FILE-04「波乱の結婚式に至る経緯」

これは、のちのち、この第三新東京市の歴史に残るであろう波乱の結婚式であったため、
いささか後日検証による報告書作成になるが、市のデータベースの片隅に是非とも残して置きたい、
と思い秘密裏にMAGI内部に隠しておく。運良くパスワードをとき、この資料を発見できた市職員に忠告しておく。
公表は新郎新婦が亡くなった後にしてほしい。
でなければ・・・私の命が危ない。

その二人の結婚式は、まさに波乱を極めたと言っていい。式場関係者や、参列者たちに、二度とこの夫婦には関わるまいと思わせた。
その恐ろしい事実を語る前に、参列した新郎新婦の関係者達の証言を聴いておこう。なお、証言してくれた方々のプライバシー保護のため、
一応ではあるが、彼らの名前はイニシャルだけにとどめておく。

 

 

【証言1 『新婦の元同居人、A.S.L.さんの場合』】
はっきり言って、今日ほどあの人が危険な人だ、と思った日はなかったわ。一時期、Kさん(新郎)に憧れてたこともあったケド、今はもうなんとも思ってないし。
若気の至りでよかったわ。はっきり言って苦労するでしょうね、二人とも。ホ~ント、アタシはイイ男捕まえといて良かった。そうおもうでしょ?シンジ。

【証言2 『新郎の弟のような存在、S.I.さんの場合』】
まぁ、Kさんらしいと言えば・・・らしいですよね。でもいつまで経っても僕はこの二人に苦労させられてるよなぁ・・・。
それに結局一番イイシーンは見逃しちゃった訳だし。あ、そういえば、誰か救急車で運ばれていったよね?あれ誰だったんだろ。
ま、いいか。もう二度とこんなことはないだろうから。
僕の結婚式はもっと平和に行きたいですね。相手?いますよ。これでも僕、売約済みですから。

【証言3 『新郎新婦の共通の友人、R.A.さんの場合』】
全く・・・付き合いでいろいろな結婚式にでたけど、中でも一番酷かった結婚式ね。それも仲人として参加させられるなんて。
とにかく一言で言って、二人とも・・・
無様ね。
あ、結婚はRちゃん(新郎)とMの方が早いけど、籍入れたのは私の方が早くってよ。

【証言4 『新郎の上司、当時の市長K.F.さんの場合』】
話を聴く限り、私はつくづく出席できなくてよかったと思ってるよ。偶然とはいえ、総理との会談が入っていたことを深く感謝したいね。
I(S.I.さんの父)、君にしては不運だったな。はじめての仲人の結婚式があんなことになるとはな。

【証言5 『同じく新郎の上司、当時の助役G.I.さんの場合』】
(青筋立てた額で)問題ない。

彼ら5人を始めとする参列者の克明な回想を元に、この記録を作成する。
尚、重ねて述べておきたいが、当事者たる夫婦には未来永劫目に触れさせないでほしい。

 

Destiny ANOTHER
FILE-04
「波乱の結婚式に至る経緯」

 

その日、長く降り続いた雨がやみ、せっかく満開になった桜が、一気に花を散らし地面に湿った桃色の絨毯を敷いた。
「確認させて頂きます。新郎・加持リョウジ様、新婦・葛城ミサト様。2020年06月18日、午前11時30分より、式場横にございます『白き祝福』教会にて式のあと、『鳳凰の間』にて披露宴ということでよろしゅうございますね?」
ぱりっとしたスーツ姿の男が、目の前で微笑む、ストレートの髪の女性に再度確認する。そこで一瞬彼女の顔も神妙なものに変わる。
「はい。よろしくお願いいたします」
まさかこの女性が既に三十代に腰まで漬かりそうになっていることなど、この深い紺のスーツを着た男でも見抜けなかった。若いながらも、この式場で多くの結婚式を受注し見事成功させ、新郎新婦の門出に華を添えてきた。だが、彼にしてみればこの一見するとまだ20代に見えなくもない、高校の女教師との出会いが転落への第一歩であったことは否めない。しかし彼でなくてもこの女性が、解散したとはいえ、まだ世界にその威勢をとどろかせる、ネルフ日本支部の元作戦部長・葛城ミサト見抜くことは、おそらく月でウサギを見つけるより困難なことだろう。
ともかく、いささか彼にとっては不幸が重なりすぎた。この時点では記念すべき100組目の結婚式の打ち合わせで、意気揚々としていたが。
「それでは葛城様、ウェディングドレスの試着に参りましょうか。ご注文なされましたドレスの方、仮縫いがすみまして、あとは細かな補整のみとなりましたので」
「そうですか。ではよろしくお願いします。・・・アスカ、悪いんだけど手伝ってくれる?」
彼女はスーツの男に促され立ち上がると、後方の席で仲良く座っている連れのカップルに声をかける。
「わかったわ。あ、シンジはどうすればいいの?」
「そうでございますね。お着替えが終わるまで、別室で待機なされては?」
「だって、シンジ」
亜麻色だった惣流アスカラングレーの髪は、彼女の成長と共に鮮やかな金髪に変わっていった。既にその姿は絶世の美女と形容するに相応しい。その彼女が寄り添うようにしているのは、彼女の思いの人、碇シンジである。彼も彼女と並んでも見劣りしないほどの美男子だ。
「わかった。じゃぁ途中まで一緒についていっていいわけですよね?」
「ええ。私と別室でお待ちしましょう」
3人はその男の案内に従い、衣装室に向かう。
シンジは扉一つ隔てた向こうで、試着しているミサトの登場を、式場の若い係・千代田と会話しながら待った。
「なるほど、碇様は葛城様の高校時代の生徒さんでいらっしゃると」
「ええ。あ、でも中学の頃はホントお世話になりました。仕事で帰るコトの少なかった父が、葛城さんに僕を預けたんです。・・・僕にとっては良くも悪くも姉貴のような存在ですね」
「なるほど。しかし私正直、加持様がうらやましいですよ」
「そうですか?」
「ええ。年齢をお聞きするまでは、私葛城様が25・6かと思っておりましたから」
「見た目は若いんですけどねぇ」
顎を撫でてから、シンジは軽くため息をつく。
「何か?」
「いえ、彼女家事全般が全くダメなんですよ。特に料理が」
「料理が、何かしら?シンちゃん」
シンジは千代田に、これまでの恐ろしい食の恐怖を説こうとしていたが、それはミサトの登場によって遮られた。
「ごめんな・・・」
視線を移したシンジは、それっきり言葉を失った。
(これが・・・ミサトさん?)
純白のドレスは、今ではそれほど珍しくなくなった、ミニスカートになっており、カモシカのような足が揃えられている。そしてレースのヴェールの奥に、いつもより数倍美しく見えるミサトの笑顔が輝いていた。
「ちょっと、黙ってないでなんか言ってよ」
「えっ?あ・・・み、見とれてた・・・」
素直な感想だった。心からの言葉に、ミサトも頬を赤くして照れる。
「しっかし今時ミニ!?ミサトォ~自分の年、考えなさいよ」
ムッとなるミサト。
「ふ、ふん。悔しかったらアスカもシンジ君に着せて貰いなさい」
「べっつにぃ~。うらやましくないからいいわ」
「素直じゃないわねぇ」
それを見た千代田は穏やかに笑って、言う。
「いかがでございましょう?」
「ええ。あと、補整でしたよね?」
「はい。葛城様のお美しいプロポーションに合わせまして、当日は見る者を魅了させましょう」
「あはは。これじゃ、スタイル変われませんね。ビールの量、減らして下さいよ、ミサトさん?」
少々いやらしく笑うシンジ。ミサトにとっては辛い現実がつきつけられた瞬間だった。
「あらら、ミサト可哀相ね。唯一の楽しみであるお酒奪われちゃうんじゃ。でもビールっ腹の新婦なんて、情けなくて一生の恥よねぇ。加持さんいい迷惑ね」
拳を固く握って、肩を震わせて何かに耐えながら呟く。
「・・・いいわ。式が終わるまでね。に、2ヶ月足らずの辛抱よ」
涙の絶対禁酒期間は、この日スタートした。フロアの大きな窓から見える、散りかけた桜の木がやけに鮮やかに見えるような気がしたミサトであった。

