いつもと同じ天井。アタシの部屋だ。気分的には上々の目覚め。ぐっすり眠れたみたい。たぶん昨夜の加持さんとの電話のおかげ。
いつもと違うミサトの不在に不安を感じて眠れそうになかったんだけど、加持さんのおかげで気が紛れたんだと思う。
それに・・・シンジの夢・・・見ちゃった・・・
夢を思い返したとたんぽっと頬を赤く染め碧い瞳は遠くを見つめる。
夢の中のシンジって格好良かったな・・・
背もおっきくなってて、アタシのことしっかりと受け止めてくれた・・・
自分から好きだって言ってくれた・・・優柔不断なシンジじゃ無理・・・
夢の中だから・・・きっとアタシが望んでいるシンジなんだ・・・
突然転校してきて、挨拶のときにアタシのことみんなに紹介してくれて・・・
ほんとのアイツには絶対できっこない・・・
思い出すだけでどんどんと胸の鼓動が高まり顔が赤くなってゆく。
学校が終わってから・・・
土曜日にヒカリに習ったお料理を作ってあげるってアタシが言って・・・
今日からまた三人で暮らすんだから材料足りないって・・・
アイツったら夢の中でまでマメなんだから・・・
いっしょにスーパーでお買い物して・・・
アタシが作るからって言うのにアイツったらいっしょに台所に立って・・・
いっしょに料理を作るのって楽しいんだな・・・
帰ってきたミサトと三人で晩御飯食べて・・・楽しくって・・・
夢の中だから素直なアタシ・・・
シンジにいっぱい甘えて・・・いっぱいやさしくしてもらって・・・
おやすみのキスをねだったら真っ赤な顔でやさしくキスしてくれた・・・
しあわせだったな・・・夢の中のアタシ・・・
夢から覚めたらきっと落ち込んでブルーな気分になっちゃうと思っていたのにとっても気分がいいの。
シンジが出ていっちゃった頃はシンジの夢をみると悲しくて目が覚めてからも泣いちゃったのに。最近は嬉しい夢ばかり見る。アタシも少し大人になれた?
たとえ夢だとしても・・・シンジに会えて嬉しかった。とっても嬉しかった。
本当にアタシ・・・シンジが好き・・・なんだよね・・・
会いたいな・・・
今なら、きっと素直になれるのに・・・
「今日はいい日になりそうね。」
パジャマのまま頭をぽりぽり掻きながらリビングに行く。
カーテンを開けると眩しい日差しがリビングを照らし出した。
何気なくミサトの部屋の方を見たアスカは違和感を感じて首をかしげた。
「アタシ・・・昨日、ミサトの部屋に入ったよね。ドア開けっ放しにしておいたはずなんだけどな・・・ひょっとして寝ている間に帰ってきたのかな?
変なの。帰りは明日の夜って言ってたのに・・・」
夜中にミサトが帰ってきたのならリビングのテーブルやダイニングテーブルの上にビールの空缶が並んでいてもよさそうなものなのに、どこを見ても奇麗に片付いている。
ぺたぺたぺた・・・素足のままミサトの部屋に行きドアを開けるとやはりミサトが豪快な寝相でベットの中で熟睡していた。
ますます首をかしげて考え込むアスカ。
ペタペタペタ・・・キッチンを見てもきれいに片付いている。
いつもと違うのは鍋料理用の大鍋がシンクの横に置いてあるだけ。
あれ?ヒカリに習ってきた料理はミサトが帰ってきてから作ろうと思って昨日は簡単にパスタ作って食べたんだよね?
なんでお鍋がここにあるの?アタシ棚から出したっけ???
ペタペタペタ・・・冷蔵庫を開けて在庫を調べる。
うそ!アタシの記憶と中身が違う。昨日買ってきた材料は?
なぜ買った覚えもない食材が入っているの?
