそんなときのことだった。
「待ってください、ミサトさん」
シンジを遮るもの、それはリツコに連れられてきたケンスケだった。ケンスケは、ブリーフィングルームに入ると、自分が出撃するべきだと主張したのである。
「相田君大丈夫なの」
「大丈夫です、だからここに来ました」
ケンスケは、そう言って自分を連れてきたリツコの顔を見た。
「医者の許可も出ているわ。
エヴァからのフィードバックは、意外と低かったみたいね」
「そう言うことです、ミサトさん。
シンジでエヴァが動くのかどうか分からない以上、
まず俺が出るのが筋でしょう」
違うのかと、ケンスケはまっすぐにミサトを見つめた。ケンスケの目の光りに、シンジへの意地を見つけたミサトは、少し考えた上でケンスケの出撃を決定した。今後のことを考えれば、今へこませてしまうのは得策ではない。それに、ケンスケの言うとおり、シンジでシンクロする保証はどこにもないのである。もしシンジがシンクロしなかったときは、ネルフは貴重な時間を失うことになるのである。
「分かりました、今回は相田君が出撃します。
シンジ君は発令所で待機してください」
ミサトの言葉に、ケンスケは少しにやりと笑うとシンジへと振り返った。
「悪いな、出番を奪っちまって」
「気にしないでいいさ。
もともと、僕は予備のパイロットだからね」
「正規パイロットの戦いを見せてやるさ。
シンクロ率は、ここで補えるんだぜ」
そう言って、ケンスケはシンジを挑発するように自分の頭を指さした。だがシンジは、そんなケンスケの挑発には乗らなかった。
「ケンスケの戦いぶり、じっくりと見させて貰うよ」
突っかかるようなケンスケを、シンジはやり過ごすようにして受け流した。そこに、作戦だがとミサトは割り込んだ。
「鈴原君、相田君さっきと同じ作戦でいきます。
8号機は左腕が使えないので7号機が砲手を担当してください
いいわね、40分後に作戦を開始します」
「はい!」
ミサトに返事をすると、ケンスケはシンジに右手を差し出した。
「ずっとシンジの出番はないからな」
そう言ったケンスケに、シンジは何も言わずその手を握り返した。
発令所への通路を歩きながら、すでに自分の身長を追い越したシンジに、ミサトは時の流れを感じていた。そして、外形的な変化だけではなく、ケンスケとのやりとりを通して、精神的にもシンジは変わったのだと知らされた。繊細と言えば聞こえは良いが、どちらかと言えば被害妄想的なあったシンジだったが、今ではその気配が感じられなくなったのだ。
「シンジ君、よく帰ってきてくれたわね……」
「僕を必要としてくれたんでんでしょう?
だから、約束通り帰ってきたんです」
「でも、シンジ君には拒否する権利があったのよ」
そう言ったミサトに、シンジはそれは権利ではないと首を振った。
「僕に出来ることがここにあるんです。
そして、僕のやり残したことも……
だから、僕がここに帰ってくるのが、僕にとっての権利なんです」
「やり残したこと?」
それは何だと言うミサトに、今は教えられないとシンジは答えた。
「それよりもリツコさん、聞きたいことがあるんですけど?」
「なに、シンジ君」
「僕で、今のエヴァが動くんでしょうか?」
ある意味、シンジは初号機の深淵に触れていたのである。だからこそ、なぜ初号機が動いてくれたのかを理解した。だからこそ、この質問があるのである。もちろん、リツコはシンジの質問の真意を理解していた。
「今のところ、可能性があるとしか答えられないわ。
ただ、アスカの例を見る限り、シンジ君に高い適性があると考えるのが妥当なのよ」
「でも、量産機には母さんは居ませんよ」
「それは承知しているわ。
でも、それはアスカにとっても同じことなのよ。
でもあの子は、40%を越える高いシンクロ率を示したわ」
「つまり、アスカの示したシンクロ率が根拠と言うわけですね」
「気休めかもしれないけど、シンジ君の方が素質はあると思うのよ」