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「それで、結婚式の日取りは6月18日、ということで決まった訳だね、加持君」
第三新東京市市庁舎の会議室で、つい数刻前まで定例会議が行われていたが、現在は主要な職員はそれぞれの部署に戻った。残っているのは、市長である冬月コウゾウ、助役である碇ゲンドウ、そして情報課課長の加持リョウジであった。
「はい。市長には大変申し訳ないのですが、生憎その日が一番都合がよいので」
「気にするな、加持君。君と葛城君の結婚式だ。君たちの予定で進めるのが筋というものだよ」
好々爺の印象がさらに強くなっていく、市長・冬月。
「それに仕方あるまい。本格的に首都移転案が動き始めるのが、来年からとなっている。今の私ではいつであっても出席は不可能だよ。・・・その代わりといっては何だが、碇に君たちの仲人を頼むよ」
それまで沈黙していたゲンドウが、急に首を冬月に向ける。
「ふ、冬月先生。そのようなお話、聴いていませんが」
「ああ、今はじめて話す。しかし逃げることはできんぞ、碇。既に君と赤木君の予定には、既に二人の結婚式の仲人が組み込まれているのだからな」
好々爺の化けの皮の下には、なかなかに強かな元ネルフ副司令の顔が、今だ現役で奮闘している。ゲンドウはじっと冬月を見た。
(計ったな、冬月。これは最近の詰め将棋の連敗に対する仕返しか?)
(碇、観念しろ。最近強くなったからとはいえ、これ以上イニシアティブを奪われる訳にはいかんのだよ。市長としてな)
三人は笑っていたが、それぞれに不気味だった。加持は二人の険悪な視線のやりとりに引きつった笑み。ゲンドウはお得意の不適な口の端をつり上げた笑い。そして冬月はどこか挑戦的な挑発を込めた笑顔。
この場に当事者達だけしかいないことを幸いだと思わねばなるまい。いかにオートメーション化が進み、官庁にさほど人がいなくなったとはいえ、彼らがこの市の顔といっても過言ではない。また近々首都機能の移転が、本格的に始動する。いわば、第三新東京市が日本の顔になるのだ。それがこの有様である。冬月の支援者達がどう思うか、考えるのも末恐ろしい。
「と、とにかくお二人ともよろしくお願いします」
我に返った加持は、それだけ言い残すと逃げるようにして会議室を後にした。廊下に出た瞬間、一気に肩の力が抜けたのは言うまでもない。そして、止まらない妙な、疲れ切った笑い。
「あ、加持課長、ここにいたんスか?探しましたよ」
前方に、自分の部下がいることに、加持は声をかけられるまで気がつかなかった。
「ああ、青葉君か。どうかしたのか?」
「ええ。最近第三に出入りしていた、不法入国者のリストに変な連中が引っかかってるんスよ」
その部下の名前は青葉シゲル。3ピーススーツのグレーに身を包みネクタイの縛り目を少し大きく見せている。服装だけ見れば、何処にでもいる銀行員だが、彼は長髪でそれを首のあたりで縛っている。加持にとってはネルフ時代、それほど面識のない男だったが、この第三新東京市情報課で上司と部下の関係になって、よく話すようになった。またプライベートでも様々な相談に乗ることもあったし、何より音楽の趣味があったことで、彼らはただの上司・部下ではない、強い信頼関係を気づくことができた。
「ほう。詳しい話は課で聴く」
二人は情報課室へ移動する。普段、情報課室に職員全員がいることは極希で彼らは常に何かしらの仕事を帯びて、外出している。まさに警視庁捜査一課の、花形刑事達のように。ゼーレとの戦いも、ドイツでの一件以来一応収束し、彼らは本格的に首都圏警備の要としての馬脚を見せている。冬月は、この情報課の存在を、警察とも戦自とも違う、独自の情報網を用いた、自治機関の一種と考えている。
「これは。なるほどな。どうも手口がレッド・ウルフくさいな」
「ああいうテログループはいわゆるモグラですよ。叩いても叩いても顔を出してくる。・・・トカゲでも構いませんか」
資料を前に、課長及び課長補佐は同時に腕組みをした。
「このメンバーの足取りは掴めているのか?」
「松岡と長瀬が備考しましたが、三重に入る国道で車輛をロスト。彼らの調査予測ではそのまま紀伊半島方面へ一気に抜けたのでは、と」
レッド・ウルフなら話が早い。目的は自分か、シンジか、である。そこで加持は、真似た訳ではないがゲンドウと同じポーズで、肘を机につく。そして、壁に寄りかかる青葉を見上げた。
「国分がセカンド及びサード周辺の環境に異常なしと今朝報告してきました。最近は葛城さんの側にいることが多いようで、彼も楽をしているそうです」
意志疎通が完璧だった、と言えるだろう。加持の心は口に出さなくとも青葉に伝わる。
「・・・今は引き続き警戒を強めるしかない、か」
それはそうである。レッド・ウルフにしろ、他のテロリストにしろ、相手の目的も出方も分からない今、どうしようもないのだ。それに加持はシンジ以上に世界中のテロリストを敵に回している。いちいちその一つ一つを覚えている訳ではない。
「何もないといいんスけど。アスカちゃんとシンジ君の受験も近いし、・・・加持課長の結婚式もあることですし」
「今日話そうと思っていたんだが。知ってたのか?」
「忘れたんですか?俺と一番交友関係が強いのは、MAGI管理に携わっている二人ですよ。そういう動きには敏感ですから」
青葉の彼女は、そういう話には目がない。また身内だということもあり、その興味は尽きないことだろう。伊吹マヤ。親友である赤木リツコの弟子だ。そして、同じ部署といえば日向マコトだろう。
「まぁ、課長の結婚式の時には、情報課総出で警備しますよ」
青葉はそう言って、自分の席に戻った。
とりあえずこの件はこれまでだろう。何にしても不確定要素ばかりなのだ。加持はその資料を保存すると、背後にある窓に視線を向けた。
(結婚か・・・)
大学時代に出会って、そして卒業するしばらく前に、自分から別れ話を切り出して。8年という時間を経てネルフで再会。行き違いや誤解の果てにようやくここまでこじつけた。どうも結婚というのは、お互いを縛るようで、彼自身少々乗り気ではなかったが、彼女との微妙な関係に一応の形をつけたかった。
しかし、彼のように世界の裏業界に身を置いていた人間が、簡単に幸せを掴んでしまってよいのだろうか?彼は自分の部下や、弟分に自分が正しいと思ったことに疑問を抱かず進めと教えてきたつもりだ。そして間違った者に情けをかけていては、停滞しさらには後退してしまうとも言った。だが、今の加持はそれをしてしまっている。彼が目的の為に潰してきた組織・人間は数知れない。そういう犠牲の上に今の彼がいる。恨まれているだろう。そんな自分が果たして。
彼はそこで強引に考えることを止めた。所詮、答えなど何処にもない。思うようにするしかないのだ。

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この世の中には禁断症状という言葉が存在している。アルコール・モルヒネ・コカイン・ニコチン等の慢性中毒にかかった者が、これらの摂取の中断によって起こす症状。苦悶・不眠・幻覚・妄想などの精神症状のほか流涎・動悸・疼痛・嘔吐など種々の自律神経系症状を呈する。というのがこの言葉の意味らしい。
「おっ、はよ。アスカぁ~」
いつもより30分も早い起床だった。アスカはトースターにパンをセットして食卓に運ぼうとしていて、思わず驚いた。それは彼女が早く起きてきたことにではなく、その闇を背負ったような雰囲気にだ。
「お・おはよミサト。どうしたの?」
「眠れなかったのよ」
鎧でも着ているかのように、重い足取りで一歩一歩冷蔵庫に向かう。

