2年半ぶりに訪れたケージには硬化ベークライトに包まれて初号機が僕を待っていた。装甲のほとんどが傷つき中には完全に失われているところもあった。だが初号機自体は傷一つなくただ静かにそこに居た。
LCLの補給も無くベークライトの中に密閉されていても初号機は生きていた。
そう・・・魂が無い肉体だけの存在を生きていると言って良いのであれば。
第三新東京市に戻って2週間目の水曜日。アスカは午後の授業を受けず一人でNERV本部に出かけていった。その予定はあらかじめアスカから聞いて知ってはいたのだけど、それの意味するところも理解していたのだけど、アスカのいない帰路の道のりはこの2週間で始めてのことで、結局僕は家に帰らず駅からジオフロント行きのリニアに乗り込んでNERV本部へ出かけていった。
無人の受付ターミナルで僕は自分のIDカードをスリットに挿入し、インフォメーションサービスに冬月司令への面会を申し込んだ。
僕にはもう何の権限も無い。ただの高校生なんだ。冬月司令が会ってくれるかどうかも判らない。ミサトさんに頼めばNERV本部へ連れていってもらえるだろうとも思ったけど、僕はそれを良しとしなかった。
しばらくターミナルのコンソール前で待っていると、画面に面会申請が受理されたことを示す表示が現れ、スリットから僕の身分証明IDカードと共に暫定入場IDカードが吐き出された。面会が受理されたことに僕はほっと安堵した。
その入場カードを手に取ると司令室へ直接向かうよう指示が表示された。
僕の情報はまだ生きているようだ。本部の内部に不案内ではないことをこのインフォメーションサービスシステムは把握しているようだ。
冬月司令の頭はますます白いものが目立つようになっていた。
2年振りに会う僕を目を細めて穏やかな眼差しで見つめた。
「久しぶりだね。大きくなったな。少しユイ君にも似てきたか・・・」
挨拶も交わさずに僕に近づくと、冬月司令は僕に手を差し伸べた。
「私に会いにきたということは初号機に会いにきたということだな。」
なぜ僕の考えていることが判ったんだろうと不思議に思ったけど、僕は冬月司令の問いかけに黙ってうなずき、そして差出された手をしっかりと握り返した。
そして僕のことを頭から足の先まで何度もみて再び冬月司令は言った。
「碇の面影も少し残っているが、やはり君はユイ君の方に似ているな。
来たまえ。初号機に会わせよう・・・」
僕は冬月司令と二人だけで初号機のケージを訪れた。
はじめて初号機と会ったときと同じアンビリカルブリッジから、初号機の頭部拘束具の正面に立ち光りを失った初号機の目を僕はじっと見詰めていた。
僕の脳裏には様々な光景が繰り返し蘇っていた。
僕の危機に反応して無人で動いた初号機。
始めての戦闘でエントリープラグ内で気絶した僕を守った初号機。
数々の辛かった戦いの記憶。今も消えることの無い友の命を奪った右手の感触。
そして最後の戦い。9体の量産型エヴァとの死闘。綾波の死。
心の奥底から沸き上がった強い思いと同時に得られた圧倒的力への恐怖。
初号機の背から広がる何枚もの光の翼。裂ける空。垣間みた補完後の世界。
そして・・・今の僕・・・・・・
いつの間にか僕は目を固くつむっていた。
両手を強く握りめ悪寒に身体の震えを止めることができないでいた。
そして受け入れた。
あの日、世界を破壊しようとした力はリリスとなった綾波の力でもなくアダムの分身たる初号機の力でもなく弱い僕の心が呼び寄せてしまった力であることを。
綾波は僕を導いてくれただけだ。僕が本当に望んでいたあるべき姿と信じたこの世界まで。母さんの魂は父さんの魂とともに裂けた空の向こうに消えた。でも力はそのまま僕の手のうちに残されたんだ。僕は逃げるわけにはいかないんだ
「冬月司令・・・僕を・・・僕をエヴァに乗せてください。」
「無理をすることはない。シンジ君。」
始めて冬月司令が僕の名を呼んだ。目をあけて冬月司令の顔を見ると、辛そうな表情で僕を見つめていた。
「無理はしていません・・・僕はエヴァに乗ります。
それが僕にできることだから。
僕がやらなければいけないことだから。
僕にしかできないことだから。」
「そうか・・・だが初号機には乗せられない。アレは永久凍結が決まっている。
あの映像記録を見て初号機に恐れを感じずにいられる者などいないからな。
おかげで量産型エヴァの修復がかなうまでの期間を、はりこの虎とはいえ初号機を押さえることで稼ぎ出すこともできたわけだが・・・
今の人類に初号機は扱えないよ。唯一のアダムの分身たるリリスの分身。人類が拾った神の化身。人が初号機を恐れるのも無理はない。
君に与えてやれるのは量産型エヴァだけだ。それでもいいのかね?」
「構いません。僕にとっては初号機も量産型エヴァも変りないはずです。