そう言ったリツコに、ミサトは本当に気休めだなと心の中で漏らしていた。量産機とパイロットの間のシンクロの仕組みは解明されていないのである。それを考えれば、素質などと言うのははったりにしかすぎないのである。
「とにかく、自分を信じるしかないってことですね?」
「悪いわね、気の利いたことが言えなくて」
そう言って謝ったリツコに、気にしないで欲しいとシンジは頼んだ。
「結局、最後は僕自身が問題なんです。
そう言う訳の分からないのがエヴァンゲリオンなんですから」
「シンジ君が言うと、説得力があるわね」
リツコの言葉に、それは良かったとシンジは微笑み返した。
発令所に入ったシンジを迎えたのは、懐かしい人たちからの歓迎の言葉だった。日向、青葉、伊吹。かつてともに戦った人たちは、シンジの帰還を笑顔で迎えていた。
「お久しぶりでした、皆さん」
シンジもまた、かつての知り合い達に笑顔で挨拶を返した。ミサトやリツコほどの付き合いはないが、それでも苦しい時代を一緒に過ごした人たちなのである。彼らにもう一度頭を下げると、シンジは振り返って指令席を見上げた。そこは、かつて自分の父親が威厳を放っていたところである。だが、そこには父親の姿はなく、今は少し老いた冬月が居るだけだった。
(父さん、僕はここに帰ってきたよ)
今の自分を見たら、父はなんと言っただろうか。
(たぶん父さんは、何も言ってはくれないのだろうな)
嫌われている、疎まれていると言うことではない。ただただ不器用な人だったのだと。
(父さん、今は母さんと居るのかな)
二度と会うことがないのは分かっていた。父親は、自分の居場所を見つけたのだから。
(僕は、まだ本当の居場所を見つけていないんだ……)
シンジはそう心の中でつぶやくと、目を冬月へと転じた。
「冬月さん、お久しぶりです」
この人にとっての居場所は、どこなのだろうかと。
「久しぶりだねシンジ君、すっかりと立派になったようだね」
「ありがとうございます」
冬月は冬月で、シンジの顔を見て不思議な感慨に囚われていた。シンジの身柄を九州に送ったことで、もはや生きて会うことはないと考えていたのだ。しかし、再び使徒の襲撃という事態を得て、またこうして碇の血と関わりを持つ。これが因縁でなければ何なのだろうかと。
そのとき、日向から使徒の光学映像が入ったとの知らせがもたらされた。
「すぐに出して!」
ミサトの声とともに映し出された映像に、発令所の中は小さなどよめきに包まれた。
「予想はしていたけど、こうやって見せ付けられると釈然としないものがあるわね。
これじゃ何か質の悪いパロディじゃない」
そのミサトの言葉は、その場にいた全員の気持ちを代弁していただろう。正面のスクリーンには、かつての第4使徒と全く同じ姿をした使徒が、非常識さも全く同じで悠々と飛行している姿が映し出されていたのだ。
「まあ、同じ能力だったらありがたいんだけどね」
「でも、今はそれでも難敵だわ」
リツコの言葉に、ミサトはそう反論した。得たいがしれない使徒の能力が分かっただけである。もともと対処方法が無いのは変わっていないのである。
「とりあえず、UNの迎撃で様子を見ましょう。
前と同じだなんて安心していたら足下を掬われるから」
戦力を正しく把握しているだけに、今のミサトは前にもまして慎重だった。
その頃、発令所の中で忘れられた3人は、それでも不平を漏らすでもなくじっと正面のスクリーンを見つめていた。実のところ、彼らは忘れられていることへの不平どころではなかったのだ。戦自の映像を垣間見たムサシですら、実戦の場で見る使徒の姿に圧倒されていたのである。全くの一般人であるマナとレイコが、その姿に平気でいられるはずがないのである。三人は、異様な姿で飛行する使徒に、今まで自分たちが抱えていた常識が壊れていくのを感じていた。
「あれが使徒なのか」