じっと記憶の糸をたどるうちに、さっきまで見ていた夢の記憶と現実が結びつくことにアスカは気が付いた。
「・・・ま・・・ま・・・ま、ま、ま・・・まさか・・・夢じゃない!?」
その瞬間、アスカの全身が火を吹いたかのように真っ赤になった。
しばし呆然と立ち尽くしていたアスカだが意を決したようにきびすを返して、ペタペタペタペタペタペタ・・・シンジが使っていた部屋に行く。
ガラッといきおいよくフスマを開けると・・・やはり・・・そこには布団の中で目をこするシンジの姿があった。夢の中でみたままの成長した姿で・・・
「・・・おはよう、アスカ。早起きなんだね。」
アスカをまっすぐに見てにっこり微笑むシンジ。
ふらふらと布団のそばに近寄って、ペタンと腰を降ろすアスカ。
身体をおこしたシンジがごく自然にアスカを抱き寄せる。
呆然としたまま抱きかかえられ、アスカは再び頬を朱に染めてしまう。
布団に上半身を起こしたシンジにだっこされた形。
二人の顔は10cmと離れていなかった。
「あ、あ・・あのさ・・・」
まっすぐにアスカを見つめる黒い瞳にどきどきしながらアスカが口を開いた。
「どうしたの?昨日から甘えてばかりだよね?」
「なっ・・・」
この瞬間、完全にアスカの記憶の糸がつながった。
夢じゃなかったんだ。全部現実におこったことだったんだ。
アタシったら・・・アタシったら・・・アタシったら・・・
全身を真っ赤にして自分の記憶と格闘しているアスカを不思議にそうに見つめていたシンジだが、そっとアスカの頭を自分の体に引き寄せるとやさしく髪をなではじめた。
「夢かと思って不安になった?大丈夫・・・夢じゃないよ。
僕はここにいる。もういなくなったりしない。
アスカのこと放さない。
安心して・・・僕はもうアスカを置いてどこにもいかないから・・・」
恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて・・・
もう!!!今日からどんな顔して学校行けばいいのよ!!!
アタシったら、クラスのみんなの前で、シンジに・・・シンジに・・・
うわぁぁぁぁぁぁ・・・・ど、ど、ど、どうしたらいいのよ・・・・!!!!
そ、それに。い、いま、ア、アタシ・・・シンジに抱きしめられてる!
アタシの胸、シンジの胸にぴったり押し付けられてる!
アタシ、シンジのひざの上にのっかっちゃってる!
抱きかかえられたままパニック状態に陥るアスカ。
シンジはひたすらやさしくアスカの身体を抱きしめ続ける。
「本当にどうしたの?」
ああ・・・もうダメ・・・どんな顔でシンジの前にでられるというの?
もうダメよ・・・恥ずかしい・・・ダメ・・・そうなの?・・・本当にダメ?
・・・ううん・・・違う・・・恥ずかしいけど・・・ダメじゃない・・・
・・・シンジの胸に抱かれてる・・・アタシ・・・気持ちいい・・・
・・・もう・・・どうでもいい・・・アタシ・・・シンジが好き・・・
・・・落ち着く・・・シンジの胸・・・
・・・ずっと・・・ずっとこうしていたい・・・
「・・・ほんとに・・・ほんとに側にいてくれる?」
素直になれる?・・・素直になりたい・・・シンジの前だけでも・・・
アタシ・・・シンジの前では・・・素直でいたい・・・
「うん、約束する。」
夢じゃなかったんだ・・・・・・・・・・・・嬉しい・・・
アスカの碧い瞳から涙がこぼれおちる。どんどんと・・・
最初はこらえていた声もだんだんと大きくなり、いつしか力いっぱいシンジに抱き着いて、大声で泣きはじめる。
シンジは困ったようなやさしい表情で、アスカが泣き止むまでやさしくアスカを抱きしめ続けた。
「・・・ごめんね。アタシ、また泣いちゃった。」
「いいんだよ。僕の前では我慢しないで。」
シンジの言葉が嬉しかった。胸が熱くなってまた涙がこぼれそうだった。
だから、素早くシンジにキスしてアスカはバスルームに逃げ込んだ。
真っ赤になったシンジがひとり残された。
しばらくしてシンジがリビングに出てゆくと、ミサトがニヤニヤ笑いながら廊下にたって待ち構えていた。
「・・・ミサトさん・・・お願いですから、何も言わないでください。」
「どうして?」
「いいえ。聞かなくても何が言いたいのか、よっくわかってますから。」
「あららぁ~~。そうなの?」
「そうなんです。」
「ふふふ~ん。ほんっとうかなぁ~~。」
「本当です。」
「はいはい。そーいうことにしときましょ~~ね~~~。」
「そういうことにしておいてください。」
「はいはい。」
「返事は一度でいいです。」
「やっだぁ~~。シンちゃんたら目がマジで怒ってるぅ~~~。」
「そう思うんだったら、時間までおとなしく寝ててください。」
「いやぁん。怒らないでぇ~~。」
「寝・て・て・く・だ・さ・い!」
「・・・ごめんちょ」
「寝・て・く・だ・さ・い!」
「・・・」
「おやすみなさい」
「・・・」
ようやくミサトが自分の部屋に戻ったことを確認して、シンジは大きなため息をつき、のろのろとリビングのソファに腰を降ろした。
せっかく良い目覚めだったのに、疲労感がどっとシンジの肩に圧し掛かった。
「ミサトさん・・・いいかげんにしないと、加持さんに言いつけますよ。」
ぼそっとつぶやくシンジの声にあわててドアの隙間を閉めるミサトだった。
普段は起こしてもギリギリまで起きてこないくせに、どーしてこういう時だけしっかりと起きてくるんだろう?