魂を失った初号機も僕の意志に従ってくれました。
量産型エヴァも魂の無いままアスカに従っています。
ならば僕にも同じことができるはずです。」
「アスカくんのことが心配だからかね?」
「当然それもあります。でも全てではありません。
確かに僕が復帰することでアスカの負担を減らすことはできるでしょう。
でもそれでアスカの負担が無くなるわけじゃありませんよね。
だからアスカのことは理由の一部にすぎません。
僕がエヴァに乗るのは、それが僕にできるからことだから。
だからエヴァに乗るんです。」
シンジの顔に迷いはなかった。ただ透明な視線で冬月を見ていた。
「そうか。君がそう決意したのなら私に止める権利はないな。
私の立場としてはむしろ喜ぶべきことでもある。
シンジくん。NERVは君を歓迎するよ。よく戻ってきてくれた。」
二人は頷きあってふたたび握手を交わした。
シンジの乗った量産型エヴァ7号機は今その背に白い翼を大きく広げていた。
いやらしい笑みをたたえた爬虫類のような頭部を持つ量産型エヴァの白い機体が、この時ばかりは何か美しいものに見えた。
7号機の広げた翼がさらに天を目指すかのようにその先端を持ち上げた。
広げた翼がさざなみのような細かな振動を発した時、7号機は厳粛な儀式を執り行うかのように一瞬頭をたれ、そして静かに大地を離れ大空へと舞い上がった。
夕日に照らされながら静かに浮かびゆく純白のその姿は見る者を圧倒した。
アスカのシンクロテストは先月同様に遅滞なくスケジュールを消化していった。
テストプラグの中で赤いスーツを着たアスカは、ときおり表情を変えるものの落ち着いてシンクロに集中していた。
テストルームのコンソールに表示されるシンクロ率は39%。
平素より少しシンクロ率が落ちていたが、問題になるレベルではない。
リツコにとって気になるのはシンクロ率のわずかな低下よりハーモニクス誤差の拡大だった。ハーモニクス誤差が今日は1.8%もある。いつものアスカであれば0.05%以上のハーモニクス誤差を記録することは無いのだ。
「調子悪いみたいね・・・」
通信スクリーンに写るアスカの顔を見ながらリツコはつぶやいた。
数値的にはこのまま機体連動試験にフェーズを移行しても差し支えない値のはずなのだが、S2機関を搭載し無尽蔵の行動時間を得た量産型エヴァだけに、運用には常に細心の注意を払う必要がある。
万が一暴走でもしようものならそれを止めるすべは地球上に存在しないのだ。
「諸刃の剣・・・か」
その時テストルームのドアが開き複数の人間が入ってくる気配がした。
何気なく振り返ったリツコは、そこに冬月司令とシンジの姿を見た。
「赤木博士。テストは順調かね。」
おだやかな声色で冬月が問うが、シンジがリツコにかわって発言した。
「少し調子が悪そうですね。ハーモニクスの値が安定していないみたいだ・・・」
なぜここにシンジがいるのかリツコは驚いていたがシンジの言葉を引き継いで冬月に報告した。
「ええ。シンクロ率が少し低いのはともかく、ハーモニクス誤差が拡大している事が気になります。アスカの集中力が低下していると判断してよいと思います。
このまま機体連動試験を行うべきか今思案していたところでした。
万が一という可能性は常に捨て切れません。特にエヴァに関しては・・・」
「そうだな。だが我々はそれに頼らざるを得ないのだから、君になんとかしてもらうしか無いのだよ。君には苦労をかけるがよろしく頼む。」
「いいえこれが私の仕事ですから。苦労だなどと思ったことはありませんわ。」
「ああ、判っているとも。だが私は感謝している。」
冬月は穏やかに応え、シンジを振り返ってその顔を見た。
モニターに写るアスカを心配そうに見ていたシンジが気配を感じ、冬月の視線を受け止めてゆっくりと肯いた。
「赤木博士。今日から碇シンジくんがNERVに復帰することが決定した。
すまんがさっそくシンジくんのシンクロテストも頼みたい。できるかね?」
シンジがリツコを見て笑いながら挨拶した。
「またお世話になります。リツコさん。」
「・・・エヴァに乗ってくれるの?」
「ええ。自分の意志で決めました。」
「アスカはこのことを知っているの?」
「いいえ。まだ話していません。でもアスカもそれとなく察しているはずです。
ここ数日アスカの元気が無くなってゆくのが判りましたから、エヴァの事も何回かアスカと話しました。
アスカはまた僕がエヴァに乗ることに賛成しかねている様子でしたが、きっと僕の気持ちを判ってくれると信じています。大丈夫ですよ。」
自信に満ち溢れた表情でシンジが断言した。
「すぐにエントリーできますか?」
「プラグスーツが無いわ。」
「大丈夫ですよ。ヘッドセットの予備はあるのでしょう?