あそこまで行けば。

ミサトの心の奥で、何かがそう呟いた。
「あっ、ミサト!!」
アスカが気がついた時には、既にミサトが冷蔵庫を開いた瞬間だった。
そ、そんなぁ~
その場にへたり込むミサト。彼女の目に移ったのは、金銀の缶ビールではなく、牛乳パックだった。
「シンジが昨日回収してたんだった。・・・残念だったわねぇ、ミサト?」
不憫に思いながらもなんとしても当日までは我慢させなければならない。それが彼女にできる、同居人への厳しいながらも最後の愛情なのだ。
「う~う~う~」
唸りながら、頭を押さえている同居人を見て、アスカはため息をついた。
「ってワケ」
「ふーん。そこでコンビニに買いに走らなかっただけ、ミサトさんの結婚式にかける意気込みを感じるね」
昼休みに教室後方の窓に持たれながら、シンジは今朝の顛末を、アスカから聴かされた。
「でもさ、こういうの禁断症状って言うんじゃない?アタシ、そろそろやばいんじゃないかと思うのよ」
「だってまだようやく一ヶ月だよ?少なくともあと1週間は我慢してくれないと」
少しぐらいなら、という気持ちがシンジに無いワケではない。しかし、そろそろ体の心配もしてほしい。いくらミサトの体質がアルコールに強いとはいえ、これからは妻になりやがては母になるのだ。そんなとき、加持にも彼女にも生まれてくるこどもにも、不幸な思いをさせたくない。
「ねぇ、シンジぃ。少しだけ許してあげてもいい?」
「う~ん・・・。仕方がないなぁ。缶一本だけだよ」
「ごめんね、シンジ」
「アスカが謝ることじゃないよ。でも気をつけてよ。そろそろ体格に出やすい年頃だからさ、ミサトさん」
ふと、廊下に目をやると、フラフラと歩いていくミサトがいた。
「じゅ、重症だね、ホント」
シンジも一瞬怖くなった。あれは本当に洒落にならない。
二人はお互い目で合図したあと、廊下をこっそりと覗く。左右に体を揺らしながら、角を曲がろうとしたが曲がるのが早かったのか、左にふらついたのか、壁に激突。そのままずるずるとその場に倒れていく。
絶句するしかなかった。
アスカは目で懇願する。
「しょうがないなぁ」
シンジは携帯を鞄から取り出すと、シークレットナンバーを押した。
やっとの思いで職員室へ帰ってきたミサトは、そのまま昼御飯も口にすることなく、机にへばりついていた。
「ビール・・・飲みたい・・・」
その時だった。ミサトの携帯が音をたてたのは。力無く、携帯を取り出すとそれを耳に当てた。
「はい?」
『葛城?俺』
「ああ、加持」
『おいおい、旦那に向かってそれはないだろ?』
「今それどころじゃないのよ。シンジ君とアスカに禁酒させられてるから」
『なるほどな。じゃ、今夜ほんの少しだけ、飲ませてやる』
ムクリ。そんな音が聞こえそうな動きで、ミサトは椅子に座り直す。
「ホント!?あ、でも二人が・・・」
別に監視でもされている訳でもあるまいに、声を潜めて周りを確認してしまう。
『大丈夫だ。結婚式の打ち合わせとか何とか適当に理由つけて出てこい。8時に新東京中央ホテルの最上階ラウンジで待ってるから』
不覚にも泣きそうになりながら、彼女は強く何度も頷く。
「うん、うん、うん。分かったわ。8時ね!絶対行くから」
『あ、アスカには泊まるって言えよ』
「・・・・わかった」
『じゃ、俺仕事あるから』
彼の方から携帯を切った。彼女も重力に任せて、携帯を下ろすとうつむいて肩を震わせる。そして不気味な笑い声をたてた。
「フッフッフッ、やっと!やっと!飲めるわぁん!」
机をガンガン叩くミサトは他の教師達から白い目で見られたのは言うまでもない。この後、「また君かね、葛城先生」と教頭に説教されるが、今の彼女にはそれも心地よいだろう。
そして彼女は知らない。その様子をドアの隙間から見て、嬉しそうに笑う少年と少女が居たことを。
「まったく、世話がやけるわ」
「ホントだよ。・・・さ、行くよ。アスカ」
その日の夜。アスカは結局シンジの家に行くから、という書き置きを残していなかったので、その書き置きに「加持から連絡があって、打ち合わせでホテルに行きます。シンちゃんの家もいいけど、遅刻しないよーにね」と追加して出かけた。
ルノーの滑り出しも快調だ。いくらもかからずに、新東京中央ホテルにつく。はやる気持ちを押さえながら、彼女はエレベーターで最上階へ。
「葛城」
「加持ぃ!」
カウンターの奥で、グラスを傾けていた加持を発見すると思わず大声で叫んでしまった。客が少なくて良かった。
「おいおい、恥ずかしいな」
「ごめん。つい」
「ウィスキーでいいか?」
「ええ」
「じゃ、グラスもう1個頼むよ」
バーテンは棚から加持のグラスと同じものを取り、コースターを引く。そこにグラスを置いて、アイスペールに新しい氷を加えた。加持はその中から一つ選んで入れると、ガラスのボトルから琥珀色の液体を注いだ。そして自分のグラスをとって、乾杯しようと彼女に向けたが、既に中身は空になっていた。
「ぷっはぁっ!くぅ~五臓六腑に染みわたるってのはこのことよねぇ~」
喜色を濃くして、彼女は感慨に浸る。
「久しぶりに婚約者と再会してるのに、オヤジくさい発言するなよ、ミサト」
二人でいる時だけ、彼らはお互いの名字ではなく名を呼び合う。
「いいじゃない。こっちはウェディングドレスの為に我慢させられてるんだから」
小気味のいい音をたてて、氷がグラスの下方に落ちる。彼女はそれを手にして、加持につきだした。面食らったようになるが、すぐに彼は注いでほしいという意志表示だと気がつき、注いでやった。
「しかし、悪いな。式のこと任せきりで」
「いいわよ、そんなこと。どーせあんまり興味ないでしょ?式場の広さとか、出される料理のメニューとか、披露宴の演出とか」
「まぁ・・・そうだな」
ほぼ球体に近い氷を、グラスを回して少しだけ溶かすと、彼は口をつける。
「式やりたいって言ったのは私。そのぐらいのことはするわ」
「それじゃ、ミサト様にお任せしますか」
「よろしい」
二人は顔を見合わせ笑い合った。そして何度かただお互いを見ながら、ウィスキーの味に酔いしれる。やがて彼女の顔がほんのり赤みがさしてきた。
「ところで、一つ気になってることがあるのよね」
「何だ?」
「あんた、まさかその髪と無精髭のまま式にでるつもりじゃないでしょうね?」
と、加持の頬を撫でるミサト。チクチクと少々気持ちの悪い感じがする。嫌悪対象ではなかったが、格好のいいものでもない。
「いけないか?」
滑り落ちそうになった彼女の手を、自分の手で押さえる。
「あったり前でしょう?あんた自分がいくつだと思ってんの?30過ぎてるいいトコのオヤジなんだから」
「俺にとっちゃトレードマークみたいなものだがな。それに男の色気があるだろ?」
冗談めかして笑う加持。
「言い訳無用!いい?式までには必ず散髪するのよ?」
彼の手を払いのけ、その手でグラスを取るミサト。
「へぇへぇ。分かりましたよ。・・・ところで、何で式にこだわるんだ?」
やっぱりオンナの幸せってヤツか、と続けようとして加持はやめた。そう質問したとき、彼女はとても思い詰めたような表情になり、グラスを見つめたからである。
「あの子達の為よ」
「シンジ君とアスカのことか?」
「ええ。そう。いくらエヴァがなくなって、これからは普通の子供として成長して行けるからって言っても、あの子達には幸せになるってことがどういうことか、よく分からないような気がするのよ」
加持は黙って彼女の紡ぎ出す言葉を受け取る。前にも何度かこんあことがあったな、と思い返しつつ。
「分かるでしょう?あの子達は一般的には不幸すぎるほどの運命の中で、一度は限界まで精神が疲れ切っているはずなの。
去年、だったかしら?私がアスカに少しだけ飲ませたことがあったの。その時にね、あの子がこう言ったのよ。ミサト、『幸せってなんなの?アタシにはよく分からな過ぎるわ』って。
辛かった。答えてやれない自分と、悲しそうに微笑むアスカの顔を見るのが。
だから」
「だから保護者のお前が、幸せの形を見せてやるんだな?」
ゆっくりと加持の顔を見上げて頷く。
「・・・そうよ。でも分かって。その為だけじゃないってことも・・・わかるでしょ?」
「もちろん」
そして二人は知っていた。今のアスカに、もう頼るべき両親はいなかった。ドイツにいる両親は、ゼーレ解体のゴタゴタの中で行方が分からなくなり、連絡がつかない。角のとれて父親らしくなったゲンドウがいるシンジに比べると、アスカには誰もいないのだ。ようやくシンジへの想いが実り、羽根を休める場所を作った。彼女にはそれを大切にしてほしい。
「だからドレス選びも式場見学も、すべて二人を連れていたんだな」
「知ってたの?」
「ああ。相変わらずあの二人は超A級VIPだ」
「まだ・・・遠くから保護してるの?」
「それが仕事だよ、俺の」
加持、ウィスキーを呷る。ミサトは少し間をおいてから、正面を向いて、少しだけ口調を強める。
「結婚が人生の墓場だなんて思ってる輩が多いみたいだけど、私はそうは思わない。むしろ迎えるべき幸せの一通過点だと思うわ」
加持は答えない。ミサトは含み笑いをして両手で額を押さえて続ける。
「久しぶりだと酔いが回るのが早いわ。リョウジ、悪いんだけど・・・部屋まで肩貸してくれる?」
「ああ」
部屋カードを渡し、精算をチェックアウト時にすると、彼はミサトを腕に捕まらせて今夜一泊とったダブルの部屋に足を運んだ。途中なんどもよろよろとミサトが倒れそうになったが、そのたびに体を支えてやった。そして彼女が「ごめん」と小さく呟く。
カードキーを差し込んで、部屋の中に入り、ベッドに彼女を寝かせようとして、ゆっくりと腰を支えて下ろそうとしたが、彼女は両腕を首に絡めて離れようとしなかった。
「おい、葛城」
「何も言わないで」
腕に力が籠もり、うなじからラベンダーの香りがほのかに鼻をくすぐる。
「・・・側にいて・・・離れないで」
弱々しく耳に吐息を吹きかけるように囁く。
加持は、ただ腰を支えていただけの両手を背中に回し、きつく抱きしめた。
「ミサト」
二人の距離が縮まって、ゆっくりと二つの影がベッドに倒れ込む。
「シャワー浴びなくていいか?」
「いい。あなたの匂いだから。いいでしょ?別に」
腕の重みと、椅子に投げ出したスーツの内ポケットで自己主張して怒鳴り散らしている携帯の音に気がついたのは、朝日が昇り始めた頃だった。
腕にのった彼女の頭はとても動きそうになく、加えてとても安らかな寝顔で眠っているので起こすに忍びなかった。仕方なく空いている方の手をなんとか伸ばし、スーツの中をまさぐる。
「はい、加持です」
『おはようございます、課長』
課長補佐、青葉の声だった。
『朝早くから失礼します。今、よろしいですか?』
加持は一瞬胸に収まっている彼女の顔をちらりと見てから、
「ああ、構わない」
と答える。
『昨晩、妙な予告メールが、市庁舎宛に届いていたそうです』
「予告か。どんな」
『爆弾テロです。NEO・loftの4カ所に小型爆弾をセットした、とのことです。予告爆破時刻はイチサンマルマル』
時計に目をやる。時間は7:03。予定時刻まで約6時間。
「またか。警察に手配したのか?」
『先ほど。警視庁公安部が動いています。現場には戦自の爆破物処理班3班が、座間陸自基地から向かったそうです』
「弱ったな。この忙しい時期に。・・よし、警護にまわっている、国分・城島以外は全部集合かけてくれ。俺もすぐ戻る」
『よろしくお願いします』
携帯をダッシュボードに置こうとしたとき、彼女が顔を見上げているのに気がついた。
「起こしたか」
「いえ。何か良くないことでも?」
「ああ。すぐ庁舎に戻らなきゃいけなくなった」
彼女を起こして自分も立ち上がり、シャワーを浴びに行く。ほとんど時間をかけずただ昨夜の汗と匂いを流すだけで、上がる。戻ってくるとすぐに着替えはじめる。
「忙しくなるのね」
「すまん。今日の所は勘弁してくれ」
Yシャツに袖を通す。
「いいわ。また連絡、頂戴」
「ああ。・・・ミサト?」
「何?」
「愛してる」
「聞き飽きたわよ。夜から何度目?」
クククッと笑いながらミサトは言った。もう大丈夫だと思い彼は安心する。
しっかりした足取りで、バスに向かう彼女を見て、名残惜しく思うがそうも言っていられない。彼はゆっくり部屋を出た。