「そうだ、3年前ボク達はあれと戦っていた。
エヴァンゲリオンと呼ばれる決戦兵器に乗って」
思わずムサシの口をついて出た言葉に、いつの間にか隣に移動してきたシンジが答えた。
「エヴァンゲリオン……」
「天使と悪魔の顔を併せ持つ兵器。
人の作った最強、最悪のものだよ」
「だが、その助け無しでは人類は生き残れなかったんだろう?」
「だからこそ、最悪でもあるんだ」
シンジがそう答えたところで、接近してきた使徒への攻撃が始まった。雲霞のごとく密集するUNの航空兵力を引き連れた使徒は、映画やテレビには無い迫力を見せ付けていた。そんな映像を、ムサシはただ黙って見つめ、マナとレイコはおびえたようにシンジへとすがりついた。
ただでさえ異様な姿をした使徒に、目の前に展開されたUNの攻撃はまったく有効な打撃を与えていなかった。それは、戦自に関わってきたものの家族として、恐怖を感じさせるのに十分なものだった。今まで自分達が信じ、頼ってきた力が及ばない存在が目の前にいるのである。そんな少女達の不安、恐怖を感じ取ったシンジは、二人の肩に手を廻すと、大丈夫だと慰めの言葉を吐いた。
「大丈夫、3年前ボク達は勝った。
そして今度も必ず勝つ」
シンジの言葉ひとつで、少女達の顔に力が戻ってくる。少し顔を赤らめたマナは、シンジが戦うのではないかと聞き返した。
「今のところ、僕は予備だよ。
ちゃんと訓練された正規パイロットがいるんだ。
だから心配しなくてもいいよ」
そのシンジの言葉に答えるかのように、ディスプレー上に新たなウィンドウが開かれた。そこに映し出されたのは、そろって射出された2体のエヴァンゲリオンの姿だった。白色に塗装され爬虫類的な顔と人型の体を持ったキメラ……その姿はシンジに2年半前の悪夢を思い出して小さく身震いした。
「恐い」
シンジの感じた恐怖が伝染したのか、レイコもまた怖いとつぶやいた。
「大丈夫。あれにはボクの友人が乗っている。
彼らは良く訓練を積んでいる……」
シンジ自身、レイコの感じた脅えの本質は理解していた。しかし、あえてそのことに気づかない振りをして、大丈夫だと繰り返した。そして、戦端は今まさに開かれようとしていた。
トウジとケンスケは、ブリーフィングが終わるとパイロットルームへと移動した。そこから先は、戦いに出るパイロットだけの世界である。そこでパイロット達は、戦いに望むための-儀式-と言ってもたいしたことをするわけではないのだが、思い思いの形で心の準備をすることになっていた。
そんな中、トウジは相棒のケンスケに掛ける言葉を捜していた。そのケンスケは、精神を集中しているのか、床をじっと見つめて微動たりしていなかった。
「らしゅうないな」
そして、トウジから発せられたのは、彼らしくないはっきりとしない言葉だった。だがケンスケは、そんな当時の言葉にしっかりと反応した。
「何がだよ」
「さっきのケンスケや……
ずいぶんとシンジのこと挑発しとったやないか」
トウジの言葉に、やはりそうかとケンスケはため息を吐いた。
「ああ、そのことか……」
「やっぱり惣流のことか」
その決め付けも予想の範囲だったのだろう、ケンスケはうろたえたそぶりも見せず、それは違うと言い返した。
「なら、どうしてなんや?」
理由を尋ねるトウジに、ケンスケは時計に目をやるとおもむろに自分の心の内を話し出した。
「わかるんだよ、みんながシンジにかけている期待が。
ミサトさんやリツコさんもあいつに頼っている。
言葉では、シンクロの可能性云々といっているが、
みんな、シンジなら大丈夫だと思っている。
トウジだってそうだろう……シンジが来てほっとしただろう」
「そんなこと……」
トウジは、そんなケンスケの言葉に反論しようとしたのだが、それよりも早く『分かっているんだ』とケンスケはトウジの言葉をさえぎった。
「いいんだよ。俺だってそう感じている。
シンジが来てくれてほっとしているところがあるんだ。
