第拾伍話 時、来たりなば

<ネルフ本部 総司令執務室>

 

 

「赤木リツコ入ります」

リツコは一声掛けると執務室に足を踏み入れた。

そのまま足音高く部屋の中央に向かう。

行く先ではデスクで肘をつき手を組む男とそのかたわらに立つ初老の男が待っていた。

「……何だ?」

ゲンドウは簡潔に聞いた。

仕事場では妻が相手といえども相変わらずの無愛想を貫いている。

リツコもいい加減慣れたもので内心で苦笑しながらも顔には出さずに用件を告げる。

「葛城一佐から預かりました」

そういって二通の手紙を差し出す。

「いったいなんだね?」

「とりあえず中をご覧下さい」

封を開き中を見る冬月。

「ほう? ……碇」

冬月に促されゲンドウも手紙を開ける。

わずかに表情が変わる。

 

『碇シンジ誕生日パーティ招待状』

 

さすがのミサトもゲンドウと冬月に対してはふざけられないため中には用件だけが簡潔に書かれている。

「シンジ君ももう18か……」

冬月は感慨深げに言った。

「はい。つきましては簡単にパーティなどを、とのことです」

「会場は例によって葛城君のところか…入りきるのかね?」

「シンジくんとアスカがいますからなんとかなると推測されます」

(…葛城君は勘定に入っておらんということか。しかし、シンジ君の友人だけでも5,6人は軽く越えるな。それに加持君や発令所の面々に…)

「副司令も一度アスカの手料理を食べてみては如何でしょうか?」

「…そうだな。せっかくの招待だ、お言葉に甘えるとしよう。

葛城君には仕事の都合がつけばお邪魔すると伝えておいてくれたまえ」

「わかりました」

「碇、お前はどうする?」

冬月はゲンドウを見る。

リツコもゲンドウを見る。

しばし後、ゲンドウが口を開く。

「その日は国連との会議が…」

「嘘をつけ碇、そんな予定は無いぞ」

あっさりと見破る冬月。ゲンドウの肩がぴくりと震える。

「ドイツ支部の視察を…」

「ゲンドウさん」

あえて碇司令とは呼ばないリツコ。ゲンドウの身体がぶるっと震える。

「私が行ってもシンジは喜ば…」

「あなた!!」

びくびくっと震え上がるゲンドウ。リツコがゲンドウを『あなた』と呼ぶことはまれだ。

そしてその後には…

「往生際が悪いぞ碇」

「…しかし冬月先生。私が行っては皆くつろげないのではないでしょうか」

おどおどと答えるゲンドウ。そう言われて考え込む冬月とリツコ。

『…一理ある』

そう二人の顔に出たのかゲンドウは調子を取り戻す。

「では両名ともそういうことだ」

「…甘いぞ碇」

 

 

<同時刻 教室>

 

 

「そういやシンジの誕生日って6月やったんやな」

トウジが招待状を見ながら言った。

「シンジも18か。何か18になっての予定はあるのか? 車の免許とか?」

ケンスケが尋ねる。

「えーと…車の免許はアメリカで取ったんだ。一応、日本でも使えるそうだよ」

そういって免許証を鞄から取り出して見せるシンジ。

「えーシンジ、車の免許持ってたの?」

マナが免許をひったくって見る。

「何言ってんのよ。マナなんか戦車と戦闘機、操縦できるくせに」

アスカがそう言うとマナはウィンクしてそれに答えた。

「それはヒ・ミ・ツ。一応内緒なんだから」

「同じ様なもんでしょ…」

そこでふと思い当たるアスカ。

シンジに顔を寄せて小声で聞く。

「ちょっとシンジ。もしかしてあんたも戦車動かせれる?」

「う、うん。一応」

(…この話題は避けたいんだけどな)

