第四話 平穏、衝撃、のち平穏

<翌朝 通学路>

ヒカリは昨日に引き続いて自分より早く来ていたアスカを見て驚いた。

「おっはよ~ヒッカリー!」

満面に笑みを浮かべるアスカ。

並の男ならこれだけでイチコロだろう。

「ど、どうしたの?やけに機嫌がいいわね」

「別にぃ気のせいでしょ?」

そう言ってさっさと歩き出すアスカ。

今にもスキップを始めそうだ。

慌ててヒカリも追いかける。

「今日もミサト先生呼び出されたの?」

「そんなことないわ。たぶんもう学校よ」

(…遅刻常習犯のミサト先生が)

「雪でも降らなきゃいいけど…」

ヒカリは天を仰ぐ。相変わらず強い陽光が注いでいた。

<昇降口>

「おっす委員長!惣流!」

妙に気合いの入った挨拶をするトウジ。

「お、おはよう鈴原。相田君」

「おはよ委員長、惣流」

「おっはよ。相っ変わらずバカ面ねー」

言っていることは相変わらずだが口調は楽しげでありかつ笑顔のアスカ。

すかさずケンスケがカメラを取り出す。

「何や朝っぱらからひどいで惣流」

答えるトウジも笑顔である。

「事実でしょーが」

笑顔の二人を前に言うべき事のないヒカリ。

「鈴原も妙に機嫌がいいわね」

「あ、惣流もか?なんかトウジの奴、妙にうきうきしてるんだ」

「なにかいいことでもあったのかしら?」

そこへマナとマユミが現れる。

「あ、おはよみんな」

「おはようございます」

「おはよマナ、マユミ!」

バックに花でも咲きそうな笑顔におもわず固まるマナとマユミ。

いつもの如く下駄箱からこぼれ落ちるラブレターなど眼中になく意気揚々と教室に向かうアスカ。

「なにかあったんですか?」

「そうね。いつもなら『ほんっとうに男ってどうしてこうバカばっかなのかしら!』って踏んづけてくのに…」

<2-A教室>

ホームルームまでの間、級友達はあれこれと二人が機嫌のいい理由を話し合っていた。

本人に聞けばすむことなのだが…

「何があったの?」

「な、何って…」

直球勝負のマナの質問に対し、顔を真っ赤にするアスカ。

『!?』

見慣れぬものに後ずさる一同。

『…これ以上聞くとやばいかもしんない、というかあまり関わらない方がいいかも…』

一同の見解は一致していた。

必然的にマナ達の追求はよりくみやすい相手、すなわちトウジに向かう。

「すーずはーらくーん」

笑顔のマナに思わずひくトウジ。

「な、なんや霧島」

「…アスカの機嫌のいい理由、知ってるんでしょ?」

「な、なんのことかいな?」

あからさまに動揺するトウジ。

「…トウジ、お前って本当に嘘がつけない男だな」

「さぁ白状しなさい!!」

「そうよ鈴原、何があったの?」

マナとヒカリに挟まれ逃れようのないトウジ。

「か、堪忍や委員長、霧島。こればっかりはどうしても言えんのや!」

両手を合わせて頭を下げるトウジ。

「…鈴原」

あまりに必死なトウジに追求を思いとどまるヒカリ。

「…マナさん」

マユミもマナをとめようとする。

「そうね…ここまで隠そうとすることだもん。しょうがないか…」

「マナ…」

「マナさん…」

「霧島…」

収まりかけた場にケンスケが油を注いだ。

「…でも、ここまで隠そうとされると余計に知りたくなるよね」

「そのとーり!ほら、白状しなさい鈴原!!」

「ケンスケ!この裏切りもーん!」

そのときガラッと扉が開いてミサトが現れた。

「起立!礼!着席!!」

条件反射で号令を掛けるヒカリ。

慌てて席に着く一同。

「おっはよー!みんな今日も元気~?」

『はーい!』

大多数の大多数が返事をする。

「よしよし」

「ミサト先生までご機嫌ね」