プラグスーツ無しでもシンクロ率が少し落ちるぐらいです。
問題ありませんよ。何番のプラグに入れますか?」
シンジは強化ガラスの向こうに見えるテストプラグを眺めて、[06][07][08]の番号を持つ3組みのテストプラグが存在することを確認した。
アスカの入っているプラグは何番なんだろう。
コンソールのアスカの顔の写るスクリーンを見てそれが06番のテストプラグであることを確認する。
できるなら07番のプラグが都合が良い。アスカの隣にエントリーできる。
「今用意できるのは07番のプラグよ。
でもいきなりで大丈夫なの?シンジくん?」
めずらしくリツコが不安そうな表情でシンジに問い掛けた。
そのリツコの顔を見ておもわずシンジは苦笑してしまった。
「初めてエヴァに乗ったときはいきなり使徒の真ん前に射出されたんですよ。
シンクロテストぐらいヘッドセットも必要無いぐらいです。」
「そ、そういえばそうだったわよね。」
めずらしく動揺するリツコを冬月は目を細めて見ていた。
「赤木博士。シンジくんをエントリーさせたまえ。責任は私が持つ。」
「判りました。07番のテスト準備を至急行います。」
「わたしは発令所にいくよ。後はよろしく頼む。」
そういって冬月はテストルームを後にした。
「アスカには僕から言いますから、まだ何も言わないでおいてください。」
以前使っていたのと同じ白いヘッドセットをリツコから受け取ると、シンジもしっかりした足取りでテストルームを後にした。
リツコはその後ろ姿に大人の強さを身に付けはじめたシンジの成長を見ていた。
彼女が自分の半分も生きていない少年に気圧されたのは初めてのことだった。
シンクロテストの日は、オペレート担当のマヤも午前中で学校の用事を切り上げて発令所の勤務に付くよう定められていた。
日向や青葉でもオペレート操作は可能だが熟練度とリツコとのコンビネーションを考えると、やはりマヤの能力が必要とされるのだ。
シンクロテストの日でも最後まで学校にいるのはミサトだった。クラス正担任も引き受けている以上、副担任のマヤともども早退するのは不都合だった。
そしてなによりもシンクロテストの際は、ミサトはそこにいても状況を見守ることしかできないから、ミサトにはテストの前後にアスカをフォローするという任務の方が重要視されているのである。
アスカのシンクロテストは午後1時30分より開始され、40分間のテスト毎に20分の休憩を挟み既に3回目のテストも半ばとなっていた。
ミサトが発令所に姿を現すのは大体このくらいの時刻になってからで、今日もほぼいつも通りの時間に私服姿のままのミサトが発令所にやってきた。
発令所にいる部下達に明るく挨拶しながらもミサトはまっすぐにマヤの元にきてまずアスカの様子に注意をはらう。
第一回目、第二回目のテストレポートを受け取ってざっと目を通し、現在進行中の第三回目のテストのデータを時系列表示で追って現状を把握する。
「・・・なんか調子悪そうね。」
「ええ。今日はどうも集中できないみたいですね。学校で何かあったんですか?」
「学校では何も無かったはずよ。アスカも女の子だってことよ。」
「え?」
ミサトの発言の意味が判らずマヤが首をかしげる。そんなマヤにニンマリと笑いながらミサトが応える。
「ほら。あの娘初めてなのよ。シンジくんが帰ってきてからシンジくんの姿が見えない状況って・・・強がっていてもアスカも恋する乙女なのよねぇ。」
「そ、そうなんですか・・・」
少し頬を赤らめながらマヤが納得したようにうなずいた。
マヤは直接は目にしていないがミサトの話やクラスの生徒達の噂話で、シンジが戻ってきた直後のアスカの言動を耳にしていた。
噂には尾ひれがつきやすいものと思っていたマヤだから、それらの噂話をあまり信じていなかったのだが、もしそれが事実であったとするならアスカのこの様子も無理からぬものであるような気がしていた。
「こんなこともあろうかと・・・実はこんなディスクを用意してきたわん。
メインモニタに写してくれる?」
そう言ってポケットから一枚のDVDを取り出してマヤに渡すミサト。