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妙な事件は、今に始まった訳ではない。だが、2年前とは状況が違う。のちの調査で、あの頃の事件はすべてゼーレがらみ物ばかりであったことが発覚している。だが今回はその組織の発生源の特定もままならないまま、ただ時間だけが過ぎていく日々だった。結局、予告されていた爆弾テロも、開店前に爆弾処理が終わり、市民にいらぬ不安を抱かせない為にマスコミに報道規制を敷いた。現在、各国のMAGIとの情報交換を続け、組織の特定を急いでいる。
どうやらここ2/3日、赤木リツコ、伊吹マヤ、日向マコトらは徹夜作業らしい。
その報告が加持の元に届いたのは、事件の翌日だった。
「で、まだそれ以上の報告はないんだな」
「はい」
情報課職員の山口は軽く頷く。
「ご苦労さん。そろそろ交代の時間だな。城島と変わってやってくれ、山口」
「はい、わかりました」
一礼して部屋を出る、山口。加持は扉が閉まったのを確認してから、背もたれに体を預けた。胸ポケットから煙草を取り出すと、一本加えて火をつける。心が内側の奥から静かになっていく感じがした。一本吸い終わる頃に携帯がなる。
『加持さん?』
「ああ、シンジ君か。どうした?」
『あ、この前のお礼です。ミサトさん、だいぶ元気になりましたよ。ありがとうございます』
加持は穏やかに笑って言う。
「いや。礼を言われることじゃないよ。妻のフォローは夫がするもんだ」
『のろけ、ですか?』
シンジも笑った。
「そう聞こえるかい?」
そこで加持は一旦言葉を切って、声を重くする。
「ところで、シンジ君。実は最近妙な事件がまた増えてるんだ。君の身辺でイヤな気配は感じないか?」
『これと言ってないですね。まさか、まだゼーレの残党が?』
「わからん。奴らが息をかけたテログループや秘密結社をすべて把握している訳ではないからな」
『そうですね・・・。僕なりに身辺には気を配ります』
「頼む。まだ奴らの目的が分からないからな」
『加持さんも気をつけて下さいよ』
「ん?」
『僕もそうですけど、加持さんだってアメリカに本部がある組織ならやばい筈です』
二人はアメリカに居た頃、シルバー・フォックスと呼ばれテログループや組織犯罪の検挙の影に、常にある存在だった。加持にしてみれば、シンジを短期間で成長させかつ、致死攻撃の危険性を体に記憶させるためにはじめたことだったが、FBIから感謝状と特別捜査員としての資格を授与されるほど実に多くの事件を解決してきた。もう詳しくは思い出せないが、レッド・ウルフのように地獄まで追いかけてきそうな連中も少なくなかった。
「そうだな」
『僕もイヤですよ。結婚式と葬式が重なるなんて。・・・約束して下さい。ミサトさんを必ず幸せにするって。不幸にしないって』
茶々を入れられるような雰囲気ではなかった。本当に真剣に、この少年はミサトのことを思っているのだ。
「わかっている。8年待たせて、さらに5年。13年も待たせたんだ。もう待たせたりしないさ。
しかしアイツはいい弟を持ったな」
『出来の悪い姉貴ですけど、よろしくお願いします。お兄さん』
電話を切ったあと、加持はひとりごちに微笑んでから顎をさする。
「髭、そらないとな」
二人の結婚式まであと3週間。
結局、それから結婚式の3日前の今日に至るまで、目立った動きもなく、また情報課に新しい情報は入らなかった。加持は自分のノートパソコンをひらくと、ミサトが出したはずの結婚式招待状の返事が届いていることに気が付く。
財務省銀行局長・高榎ミチタカ。警視庁刑事部参事官・室井ケンジ。国立総合医療研究所、総合研究医師・伊崎ユウタ。三人とも数少ない、彼の親友だ。忙しい中、時間を開けてこちらにきてくれるらしい。非常にありがたいことだ。
そして式まで残り一日となる。加持は、ミサトから送られてきた、明日の行動チャートを見ながら、苦笑するしかなかった。サイズを計りたいからと3ヶ月ほど前に一度式場に足を運んだが、まさかただ一度のサイズ取りで4着も衣装を作られるとは思わなかった。しかも全部タキシード。ただ色や型のタイプが違うだけである。先週仕事場に送られてきた薄い水色のタキシードだけかと思っていたので、思わず加持はこけそうになった。よく今日までこんな大切なことを黙っていたものだ、と。
「何でこんなに衣装を変える必要があるんだ?」
所詮、彼女とは向こう岸の女、という存在なのだ。30年以上生きていても理解できなくても不思議ではない。無論、彼女にとっても彼は理解し難い存在だろうが。
「女心は理解不能だな」
その時、ミサトの声が聞こえた様な気がした。

あんた、まさかその髪と無精髭のまま式にでるつもりじゃないでしょうね?