「他には?」

「他にって?」

「どうせそれだけじゃないでしょ、訓練したのは」

「えーと」

考え込む振りをするシンジ。

一応考えてはいる。どうやって言い逃れるかを。

それを見抜いたのかアスカは伏し目がちの姿勢で独り言の様に呟く。

「そっか…しょせん私なんかには教えてくれないのね。

いいわよシンジなんか。シンジに捨てられたアタシはヤケになってつまんない男に引っかかってあーんなことやこーんなことされるのよ、そのあげく…」

「わかった! わかったよアスカ!」

アスカの脅しに屈するシンジ。

「じゃあ教えて」

打って変わってにっこりと笑うアスカ。

(…最近手口が変わってきたな)

相変わらずアスカには弱いシンジだった。

「とりあえずは各種特殊車両一通り。軍用機も一通り。おまけでセスナからジャンボジェットまで。それでもって各種軍事用艦船の操縦法を一応マニュアルだけ」

「………」

…このバカバカな頭のどこに納まってるのよ、と思うアスカだった。


<6月6日 葛城家リビング特設会場>

 

 

中央の大テーブルのこれまた中央にはピザ屋の特大ピザサイズのケーキが鎮座していた。

アスカの渾身の作である。どうやって作ったのかはペンペンだけが知っている。

そのまわりにアスカ、ヒカリ、リツコの手による料理がずらりと並んでいる。部屋の隅にはケースに入ったジュースとビールが山積みになっている。なぜかビールの方が圧倒的に多いのは、

「や~ね~ご愛敬よ」

…とのことである。

準備が終わりめいめい座っていく。ちなみに出席者は…主賓のシンジ、アスカ、ミサト、ペンペン、加持、リツコ、レイ、カヲル、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、マナ、マユミ、マヤ、日向、青葉…総勢15人と1匹である。常日頃からいろんな催しの会場となる葛城家のリビングではあったがいくらなんでもさすがに狭い。

(…いいかげん引っ越そうかしらね~)

宴会の度にそう思うミサトではあったが、宴会が終わることには酔って忘れているため当分はこのままの様である。

 

「ほらシンジ」

アスカがシンジを促した。

照れくさそうにして立ち上がるシンジ。

目の前には巨大なケーキに等間隔に並べられたローソクの火。

(…これは手強い。)

シンジは深く息を吸い込むと驚異的な肺活量に物を言わせ一気に吹き消した。

パン! パン! パーン!

トウジ達がクラッカーを鳴らした。

『シンジ(シンジ君)(碇君)お誕生日おめでとう!!』

パチパチパチパチ

「みなさん本当にありがとうございます」

拍手に包まれて照れながらお礼を言うシンジ。

「さぁ次は乾杯よ!!」

シュポーン!

ビールの栓を開けるミサト。

「…ミサト、そんなにビールが飲みたかったの?」

リツコが冷たく言った。

「や、やーね、リツコ。パーティに乾杯は付きものでしょ?」

「どうだか…それはそうと乾杯は少し待ってちょうだい」

時計を見るリツコ。

「どーして?」

「そろそろあの二人が…来たようね」

ピンポーン

ベルの音が鳴る。

「はーい」

「あんたは主賓なんだから座ってなさい!」

アスカは条件反射で腰を浮かせ掛けたシンジを座らせ応対に出る。

「はいはーい、どちらさ…」

アスカの声が不自然に途切れる。

何事かと思う一同の前に二人の人物が現れた。

「「「い、碇司令に副司令!」」」

オペレータ3人が慌てて敬礼をしようと立ち上がる。

「今は勤務中ではない。楽にしたまえ」

冬月はそう言ったが逆効果らしく余計に緊張する一同。

「シンジ」

「なに父さん?」

「…誕生日おめでとう。これは私からの誕生日祝いだ」

そういってゲンドウは飾り気のないB4サイズのネルフロゴ入り封筒を差し出す。

シンジは一瞬何が起こったのか理解できなかった。

が、理解したとたん飛び起きた。

「あ、ありがとう父さん!!」

シンジは喜びのあまり泣きそうになった。

(…あの父さんが僕の誕生日を祝いに来てくれた。)