それに、さっきシンジを見て思ったよ、やっぱりかなわないって。
言葉じゃ言えないけど何か違うんだ。
見た目じゃない、何かが……」
そう言うと、ケンスケは顔を上げてトウジをじっと見た。思いつめたものではない、決意の篭った顔がそこにあった。
「でもな、俺にだってプライドがある。
シンジが来たから『はい、どうぞ』という訳にはいかない。
それに惣流が倒せなかった使徒だって俺達で倒したんだ……」
ケンスケは、さらに自分の意地なのだと付け加えた。
そうやって、ぽつりぽつりと胸のうちを語るケンスケに、トウジはどう声を掛けていいのか分からなかった。トウジ自身、シンジに頼ろうとした気持ちがなかったわけではない。ケンスケに指摘されるまでも無く、そのことはトウジ自身が自覚していることだった。
「そうやな、意地にかけてもあいつを倒さなあかんな」
「ああ、シンジを押しのけて無理矢理乗ったんだ……
負けるわけにはいかないよ」
それっきり、二人は再び黙り込むことになった。再び床を見つめているケンスケに、時計を確認したトウジはそろそろだと声を掛けた。
「ああ」
ケンスケは、それだけ答えるとゆっくりといすから立ち上がった。
トウジとケンスケの乗った2体のエヴァは、新第三使徒の時と同様に郊外の射出口から射出された。そして7号機は、同時に射出されたポジトロンライフルを受け取ると地面に伏せ射撃体制をとった。一方の8号機は、使徒の注意をひきつけるためハンドガンでの出撃となった。のどが渇くような緊張感の中、ケンスケの操る片腕の巨人は、ハンドガンを構えると一歩一歩足を進め使徒が誘導されてくるのを待った。
「いい、二人とも。8号機がハンドガンしか使えないから、UNにサポートさせるからね。
相田君いいわね、隙を見て使徒にとりついてちょうだい……
それから相手の触手には十分気をつけてね」
ミサトの簡単な説明に、二人は黙って頷いた。過去、直接この使徒を目の当たりにしているだけに、それだけの指示で必要十分だということである。
「二人とも頑張って」
遠方にUNを引き連れた使徒の姿が見えたとき、シンジからそう励ましの声が掛かった。トウジとケンスケは、軽く片手で答えると鋭い視線を前方の使徒へと向けた。
「たのむで、ケンスケ」
「まかせておけ、トウジ」
ケンスケはその言葉を合図に、地上に降り立った使徒に向かってハンドガンを連写しながら駆けていった。そして、それに遅れることなく、ミサトからは援護のための攻撃指令が発せられた。そのとたん、地下にあるネルフ本部が震えるほどの、激しい攻撃が使徒へと行われた。
いかに激しい攻撃を加えたとしても、ATフィールドを持つ使徒には、大きな打撃を与えられないことは分かってた。しかし、苛烈とも言える攻撃は、使徒の注意をそらすには十分なものに思われた。ここまで予定通りと見たケンスケは、邪魔なハンドガンを投げ捨てると、体勢を低くして使徒へと突入していった。後は、使徒に取り付ければ、作戦の半分は終わったようなものだった。
「よっしゃ!!」
ケンスケの突入に、ライフルを構えていたトウジの指に力が篭った。あとほんの少しだけ力を込めれば、この戦いも勝利で終わる。トウジののどが、緊張からごくりとなった。
「だめだ!」
しかし、作戦通りと全員が思っていた中、シンジは大声をあげて作戦の失敗を指摘した。使徒の振るう鞭が空気を引き裂いたのは、まさにシンジが声を上げた瞬間のことだった。使徒の振るった鞭は、こともあろうに使徒に取り付こうとしていた8号機の首に巻きつくことになった。
「ぐっ」
ケンスケは、いきなり首に感じた焼けるような熱さと窒息感に、残された右腕で首に巻き付いた触手を振り払おうともがいた。しかしその努力の甲斐も無く、使徒はやすやすと8号機を頭から地面に叩きつけた。あまりにもあっさりとしすぎた勝負の行方、この瞬間戦力としての8号機は完全に無力化された。
「8号機沈黙!