「やば。散髪行くの忘れてたな」
と立ち上がって、理髪店に向かおうとするが、いつのまにか窓に暗がりが漂っていた。目を疑って腕時計を見ると既に時刻は10時を指している。
「しまったな。・・・明日にするか」
粗方、仕事は片付けた。式のあと新婚旅行に出てもすぐに連絡がつくし、シンジも青葉もいる。安心して任せられると言うものだ。加持は情報課の部屋を出ると、階下の仮眠室に向かう。どのぐらい寝られるか分からないが、とにかく彼はベッドに横になる。すぐにとは行かなかったが、この所連日のテログループへの非常線で緊張を持続させていたこともあり、睡魔に引っ張られるようにして眠った。
眠りに入る寸前彼は、もう若くないな、と心の中で苦笑した。

●              ●              ●

 

朝。とびきりの快晴。庁舎の前の大通りを、軽い足取りで歩いていた。向かうのは庁舎近くの理髪店である。加持の行きつけであり、庁舎の男性職員はよく利用している。ここはサラリーマンに優しい理髪店という名目で、営業している。朝7時から夜9時まで。普通の理髪店では考えられない営業時間だが、庁舎で働く一部の職員は休憩が不定期でなかなか外出できない場合が多い。技術部職員など、朝9時から夜12時まで残業することもあった。そうなると髪はのび放題となってしまうが、かろうじて出勤前に散髪できる店であるここで、さっぱりとしている訳だ。
「ども」
「ああ、加持さん。久しぶりだね?」
店主の男は何処か洒落っけのある、ほっそりとした外見の人物である。旋毛の流れに沿って、自然に流した髪は、薄茶色に染めている。年頃は自分よりも5つぐらい若いらしい。彼は加持に一番手前のシートに着席をすすめる。今日はほとんど人気がない。場合によっては待たされている人物が2人ほどいるぐらい、この時間帯は利用者が多い。しかもほとんどの場合、庁舎の人間だ。
「今日は空いてるね」
店主は加持の首にビニールシートをつける。
「そりゃ加持さんの結婚式だからさ。庁舎の人は、仕事でなきゃ準備してるんじゃないかい?」
髪に霧吹きで湯を吹きかけ湿らせる。そして櫛を通しながら、彼はそう分析した。
「そうか」
「いいのかい?主役の一人が今頃こんな所にいて」
「大丈夫。タキシードは職場に置いてあるからな。ああ、今日はバッサリ切ってくれるかい?」
「え?きるんだね?この長いの」
後ろ髪の襟足を持ち上げて、鏡の中の加持に尋ねる。
「さっぱりして式に出ろってね。妻の命令なんだ」
自然に。意識することなく、思い描いた女性を妻と呼べた。
「妻、ね。加持さんもようやく所帯持ちになる訳だ」
すぐに切り始めつつ、彼は話も続ける。
「どういう意味だよ」
「そのままんま。いろいろ噂は聴いてるよ」
軽いリズムで加持の頭の上で切り分けられていく髪。そして不要な部分が床に、そしてビニールシートの上に落ちる。
「参ったなぁ。俺はこれでも一途のつもりだけどな」
「へぇ。で、奥さんになる人ってどんな人だい?差し支えなきゃ聴いてみたいけど」
「付き合いが長いが、今だに分からない面も多いさ。所詮男には、女って生き物は理解できっこない。
ただあいつは自分に正直だ。いい言葉じゃないが、開けっぴろげなんだな。ただ苦しみを一人で背負いたがる所がある」
まだネルフがあった頃のことが思い出される。あまり弱いところを見せたがらない彼女が、酔って自分を卑下したことがあった。その時はただ抱きしめて黙らせてやったが、その時からだろうか。この女の側には自分が必要で、自分もどこかでこの女を求めているのではないか、と思い始めたのは。
「どうしたんだい、加持さん。神妙な顔つきで」
引き戻された彼は、鏡の中の自分が真剣な表情をしている姿を見てしまった。そしてすぐいつもの優男の顔に戻る。
「しかしその奥さん、きっと加持さんとお似合いなんだろうな。大事にしなよ」
「もちろんさ」
「それと女性職員に手出すのもやめなよ」
「・・・前向きに善処するよ」
四半世紀以前の政治家が言いそうな弁解で、その場をかわすがそれが分かったのか、店主は声を立てずに笑った。
そしてそれからしばらくして、散髪が終わる。
「はい、おしまい」
「じゃ、代金を」
「ああ、いいって、いいって。俺からのご祝儀だと思ってよ。それと、急ぎなよ。式、昼からなんだろ?」
二人は同時に時計を見る。
「急がないとな。じゃ、ありがとう」
同じ頃、コンフォート17の葛城家では相変わらずのドタバタだった。
「ねぇ、シンちゃん、アスカぁ。ホントにこれでいい?老けて見えないかなぁ?」
鏡の前で、何度も化粧のチェックをするミサト。
「ったくどーでもいいでしょ!?どうせ式場でプロが手直しするんだからっ!それよりも早く行かないとダメじゃない!新婦はいろいろと準備があるんでしょ!」
アスカが玄関で早々と準備をすませ、あまり高くはないがヒールを履いている。一応式用のドレスがあるが、式場に置いてある。今はちょっとした外出着だ。シンジは昨日から久しぶりに葛城家に泊まり込んで、式の行程を確認したりと、まさに新婦のマネージャーと化していた。
「シーンジィ!まだぁ?」
どんどん昔の主夫体質に戻りつつあるシンジは、今夜からしばらく誰もいなくなるこの家の戸締まりの確認をしている。
「ん?もう少し!・・・ねぇミサトさんやっぱりバルサンたこうか?」
「いいわよ。ゴキブリなんて出やしないんだから。それにたいちゃうと、アスカ、荷物取りにこれないでしょ?」
ようやく化粧に満足したのか、用意してあった荷物を抱えて玄関に向かう。
「な、何いってんのよ?アタシは今夜だけヒカリのウチに泊まるだけよ?せっかくミサトがいなくなるんだもの、ひろ~くなったこの部屋でゆっくりさせてもらうわ」
歩いて来たミサトは、ニヘッという擬音が聞こえてきそうないやらしい笑みを浮かべて、肘でアスカを小突く。
「あららぁ?お姉さんが知らないとでも思ってるの?今夜こっそり荷物を取りに来て、シンちゃん家で寝泊まりするつもりなんでしょ?」
とたんにアスカは顔を背ける。
「そ、そんなことある訳ないでしょう!それよりよく学校が許したわね。一週間もの休暇」
「まぁねん。これも人徳ってヤツかしら?」
「ミサトにそんな人徳あるとは思えないケドね。生徒より遅刻の多い教師なんて聴いたことないわ」
今度はアスカの反撃、といったところだろうか。
「ち、遅刻はしても授業はしっかりやってるわよ」
彼女の働く高等学校教頭の悩みはそれである。遅刻はしてくるが、授業の生徒受けもよく全体的に生徒の成績もいい。模試でもミサトの担当する科目は平均点がずば抜けて高かった。その為、簡単には首にできないのである。
「はぁ~あのタコ教頭、胃に穴あかなきゃいいけど」
とタコ頭が特徴的な教頭を思い浮かべる。既にシンジとアスカはその高校を卒業し、第三東大に進学している。
「と・こ・ろ・で。ホントのところはどうなのよん」
「知らないわよ。何のこと?」
「ごめん、行こうか」
「遅い!さっさとしないさいよ!時間ないんだからぁっ!」
何故アスカに怒鳴られるのか、理解不能のシンジだった。
「じゃ、行くわよぉっ!」
駐車場まで降りてきて、意気込むミサトだったが、右手に持っていたキーをシンジに奪われる。
「何するのよぉ」
「今日は僕が運転して行きます。ミサトさん、主役なんだから」
「そう?助かるわぁ」
式場につくまでにボロボロにされては溜まったものではない、と思うシンジとアスカであった。
シンジの安全運転で、おおよそ予定通りに式場入りできたことは言うまでもない。
「お待ちしておりました、葛城・・・いえ、加持ミサト様」
式場のロビーでは、千代田が待ちかまえていた。
「お世話になります」
「では早速ですが、ミサト様と惣流様はあちらでお着替え下さい。碇様はどうされますか?」
「あの・・・もう来てます?仲人は?」
「ええ。控え室でお待ちになってます。そちらでお待ちになられますか?」
「そうします」
少し先を歩いていたアスカが振り返り、シンジに手を振る。
「あとでそっち行くわ」
「うん」
時間は午前8時23分。式開始まで3時間ある。
「・・・まさか、加持さん、遅れる訳ないよね」
一瞬、危惧の念がシンジを襲ったが、とりあえず控え室に向かった。
「参ったなぁ」
思わずハンドルに寄りかかって、加持は呟いた。
「お約束、というか何というか・・・。こうなると笑うしかないな」
目の前には、式場がある第三新東京市郊外へ出る道があるが、相当先まで渋滞が続いていた。思わず蝶ネクタイをゆるめる。
「仕方がない、次で曲がるか」
方向指示機を出して、加持は右折に備える。少しずつ車の流れが動き出す。ようやく角の所まで来て、加持は細い路地へ入る。
その時だった。バックミラーに黒いバンがついて来ていることに気がついたのは。
「ん?いやまさかな」
厭な想像だった。だが加持はすぐその想像をかき消す。