「何があったんだかね…」

ヒカリに答えながらケンスケはミサトの笑顔の撮影に余念がない。

「突然だけど転校生を紹介するわ!!」

『えぇ―っ!?』

「バカな俺の情報網には引っかかってないぞ!?」

予想外の事態に驚愕するケンスケ。

「ミサト先生、男の子ですか女の子ですかーっ!」

女子が質問する。

「知・り・た・い?」

ミサトがニヤニヤ笑いながら言った。

『知りたいでーす!』

「喜べ女子―っ!!男よーっ!!」

男子のブーイングと女子の歓声が響きわたる。

「しかも容姿・性格そろって超一級品よ!」

女子の黄色い歓声が上がる。

「さぁいいわよ!入ってきて!!」

(…まったくミサトさんは先生になってもミサトさんなんだな)

そう思いながら教室に入るシンジ。

ふっと静まり返る教室。

一度立ち止まったシンジが微笑んだ。

刹那、女子達から歓声が上がった。

一転して騒々しくなる教室。

シンジは教室を見渡してアスカを捜した。

窓際で自分を見つめるアスカを見つける。視線が合うと赤くなってうつむくアスカ。

次にトウジを見る。腕を組んでうなずくトウジ。シンジもうなづいて返す。

その近くにはケンスケ、ヒカリ、そしてマナ、マユミがいた。4人は唖然として言うべき言葉がないらしい。

ミサトを振り返ると手招きしていたので教壇にあがる。

「静まれ静まれ!とりあえず転校生に自己紹介をしてもらうわよ」

シンジは黒板に名前を書くと生徒達に自己紹介をした。

「初めまして、碇シンジです」


シンジの言葉で呪縛を解かれた4人は即座に全ての事情を把握した。

「「「アスカ(さん)!!」」」

「トウジ!知ってたな!?」

「え?」

「い?」

途端に追いつめられる二人。

「アスカひどいわひどいわ!私にまで隠してるなんて!」

「よりにもよってこんな大事なことを!昨日心配して損したわ!」

「それでアスカさん機嫌がよかったんですね~」

「トウジ!お前がそんな奴だとは思わなかったぞ!男の友情ってそんなものだったのか!」

「あの、その、えーと」

「お、おちつけケンスケ、これはやな」

「はーいそこそこ。とりあえずはシンちゃんの自己紹介が終わってからね~」

「「「「………」」」」

ミサトの言葉に渋々席に戻る4人。

級友達は何が起こったのか今ひとつ理解できずにいる。

「いいわよ続けて」

「こほん…僕は以前第三新東京市に住んでいましたので、今の様に僕を知っている人もいると思いますがあらためてよろしくお願いします。

2年前事情があって僕はアメリカに渡ったのですがこの度こっちに帰ってくることが出来ました。これからはずっとこちらに住む予定です。

いずれわかる事なので後から誤解の無いように言っておきますと、以前こちらに住んでいたときは、父の仕事の事情で父の同僚であるこちらのミサトさんの家でお世話になっていました。ミサトさんは僕のことを本当の弟のように可愛がってくれてとても感謝しています」

そういってミサトに頷く。

ミサトは手をふりながら、

「あーら気にしなくていいのよシンちゃん」

と気軽に応えた。

生徒達はその様子でどうして自分たちの担任がこうまで転校生に馴れ馴れしいのか理解する。

「そして、今回もミサトさんは僕を先生の家に住まわせてくれることになり、本当に嬉しく思っています」

教室がざわめき出す。

もっとも以前のシンジを知っているヒカリ達は落ち着いたものだ。

「みなさんもたぶんご存じだと思いますがアスカもミサトさんの家に住んでいます。ですからアメリカに渡る前はアスカとも一緒に暮らしていました。そしてこれからも以前と同じようにアスカとも同居するということになります」