パイロットの生命維持に支障!」
状況の悪さを伝える青葉の声が発令所に響いた。だが、使徒は動かなくなった8号機を開放しようとはしなかった。それどころか、もう一度8号機を持ち上げると再び頭をつぶすように地面へと叩きつけた。
「8号機、頭部損傷20%、頸椎部にも損傷が広がっています」
ケンスケの意識が途切れているのは幸いだった。少なくとも、エヴァからのフィードバックは受けずにすむのである。もっとも、使徒の攻撃がこのまま続けば、中にいるケンスケが無事でいられる保証は無かった。
「鈴原君、相田君の救助に向かって!」
ミサトの指示に、トウジは使徒へと突進した。少なくとも8号機に関わっている限り、使徒の攻撃は有効ではない。それを見越してのミサトの指示なのだが、残念ながら使徒は人の予想を上回った反応をして見せた。こともあろうに、使徒は8号機を突進する7号機に向けて投げつけてきたのだ。
予想もしない使徒の攻撃に、トウジは避けることもできずに8号機を受け止める形となった。もちろん受け止めきれるはずも無く、そのまま2体のエヴァはもつれるような形で地面の上を転がっていった。すでにこの時点で、トウジには責め手がなくなっていた。ミサトは、大勢を立て直すためにトウジへと撤退の指示を出した。
「鈴原君、8号機と一緒に撤退しなさい」
しかし使徒は、エヴァンゲリオンの撤退を許さなかった。よろけるようにして立ち上がった7号機に向けて、すかさず追撃を掛けてきたのだ。転がることによって、トウジはかろうじてその攻撃をよけることに成功した。しかし、完全に八方ふさがりの状態へと追い込まれていった。
なすすべも無い状況に、全員が打開策を求めてスクリーン上の戦いを見つめていた。そんな中、シンジだけは動かなくなった8号機を目で追っていた。うまい具合にうつぶせになった8号機は、そのままエントリーが可能ではないかと思われたのだ。
「ミサトさん、ひとつだけ提案があります……」
その瞬間、全員の視線がシンジへと向けられた。
「なに、シンジ君……」
「8号機はエントリー可能な体勢にあります。
だから僕が、直接乗り込みに行きます」
「リツコ!!」
シンジの言葉に、ミサトは隣に立つ親友へと声を掛けた。
「起動は可能よ。
ただし、左腕欠落、頭部の損傷大だけど」
つまり、起動したとしても戦力になるかどうかは不明だということである。
「でも、ほかにこの場を切り抜ける方法は無いと思います」
シンジの言葉に、ミサトの腹は決まった。確かに、トウジの操る7号機では、使徒の攻撃を裁ききるのは不可能なのである。
「加持、シンジ君をお願い」
そう言うと、ミサトはマイクを握ってトウジへと指示を飛ばした。
「鈴原君、聞こえてる?