こんな日に。

そういう気持ちが、彼にそうさせた。
ともかく、余裕で式場入りするはずの予定が少し遅れてしまいそうだ。彼はアクセルを踏み込む。一本道をはずすと、外環状に出る。たぶんそちらに出られれば、これほどの渋滞には巻き込まれないだろう。
加持はその道を進み、外環状を目指した。FMが乗りのいい曲を流すのを聴きながら。
控え室は二階の奥にあった。本当ならば、親族が控えるはずだが、加持もミサトも親族と呼べる人々がなく、唯一それに相当しそうなのが、シンジとアスカである。そして仲人に指名された夫婦が、緊張の面もちでそこに待っていた。
「あら、シンジくん」
黒系の服に身を包んだ、赤木リツコがシンジを出迎えた。
「リツコさん。おはようございます。あの・・・とうさんは?」
と聴くと、少し困ったような顔をして窓の方を指さした。そこには外を見つめて、どこかふるえているゲンドウがいた。
「と、とうさん」
「昨日からずっとあの調子なの。大丈夫かしら。まったく」
「ああ、シンジ。よく似合ってるな、そのスーツ」
「あ、ありがとう。父さんも似合ってるよ、燕尾服・・・」
二人とも違う意味で引きつった笑みをした。
「あの、リツコさん」
「何?」
「そろそろ参列者の方も、早い方は来ると思うので、よろしくお願いします」
「ええ。大丈夫よ」
軽く微笑むリツコ。その様子にシンジは幾分安心した。相変わらずガチガチのゲンドウには頭を抱えたが。
その時、控え室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「シンジ~?いる?」
赤いミニのドレスに身を包んだ、アスカが顔を覗かせるようにして言う。
「あら、アスカ。久しぶり」
「あ、リツコぉ。お久しぶり」
「やっぱりあなたは赤が似合うわね」
「えへっ。そーかな?」
くるりと回って、部屋に入ってくる。豊かな金髪がふわりと浮く。もちろん、シンジは見とれていた。
「あ、シンジ。ミサトが見に来てほしいって。・・・シンジ?聴いてる?」
「え?・・・あ、うん。行くよ」
「リツコはあとでね」
「ええ」
アスカに続くようにしてシンジも控え室をでる。
「どうかしたの?」
「え?」
「顔、赤いわよ」
「べっ別に。何でもないよ」
「・・・見とれた?」
シンジは答えずに歩いた。
白いチャペルの、新婦控え室に入った瞬間、シンジは足を止めた。アスカはそんなシンジの横を通り過ぎると、ミサトに耳打ちする。
ゆっくりと、ヴェールの下からシンジを見ると、軽い笑みを称えた。
「シンジ君」
「は、はい!」
「・・・今まで、大変お世話になりました。私、加持君と幸せになります」
正直、なんと答えてよいのやら、シンジは分からなかった。それ以上にミサトの幻想的なまでの美しさにとまどった心が考えることを許してくれなかった。
(なんだか、ミサトさんじゃないみたいだ・・・)
信じられないほど穏やかな笑み。そしてヴェールによって半分隠された、顔。頭の先からつま先まで、純白で統一されたウェディングドレス。全く普段からは想像できないほどの真逆の美しさを、彼女は光らせていた。
「ああああああ、あの、その、あ」
「な~ぁんってね。驚いたぁ、シンちゃん?」
いつものミサトに戻っていく。そして幻想的な雰囲気まで一気にかき消した。
「し、心臓に悪いですよ、ミサトさん!」
「そこまで言うことないでしょ?でも作戦成功、かしら?」
「そうね。つくづくカメラ持ってないのが残念よ。今のシンジの惚けた顔!ベストショットよねぇ」
「ねぇ」
首まで完熟した赤色になって、シンジは叫んだ。
「からかうなよ!二人ともっ!!」
「ふふふめんごめんご。・・・所で、シンちゃん、加持、見なかった?」
「いえ。まだ見てませんけど?」
「うーん、まずいわねぇ。そろそろ来てくれないと・・・」
シンジは時計を見る。デジタルは10時27分を表示していた。
「あと1時間か」
窓の外には紫陽花が見られている。
「あと1時間か。本格的にやばくなってきたな」
前方や対向車線に車が見られない。後方にある黒いバン。それ以外付近に車はない。

おかしい。

車のデジタル時計は10:30分を示している。さすがに車通りの少ない外環状だからと言って、全く見あたらないというのは異常だ。その時だった。一瞬バックミラーに、不自然な光の反射を見た。バックミラーに映ったのは、ライフルの銃口が太陽を反射している光だった。
「なんてこった。シンジ君の忠告が本当になるとはな」
加持はすぐにスピードを上げ、蛇行に入った。
ライフルが発射され、コンクリートを叩く。
「おいおい、何処の組織だよ。こんな大それたことしやがるのは」
さらにアクセルを踏んで、距離を開こうとするが、向こうはピタリとくっついてくる。蛇行してもやはり離れない。しかしここまで式場はほぼ一本道だ。
「逃げ道なし、か」
生憎、気の利いた武器など持ち合わせていない。いつも携帯しているはずの拳銃も手元にはない。トランクの中の鞄にしまってある。
幾度めかの蛇行のあと、急に鉛玉の雨が止む。そして、少しだけ向こうがスピードダウンした。
「あきらめた・・・訳じゃないのか!」
すぐに追いついてきたかと思うと今度は天井部が開いて一人の覆面男と、ライフルでは勝負にならない口径のバズーカが登場した。
「マ、マジかよ!」
轟音、爆風、炎、白煙。気がつくとそれらが車の横に現れる。
「道路だってタダじゃないんだぜ?国民の血税によってだな・・・」
聞こえる訳がない。それに分かっていればこんなことはしないだろう。
「それに、国際法違反だ!」
分かっていながらぼやかずにはいられない。何よりこの状況よりも、彼にとってはこの計算外の事態によって、式に遅刻することの方がよほど恐ろしかった。
加持とテロリストの追いかけっこは続く。
「いくら何でも遅すぎよっ!」
ヒステリックにミサトが叫ぶ。ウェディングドレスでなければじたんだ踏んでいるところだ。
「落ち着きなさいよ、ミサト。・・・まさか、ミサトに嫌気がさして逃げたんじゃないの?」
アスカが軽口を叩くが、ミサトは怒れなかった。心当たりがない訳ではなかったから。
「ちょっ、怒ってくんなきゃジョークになんないでしょ!?」
「だって・・・」
「逃げやしないわよ。加持さんだってミサトのことホントに想ってるんだから。見ていれば分かるわ。ね、シンジ・・・シンジ!」
壁に寄りかかり、何か考えて眉間に皺を寄せているシンジはなんの反応もなかった。
「まったく。今日はどうしたってのよ。おめでたい日なんだから、何とかしなさいよ!この辛気くさい雰囲気!!」
「失礼しまぁーす!・・・葛城さん、おめでとうございます」
現れたのは、青葉である。フォーマルスーツの着こなしが実にうまい。片手にヘルメットをもって、入り口に立っている。様になるとはこういうことだろう。
「あ、青葉君!?あのブァカは?リョウジは?」
「あれ?まだついてませんか?おかしいな・・・。情報課の部屋には加持さんのタキシードもなかったし、駐車場にも車、ありませんでしたよ?おかしいな」
後ろ固く結んだ長髪をさわる。
(まさか!)
壁によりかかっていたシンジは、そのやりとりで何が怒っているのか想像がついた。
「青葉さん、バイクですよね?どの道で来ましたか?」
「へ・ああ、内環状を回って、そのまま高速飛ばして来たよ」
「ってことは外環状の可能性が高いんだ。青葉さん、バイク、借ります!あと・・・これも!」
と、シンジは青葉のスーツのジャケットから、拳銃を抜き取りヘルメットを奪う。
「おお、おい、シンジ君?」
「どこ行くのよっ!」
(やばいよ・・・絶対!)
シンジは答えずそう思いつつ、青葉の乗ってきたバイクに跨り、外環状方面のルートに向かう。
「青葉君・・・」
「とにかく、ウチの人間に追いかけさせます」
「シンジ・・・」
轟音は定期的に響いた。そしてその度に白煙が加持の行くてを塞ごうとする。普通のテクニックならとっくに吹っ飛ばされている状況だろう。だが加持はかろうじて避けていた。
「どこまで持つかねぇ」
悠長に流れていたラジオはもう切った。
そして、さらに今度は上空から規則的な高音が、青空を裂くように響く。
「冗談じゃないぜ・・・」
目を疑うという感覚はこれを言うのだろう。旧式とはいえ、軍用ヘリが、バンの後ろに見えた。それと同時にバンが一旦引いていく。
「なぶり殺すつもりか?」
ヘリは一旦高度を下げ、胴体を傾けつつ横に並ぶ。そして少しずつ、前部を加持の車に向ける。
(撃ってくるな?)
予想通りだった。
バルカンが火を噴く。
「こ、こりゃ完全に遅刻覚悟だな」
ちらりとヘリの中を見る加持。そこには誰も搭乗していない。完全な遠隔操作だ。
晴れ上がった空は、まさにこの良き日を祝福しているかのようで、参列者は今日の主役の二人の登場を待ちかまえていた。
が。
その主役の一人はまだ現れておらず、そしてもう一人は、殺意のオーラを背負ったまま、控え室で壁を睨みつけていた。仲人であるリツコも、そして一応親族代表となるであろう、アスカは、いよいよ彼女に話しかけることができなくなっていた。
肩は微妙に震え、そして手にしたブーケはカサカサと音を立てている。
「リョウちゃん・・・」
「加持さん」
((早く来て))
二人の心の声が重なった時、ドアがノックされる。一瞬、3人の顔がパッと明るくなる。
「ミサト様、そろそろ・・・」
現れたのは千代田だった。彼はおそるおそる彼女の背後から尋ねた。消えたはずのオーラが再燃し、鬼の形相に戻る。
「あんにゃろぉぉぉぉぉっ!」
正直、彼は彼女のイメージをそこで完全に変えるしかなかった。そして、この記念すべき100組目のカップルにして、はじめて『新郎逃亡疑惑』に見まわれた。そして残された新婦は一人で何百匹もの妖怪を束ねていそうな顔になってしまっている。
先ほど、上司が心配をして彼に小言を言っていたが、なんとか誤魔化していたが失敗だったのはその上司が、チャペルを覗いてしまったことにあった。そこに並んだ数少ない参列者の中に、第三新東京市助役・碇ゲンドウ、MAGI技術部部長・赤木リツコ、財務省銀行局長・高榎ミチタカ、警視庁刑事部参事官・室井ケンジ、国立総合医療研究所、総合研究医師・伊崎ユウタらを発見し、彼は千代田に猛進してこう言った。
「いいかね!?千代田君。この結婚式、無事にやり遂げることができなければ、君はクビだっ!!」
彼は何事かと思った。仕事はできるが、政治に関しては全くの無知に属する。市長の名は知っていても顔までは知らない。まして、新郎が市の職員であってもまさかそんな上役と知り合いだとは思わなかった。
「あの・・・ミサト様」
胃が内側から軋む音が聞こえた。自分の額から、気持ちの悪い汗が流れるのが分かる。
「・・・分かりました。一人でも結婚式やっちゃる」
ミサトが振り返り、千代田に丁度顔を見せる格好になった。
(ひぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい)
後に、千代田は彼女の顔を見た直後を振り返りこう語っている。