いくら考えてもミサトの生態を理解できないシンジだった。
口に手をあてて頭から熱いシャワーを浴びる。
ぬれた髪が顔や首筋に絡みつき、流れ落ちる湯水が白いアスカの身体をほんのりとピンク色に染め上げている。
もっとも熱いお湯のせいというより、思い出した昨日からの記憶によるほうが正解なのかもしれないが。
そうしてシャワーを浴びながらアスカは考えていた。
こうなったら、もう覚悟を決めるしか無いわね。
昨日の教室での醜態を無かったことにできればそれが一番良いのだけど・・・
そうするということはシンジとのことも無かったことにしなくてはいけない。
それはしたくない。
さっきもシンジの部屋で、シンジに抱かれながら、確かに自分に誓ったもの。
シンジの前では素直でいるって・・・
そうよ。決めたわ。シンジの前では素直でいるって。
学校では今までのアタシを貫くのよ!
アタシが素直になるのはシンジだけ・・・それ以外の誰の前では変わらない。
よし!それでいこう。
アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ。大丈夫。うまく行くわ。
念入りにシャワーを浴びて、いつものように髪に赤いタオルをまき、バスタオルで身体を隠してシャワールームを出たアスカの目に、パジャマのままリビングのソファに座るシンジの姿が写った。
いたずら心をだして昔のように冷蔵庫から牛乳のパックを取り出しそのまま口にしてみる。
「アスカ・・・まだそうやって飲んでいるの?コップを使いなよ。」
おもわず頬が緩みそうになる。昔と変わらないシンジのセリフ。
だから昔のように腰に手をあてた得意のポーズで応える。
「だってコップの洗い物増えちゃうでしょ?」
昔は、あんたの洗い物減らしてやってるだの、ひどいことを言ってた自分を思い出して少し悲しくなる。本当はシンジの目を引きたくて、かまってもらいたくて、こういう事していたんだと今なら判る。素直じゃなかったアタシ。
「それぐらいの手間を惜しんでたら駄目だよアスカ。」
いつのまにかシンジが側にきてアスカをまっすぐに見つめながら言った。
昔なら真っ赤になって視線をそらしていたのに、多少顔は赤いもののアスカの目のやり場に困るような姿態を見ても目をそらさずにアスカを諭す。
逆にアスカの方が恥ずかしくなって視線をそらせてしまう。
「今度からはちゃんとコップを使って飲んでね。」
「う・・・うん・・・そうする。」
「それからね」
「な、なに?」
「そーいう格好。僕はうれしいけど、恥ずかしくない?」
あわてて視線を戻したアスカに、にっこり笑いながら、でも目はきらきらと新しいいたずらを見つけた子供のように輝かせてシンジが言った。
「・・・あ、あんたねぇ」
からかわれていると判ったアスカがもうぜんと食ってかかろうと手を上げた。
昔だったら有無を言わさず平手打ちにしているところだ。
が、あげられた手は打ち下ろされることなく、しばらく逡巡したあとでやり場を失い力無くたれさがる。
「判ったわ。もうしない・・・それでいいのよね?シンジ?」
こんなことでシンジとは喧嘩したくない。唇をかみ締めながらアスカは思った。
せっかく帰ってきてくれたのに、せっかく好きだと言ってくれたのに、そして素直になろうと改めて自分に誓ったばかりなのに、どうして自分はこうなんだろう。ものすごく悲しくなってきた。泣きたい気持ち。胸がいたい。
「ごめん。僕も言い方が悪かった。だから、ごめん。
僕の言ったこと、嘘じゃないんだ。」
「え?」
「僕が嬉しいって言ったこと。
アスカのきれいな身体。ほんとうは見たいよ、僕だって。
だけどアスカが恥ずかしいんじゃないかと思ったのも本当なんだ。
さっきアスカが部屋に来てくれたときにも言ったよね。
僕の前では無理しないでって・・・
女の子はそういう格好で男の子の前に出るのって恥ずかしいものなんでしょ?