思いっきり顔が緩んでいる。
嫌な予感を覚えながらもマヤは指示に従いミサトから受け取ったDVDをコンソールのスリットに差し込んでメインモニタにその映像を再生した。
映像が映し出された瞬間発令所は沈黙しその直後にどよめきが沸き上がった。
「・・・ぇぇぇぇえっ!?」
巨大なメインモニタいっぱいにシンジに寄り添うアスカの姿が広がり、次の瞬間映像はぐんっとアスカの表情をクローズアップした。
頬を桜色に染め碧い瞳を潤ませたアスカのその表情に思わず男性職員達が生唾を飲み込んだ。女性職員達ですらその映像に引き込まれ食い入るように見つめてしまったのだから、男性職員達の反応も無理からぬことであろう。
次々とカットが変わり角度を変えたアスカのその表情が幾度も繰り返し映し出されるが一度その表情に目を奪われたものは映像が途切れるまで目を離すことができなくなっていた。わずか数分の映像だったがその効果は絶大だった。
映像が途切れたところでミサトが得意そうに発言した。
「ね。これでも二日目でまだましな方なのよ。
初日なんてこんなもんじゃなくって、もうた~いへんだったんだからぁ。」
日向と青葉が顔を赤くしながらカクカクと人形のようにうなずいていた。
マヤなどはいまだに頬を染めてぼぉ~っとした表情で固まっている。
ちょっとマヤには刺激が強すぎたかしら?などとミサトがニンマリしているとミサトの予想もしなかった背後からミサトに応える声があった。
「大変面白い情報だが、今はそんなことをしている場合かね?」
ぎぎっと音が聞こえそうなほど硬直した首を嫌々ながら後ろに回したミサトが見たものは、苦虫をかみつぶしたような表情の冬月司令の姿だった。
「・・・ふ、冬月司令・・・」
そのつぶやきに呪縛はとけ慌てた発令所の職員達は自分達の職務に復帰したが、ミサト一人だけがそのまま冬月の視線をあびて硬直していた。
確かに能力はあるが性格にかなり問題があるぞ。碇、なぜ本部長にした?
硬直するミサトを見やりながら亡き盟友を思って回想にふける冬月だった。
そんなミサトを窮地から救い出したのはマヤの驚きの声だった。
「テストプラグ07番においてパイロットのエントリーを確認。
エントリーシーケンスに続いてシンクロテストが開始されます。
絶対境界線を突破。起動レベルクリア。シンクロ率20・・・30・・・
さらに上がります。40・・・50・・・60・・・70・・・80・・・
ハーモニクス誤差収束中。シンクロレベル87%で安定。
ハーモニクス正常です。誤差も0.001%以下で安定しています。」
マヤが半分悲鳴のようにコンソールの情報を読み上げる。
「な、なにが・・・おこったと言うの?」
呆然とマヤのレポートに立ち尽くすミサトに冬月の声が届いた。
「本人の強い希望により本日よりサードチルドレンがNERVに復帰した。
さすがだな・・・シンジくん。」
冬月だけは驚きを現すまいと平静を装いながらシンジの復帰をみなに伝えたが、その努力は報われはしなかった。
発令所の全員の視線は既にメインモニタに集中していて誰も冬月の表情や声色になど注意を向けるものはいなかったのだ。
そこにはテストプラグ内に座った緊張感も何もない笑顔のシンジの姿が大きく映し出されていた。
「こ、これが・・・シンジくんの実力!」
ミサトがようやく言葉をしぼりだした。
その言葉は発令所にいる全員の気持ちを代弁した言葉だった。
血の匂いのするLCLで満たされたテスト用エントリープラグ。
その中に一人で座っているとやはり寂しさを感じる。
エヴァ弐号機のエントリープラグはなにか懐かしい温かさがあった。
量産型エヴァのエントリープラグにもなにか心地よい柔らかな感触があった。
だがテスト用エントリープラグにはただ冷たい無機質さだけが漂っている。
一人でエントリープラグの中にいると心まで冷え切ってしまいそうだ。
月に一度だけになったとはいえ、継続したシンクロテストの実施はNERVにとって最重要項目のひとつであることに違いない。
エヴァがいつでも稼動可能にあることを示すため。世界に向けてエヴァの実在を証明するため。不安定な世界のパワーバランスをコントロールするため。