そのとき私は、まさに蛇に睨まれた蛙だった。あれは人間の表情じゃないと思います。女性とは恐ろしいですね。

「ね、ミサト・・・落ち着いて!」
立ち上がったミサトを必死に止めようとするアスカとリツコ。
「もぉ待ってられますか!せっかく来てくれた人達に申し訳ないものっ」
腰に巻き付いたアスカを引きずりながら、彼女はチャペルの入り口まで移動する。
心地よい風が、前後左右から吹き込んで来る。
いい風だ。
しかし、加持の乗っている車はオープンカーではない。既にフロント・リア・サイド。すべての窓ガラスが割られていた。
「ちっ」
加持は低空飛行を続けるヘリに、胴体をぶち当てた。たぶんこの一撃で、助手席側のドアは開かなくなっただろう。このまま無事に式場につけたとしてもたぶん車は廃車指定を食らうはずである。
一旦ぶれたが、さすがは軍用ヘリ。そう簡単にはびくともしない。このタイプのヘリは、その昔、
『象と闘っても容易に大破しない』
という妙なキャッチコピーで、イギリスのさる軍事兵器企業から発表されたものだ。
「あのコピーは満更嘘でもない訳か」
余裕の軽口、ではなくなってきた。もう軽口でも叩いていないと、どうしようもないほど、加持は追いつめられていた。

ヘリにではなく、式開始までの時間に。

そのとき、後方で、Uターンしてくる一台のバイクが、かろうじて残っていたサイドミラーに映り込んだ。
「おいおい、新手か?いや・・・シンジ君!?」
スーツ姿に、シルバーの半ヘル。ご大層にヘルメットには大きめのゴーグルまで付いている。たぶんバイクとヘルメットは青葉のものだろう。シンジはカーヴの無い直線に入った瞬間、丁度ヘリと車を二辺の点とし、自らが頂点になる底辺の長い二等辺三角形の形に並んだ。
そして両手をハンドルから離すと、内ポケットから銃を取り出すと、ヘリのプロペラ付近を狙った。
「止める気か?おいおい、シンジ君、これは漫画じゃないんだぜ?」
そうである。これは小説だ。
そして一発の弾丸が発射され、回転する機関部に入り込んだ。
その後は一瞬だった。刹那の静寂のあと、プロペラから火を噴き平静を失ったヘリはそのまま小高い丘の中腹に激突し、大破した。
「あの勢いならダメなんだな」
骨組みすらも残らず、炎上するヘリを見つつ、加持は停車する。まだ走れることを確認して。
横付けで、シンジもとまった。
「大丈夫ですか?加持さん」
「よ、悪いなシンジ君」
「弁解はいいです。式始まりますから急いで下さい」
「ああ、悪い悪い」
いつもの笑みを浮かべて弁解する加持だが、シンジの表情には呆れの他にどうしようもない焦りが見えた。
「急いで下さい!たぶんこのままだと、式滅茶苦茶になりますよ・・・ミサトさんの怒りで」
口から火を噴いて白いチャペルを炎上させ、逃げまどう参列者を捕まえて、雄叫びを上げる、甲羅を背負ったミサト。
コミカルな想像であったが、二人は同時に恐怖を覚えざるを得なかった。
「先、行くわ」
加持は猛スピードで教会へ飛んでいく。
「ふぅ。世話の焼ける夫婦だな。ん?」
後方から黒いバンが迫って来ている。様子を伺うように、ゆっくりと。
「あれが本命みたいだね。一番見たいシーンは見逃すことになるけど・・・。退屈しなくてすみそうだ」
まだだいぶ距離がある。シンジは携帯を取り出すと、メモリの中から一つの電話番号を選んだ。
「あ、長瀬さん?僕です。・・・ええ。まだ始まってません。それで、悪いんですけど、至急警察に連絡してもらえますか?・・・ええ。例のテログループだと思います。じゃ」
会話を切ると、バイクのエンジンに火を入れる。
「さて、少し追いかけっ子でもして楽しみますか」
小さな子供のように笑って彼は、走り出す。

●              ●              ●

 