最近は家にも泊まるし関係も修復した父と子であったが、やはり以前が以前だけに感動も一塩である。

「どうした? いらんのか?」

「う、ううん!」

そういって封筒を受け取る。

そのまま、シンジはうつむいてしまった。

懸命に涙をこらえる。

「私はまだ仕事があるからこれで帰る…すまんなシンジ」

その言葉に顔を上げるシンジ。

「ううん、来てくれただけで十分うれしかった。それに父さんにプレゼントをもらったし」

「そうか」

ゲンドウも頷き父と子はしばし無言で見つめ合った。

やがて、ゲンドウは眼鏡を持ち上げて直す。

「…では、私はこれで失礼する。諸君、ゆっくり楽しんでくれたまえ」

「あ、お送りします」

アスカが立ち上がって見送ろうとする。

これだけでも一同には衝撃的なことだった。

(…あのアスカが!? 碇司令を!? 見送る!?)

だが、更に衝撃的なことが一同を襲う。

ゲンドウはわずかに口元をゆがめると優しい声でアスカに言った。

「気持ちは嬉しいが遠慮させてもらおう。シンジに恨まれたくはないからな」

そう言ってゲンドウは去っていった。。

後にはぽかんとする一同が残された。

 

「ふふ、碇め照れおって」

冬月が言うとやっと我に返る人々。

「さあ副司令立っていないでこちらへどうぞ」

リツコが隣の席を示す。

「ああ、ありがとうリツコ君。その前に…シンジ君、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、副司令」

「私からもささやかだが贈り物がある。喜んでもらえると嬉しいがな」

そういってゲンドウと違って小振りの封筒を出す。

こちらは今となっては珍しくなった茶封筒だ。

「すみません、本当に」

「なに、気にすることはない。では失礼するよ」

そういってリツコの隣に座る。

「では気をとりなおして乾杯といきましょうか、みんな飲み物をついで」

ミサトが言うとやっと調子を取り戻しわいわい騒ぎ始める一同。

「ほら鈴原」

「お、すまんな委員長」

「なんでカヲルはいつも隣にいるわけ? アタシはシンジの隣がいいのに」

「それは奇遇だね。ちょうど同じ事を考えていたところさ」

「どうぞ山岸さん」

「あ、ありがとうございます。じゃ相田君には私が」

「あ、ありがと、う?」

「あら? レイちゃんだいぶ上手になってきたわね~」

「…ほらマコト」

「…ああ、すまないなシゲル」

「ウギョ! ウギョ!」

「どうぞ副司令…というのも堅苦しいですわね。冬月先生と呼んでもよろしいですか?」

「…碇だな。まあいいさ好きにしてくれたまえ」

「で、なんでお前だけ最初から大ジョッキなんだ?」

「コップじゃなきゃいけないわけ?」

「はいシンジ」

「ありがとうアスカ」

準備が出来たところでミサトが口を開く。

「では、せっかくですから副司令に乾杯の音頭を…」

「葛城君、この家の主人は君なのではないかね?」

教師のようにミサトをたしなめる冬月。

「ははは、わかりました。えーコホン」

一つ咳払いして話し始めるミサト。

「今日はシンジくんの為に集まってくれてみんなありがとう。私も自分のことの様に嬉しいわ。今日はシンちゃんの誕生日だけどみんなもこれを機会に何か幸せをつかんでくれたらいいなって思います。ま、既に幸せな人には余計なお世話かもね~」

そういって横目でアスカを見るミサト。つられてアスカを見る一同。

「な、なによみんな? ちょっとミサト! ちゃんと挨拶しなさいよ!」

顔を真っ赤にするアスカ。シンジはその隣で苦笑している。

「はいはい。そんなわけだから今日は無礼講でパーッとやりましょう!」

そういって冬月をちらりと見る。冬月はうなずいて答えた。

「それじゃかんぱい!!」

『かーんぱーい!!』