だから恥ずかしいのを我慢して僕の前でそういう格好をしないで欲しいんだ。
僕はこういう事をいうのが恥ずかしいから今まで言えなかったけど、僕は決めたんだ。アスカには何でも正直に話そうって。
いや、アスカだけじゃなくミサトさんにもかな?
思ったこと、考えたこと、悩んでいること、とにかくそういうこと全部を。
だからアスカにも無理して欲しくないんだ。」
アタシ・・・きれいと言ってもらった・・・うれしい・・・そう思ったとたん本当にアスカは自分のいまの格好が恥ずかしくなってしまった。
そしてシンジがどんなに自分のことを考えてくれているのか、それを正直に話してくれたことが嬉しくて、そういうことを互いに隠さず話し合おうと言ってくれたことが嬉しくて、今度は胸が熱くなって泣きたい気分になってしまった。
「・・・あ、ありがと。
うん。シンジの言うこと、アタシもよく判る。
ア、アタシ、すぐに着替えてくるね。
朝ご飯すぐ作るから座ってまってて。ね、お願い。」
「僕が作るからゆっくりしておいでよ。」
「ううん。アタシに作らせて。お願い。
昨日も手伝ってもらって、嬉しかったけど・・・でもシンジに作ってあげたいの。アタシの作ったもの食べてもらいたいの。だから座って待ってて。」
いっしょう懸命なアスカの言葉に、シンジは照れくさそうに頷いた。
「ありがとう。じゃ待ってる。でもあわてて急いだりしないでね。」
シンジが嬉しそうに応えたので、アスカは小走りに自分の部屋に走り込んだ。
ドアを閉めるとドキドキと高鳴る心臓に必死になって収まるよう命令して、鏡台の前に立って着替えの準備をはじめる。
濡れた髪の毛をどうにかしなくちゃいけない。ドライヤーで生乾きまでにしてブラッシングもそこそこに髪を後でまとめる。出かけるときちゃんとセットし直せば良い。引き出しから昔シンジにねだって買ってもらった赤いリボンを取り出して用意する。今日はこれを付けてゆこう。
でも今はこれ。黒いどこにでもある髪止めようのゴム輪で首の後で髪を一まとめにくくりつける。料理するときはこっちの方が便利。
下着・・・一度も使ったことのないブラジャーとショーツのセット。
ミサトからデートのときはこーいうのが男の子をとりこにするのよ、と言われてプレゼントされたものだが、派手すぎるので一度も身につけたことが無い。
見せるものでは無いけれど気分的に今日はこれ。
身につけて姿見でチェック。思いのほか似合うような気がする。
一瞬、この姿をみたシンジが何というだろうかと嬉しそうに考えるが、逆に恥ずかしさが込み上げて一人赤面してしまう。
奇麗に洗ってある新しいシャツを着て、制服のスカートを身につけ、胸元のリボンを確認する。OKよね。ちゃんとできてる。
真新しいソックスに足を通して完成。上着は家をでる時に上に着れば良いのできれいに形を整えて壁のハンガーにぶら下げ直す。
もう一度姿見で自分をチェックする。何もおかしなところは無い。できた。
リビングに戻るとアスカと同様に着替えを済ませたシンジがちゃんとソファに座ってアスカを待っていてくれた。なんとなく手持ち無沙汰な雰囲気。
もう少し寝ていてって言えばよかったかなと思ったが、やはりシンジが側にいてくれることが嬉しくて、明るい気分でキッチンに駆け込んだ。
