第拾四話 日々これ平穏

<葛城家リビング>

 

 

「あーあ、暇ねぇ~」

ソファにもたれてミサトが言った。次の瞬間、2対の視線に貫かれる。

「さぼってんじゃないわよ!!」

「暇なんだったら僕達に押しつけないで下さい!」

アスカとシンジが文句を付ける。

「ごみんごみん」

ミサトは両手を合わせて謝った。

「クエ?」

横になったペンペンが何事かと鳴く。

3人のノートパソコンの画面には2年生の英語のテスト答案がずらりと表示されていた。

数学など答えがはっきりしている科目と違い英語は多少ニュアンスに違いがあっても意味は合っている場合がある。そしてそこまで評価する高度なコンピュータが学校にあるわけもない。というわけで結局は教師が一つ一つ答案をチェックすることになる。

「だいたい去年までは一人でやっていたんでしょう?」

シンジが当然の疑問を口にする。

「うーん、それはそうなんだけどさ。この街も復興して移住したり帰ってきた人が増えたでしょ? 生徒数も軒並み増加中ってわけなのよね~」

「だからって生徒に答案の採点をさせる教師がどこにいるのよ!」

アスカの言うことは至極もっともである。

だがミサトに言わせれば、『そこらの教師なんかよりよっぽど英語に堪能な人材が二人もいるのよ? 使わなきゃ損でしょ』とのこと。

結局、二人はいくつかの交換条件により採点を手伝っている。手伝っていると言えば聞こえがいいがほとんどミサトは何もしていない。ビールを飲んでないだけましである。

ちなみに2018年初頭。

年明け試験の真っ最中。

一般の学生なら悲鳴を上げている時期である。昼間もトウジをはじめ一同が教えを請いにやってきていた。

「試験勉強? 私たちがなんでそんなものするわけ?」

「普段の授業をきちんと受けていれば大丈夫だよ」

二人の言葉を聞いて暴れたくなる一同であった。

 

 

(…ま、それも平和だってことだよね。)

シンジは答案にチェックを入れながら考えていた。

着々と臨戦態勢を整えつつあったネルフだったが、予想に反して敵の攻勢もなく拍子抜けしていた。

「修理がおっつかないのか、時期をはずして奇襲をかけてくるのか、どっちにしてもさっさと片を付けておきたかったわね」

平時シフトに変更したときミサトが言った。

「そうね。でも、おかげで七号機を直す時間が稼げるかも知れないわ」

「俺達の仕事が長引くのは嫌だねえ」

結局、警戒を怠らず日々を過ごすこととなったわけだ。

アスカ達のように何も知らない者達は平和を謳歌していたがゲンドウ以下の面々は素直には喜べなかった。


<2-A教室>

 

 