アスカにとってもはやエヴァは全てではない。だがそれを欠くこともできない。
自分の人生の半分以上をエヴァに注いできたアスカには、今さらエヴァから離れようという考えは無い。全てでは無くともそれは自分に必要なもの。そう考えてアスカは自らの意志の元にエヴァのパイロットであり続けることを選択した。
そう・・・自分で考えて決めた・・・アスカはそう考えていた。
だが今日はその決心が揺らいでいることをアスカは自覚していた。
アタシがエヴァに乗ることを選んだのはNERVから離れたくなかったから?
ミサトの側にいたかったから?
ううん・・・ちがう・・・今なら判る。認めることができる。
それはエヴァだけがアタシとシンジの接点だったから。
エヴァのパイロット仲間であるということが、何よりも強い絆だったから。
命を預けあい死を強く意識しながら過ごしたあの日々。
どんな時よりも強くお互いを意識したのがエヴァに乗っているときだったから。
だからアタシはエヴァから降りることができなかったんだ。
エヴァから降りてしまったらアタシはシンジとの最後の絆まで失ってしまう。
無意識のうちにそれを恐れ、それにしがみついてしまっていたんだ。
その思いがアスカの集中力を削いでいた。
思うようにエヴァにシンクロできない・・・いや、シンクロ率はなんとか維持している。だけどエヴァと一体化できない。ハーモニクスが乱れる。
なんとかしなくちゃと気合を入れても情けなくなるぐらいに心が乱れる。
冷たい・・・はやく帰りたい・・・シンジの側に帰りたい・・・
そのときアスカの乗るエントリープラグが震えたような気がした。
違う。震えたのはアスカの身体だった。
何かが違う。そう意識した瞬間、何か暖かいものが心に満ちあふれた。
エントリープラグに表示されているシンクロ率が上がってゆく。
40%・・・とまらない・・・50%・・・60・・・70・・・80、81。
沸き上がる圧倒的力感と心地よい陶酔感。
そしてハーモニクス誤差もみるみるうちに収束し安定してゆく。
目覚めたときのように視野がみるみる鮮明度を増し、アスカの心に自分を取り巻く周囲の状況が手に取るようにはっきりと流れ込んできた。
感じる・・・暖かくて強い・・・圧倒的な力・・・ちがう!シンジ!!!!
アスカの表情が明るさを取り戻す。その時6号機の素体が咆哮した。
発令所まで届くその咆哮はアスカの思いをのせた喜びの叫びだった。
シンジのシンクロテストは順調というよりも驚愕の連続だった。
何の気負いも感じさせないままあっさりと起動限界を突破したシンジのシンクロ率はそのままぐんぐんと上昇しついに87%に到達した。
プラグスーツも無しに、パーソナルパターンすらかつての初号機用の値のままにシンジは量産型エヴァとシンクロした。
ハーモニクスも好調。誤差は僅かに0.0008%しか無い。
「プラグスーツを着用したら・・・100%も夢ではないわ・・・」
呆然とつぶやくリツコをさらなる驚愕が襲った。
「赤木博士。06番プラグのパイロットのシンクロ率が上がってゆきます。
07番に同調しているとしか思えません。既に60%を突破しました。
70・・・80・・・シンクロ率81%で安定します。
ハーモニクス誤差も0.001%以内に収束しました。」
オペレータが信じられないと言った表情でリツコに報告した。
「これが本当の・・・二人の力なのね・・・」
そのつぶやきに応えるかのように、テストケージ内の6号機が咆哮をあげた。
テストルームは地震にでも襲われたかのように激しく揺れ動いた。
間近に見る喜びの声を震わせる6号機が発散する圧倒的力にテストルーム内のメンバーは恐怖すら感じていた。
「量産型エヴァ2機によるデモンストレーションかね?」
ミサトの提案に冬月司令は少し及び腰であった。
いたずらに国連や諸大国を刺激することもあるまい。冬月はそう思っていた。
世界を押さえるにあの日の初号機の映像記録だけで充分ではないか。
これ以上世界にエヴァの力を示したとしてその効果に期待できるのだろうか?
