第拾八話 黒と白

<エヴァンゲリオン伍号機及び六号機 救援隊として派遣>

 

 

 

<…より32時間45分経過>

 

 

 

<ネルフ本部ケイジ>

 

 

 

<エヴァンゲリオン八号機>

 

 

 

<同エントリープラグ内>

 

 

 

 

『LCL注水完了』

『全回路動力伝達』

プラグ内にルーチンワークの声が響く。

彼は無感動にそれを確認する。

「了解。シンクロスタート」

プラグ内壁面の映像が切り替わっていく。

『第2次コンタクトに入ります』

『A10神経接続異常なし』

『初期コンタクトすべて問題なし』

『双方向回線開きます』

『絶対境界線まであと2.8、2.7…』

いつもの様に何の気負いもなくそれを聞く。

『絶対境界線突破』

『シンクロ率51%』

『パルス、ハーモニクス共に正常値』

『エヴァ八号機起動しました』

プラグ内の映像が安定する。

サブモニターの一つに映された発令所の様子を見る。

その視線に気付いたのか赤いジャケットの女性がわずかにうなずいた。

 

 

 

<発令所>

 

「相変わらず落ち着いたものね」

マヤが日向達に同行して中国に行っているため久しぶりに各種作業を監督していたリツコ。一通り作業が終わると後は作戦部の仕事となるので、オペレータ達に任せて表示されるデータをただ眺めるのみとなった。

「彼の場合、心理状態が通常の人間と違うから」

呟くミサト。こちらも副官の日向が中国支部に行っているためそれなりに忙しかったのだが、それもどうにか落ち着いた。

スクリーンにはリフト上に移動される八号機が映っている。

「状況は?」

ミサトが短く問う。

「周囲に動体反応無し」

「各観測所からの報告にも以上ありません」

「リツコ?」

促されたリツコが確認する。

「各国の衛星へのデータ送信状況は?」

「問題ありません。全てMAGIの監視下にあります」

「そう…いいわよ」

ミサトにうなずくリツコ。

「進路確保。水中ゲート開口」

一通りの指示を出し終えるとミサトは司令塔を振り返った。

頷いて答える冬月。

ミサトは命令を下した。

「発進!!」

「八号機湖底を通過」

「まもなく水面に到達します」

ゴポポ…

体内にたまった空気を吐き出しながら八号機は水中を進む。

「主翼展開」

水中で背中から突起が生え、それがやがて羽状に広がる。

「浮上後、直ちに離水。上昇開始」

ゴボゴボゴボ

ザパァ!!

水面を破って八号機は夜の空に舞い上がった。

 

 

 

「エヴァ八号機、大気圏を突破。現在衛星軌道上に待機しています」

青葉の報告にうなずくミサト。

「各衛星へのジャミングはどのくらいもつの?」

リツコの方を見る。

「ジャミングすると後始末が面倒だからMAGIの管理下においただけ。予定では12時間よ」

「目標までの所要時間は?」

「4時間05分の予定です」

ミサトはサブスクリーン上の少年に視線を戻した。

「聞いての通りよ。よろしくね」

『わかりました』

渚カヲルは微笑んだ。


<エヴァ伍号機エントリープラグ内>

 

 

(…アスカのにおいがする。)

そう考えてからシンジは声を立てずに笑う。

昔、レイと機体相互互換試験をしたときも同じ様なことをつい口にしてしまったことがあった。その時レイも同じ事を言っていた様に記憶している。

「なんや、ニヤニヤして?」

トウジの声が聞こえた。

通信ウィンドウは開いたまま。プラグ内の機能は可能な限り落とされているが通信機能だけは緊急時に備えて常時開いたままになっているのを忘れていた。

「ちょっと思い出し笑いをね」

「また惣流か?」

「また、はないだろ」

「否定はできんやろ?」

そういって笑うトウジ。

「確かに…」

…結婚した、いやしようとしてる身、かな。

「………ちょっと綾波のことでね」

「………ほぉか」

綾波と口に出してもシンジの笑顔は変わらない。

少し安心するトウジ。

(…ほんまセンセは損な性格しとるさかいな。)

トウジ達はレイがどうなったのかは知らない。アスカもネルフのメンバーもその件については一言も口にしないので死んだのだろうと推測するだけだ。何よりリツコの娘がレイという名と聞き確信した。

もっとも事実はやや異なる。あと十年もすればトウジ達は頭をひねることになるだろう。

二人のパイロットはエントリープラグ内で休息中であった。

昨日の出動から一度仮眠を2時間とっただけで働きづめである。

その甲斐あってかなりのペースで作業は進んでいるが被害の規模も予測より大きく出動期間は1週間に延長されることとなった。

二日目の作業も現地時間午前2時に終了し二人はこれから6時まで仮眠をとることになっている。

エヴァ両機は市街地にそのまま駐機していた。非常時にいつでも対応できるようにとシンジが進言し日向も同意した。便宜上、エヴァの警備は軍の部隊が行っている。もっともエヴァに対する好感が芽生えたのか周囲に寝泊まりしている市民も多い。

 

ふと口を開くシンジ。

「トウジはさ…」

「ん?」

「委員長のどんなところが好きになったの?」

ブーッ!!

音を立ててLCLを吐き出すトウジ。

「な、何をいきなり聞くんじゃわれ!?」

顔を真っ赤にして慌てふためく。

「いや、なんとなくなんだけど」

正直に言うシンジ。

なんとも形容しがたい表情をしている。

その顔を見てなにやら毒気を抜かれるトウジ。

興奮させるのも突然なら冷めさせるのも突然だった。

(…ほんま変わっとるでセンセ。)

そう思いつつ答えるトウジ。

「そういうシンジは惣流のどこに惚れたんや?」

そう言われて考え込んでしまうシンジ。

(…アスカの何を好きになったか?)

(…参った。考えたことなかったや。)

何やら途方に暮れ、困り果てているシンジを見て心配になるトウジ。

「おいシンジ」

「あ、ごめん。わかんないや…」

「………ほぉか」

「ただ…」

「ただ?」

…たぶん意識するようになったきっかけは

「………強気なとこだったかも」

「………」

「………」

ふっと肩の力を抜くトウジ。

「…ま、わからんでもないわ。あいつの元気はみなを奮い立たせるもんがあるしの」

「うん」

「…ほなら、わしはもう寝るわ」

「…トウジ」

「な、何や?」

何やら慌てるトウジに笑顔で尋ねるシンジ。

「トウジは?」

「………」

「………」

「…堪忍したってくれ」

「しょうがないね」

「…うぅまたシンジに借りを作ってもうた」

「そうだね」

罪作りな笑顔を浮かべるシンジ。

(…やっぱ親子やな)

しみじみと思うトウジ。

碇シンジ18歳。誰が何と言おうと碇ゲンドウの息子であった。

「…ほな、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 

 

 

渚パートへ


「現行命令でホールド、と」

カヲルは作業を終えると目を閉じた。。

「じゃ、頼んだよ。リリンの僕」

エヴァ八号機はそのまま星の海を直進する。

 

「…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

…………………………そう感じないかシンジ君」

 

カヲルは束の間の眠りに落ちた。