「…生徒会役員?」

「…ですか?」

アスカとシンジが確認した。

試験明け初日。彼らの元を訪れたのは3年生の現生徒会長だった。

「そうだ。二人に生徒会の推薦候補として選挙に出てもらいたい」

しっかり者と評判の生徒会長は眼鏡を持ち上げるとそう言った。

「なんでアタシ達なの?」

アスカが当然の疑問を口にする。予期された質問だったので回答も淀みない。

「まず第一に3年生には大学受験が控えている。受験勉強をしながら生徒会活動を行うのは難しい。自然、生徒会活動を行うのは学力に余裕のある者が多くなる」

確かにシンジとアスカに受験勉強の必要はまったくない。

「次に生徒会の推薦は他に立候補者がいない場合に当選してもらうことを考慮して行うものだ。だからまず全校生徒にそれなりの知名度と人気がなければならない」

これも満たしている。はっきり言って二人のことを知らない生徒はいないだろう。人気の方もいまだにうなぎのぼりである。

「そしてしっかりとした計画、決断能力。各種実務能力等々も必要とされる」

いずれにしても二人に勝る者はいないだろう。高校の生徒会にはもったいない人材である。

「というわけで後は二人の意志次第なんだが?」

一方的な話ではあったものの二人に対しあくまで対等に、かつ理論的にも整合のとれた話し方であったため二人は好感を持った。

が、それはそれ。二人はなによりもまずエヴァのパイロットである。

「…せっかくのお話ですが僕たちは別方面で時間を制約されることが多々あります」

シンジが話を切りだした。だが、相手も引き下がらない。

「多少の事は僕も噂に聞いているよ。だけど、二人にお願いしたいのは生徒会長と副会長だ。補佐する人間は十分にいるよ」

「ふーん。さすがにアタシ達に頼むだけあってぬかりは無いようね?」

アスカが言った。口調は偉そうだが少し感心しているのである。相変わらずシンジ以外には素直でない。

「どうするシンジ?」

「そうだね。ここまで言ってくれてるのに断るのもなんだし、一応ミサトさんに聞いてみようか?」

「ああそれなら…」

会長はポケットから折り畳んだ紙を取り出すと二人の目の前で開いた。

『ぜんっぜんOKよんっ! 頑張ってね(はぁと)』

ご丁寧にキスマークまでついている。

生徒会長も困惑気味だ。どうやら目の前で作成したと思われる。

「あんの女は~!」

ぐっと拳を握りしめるアスカ。

「ミサトさんらしいや」

シンジも苦笑する。

「で、どうだろう? 引き受けてくれるかな?」

「いいよね、アスカ?」

「シンジがいいならいいわよ」

アスカに確認するとシンジはうなずく。

「わかりました。僕たちでよければ引き受けさせてもらいます」

会長の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう。そういってもらえると助かるよ。ところで実はもう一つお願いがあるんだが」

「何です?」

「どっちを会長にしてどっちを副会長にするか生徒会でもめてね。君たちで決めてくれないかい?」

申し訳なさそうに頭を下げる会長。こっちの方が難題らしい。

「どっちって…」

「言われてもねぇ…」

シンジとアスカは顔を見合わせた。

 

 

<2-A ロングホームルーム>

 

「…というわけで生徒会役員の立候補者を募る予定だったんだけど、先に決まっちゃったわけ」

ミサトがクラスに言った。

「もちろん、他に立候補したい人がいてもOKよ。洞木さんなんかどう?」

「え、わ、私は…」

慌てるヒカリ。

「ミサト先生。やっぱり委員長はクラス委員じゃないといかんですわ」

『うーん、その通りだ』

トウジの言葉に妙に納得するクラス一同。

「けだし名言ね」

「鈴原にしてはいいこと言うじゃない」

ミサトとアスカにほめられまんざらでもない顔のトウジ。

ヒカリも心持ちうれしそうである。

「それじゃ、鈴原君と渚君も一緒にどう?」

ミサトは別の案を出す。

「あかんあかん。わしには無理ですわ」

「ま、冷静な分析だな」

「ケンスケ、少しはフォローしょうとか思わんか?」

「事実だろ」

「そらそうや」

笑う二人とそれを笑うクラスメート。

マナは隣のカヲルに矛先を向けた。

「カヲルはどうなのよ?」

「二人の邪魔をするのは野暮というものだよ」

微笑むカヲル。代わりに手を挙げると予想外の発言をする。

「書記に山岸さんを推薦するというのはどうでしょうか?」

「あら悪くないわね。生徒会長と副会長をよく知ってるしフォローもしやすいわね」

「そうね。マユミもしっかりしてるから二人が忙しくても何とか切り盛りできるかも」

「あのミサトさん。僕たちまだ当選したってわけじゃ…」

「何言ってるのよシンジ。このアタシとシンジが立候補するのよ。能力、容姿、性格。

どれをとってもパーフェクトなアタシ達に勝てる奴なんかいないわ!