エプロンをしてシンクの横に冷蔵庫から取り出した食材を並べる。
そうだわ。いっけない。朝ご飯の前にお弁当作らなくちゃ。シンジの分も。
無意識に首を傾けあごに人差し指をあてて考えるポーズになる。
シンジはくるくると楽しそうにキッチンを動き回るアスカの姿を新鮮な気持ちでながめていた。
あらためてアスカは、とても美しい少女であると思う。
自分はアスカが好きだ・・・アスカに好きだと言えた自分が嬉しかった。
そしてアスカもシンジを好きだと応えてくれた。
嘘ではないかと思った。夢ではないかと思った。嬉しくて自分の気が変になってしまったのではないかと思った。きっとあの時からアスカのことしか考えられなくなっていたのだろう。
その後のミサトさんの指示にも疑うことなく、自分こそアスカを誰にも渡したくなくて、アスカの手を放したくなくて、あんな恥ずかしいことを、勝手なことを、自分とは思えない行動を、自分とは思えない発言を、転入したばかりのクラスメートのまえでしてしまった。
思い出すと赤面してしまうのだが、それでこうして幸せな気持ちでアスカの側にいることができるのなら、その他のことはもうどうでもいい気分だった。
実はシンジも不安を感じていた。土曜日の夜、困り果ててついに最後に頼ったミサトへの電話から先のことが全て夢だったのではないかと、夢から覚めたらまた独りっきりで先生の死んだあの家で目覚めるのではないかと、そんな不安につきまとわれていた。
だから今朝、人の気配に驚いて目覚めた時、懐かしい天井が自分の上にあり、アスカの姿を部屋の入り口に見たとき、おもわず目をこすって見詰め直してしまったのだ。
あまりに美しく成長しシンジの目を奪った少女がパジャマ姿でそこにいた。
夢じゃなかった。本当に夢じゃなかったんだ。安堵が少年を落ち着かせた。
「シンジ。出来たよ。ミサト起こしてきてくれる?」
アスカの言葉にはっと我にかえるまでの間、シンジは繰り返すようにこの数日間にあった出来事を、その記憶を思い返していた。
アスカに応えてミサトを起すために立ち上がったシンジの顔はいつしか真っ赤に染まっていた。それをアスカに悟られたくなくて急いでミサトの部屋に向かったシンジは、再び細く開かれたドアの隙間から様子を伺うミサトの視線を発見して、一気に幸せな気分が覚めるのを感じていた。
こ、この人は・・・ほんっとうに・・・。
ぷるぷると肩を震わせながら近づいてくるシンジの姿に、ミサトは初めて襲来した使徒に感じた恐怖を再び味合わされることとなったが、自業自得なのでその後のことは想像通りの展開となり、シンジにおもいっきり怒られてしょげかえった寝不足気味のミサトの姿が食卓のテーブルに並ぶこととなった。
アスカの手料理はシンジの目から見ても合格点だった。
素直においしいと誉めると、アスカがとびっきりの笑顔で応えてくれた。
そうして二人だけの世界を作りながら楽しく朝食を取るシンジとアスカをながめながら、ミサトは一人いじけていた。
どーせあたしは料理も洗濯もお掃除も家のことな~~んにもできないわよ。
でもだからって加持のこと持ち出していじめるなんて、シンちゃんのいけず!