「実はシンジくんが試してみたいことがあると言っているんです。」
「何を試そうというのかね?」
「エヴァ量産機による高機動空中移動・・・の可能性だそうです。」
エヴァによる高機動空中移動?冬月が怪訝そうに問い返した。
「馬鹿な・・・エヴァが空を飛ぶとでも言うのかね?」
「量産型エヴァは事実、最終決戦時に空を飛びました。記録もあります。」
ミサトは自信満々な顔で言葉を続けた。
本当は自信などまったく無い。ただ先にミサトにはいった通信スクリーン上のシンジの表情は自信に満ち溢れていた。そのシンジの言葉をミサトは信じた。
「7号機のシンジくんがその可能性を試してみたいと申しております。」
確かに先ほどの驚異的なシンクロテストの結果を見せられれば、シンジのその言葉をただの冗談と受け止めるわけにいかないと思う冬月だった。
「だが勝手にエヴァを運用したら国連が黙っていないぞ。」
「ですからあくまでデモンストレーションです。
サードチルドレンの復帰の事実は既に国連に報告済みです。
国連もサードチルドレンの復帰によるNERVの戦力増強の程度を是非知りたいと思っているのではないでしょうか?
それに先の6号機のすさまじい咆哮は地震波並みの振動を記録しています。
おそらく日本国政府や戦自、国連軍ではNERVになんらかの動きがあった事を察知し、すぐにも諜報活動を活発化させると推測もできます。
ならば先にこちらからデモンストレーションを行ってみてもよろしいのではないでしょうか?そのほうが効率的だとわたしは判断いたします。」
「・・・そうだな。葛城一佐。ここは君の意見を取り入れよう。
好きにやってみたまえ。」
そうして久々に陽光の元へ2機の量産型エヴァが肩を並べてリフトオフした。
すでに太陽が西に傾いた茜色に輝く空にシンジの7号機が浮かんでいた。
アスカは呆然とエントリープラグの中から7号機の姿に見とれていた。
ゼーレとの最終決戦の時に空を舞う量産機に感じた恐怖はそこになかった。
あるのはただ筆舌にできない美しさ、強さ、やさしさ。
「アスカ。僕を信じて・・・エヴァは僕たちを求めている。
この子達は初号機や弐号機とは違うんだ。僕たちを守る魂は持っていない。
だから僕たちが守ってあげなくちゃいけなんだ。
僕たちが守ってあげればこの子達はその力を存分に使えるんだよ。
だから僕を信じて・・・エヴァを守ってあげるんだ。
そうすればアスカの6号機も飛べるんだ。」
通信スクリーンからシンジの落ち着いた声が流れてくる。
「アスカ・・・おいで、いっしょに飛ぼう・・・」
シンジが呼んでいる・・・アタシを呼んでいる・・・
いかなくちゃ・・・シンジのところにいかなくちゃ・・・
ねぇ、呼んでるよ・・・いっしょにいこう・・・シンジのとこまで・・・
アスカは無意識のうちにシンジの言葉に従っていた。
アスカの心が6号機に語り掛けていた。
いっしょにいきましょう。アタシがあなたを守ってあげるから。
6号機が背中の翼をゆっくりと広げはじめた。
嬉しそうに広げた翼を震わせると、アスカとともに6号機は飛翔した。
「飛べた!飛べたよ、シンジ!!」
アスカが喜びの声をあげた。
第三新東京市の上空に2機の白いエヴァが向かい合って浮かんでいた。
互いに喜びにその白く広げた翼をうち震わせながら向かい合う2機のエヴァ。
シンジの導くまま2機のエヴァがさらにその高度を増してゆく。
発令所のメインモニターから一瞬でその姿が掻き消えた。
「エヴァ2機をロスト!・・・いえ確認できました。
地上3万8千メートル。宇宙空間です。」
マヤが驚いたように報告した。
メインスクリーンの映像が監視衛星が捕らえたエヴァの画像に切り替わった。
瞬きを忘れた星達を背景に控え陽光にまばゆく輝く2機のエヴァの姿が写る。
さきほどまでと同じように向かい合ったままエヴァはそこにいた。