ま、選挙はあくまで建前ね」

断言するアスカにクラスが沸き上がりやんややんやと歓声が上がる。

「まあまあそれはそれとして、どう山岸さんやってみる?」

急に静まり返る教室。

「えっ? えっ?」

注目され慌てるマユミ。

「わ、私でなくてもマナさんとか…」

「あたしにはネルフに入るための勉強があるの。それこそ大学受験の比じゃないわ」

ひそひそ話す二人。

「でも、二人の足を引っ張るんじゃ…」

「アタシ達の本業を知ってるでしょ」

「山岸さんがやってくれると助かるよ」

追いつめられるマユミ。

「いいんじゃないか? やってみたら」

ケンスケがそう言うとシンジ達もうなずく。

「わ、わかりました。やってみます」

「おっしゃあ!!」

「きゃっ!」

いきなりミサトが叫んだため驚くマユミ。

「これで生徒会は私たち2-Aが牛耳ったわ!!」

『おーっ!!』

来年には2-Aでなくなっていることをあえて無視して盛り上がる一同。

「このうえは勝利を完璧にするために選挙運動よ!!」

「その件に関しては僕にお任せを」

ケンスケの眼鏡が光る。

「シンジくんとアスカの当選は揺るぎ無いわ!

だからみんなで山岸さんを応援するのよ!!」

『おーっ!!』

「あの、そ、そこまでしていただかなくても」

「甘いわ山岸さん。これは戦争なのよ!」

「せ、せんそう、ですか?」

「戦うからには勝つ!!」

(…ミサトさんもたまってるんだなぁ)

シンジは保護者の心中を察して苦笑した。

 

 

ケンスケが指揮を執る宣伝工作部隊は尋常ではなかった。

3人それぞれ及び全員の写真入りポスターを学内の掲示板に貼りまくり3人を映したビデオディスクを回覧した。

しかも全て自費である。

だが、誰も感謝しようとはしなかった。

なぜなら、

「…こちら2-A後援会事務局。

…ああポスターも映像ディスクもうちで管理している。

…そうだ、ポスターは1枚500円。ディスクは1枚1000円だ。

…高い?

…別にいいんだぞ。他に扱っているところはないんだからな

…わかればいい。ポスター、ディスクとも4種類だ。

…ああ、ブツは選挙の後、引き渡す

(プツッ)

…く、くくくくく」

というわけである。

無論、賄賂工作はぬかりなくシンジのポスターは碇家の食卓にさえ飾られていた。

予約だけでもとんでもない額になっている。総売り上げはすごいことになるだろう。

笑いの止まらないケンスケだった。

一方のシンジとアスカといえば、

「…こっちがラグビー部でこっちがサッカー部」

「これは美術部でこっちは茶道部…うちにも茶道部なんてあったんだね」

二人の机は各部、愛好会、同好会からの贈り物で溢れていた。

通常の選挙と違い二人には当確印が3つ程、しかも花丸がついている。

そのため予算優遇、部活動への昇格などを願って賄賂攻勢が始まっていた。

もっとも主に運動部系がアスカ、文化部系がシンジと分かれており、その構成人員を考えると単に二人に会うのが目当てという気もしないでもない。

とはいえ野球部全員がアスカのまわりでわいわい騒ぎ、華道部全員がシンジのまわりできゃあきゃあ騒ぐといった様な事態が日々続くのでさすがの二人も参っていた、

「二人が恋人宣言しちゃったからなかなか近づけなかった分だけ反動が来てるんじゃないかしら?」

ヒカリが語る。

「せやな。惣流ににらまれるのが怖くてシンジに近寄れん奴らとかにはまたとない口実やろ」

トウジも語る。

「マユミはどうなの?」

マナがもう一人の当事者に尋ねた。

「ええ、こっちは全然。代わりに真剣に部活動について考えている人とかがいらっしゃって話していかれるんだけどとってもためになるわ」

「最後に勝つのはどの部か、だね。今回の選挙はみんな学ぶことが多いんじゃないかな?」

相変わらずカヲルは淡々としている。

「それで渚君は私を推薦したの?」

「さあね」

カヲルはいつものように微笑むだけだ。

「それにしてもあの二人にプレゼント攻勢なんてお金の無駄ね」

「アスカの場合逆に反感を買うわね、あれは。だいたいシンジ以外の男にプレゼントされても喜ぶわけ無いじゃない」

「おまけにシンジにプレゼントしとる女共は惣流ににらまれるって寸法や」

「碇君はどうなの?」

「シンジはたぶん全員に公平にって考えるでしょ」

「そうね。じゃアスカににらまれた分だけきくのね」

「じゃ、最後にものを言うのはなんや?」

「それは、ね」

カヲルがマユミを見る。一同の視線がマユミに集中する。

「な、なんでしょうかみなさん?」

思わずノートで顔をかばうマユミだった。

 