そうよね。あたしのことなんてアスカに比べたら二の次よね。
わかっちゃいるけどさ・・・お姉さん悲しいわ・・・
さきほどのシンジの叱責がよほど堪えたのか、終始無言のミサトである。
なにか昨夜から主導権をシンジに奪われているような気がする。
どうやって家長としての威厳と権威を取り戻せばいいのか、NERV作戦本部長として頭脳を全開にして考え込むが、良案を思い付くことができないミサトであった。
朝食の後片付けもアスカが行った。しかし食後のお茶はシンジが用意した。
その間にアスカは部屋にもどって髪型を整え直し、用意しておいたリボンをきれいに結んで、シンジと自分のお弁当を大切そうに鞄に入れて制服の上着を取っ
てリビングに戻った。
そして、ゆっくりとお茶を楽しみシンジと連れ立って家を後にする。
自然にシンジの腕に自分の手を組むことができた。シンジも照れることなくアスカに腕を貸す。これからは毎日、こうして歩くことができるんだ。そう思うだけで幸せな二人だった。
「「いってきまーーーす」」×2
「あ~い。いってらっしゃい。」
アスカにとってこれが今日初めて聞くミサトの声だったのだが、それに気付く余裕はアスカには残っていなかった。
うれしそうに学校に向かう二人をダイニングテーブルに座ったまま見送ってミサトはつぶやいた。
「ま・・・これであの子達が幸せ・・・取り戻してくれたらいいんだけど・・・
ううん、絶対に幸せになってね。アスカのこと頼んだわよ、シンジくん・・・」
やっぱり二人がかわいいミサトだった。
いつもアスカと待ち合わせている交差点でヒカリは10分以上アスカを待ってから、諦めてひとりで登校することとなった。
昨日のアスカの様子では無理からぬことと判っていたので別段気を悪くする事もなく登校したのだが、そのおかげか今日は校門のところで連れ立って登校するトウジとケンスケに出会うことができた。
「おはよう、鈴原。相田くん。」
「おはようさん、委員長。」
トウジは平静を装って挨拶するが実際その顔は嬉しそうだった。ヒカリとトウジはあらためて交際しているわけではなかったが、この二人も1年A組では公認のカップルであった。
アスカに感謝するべきかしら?とヒカリは少し嬉しそうに考えた。
「おはよう。委員長。こんな時間に登校するなんてめずらしいんじゃない?」
ケンスケが挨拶した。
「うん・・・いつも通り待ち合わせの場所にいったんだけど、10分以上待ってもアスカがこないから、こんな時間になってしまったの。
でも、しょうがないわよね。碇くんが帰ってきたんだもの・・・」
くすっと笑ってヒカリはケンスケの疑問に答えた。
トウジとケンスケは目を一瞬目を合わせて声をそろえた。
「「いや~~んな感じ!」」×2
「もう二人とも。あなた達が一番昔のことを知っているんじゃないの。
素直に祝福してあげなさいよ。」
あきれたようにヒカリが諭すと、トウジとケンスケが答えた。
「まぁセンセと惣流のことは、わしらが一番知ってるんやったな。」
「疎開してたから最後の頃のことはよく判らないけど、全部終わって俺達が戻ってきた時も惣流、入院したままだったもんな。
シンジが毎日病院に見舞いにいってたって後で知ったけど、惣流が退院したら、
こんどはシンジが転校していなくなって、俺達も何がどうなっていたのか判らなかったよな。惣流もその辺のこと全然話してくれなかったし。
でも考えてみれば結局、あの二人の間に他の人間が入り込む隙間なんか最初から無いんだ。シンジのあの時を姿を見たから、シンジと惣流がどれほど辛い思いをしてきたのか、部外者の俺達でも判かったよ。
文字どおり命をかけて戦い続けた二人だもんな。ようやく落ち着くべきところに落ち着いたって事だよ。」
めずらしくケンスケが真剣な表情で話しだしたので、玄関までの距離をヒカリとトウジは黙ってケンスケの言葉を聞き続けていた。
「だから俺達は俺達にできることでシンジと惣流を応援しないといけないんだ。」
玄関にたどり着いたところで、ケンスケが言葉を結んだ。
ヒカリとトウジは無言でうなずく。二人はケンスケの思いを知っていたから、ケンスケにどんな言葉で返事をすれば良いのか判らなかった。だから無言で肯くことでケンスケに応えるしか無かったのだ。
「・・・それにしても昨日は惜しかったよなぁ。
あのシーンを取り逃したのは相田ケンスケ一生の不覚だよ。
だいたいなんで下校のときも先回りして撮影しなかったかな。
あの惣流の姿を押さえることができれば、大もうけ間違いなしだったのにな。」
重くなった雰囲気に気付いたケンスケがおどけて言った。
トウジもそれを察して、うんうんと肯き、お約束のようにヒカリがトウジの耳をひねりあげて、トウジが悲鳴をあげる。
教室にたどり着いた頃には明るい表情を取り戻す三人だった。
だが約10分後、ケンスケのDVDビデオは、昨日のそれには劣るものの、今までで最高の満面の笑顔をふりまくアスカの姿を記録することに成功し、そのコピーディスクの売り上げは過去3年間の最高記録をわずか半日で塗り替えていた。
その週の最後の放課後、ケンスケがシンジら仲良し4人組みにおごりまくったのは言うまでもない。なにせ1週間弱であこがれのプロ用DVD編集システムを買って余りある売り上げを記録したのだから、その程度のお礼は当然の事である。