『えー!?』

という声をクラスのほぼ全員が上げ次にアスカを見た。

顔を真っ赤にして小さくなるアスカ。

見たこともない様子に唖然とする一同。

「よかったわねアスカ」

「…うん」

照れて答えるアスカをヒカリは優しく見つめた。

「しつもーん!!アスカとはどういう関係ですか!?」

女子の一人が手を挙げた。

同じことを聞きたがっていたクラスメート達がうなずく。

「え~僕とアスカは、その…」

さすがに赤くなるシンジ。

「ほ~らいいから言っちゃいなさい。担任兼保護者のお墨付きよん♪」

「は、はぁ。一応…僕はアスカの恋人ということになるかと思います」

『うっそーっ!!』

更に大音量の歓声が上がる。

一同の視線がアスカに集中するが、アスカは小さくなるだけで否定はしない。

「僕はアスカの事が好きです。アスカもそう言ってくれました。ですが、僕は2年間もアスカを一人にしていました。だからこれからはその分も含めてアスカを幸せにしたいと思っています」

「えらい!」

ミサトがほめる。

(…ふふーん、昨日発令所のメンバーに見せて免疫をつけたのが正解だったわね。そうじゃなきゃこんなこととても言えないわよ。ま、作戦勝ちってところね。あーやっぱりあたしって天才)

達成感に満たされご満悦のミサトである。

「さてさてホームルームの時間もそろそろ終わりね。シンちゃんの席はたまたまだけどアスカの隣よ」

(…嘘つけ)

一同、心の叫び。

「なにかあったらアスカに聞いてね」

「はい」

「アスカもよろしくねーん」

「………」

コクンとアスカが頷く

(…照れちゃってかーわいいんだからぁ)

「よーし、みんな今日も一日がんばろーっ!