「・・・きれい・・・なんてきれいなの・・・」
衛星軌道から見る地球は美しかった。もちろん自分の目でみるのは初めてだ。
まるで自分が宇宙空間に生身で漂っているかのように錯覚してしまう。
すぐ側にシンジを感じていなければ意識を飲み込まれてしまいそうだった。
「本当にきれいだね・・・これが僕たちの世界・・・」
二人はしばし時を忘れて眼下に広がる青く美しい眺めに心を奪われていた。
その姿を心に焼き付けるように。二度と忘れないように。
どんなに美しいものもこの光景に優るものは無いだろうとアスカは思った。
しばらくの後、名残惜しそうにシンジがアスカに声をかけた。
「戻ろう。みんなが心配しているよ。」
「・・・残念だわ。こんなに美しい光景を見るのは初めてなのに。」
「大丈夫だよ。僕たちにはエヴァがある。また見れるさ。」
「それもそっか・・・この子達も喜んでいるのかな?」
「きっと喜んでいるよ。・・・さぁ帰ろう。僕たちの街へ。」
シンジの言葉に2機のエヴァが応えたような気がした。
衝撃も何も感じないまま再び二人は第三新東京市の空へ舞い戻っていた。
「・・・すごいわね。一瞬で戻っちゃうなんて・・・」
「この子達の力は無限だよ。だから僕たちが守ってあげなくちゃね。」
「ちょっと悔しいな。」
アスカが少し残念そうにつぶやいた。その声もシンジに届いていたようだ。
「え?何が悔しいの?」
「・・・バカ・・・」
頬を赤くしてシンジの問いかけを無視するアスカであった。
あんた達には負けないわよ。シンジはアタシのものなんだからね。
ひょっとして子供に感じる嫉妬心ってこういう感じなのかしら・・・
エヴァを受け入れたアスカの心にふとそんな考えが浮かびあがった。
ますます顔を赤くして左右に首を振りながらアスカが言った。
「なんでもない。帰ろ。」
「うん。」
2機のエヴァはいつもの二人のように寄り添うように本部目指して降下した。
ミサトは帰ってくる2機のエヴァをメインスクリーンに見ながら苦笑していた。
あの子達ったら会話も何もかも筒抜けだって忘れちゃってるのかしら。
発令所の面々も妙に照れくさそうに互いに顔を見合わせていた。
微笑ましい二人のチルドレンの姿を見てどうにも落着かない様子だった。
「はやく二人の子供の顔がみたいものだ。孫を待つ身とはこのようなものかね?」
背後でぼそっとつぶやいた冬月司令の言葉が発令所の空気を凍り付かせた。
笑いたくても笑えない。そんな辛い状況におかれた面々はただひたすら早く冬月司令が執務室に戻ってくれることを祈りながら、腹痛に苦しみ続けるのだった。
後日談だがシンジが青葉からその日発令所に持ち込まれたDVDの内容を知り、
ミサトに対する自宅内謹慎処分1週間を発令したのは言うまでもない。
謹慎期間中アルコール摂取を全面禁止されたミサトは泣きそうになったが、ア
スカにばらしますよ、というシンジの言葉に全面降伏せざるを得なかったのだ。
そして当然そのDVDも没収。密かにシンジの秘蔵ディスクとなった。
せっかく相田くんに頼んだ特別ディレクターズカットだったのに、とシンジに
食い下がったがやはり、アスカに見せますよ、という一言に引き下がらざるを得
ないミサトだった。こうして、ますます自宅での権威を失うミサトであった。
夜雷です。
「求めていたもの」のその後とか続編プロローグを期待されていた方々にはこの場を借りて謝罪いたします。あの先は当分書けそうにもありません。
わたしは燃え尽きました。頭の中は真っ白です。
そういう事情もありまして今回はシンジのNERV復帰のお話しでした。
基本的に夜雷はLAS派ですが、ミサト姉さんの方が大好きかも・・・
いかがでしたでしょうか?今日はこれしか頭の中に浮かびませんでした。
やはり夜雷は素人です。思い込みが強くならないと文章になりません。(^^;)
ご感想やご意見ご指導などいただけましたら幸いです。