出来るだけ使徒を8号機から離してちょうだい。
これから8号機にシンジ君がエントリーするから」
「そんなむちゃいわんといて下さい……
今でもよけるのが精いっぱいなんですから」
「無茶でもなんでも、やらなければおしまいなのよ!」
ミサトの叱咤に、トウジは8号機とは反対方向に転がった。ほんのわずかな距離とはいえ、戦いの中8号機の周りに空白地帯ができたのは確かだった。
「日向君、UNに7号機の援護を依頼して」
「はい」
再び接近した十数機のVTOLは、ミサイルを雨霰のように使徒へと浴びせかけた。効果は無くとも、時間稼ぎにはなる。そんな願いを込めた攻撃だった。しかし、ATフィールドを持つ使徒の前に、7号機は確実に追い詰められていった。
「ちったあ、手加減せいや!!」
何とか使徒の攻撃をかわしてはいるが、それがいつまでも続かないことはトウジも分かっていた。見栄も外聞も無く転がっているのだが、使徒の攻撃はだんだん自分に近づいてきているのである。
「あと5分よ、がんばって鈴原君!!」
ほとんどでまかせの時間が、ミサトの口から発せられた。本部の広さ、そして8号機の位置。それを考えれば、最低でも10分は必要なのである。だが、その時間が長ければ長いほど、トウジの気力が持たないのだ。
だが、いくら気力を奮い立たせようとも、人である以上限界はやってくる。朦朧とする頭の中、使徒の攻撃をよけ続けたトウジだったが、ついにその足を使徒に捕まえられてしまったのである。
「き、気色悪い!
はなさんか!!」
手に持ったナイフで、何とかその触手を振り払おうとしたトウジだったが、効果が無いどころかがっちりと使徒につかまれ、そのまま高く持ち上げられた。
「シンクロカット!!」
その状況に、ミサトは鋭い言葉で指示を飛ばした。あの高さからたたきつけられたら、パイロットへのフィードバックは相当なものになるのだ。そして、ミサトの指示を受けたマヤの手が必要なコマンドを叩いたのと同時に、使徒は持ち上げた7号機を地面へと叩きつけた。
「エヴァンゲリオン7号機、活動停止。
パイロットの状態不明」
「シンクロカット、0.5秒差で間に合っています」
青葉とマヤの報告に、ミサトは後ろにあったいすへと腰を落とした。もはや戦況は彼女の手を離れてしまったのだ。あとは、シンジが8号機に乗り込めるかどうかに掛かっていた。
加持の運転で地上に出たシンジ達は、いきなり行動不能になる7号機の姿を見せ付けられた。あまりの圧倒的な姿に、手伝うと言ってついてきたムサシだったが、さすがにおびえに似たものを感じていた。
「シンジ……大丈夫なのか……」
「分からない……でも、残されたのはボクだけなんだ。
負けるわけにはいかないんだ」
不安からシンジに声を掛けたムサシだったが、自分に答えるシンジに、今まで分からなかった答えが目の前にあるのに気がついた。シンジの瞳には、悲しみ、怒り、その他もろもろの表情が浮かんでいたのである。それは、シンジに初めて出会ったとき、彼が浮かべていたものだったのだ。ここにきて、ムサシは初めてシンジの乗り越えてきたものを理解することができた。
(俺の勝てない理由……)
軟弱者でないことは分かっていた。そして、シンジが超えてきたと言うものは、父親からも聞かされていた。だが、現実を目の当たりにすると、言葉で伝えられたものがいかに軽いのかとムサシは思い知らされた。
使徒は、動かなくなった7号機から興味がなくなったのか、その場に打ち捨てるとネルフ本部のあるほうへと進行を始めた。いまさらネルフに何があるというのだろうか、人々の胸にはなぜと言う感情がよぎったが、残念ながら誰も答えを持ち合わせているものはいなかった。そんな中、彼らにわかっていることと言えば、このまま8号機が動かなければ、ほかの支部と同様に本部もまた滅びの道を歩むということである。そして、最後の期待を乗せたジープは、加持の運転でようやく8号機へと到着した。