 

碇家の食卓へ


<碇家食卓>

 

 

月に最低一度とシンジが自分で決めている碇家での夕食及び宿泊。

リツコが肉じゃがの入った小鉢を置きながら聞いた。

「それで結局どっちが会長でどっちが副会長になったの?」

「………」

アスカはどうやら耳に入っていないらしい。

今日はミサトがネルフに泊まり込みなので、だったらとシンジがアスカを連れてきたのだ。最初は渋っていたアスカだったのだが、シンジに家に誘われた(このあたり意味深)と悟り喜んでついてきた。しかし、

「………」

上座で居住まいを正しているゲンドウがたとえようもない重圧感を生み出しアスカは緊張のあまり何も出来ずにいた。

余談だがシンジが碇家に泊まるときには必ず家にいる。

「アスカが会長で僕が副会長です」

アスカの代わりにシンジが答えた。

「……何?」

ゲンドウが重々しい声で言った。

思わずびくっとするアスカ。

アスカの膝の上のレイが何事かとアスカの顔を見る。

ちなみにレイはこの前ミサトの家で世話になってからアスカに懐いている。

「……どういうことだシンジ?」

アスカは自分が会長になるということを糾弾されているように感じて気が気でない。

「質問の意味が良く分からないけど。

会長はみんなを引っ張っていく元気な人じゃないといけないだろう?みんなに活を入れたり、いろんな人と活発に議論したり、時には喧嘩したりね。元気なアスカにぴったりだろ?

逆に副会長は会長とみんなの間を取り持ったり、苦情を聞いてあげたり会長を補佐してうまくみんなをまとめていく役割だから、穏和な性格の僕の方がいいって」

「言う通りね。誰が言ったの?」

席に着くリツコ。

「委員長、じゃなかった洞木さん。後はカヲル君も」

「人を見る目は確かな様ね」

「ほんとだね。そういうことなんだけどなにか問題ある父さん?」

「……問題ない。好きにしろ」

「うん」

うなずきあう父と子。

「じゃ、食べましょう」

リツコの合図で一同手を合わせる。

「アスカ?」

「え、ああ。ごめん」

アスカも慌てて手を合わせる。

「ゲンドウさん?」

「ああ、わかっている」

ゲンドウも手を合わせる。

『いただきます』

 

 

「レイと一緒に入って大変じゃなかった?」

「ああ、お風呂ならもう慣れてるから大丈夫よ」

髪を整えながらアスカが答えた。

リツコはレイの髪を乾かしている。

結局今日は泊まっていくことになった。

アスカも食事が終わる頃には自分を取り戻していた。

もっともゲンドウがときたま見せるシンジやリツコとの会話には驚く他無かったが…

(…ま、ネルフの総司令って言ってもシンジの父親には違いないもんね)

さすがに自分の義理の父になるとまではまだ考えつかない。

「…………」

意中のゲンドウが居間に入ってきた。

「……シンジは?」

「今、お風呂に入ったところですよ」

「……そうか」

少し考え込むゲンドウ。

何事かと見るリツコとアスカ。

不意にゲンドウが顔をあげる。

「……惣流君。少し話があるのだが書斎まで来てくれないかね」

アスカは耳を疑った。

碇司令が自分に話がある? しかも命令じゃなく頼んでいる?

助けを求めるようにリツコを見る。

「大丈夫よアスカ。何も取って食いやしないから」

こともなげに笑われる。ゲンドウは無言だ。

(…わざわざシンジのいないときに書斎って事はシンジに関係する内密の話って事ね。)

「わかりました」

アスカが承諾するとゲンドウはうなずき居間を出た。