そーそー休み時間ならいくら冷やかしてもいいけど授業中はおとなしくしてるのよ~。じゃ、また後で」

「起立、礼、着席!」

ヒカリの号令がすむとミサトはスキップして教室を去っていった。

そして…

シンジが一歩踏み出した瞬間、クラスメート達が大挙して押し寄せた。

「え、あの、うわ!?」

見るとアスカの所にも同様に押し寄せているようだ。

「ねーねー碇君身長いくつ?」

「え、えーと180…」

「何かスポーツやってるの?」

「い、いや特に…」

「本当にあのアスカと恋人なの?」

「い、一応…」

「アメリカで何やってたんだ?」

「べ、勉強かな…」

「どうやって惣流を落としたんだ?」

「ど、どうやってってその…」

強行突破するわけにもいかずそのまま捕獲されてしまうシンジ。

「ねぇねぇ碇君って本当にアスカの彼氏?」

「えっ」

「ずっと前からつきあってたの?」

「えっえっ」

「同棲するって本当!?」

「同棲ってその…」

いつもどおりなら一蹴するアスカもさすがに今日は分が悪いらしい。

「ちょっとみんないい加減にしなさい!!!」

「シンジを通したらんかい!!!」

ヒカリとトウジの怒号が同時に放たれた。

2-Aでこの二人(怒っている時限定)に逆らおうとする者はまずいない。

アスカの回りからさっと一定の距離まで引き、シンジの囲いがとけ道が出来る。

「サンキュ、ヒカリ」

「たすかったよトウジ」

小声で礼を言う二人。

「いいのよ二人とも」

「たくっ誰のおかげで平和になったと思とんじゃ…ええかお前ら!シンジはなぁ…あ痛っ!!」

ヒカリがトウジの頭をはたく。

「すーずーはーらー」

「せ、せやかて委員長」

「あんたが自分でばらしてどうすんの!」

「しかしわしはやな…」

「まぁまぁ洞木さん」

まだ余裕のあるシンジがヒカリをなだめる。

「もう碇君は人が良いんだから…」

「シンジやけんな」

そう言った後で笑う二人、変わらぬ光景に心が和む。

シンジはヒカリに向き直る。

「久しぶり洞木さん」

「本当。久しぶりね碇君」

笑顔で答えるヒカリ。

「お前がいると退屈しないな」

カメラ片手にケンスケが手を差し出した。

「それはひどいよケンスケ」

そういいながら手を握り返す。

「事実だよ…よく帰ってきたなシンジ」

「うん…ありがとうケンスケ」

トウジがうんうんとうなずきながら二人を見守る。3バカ(バカかどうかは別として)トリオの復活である。

「碇君…」

「………」

遠慮がちにマユミが声を掛ける。隣にマナが立っている。

「久しぶりだね、山岸さん…マナ」

ぱっとマユミの顔が明るくなる。

「ええ、本当にお久しぶりですね」

「………」

マナは手を握ったり開いたりしている。

「マナ?」

ふーっと息を吐くとマナは笑顔で言った。

「お久しぶり、かな。また会えて嬉しいわ、シンジ」

「…うん、僕も嬉しい」

マナの顔もぱっと明るくなる。もっとも本人は気付いていなかったが。

「それにしてもシンジったら変わったわね、あんなこというなんて。アスカなんてまだ真っ赤よ」

そういって横目で心配そうに見ているアスカを見る。

アスカはさっと目をそらす。

「マナも少し変わったね。何て言うか元気になった」

「そうかな?シンジが言うならたぶんそうよね。だってシンジは私の…」

「マナ…」

二人の間に沈黙の帳が降りる。

ふっと再び息を吐くマナ。

「…ま、いいわ。だってシンジはアスカを選んだんだもんね。でも…」

「でも?」

「へへへ~シンジの事呼び捨てに出来る女の子はアスカ以外じゃ私だけよね!」

『えーーーっ!?』

ワンパターンというかノリがいいというか周囲から声が上がる。

「マ、マナ!?」

「だいじょーぶよアスカ。今更邪魔なんかしないわ。それどころか二人の邪魔をする奴は私がやっつけちゃうから安心して」

「マナ…」

「シンジも暗い顔しないの。そのかわりこれからも呼び捨てね。シンジも私も」

「うん」

「いやー映画を見てるようだね~」

ケンスケがレンズをのぞきながら言った。

「本当ね」

「昨日の二人はもっとすごかったんやけどな」

「え、鈴原君その場面にいたの?」

「いたっちゅうかなんちゅうか、まぁネルフの機密やな」

「なんかイヤ~ンな感じ」

「あんたたち素直に二人を祝福できないの?」

「幸せもんはどうやったってひやかされるんや」

「それに回りを見ろよ、あることないこと話まくってるぜ」

ヒカリが辺りを見回すといくつかのグループに分かれて話し込んでいる。

「アスカってずっと彼のこと待ってたのかしら?」

「道理で誰が言い寄ってもなびかないわけだよな」

「でもよ、たしか惣流って『私より優れた男以外に興味はない』とか言ってたろ」

「とてもそうは見えないわねー」

「でもかっこいいわよね」

「そうそうさっきの笑顔とか」

「なんていうか、きれいよね」

「他の男共とは違う感じ」

「あの二人、同棲するのか?」

「一応、ミサト先生も一緒だろ?」

「でも、あいつら昔も一緒に住んでたんだぜ」

「昔はもっと仲わるかったよな~」

深刻そうなグループもいれば顔を赤くしているグループもいる。

「…はぁ」

ヒカリはがっくりと頭を下ろした。

「そういやシンジ。リツコさんとは住まへんのか?」

「ああそう言えばシンジの親父さん再婚したんだってな」

「あら、じゃなんでミサト先生の所へ?」

ぽつりとマユミが言った。

シンジに集中する視線。

「え、それはその…ね、アスカ?」

思わずアスカにふるシンジ。

「………」

アスカは既に頭から湯気を上げている。

マナとヒカリが顔を一変させシンジをにらむ。

「あ、そのえーと」

「碇君、今の話は本当?」

「シンジ…もしかしてもうアスカと…」

全員の疑問を代弁する二人。

「え、えーと」

ヒカリがすーっと息を吸い込んだ。

(…あ、やばい)

「二人とも不潔よ不潔よ!不潔だわーっ!!」

結局シンジはヒカリを説得できずに一時間目を迎えた。