シンジは、ムサシを引き連れて8号機の背中に登った。そして、手動でエントリープラグのイクジットを行った。半分ほど射出されたプラグには、目で見る限りおかしなところは無い。戦えると確信したシンジは、取っ手に手を掛けると力任せにハッチをこじ開けた。軽い空気の音とともにハッチが開くと、シンジは待ち切れないようにプラグ内へと飛び込んだ。
「ケンスケ!」
呼びかけても返事のないケンスケを、シンジはシートから抱き起こした。そしてプラグの外で、肺の中に溜まったLCLを吐き出せ、脈拍を確認して無事なことを確認すると、ムサシと二人でケンスケを加持の待つジープへと運び込んだ。
「大丈夫か!」
「命には別状はないようです。
それ以上のことは分かりません。早く病院へお願いします」
「分かった。すぐに出す」
一刻を争うときだと、加持はジープに飛び乗った。遅れてジープの扉に手を掛けたムサシは、ただ死ぬなよと声を掛けて、その中へと消えていった。
シンジは、ケンスケを加持に預けるとすぐに8号機のエントリープラグへと入った。シンジはコックピットに座ると一度大きく深呼吸した。母体への回帰、血のにおいのするLCL……忘れていた思いがそのとたんよみがえってくる。シンジは、初号機の時と大差のないインテリアや補機類を、一つ一つチェックしていった。そして、いざ起動と言うところで自分が忘れ物をしたことを思い出した。
「しまったな……ヘッドセットがないや」
インタフェースなしでシンクロ出来るか不安があった。しかし今はそんな事を気にしているときではない。シンジは本部との通信を開いた。
「リツコさん……聞こえますか。
エントリーを終了しました。
これから8号機を起動しますのでサポートお願いします」
リツコの応答と同時に、プラグ内は赤い色の液体で満たされていった。シンジは、ぽこりという音とともに肺の中の空気を吐き出した。周りの景色が変わる、光の明滅とともに自分の頭に何か進入してくる感触がした。通信機からは起動のシーケンスが進行しているのが伝えられる。第一次神経接続完了……ボーダーライン突破まで後少し。そのとき、シンジは頭に誰かのイメージが進入してくるのを感じた。
「ケンスケ!」
突然爆発的に流れ込んでくる大量のイメージに、シンジは思わず頭を抱えてうずくまった。
「ケンスケ……」
それは、シンジが恐れていたもの。他人から見た自分の姿……
青と紫のエヴァの出撃を出撃を見つめるあこがれ
船上でのアスカとの鮮烈な出会い
印画紙に浮かび上がってくるアスカの姿に高鳴る鼓動
アスカと言い合うシンジに対する羨望
トウジがパイロットに選ばれた事への嫉妬
逃げ出したシンジへの怒り
何も出来ずに疎開していく悔しさ
エヴァのパイロットに選ばれた喜び
病室でアスカに再開した時の沸き上がる気持ち
使徒を倒した喜び
流れ込んでくる思い、それはケンスケのエヴァに対する思い……アスカへの思い……そして何もできなかった自分への激しい怒り。ケンスケの心がシンジの頭の中を駆け抜けた。そしてその思いのすべてを、シンジは受け止めた。
シンジは、ゆっくりと身を起こしてシートに座り直した。
「ごめんケンスケ……」
『気にすんなよシンジ!』シンジの頭の中のケンスケが微笑んだ気がした。
「8号機から通信が入りました。シンジ君です」
まだ第一歩にしかすぎない、しかしマコトの言葉は発令所に確かな希望をもたらした。
「シンジ君!」
マイクを取ろうとしたミサトを、すかさずリツコは押さえた。今は一刻も早く、エヴァを起動する時なのである。
「シンジ君、いい。
エントリーの準備は出来ているわ。
起動シーケンスはこちらで進めるからそのままにしていて」
そのままリツコは、矢継ぎ早にと指示をとばしていった。
「始めてちょうだい、マヤ」
「ハイ!」
伊吹マヤは元気を取り戻すと、コンソールの操作を始めた。目にも止まらない速度でキーを打ちこみ、起動シーケンスを進めていった。
「LCL充填完了。第一次神経接続開始」
スクリーンには、刻々と進んでいくシーケンスが表示される。
「第一次神経接続完了。絶対境界まであと10、9、8」
マヤの声が響く中、発令所の全員が瞬きもせずシンクログラフを見つめた。
「4、3、2、1……エヴァ8号機起動します!