結婚式場の横にある、小さなチャペル。セカンドインパクト以前には、別の場所にあったチャペルを、この式場のオーナーが再建したものだ。その過去の実績を含めれば、このチャペルは一体、何組の華やかでありながら厳かな門出を見つめ続けてきたのだろう?もうそれは分からない。しかし、白壁に正面には鮮やかなステンドグラス。そしてその前には金の十字架が掲げられており、一段高くなった祭壇には、神父が控えている。
真っ赤な絨毯のヴァージンロードを、ゆっくりとした足取りで純白のドレスに身を包んだミサトが進んでくる。
しかしただ一つ、いままでここで行われた誓いの儀式と違うことがある。
神父の側で控えていなければばらない、新郎が居ないのだ。
真ん中ぐらいに席を取った、室井、高榎、伊崎は小声で話す。
「これは・・・加持の奴、やってくれたな」
「当日まで待ちぼうけ食わせる気みたいだな、葛城さんに」
「そういえば前にもこんなことありませんでしたっけ?大学時代にも」
その横を、内に殺意の波動を隠して、厳粛な雰囲気にとけ込もうと演技する、ミサトが通り過ぎた。豪華な顔ぶれの中で一段目立つのがこの3人だった。ミサトがこの場を通り過ぎたのと同時に、チャペルの外では、鬼の形相で冷や汗を流す千代田の上司と、胃の痛みに必死で耐えながら、小さくなる千代田がいた。
「さて千代田君。このまま新郎が誓いの言葉が終わるまでに間に合わなければ、君は速やかにこの場で辞表を書いて、辞めてもらう」
「ぶ、部長!待って下さい。これはご夫婦の問題でしょう!?」
「ああ、本来ならば俺もそう言っただろう。だが今回は参列者のレベルが違う!!」
怒鳴りだった。そして、千代田の肩を掴むと、観音開きの木戸の片方を少しだけ開けてのぞき込ませた。
「いいかね?あそこに並んでいる3人、右から名医と名高い伊崎医師、そして警視庁の室井参事官、財務省の高榎銀行局長。まさに日本の将来を背負って立つ方々だ。それから仲人のお二人!旦那様はこの市の助役の碇様、そして奥方はMAGIの管理者である赤木技術部長だぞ!他にもこの第三新東京市の中枢を司る方々がご列席だ!!」
知らなかった千代田は、愕然となった。まさかあの美しさと恐怖を併せ持つ女性の交友関係が、それほどのものとは。
「わかったかね?式場側としては新郎新婦の非であっても、こちらのミスなのだ。そして絶対に失敗は許されない」
そう言いながら、上司は式場の方へと走っていく。
「辞表は事務所で受け取る。用意しておきたまえ」
「は、はい」
彼は力無く頷き、激しくなる胃の痛みに耐えきれずうずくまった。
チャペルの中では、神父の元で足を止めるミサトの姿があった。どよめきに包まれていたチャペルもいよいよ静まり返る。
神父は、一人だけの、この型破りな状態にどうしてよいか分からず、目を白黒したが、ミサトが開始を促したので、仕方なく聖書を開く。
そして、咳払いを一つして、平静を保つと型どおりの言葉を読み上げる。
「富めるときも貧しき時も、病めるときも健やかなるときも・・・」
うつむき、ただ固唾を飲んで状況を見守るしかない参列者の心は、今一つだった。
(((((((((((ミサト。お願いだからキレないで)))))))))))
ようやく式場の看板が見えていた。加持はもう必死だった。
「くそ、ここまでか」
エンジンが停止する。先ほどからの無理が祟ったのだろう。もう動くまい。
加持はドアを蹴破り、とにかく走った。まだここからならギリギリ誓い言葉に間に合う。本当にあと数十メートルだ。
車道から角を曲がり、坂を駆け上がる。チャペルの屋根に載せられた十字架が見える。
上がりきってそこにチャペルの扉を見つける。隅の方で、うずくまってうめいている男がいたが無視した
「加持リョウジ、あなたは新婦・葛城ミサト妻とし、を生涯愛し続けることを」
やばい。そう思って体当たりして扉を勢いよく押し開ける。そしてまさに開口一番で叫んだ!
「誓います!!」
全員が振り返る。そこには背中に光を背負う形で立つ、タキシードの加持リョウジがいた。
「リョウジ・・・」
転げるように息を切らせて、ヴァージンロードをまっすぐに歩いていく加持。
「もう待たせやしない。俺はお前を一生愛し続ける」
そして、最愛の女性の隣へ。
「結構。では葛城ミサト、あなたは新郎・加持リョウジを夫とし、生涯愛し続けることを誓いますか?」
「ち、誓います」
一同、ほっと胸をなで下ろす。
「では、指輪の交換を」
厳粛な、空気さえもその雰囲気の中で動きを止めてしまうのではないか、と思われるほどの状態の中で、お互いの薬指に指輪がはめられる。
「ここに主の名に置いて、この二人が夫婦になることを祝福致します」
盛大な拍手が二人に送られる。
「新郎、新婦・・・誓いのキスを」
神父が笑顔で促す。
「あんた、何してたのよ」
「え?ああ、渋滞に巻き込まれた後はしつこいのと追いかけっ子かな?」
「追いかけっ子?」
二人の距離あ縮まりつつあったが、寸前で止まる。
「ああ。死にそうだったんだぜ?相手がしつこくてな」
「相手が・・・しつこい?・・・おのれは・・・」
うつむいたミサトの肩はぷるぷると小刻みにふるえている。
「え?」
「おのれは人が心配しとったと言うのに、何をしとったんじゃあああぁっ!!!!」
ミサトの鉄拳が、加持の顔面にめり込んで、彼の体が吹っ飛んだ。
「あーあ、やっちゃった」
開いた扉から、加持の体が宙に舞う姿だけを目撃したシンジは、あきらめたように呟いた。
本来なら、このライスシャワーは幸せな笑みの中で投げられるべきものだろうが、参列者の笑みは引きつり、新婦の鼻息は荒い。そして新郎は赤くなった右頬をさすりながら、ライスの舞う中、新婦のご機嫌とりをしていた。あまりに滑稽なその姿を、飛びさってゆく数羽の白い鳩が一瞥していった。

これでこの式場すらも巻き込んだ波乱の結婚式が幕を閉じるわけだが、
この後の披露宴でも大変なことが起こるのだが、こちらは勇敢なる未来のジャーナリスト君が
必死の撮影を試みてくれたので、そちらを参照して頂きたい。
ただ一つ言えることは、
二度とこの夫婦には関わりたくないということだけだ。
願わくば幸せの門出は平和に。

なお、別途資料として、本結婚式における被害をできうる限り添付する。
こちらも映像と併せて参照して頂きたく思う。
この数値に関しては新郎新婦は知らない。
全く無責任なことだ。



・公道コンクリート破損個所、総延長約50キロメートル。
・ヘリ追突による山火災、1丘を全焼。
・市所有の情報課課車、大破廃車送り1台。
・公安警察と小規模テログループによる死闘、負傷者24名。
・市情報課職員個人所有バイク、その死闘の中、巻き沿いを食らい中破。
・式場関係者、急性胃潰瘍で4ヶ月の絶対安静と診断。
・またテログループの仕掛けた通路遮断により、各企業への業務被害等も出たようだが、
こちらは正確な被害を計測できず。ただ甚大であったことは否めない。

 

以上

「あれ?日向さん、何にこにこしながらデータ打ち込みしてるんですか?」
「ゲ、マヤちゃん・・・なっなんでもないよ」
「・・・怪しい・・・。先輩に報告しなきゃ」
「あ、待って!それだけはっ、それだけはっ!!」

思わぬ被害が出てしまいそうだ。
予定通り、私に被害が及ぶ前にこのデータは抹消しよう。
後世に伝わらないのは遺憾に思うが死活問題である。
許されたし。
 

ピッ

 

FILE-04 OVER...


野暮な男二人(?)のしょうもないコメント(架空編) 

『平岡誠一の書斎にて』
出演/平岡誠一、大月俊紀(特別ゲストあり)

大月 :終わったな。ひっぱりまくったのが。
平岡 :ああ。でもさ、何でこんなにファイルがでっかくなるワケ?
大月 :だぁから俺に聴くな。書いたのは誠一だろ?
平岡 :そんなこと言わないでよぉ、俊くぅん。僕だって予想外のことで驚いてるんだからさ。
大月 :なら何故ファイルを二つに分けようとしないんだよ。テレホタイムに読んでるみなさんが迷惑するだろうが!
平岡 :そ、それはそうだね・・・。
大月 :いつになく弱気だな?「R」の六話が思うように書けなかったからか?
平岡 :それもあるし、最近疲れてる。
大月 :誠一の場合、常にどっかおかしいんだろーが。いい加減ダイエットして、成人病の恐怖から逃れたらどうなんだ?
平岡 :意志・・・弱いから・・・。
大月 :弁解すな。
平岡 :すみません。
大月 :分かればいい。それより、どうも最近、お前の書く作品は人間関係が希薄だな。「R」にしろ、オリジナルにしろ。
平岡 :一部の人間を除いて、ほとんど人と接しないから・・・かな?
大月 :ったく、どーゆー生活してんだよ、まったく。
平岡 :長期休暇はいっつもこうだって知ってるだしょ?
大月 :まぁお前とは付き合い長いからな。知らないワケでもない。だがな。
平岡 :直せ、とおっしゃりたいかい?
大月 :タウゼン。
平岡 :前向きに善処します。
大月 :・・・お前好きな、その台詞。
平岡 :目指せ、政治家だ!今の世は。
大月 :いきなり力入れて主張すんな、作家の卵。
平岡 :ごめんな、役者の卵。
大月 :ようするにお前の一部分だからな、俺は。
平岡 :忘れたワケじゃないけど、今の僕にはない可能性だよ、俊くんは。
大月 :もぉいい。いい加減読者も飽きるだろ?こんな妙なやりとりは。
平岡 :じゃやめよう。
大月 :そうしろ。だが二つだけ聴かせてくれ。お前、何でまだこの続き書こうとしてる?
平岡 :二次会ネタ、やろうかと思って・・・。
大月 :これで外伝もう1本確約だな。
平岡 :で、もう一つは?
大月 :お前、結婚式出たの、一度しかないだろ?
平岡 :まぁ。そうだね。
大月 :正直想像力でここまでやるのは一苦労だな。ご苦労ご苦労。他の作品もさっさと次を書け。
平岡 :こ、殺す気か?
大月 :ふん。俺は読者の正直な気持ちを代弁しただけよ。
平岡 :く。反論できないのが悔しいな。
大月 :言っただろ?俺は誠一の別の可能性だって。

アスカ:ちょっとアンタ、妙なこと止めなさいよ。性格分裂者だと思われかねないわよ!
平岡 :うん・・・。そうだね。
シンジ:何落ち込んでるんですか?
平岡 :どうも長いだけのような気がして・・・。
アスカ:ま、いいんじゃない。どうせ読んでくれる人なんて少ないんでしょ?気楽にやんなさい。
シンジ:書きたいもの書けばいいじゃないですか。それが平岡さんですよ。
平岡 :ありがとう!なんだか元気が出てきたよっ!
アスカ:じゃ、今度はアタシとシンジの結婚式書きなさい!!(悪魔のような天使の微笑み)
平岡 :そう来たか・・・(汗)
シンジ:ともかく、感想、書いて上げて下さい。メールではこちらになります。