シンクロ率15%、ハーモニクス誤差5%」
エヴァ8号機の起動に、発令所の中は沸き上がった。しかし、その中ミサトとリツコは難しい顔でデータを覗き込んだ。
「シンクロ率、ハーモニクスとも悪いわね」
「コアの書き換えができなかったのが悔やまれるわ」
だが、贅沢は言っていられないと気を取り直したところで、突然スクリーンの中の8号機が苦しみ始めた。
「パルス反転、神経接続が解除されていきます」
悲鳴のようにあげられる報告に、全員の心に絶望の陰が差した。スクリーンに写し出されたシンジの苦しむ姿は、人類の最後を暗示しているようにも思われた。
「おにいちゃん」
「シンジさん」
そんなシンジに、二人の少女は、祈りをささげるかのように両手を胸の前で組んだ。
「ここまでか……」
ミサトは、そう力なくつぶやくと司令席の冬月を見上げた。
「司令。総員待避の指示を……」
だが、そんなミサトの声をマヤが遮った。
「待ってください……神経接続回復。
シンクロ率上昇していきます……シンクロ率10%突破。
エヴァ8号機再起動します。
シンクロ率さらに上昇……20、30、40……
シンクロ率50%で安定。ハーモニクス誤差も収束していきます……
すごい、ハーモニクス誤差有りません」
スクリーンに映し出された8号機は、本当の主人に巡り合えた歓喜にうち震えているように見えた。有り余る力、8号機のあげる咆哮は発令所の空気をも震わせた。
「すごい……
これがサードチルドレン……シンジ君の力なの……」
リツコですら、予想を越える事態にただ呆然とするしかなかった。
「頭部および、頚椎部損傷個所回復!
更にシンクロ率上がります。60……70%突破
シンクロ率73%で安定」
マヤの報告は、もはや誰の耳にも届いていなかった。すべての目はスクリーンに向けられていた。新たな希望、その姿は発令所の目を釘付けにした。だが、8号機が引きつけたのは人だけではなかった。使徒もまた新たな敵に気が付いたのか、侵攻をやめ8号機の方へその向きを変えた。プログナイフを抜いた8号機に向かって、使徒の触手がうなった。
「あぶない!」
誰かが声をあげたとき、8号機は魔法のように使徒の触手をかわすと、風のように使徒の脇をすり抜けた。誰もがその身のこなしに驚いた。しかしもっと驚くべきことが青葉シゲルから報告された。
「えっ、目標完全に沈黙」
一瞬全員の目が青葉へと集まった。そして再びその目はスクリーンへと向けられた。誰にも、そのとき起こった出来事が分からなかったのだ。
「何が起こったの」
答えられるものの居ない問いかけをミサトは発した。しかし、意外なところから答えが返ってきた。
「シンジさんが使徒……ですか、その脇をすり抜ける時にナイフを赤い玉のところに突き立てたんです」
レイコの言葉を裏付けるかのように、スクリーンには使徒のコアに突き立てられたプログナイフが映し出されていた。
「ねえ、レイコ……よく見えたね」
マナは驚いた顔でレイコの顔を見た。どんな目をしていれば、そんなものを見ることが出来るのかと言うのである。そんなマナにレイコははにかんだような笑みを返した。
完全な勝利に、発令所全体に緊張が解けたような空気が流れた中、日向だけが哨戒中に消息を絶った哨戒機からの映像に気が付いた。
「そんな……」
日向の呟きと、MAGIが新たな警報を発するのは同時だった。
「今度はなんなの」
「新たな使徒接近。
形状は第五使徒と同一。
到着推定時刻は2時間後です」
夕闇の迫る第三新東京市。ネルフの迎えた長い一日はまだ終わりを告げなかった。
続く